第9話 夏の飛べ動物園


夏休みが始まって最初の週末にノア先輩と約束させられた動物園に行くことになった。

朝から姉ちゃんがノア先輩の服を選んでいる。

そして何度となくノア先輩が俺に服を見せにきて俺がダメ出しをした。

「はるちゃんはどんな服が好きなの?」

「普通が一番だろ」

「もう、せっかくのデートなんだからノアちゃんだってオシャレしたいでしょ」

「それは姉ちゃんの主観だろ」

間髪入れずに鉄拳が下された。

「痛いな。何をするんだよ」

「女心が判らない男なんて痛い目を見ればいいんです」

結局、シンプルなワンピースに決まったみたいだ。

可愛らしい籐で編まれたバックを持ってリボンが付いた麦わら帽子をかぶっている。

玄関でスニーカーを履いていると厚底のサンダルが出ていた。

「姉ちゃん、もしかしてノア先輩のサンダルか」

「そうよ、はるちゃんとノアちゃんじゃ身長差が有り過ぎるでしょ」

「却下、スニーカーで十分だよ」

「はるちゃん、本気で怒るわよ」

姉ちゃんがもの凄い形相で睨みつけていて爆発寸前なのが良く判るけれど俺も引く気は無かった。

それでも強制的に姉ちゃんに従わされてしまい、ノア先輩がサンダルを履いて先に出ていった。

ため息を付いてスニーカーを脱いで部屋に戻ってデイバックに荷物を詰めて戸締りをして駐車場に向かった。


「はるちゃん、遅いわよ」

「チョットな」

車内を見るとノア先輩が後部座席に座っていたので助手席に座ると姉ちゃんが車を出した。

車は直ぐに松山自動車道に入り何個かの長いトンネルを抜けると山並みが後ろに遠ざかっていく。

しばらくすると松山市内に近づき一般道に下りて動物園に向かう。

家を出て小一時間で動物園の駐車場に付いた。

「4時に迎えに来るからね」

「判った」

「何かあったら必ず連絡する事。それとノアちゃんをちゃんと守るのよ。初デート頑張ってね」

姉ちゃんが松山市内で友達とショッピングに行くので車で連れてもらってきた。

市駅から動物園行きのバスが出ているのだけど姉ちゃんなりに心配なんだと思う。

姉ちゃんが安心するなら従うのが一番いいと思うし無用な心配を掛けたくない。

なるべく意識しない様にしているのに何で初デートなんて余計な事を言うのだろう。


姉ちゃんを見送って動物園に向かう坂道を上り始めた。

坂道に緑色の道が曲がりくねる様に描かれて丸い金属のプレートが埋め込まれていて動物の足跡が刻まれていて等間隔に並んでいる。

「これって動物の足跡だ」

「プレートの間隔は足跡の動物の歩幅らしいよ」

ローランドゴリラやベンガルトラ、カバやインドゾウにカンガルーそれにダチョウの足跡までがクイズ形式で表示されている。

足跡を追いかけていくと正面入り口にたどり着く様に工夫されているらしい。

ノア先輩が楽しそうに足跡を辿りながら俺の前ではしゃいでいる。

「はる君。早く」

「そんなに急がなくても時間はたっぷりありますよ」

ノア先輩が手招きしている姿を見てシャッターを切った。


正面ゲートを潜ると真っ先に目に飛び込んでくるのが鮮やかな色のフラミンゴがいて、その横にペンギン広場があり水槽がガラス張りになっていてペンギンが泳ぐ姿を観察できるようになっていた。

「うわぁ、可愛い」

「へぇ、こんな風になってるんだ」

「何だか感想が薄いな」

俺の反応にノア先輩が頬を膨らませている。

動物を見るより先輩を見ていた方が楽しいかもしれない。

案内板に沿って動物を見ていくと南米獣舎になっていてジャガーやピューマがいたけどオオサイチョウは何処にいるのか判らなかった。

サルもいるけれどノア先輩は興味が無いらしい。

暑さでだれているライオンを横目に見ながら歩いているとキリンの長い首が見えてきた。

行動展示型獣舎になっていて獣舎の裏側やガラス越しに間近で動物を見る事が出来て見せ方に工夫が凝らされている。

キリンを見てノア先輩が走り出そうとして足元を気にしていた。

「地球の動物の進化って凄いね。キリンって高い枝の餌を食べる為に首があんなに長くなったんでしょ」

「地球規模で考えているノア先輩の方が凄いと思いますよ」

「もう、はる君は何で上げ足を取るかな」

唇を尖らせながら俺の腕を先輩が叩いている。

「それじゃ、次に行きますか」

「うん、痛っ」

「どうしたんですか?」

「何でもないよ。平気」

サイとカバが居る獣舎に向かおうとしてやっぱりノア先輩が足を気にしている。

履きなれない厚底のサンダルが気になるんだと思う。

「ノア先輩、そこに座ってください」

「もう、はる君は疲れたんでしょう。しょうがないなぁ」

ノア先輩がベンチに座ってから先輩の前にしゃがみ込んでノア先輩の左足首を掴んだ。

「はる君、女の子の体にいきなり触るなんてルール違反だぞ」

「今は敢えてルール違反をします。ノア先輩、右足を出してください」

「何でなの?」

「何でもです。出さないのならまたルール違反をしますよ」

俺が真っ直ぐにノア先輩の顔を見ると少し顔を曇らせて右足を持ち上げた。

足首の後ろに手を当てると僅かにノア先輩の顔がゆがんだ。

「何処が痛いんですか?」

「えっ、あの踵の上の所」

サンダルを脱いでノア先輩が正直に教えてくれた場所を見ると靴擦れが出来て皮が剥け赤く血が滲んでいた。

俺が固い口調で話している所為でノア先輩がシュンとして俯いて俺の顔を見ようとしなかった。

「カメラを持っていてください」

「う、うん」

「少し痛みますよ」

片膝をついて反対の腿に先輩の右足を乗せて財布から絆創膏を取り出し、血が滲んでいる靴擦れに貼って軽く押さえる。

そしてデイバックからスニーカーソックスと小さなスニーカーを取り出した。

「はる君……」

「何でノア先輩は痛いのを我慢するんですか?」

スニーカーソックスとスニーカーを履かせ靴紐をきちんと結ぶ。

俺が口を開こうとするとノア先輩が左足のサンダルを脱いで戸惑っていた。

「姫、左足をこちらに」

「うう、意地悪」

左足も靴擦れが無いか調べてソックスとスニーカーを履かせノア先輩の横に腰を掛ける。

しばらくするとノア先輩が申し訳なさそうに口を開いた。

「はる君、黙ってごめんなさい」

「ノア先輩が楽しめないと俺も楽しくないんです。ノア先輩が笑っていてくれれば俺も嬉しいですからね」

「うん、ありがとう。はる君は優しいね」

「行きますか」

立ち上がって手を差し出すとノア先輩が嬉しそうにハニカミながら俺の手を掴んで立ち上がった。


手を繋いでいるのが恥ずかしいのか俺のシャツの裾を掴んでいる。

カバがいる獣舎の中に入ると2部屋に分かれていて手前の部屋に巨大なカバがいた。

「で、デカいな」

「ちょっと怖いかも」

間近で見るカバは大迫力でその大きさに圧倒されてしまう。

ノア先輩の何倍くらいあるのだろうと思って思わず見比べてしまった。

「はる君、今、あのカバさんと比べたでしょう」

「いや、ノア先輩の何倍くらいあるのかなって。カバが4トンとして100倍強かな」

「うっ、そんなに重くないです。胸もくびれも無いし……もう」

思わず口を滑らせたのかノア先輩が俯いてしまった。

「まぁ、そのままでいいと思いますよ」

「もう、気にしてるのに。はる君は酷いよ」

「嫌いじゃないですよ、俺は」

「バカぁ」

アヒル唇になって俺の腕を叩いて抗議している。

思わずシャッターを切ると真っ赤になってシャツを掴む手に力が籠ってシャツに重さを感じた。

カバに圧倒された後で面白みのないサイを見てから少し早いけれど食事することにした。


アフリカゾウのエリアにある展望レストランに上がる。

「ノア先輩は何にするんですか?」

「はる君は決まったの?」

「やっぱりカツカレーですね。ボリュウムを考えると」

「じゃ、うさ……キノコのスパゲティーがいいな」

お子様ランチみたいなうさちゃんカレーかと思ったら普通のチョイスでもう一つの物と迷っていたみたいだった。

展望レストランと名前が付いているくらい動物達を見ながら食事ができる。

窓の外を見ると別の動物を見つけた。

「ん、瀬戸香さんの作った料理の方が美味しいよ」

「まぁ、こんな場所の食事なんて子どもがメインですからね」

「そうだよね。今日も家族連れが多いもんね」

園内もそうだけどレストランもほとんどが家族連れで理由は夏休みの週末だからだろう。

ノア先輩が食べ終わるとトイレに立った隙にデザートを注文した。

「はる君、今度は何の動物……」

「ん?」

「ずるい、1人でワッフル食べてる」

フォークをノア先輩に渡すと美味しそうに食べ始めた。

「甘くて美味しい」

「少しは育つかなぁ」

「意地悪なはる君の事を瀬戸香さんに言いつけます」

「いや、それだけは許してください。ノア先輩、後で美味しいソフトクリームでも」

簡単に切り返されて姉ちゃんに言われれば家を追い出されかねない思わず先輩を買収してしまった。


レストランを出るとゾウさんがぼとぼとと音を立てておトイレ中だった。

「はる君、臭過ぎるよ」

「強烈な臭いでやばいですね」

ノア先輩の手を引いて足早に退散して風上で難を逃れる。

カメラのレンズを望遠レンズに変えてゾウを被写体にしてから怪しい動物達を探す。

しばらくファインダーを覗いていると風下で悶絶している姿を捉えた。

「明らかに怪しいだろ」

「ねぇ、何が怪しいの?」

「居ないはずのモノが見えるんですよ」

「こ、怖い事を言わないでよ」

眉を下げて上目づかいで俺を見ながら腕を掴んで揺らしている。

間違った事を言った覚えはなくノア先輩の勘違いだと思う。

俺自身、幽霊なんて目に見えないモノは信じない。




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