第7話 夏はスイカに限る

「泳ぐか」

「ええ、高校生なのに嫌だよ。それに水着なんて着てないし」

「清見なんてそのままで良いじゃんか」

「一応、女の子なの」

清見が早生に鋭い突っ込みを入れている。

それでも遊ぶ気満々の早生が川に駆け込んで行く。

「はるちゃん、気を付けてちゃんとノアちゃんを見てなきゃだめだよ」

「先輩の保護者みたいだな」

「ナイトよ。ナ・イ・ト。男の子は女の子を守る騎士なの」

「姉ちゃんが乙女に見える」

もの凄い勢いで石が俺の顔の真横をかすめる様に飛んできた。

「ノア先輩、行きますよ」

「はーい」

俺が手を差し出すと嬉しそうに掴んでノア先輩が転ばない様に注意しながら川まで連れて行く。

早生と香苗からからかわれるけれど姉ちゃんの手前ふざける訳にいかない。

いきなり清見に水を掛けられた。

「冷たくって気持ちいい。それ」

「もう、ノア先輩には敵わないなぁ」

麦わら帽子を押さえながらノア先輩がやり返すと少し機嫌が悪そうだった清見が何時もの清見に戻った。

「遥君もそれ」

「冷たいけど気持ち良いですね」

「うん」

確かに暖まった体を川の水がクールダウンしてくれる。

「ノア先輩、僕にもお願いします」

「早生はこっち!」

「清見、やりやがったな」

いつの間にか泳いだ訳じゃないのに清見と早生はびしょ濡れになっていた。

そんな2人を見て香苗が腹を抱えて笑っている。

怒涛の水飛沫合戦が幕を開ける。

ノア先輩と香苗がキャーキャー言いながら逃げ回っている。

なるべくノア先輩に水が掛からない様にしながら逆襲する。

「楽しいね、はる君」

「そうですね」

いつの間にか遥君からはる君になっているけれど細かい事は気にしない方が良いのだろう。

一度しか会った事が無いのにこんな遠くの国まで来てどうしても謝りたい男の子はノア先輩にとってとても大切な存在なのだろう。

微力ながらノア先輩の力になる事が俺の役名なんだと思う。

するとノア先輩がバランスを崩して尻餅をつく様に川の中に倒れこみそうになる。

咄嗟に腕をつかんだけれど川の中に座り込む形になり、麦わら帽子が倒れた勢いで流れの速い深みに飛んでいき流されていく。

「帽子が……」

「早生!」

「おう、任せろ」

阿吽の呼吸で早生が先輩の手を掴んで川から引き揚げ。

川に飛び込むと姉ちゃんの声がした。

「はるちゃん!」

構わずに流される麦わら帽子を泳いで追いかける。


何とか追い付いて岸に上がるとかなり下まで流されていた。

急いで戻らないと皆が心配すると思い裸足のまま川岸を歩き始める。

姉ちゃんの水色の可愛い軽自動車が見てくると誰かの泣き声が聞こえてくる。

近づくにつれて泣き声の主が判った。

「はる君が、はる君が……」

濡れた体にバスタオルを巻いているノア先輩が絞り出すように俺の名前を呼んでいる。

姉ちゃんと清見が直ぐに俺に気づいて駆け寄ってきた。

「はるちゃんはもう」

「ほら、遥。ノア先輩を安心させてあげな」

清見に言われて香苗と早生が落ち着かせようとしているノア先輩の前にしゃがみ込んで麦わら帽子をかぶせる。

「ノア先輩、泣くほどの事じゃないですよ」

「もし、はる君に何かあったら……私……どう謝ればいいの?」

ノア先輩は過去の取り返しのつかない過ちを謝罪するために遠い国から男の子を探しに来た。

そして俺に何かあれば同じ過ちを繰り返してしまうと思ったのだろう。

力になるどころか心配をかけて不安にさせてしまった。

それは俺の過失だろう。

麦わら帽子なんてまた買い換えれば良いだけの事で危険を冒してまで取りに行くべきじゃなかったのかもしれない。

「ノア先輩、心配をかけてゴメン。俺が無茶しすぎた」

俺が声を掛けてもノア先輩はしゃくり上げている。

香苗と早生が俺の後ろに視線を投げかけると清見が俺の背中を足で押した。

「ほら、ちゃっちゃと抱きしめるなりしろ」

「はぁ? 俺がか」

「他に誰が抱きしめるんだ? 早生が抱きしめていいのか? 早くしないと蹴り飛ばすよ」

「確かに早生がノア先輩に抱き着いたらムカつくかも」

この気持ちは何だかわからないけれど気づいた事が一つある。

いつの間にか俺の中にノア先輩が入ってきている。

それは姉ちゃんとは少しだけ違うことを。

でも、どう対処していいのかが判らない。

「ノア先輩に約束するよ。先輩が駄目だっていう事は絶対にしないから。ね、指切り」

「うん」

ノア先輩の小指と俺の小指を絡ませて指切りをする。

大分落ち着いて来たみたいだけど、まだ伏し目がちで自分を責めている気がする。

今度は香苗が口を突っ込んでくる。

「ノア先輩、罰としてはる君に何処かに連れて行ってもらうと良いよ。もう直ぐ夏休みなのにどうせ早ちゃんとゲームばっかりしてるんだからさ」

「はる君と?」

「そう、ノア先輩は何処に行きたいの?」

「動物園にいってみたいかも」

そして香苗が有無を言わさないような目で俺を見上げている。

おとりしていて少しだけ内気なところがある香苗だけど俺達4人の中では一番の常識人で、駄目な事はきちんと教えてくれるし怒られる事だってある。

それに香苗が怒ると一番怖い事を俺と早生はよく知っていた。

「香苗もそんな目で見るなよ。ノア先輩が行きたい所ならどこでも連れて行ってやるよ」

「そっか、はる君は嘘つかないもんね」

「俺は嘘をつくのが大嫌いなだけだよ」

男なら嘘などつかずに正直に生きろ。

それは幼い頃に父親に言われた言葉で唯一記憶に残っている教えだった。

それでも高校生にもなれば色々あって嘘と言わないという事は違うなんて悪知恵も付いてくる。

「指切りに動物園かよ。まるで子どもみたいだな」

「それじゃ早生なら抱きしめるなんて事が出来るのか?」

「そう改めて言われるとむずいかもな」

早生は女の子人気があり呼び出されたりラブレターを貰ったりするけれど全て断っている。

香苗とは幼馴染だと言い切るし特定の子がいるとも思えない。

それに強がっているけれど結構シャイなのを知っているので女の子の扱いがうまいかと言うと否だろう。

「ほら、ノアちゃん。ちゃんと体を拭かないと。もう大丈夫だよね」

「はい、瀬戸香さん」

「はるちゃんはノアちゃんを動物園に連れて行くこと」

姉ちゃんは基本的に俺等の事には首を突っ込んでこない。

いつも見守っていてくれてちゃんとフォローしてくれる。


皆と解散して家に戻り先にシャワーを浴びる様に姉ちゃんに言われて風呂場から出てくるとスイカを切ってくれた。

縁側に座ってスイカに噛り付き種を庭に飛ばす。

「もう、お庭がスイカ畑になっちゃうでしょ」

「どうせ草むしりするのは俺だろ」

「まぁ、そうなんだけどね」

しばらくしてノア先輩が風呂から上がって縁側に涼みに来たようだ。

姉ちゃんにスイカがあるからと言われたのかもしれない。

俺の横にちょこんと腰かけた。

「ノア先輩、スイカ」

「ありがとう」

スイカを手渡した時に見てはいけないモノを見てしまった気がする。

とりあえず平静を取り繕ってスイカを口いっぱいに頬張り。

横目でノア先輩の格好を確認して盛大にスイカを吹き出した。

「はるちゃん、鼻血が出てるわよ」

「スイカの汁に決まってるだろ。ノア先輩になんて格好させてるんだ」

「ドキドキしちゃう?」

ノア先輩の恰好は俺からしてみれば下着姿にしか見えなかった。

姉ちゃんが言うにはブラトップにフレアパンツだと言い切た。

肩もおへそも丸出しでショートパンツも薄手の生地でヒラヒラしている。

姉ちゃんが俺を弄っているとしか思えなかった。

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