第6話 夏といえば川遊び
「暑いなぁ」
顔を上げると夏の太陽が容赦なく射抜く。
唯一の救いは足元を流れる川の水が心地良い。
上流に向かって渓流竿を振り、川の流れに合わせて竿を動かす。
「よし」
玉浮が沈み込み合わせると小さな魚が上がってくる。
竿を上げて手でつかんで針を外し川の畔に石を組んで作った天然生簀に放すと元気に泳ぎ出した。
週末の日曜だと言うのに姉ちゃんに連れられて近くの川に遊びに来ていた。
今までの週末と言えば家でゴロゴロしているか、早生の家でゲームをしているくらいで何処かに出かける事なんて滅多になかった。
休日ともなれば姉ちゃんはパソコンに張り付いていたのに急にアクティブになった気がする。
それもこれもノア先輩が我が家に来たからだろう。
そんな姉ちゃんとノア先輩は木陰でレジャーシートを広げて寛いでいる。
2人のお喋りは聞こえない代わりに川音と蝉の声が奏でられている。
後ろの方からこの風景に似つかわしくない電子音が聞こえてきた。
「はるちゃん、携帯が鳴ってるわよ」
「ん!」
俺に電話をかけてくる奴なんて早生か清見と香苗ぐらいなもんで。
頻度から言えば確実に早生が多く急ぐ必要もないと思い左手を上げて分かったと意思表示した。
すると砂利を歩いてくる足音が聞こえ振り返るとノア先輩が携帯を持ってきてくれた。
「遥君、これ」
「ありがとう、ノア先輩」
「うわぁ、綺麗なお魚だね」
「ああ、ハヤとかウグイだよ」
ノア先輩が生簀の中に指を入れると数匹の魚がクルクルと回遊する様に逃げている。
携帯を開くと早生の名前が浮かんでいてコールバックするとすぐに早生の声が聞こえた。
「遥、ゲームしようぜ」
「今日は無理だな。姉ちゃんに誘われて川に遊びに来てるんだ」
「の、ノア先輩も一緒なのか?」
「そのノア先輩が携帯を持ってきてくれたんだ。俺が釣った魚を見てるぞ」
もの凄い音が聞こえてきて『今行く』とだけ告げて切れた。
「早生達が来るみたいです」
「本当に?」
涼しげな白いワンピースに麦わら帽子をかぶったノア先輩が俺を見上げてから生簀に目をやった。
聞いたことも無いようなノア先輩のハミングが聞こえてくる。
ノア先輩も皆と遊んだ方が楽しいのだろう。
しばらくすると自転車の甲高いブレーキ音と共に清見の声がした。
「香苗に聞いたわよ、遥は何で誘ってくれないの? 酷いと思わないの?」
「清見が日焼けするのが嫌だなんて無駄な事を言ったからだろ」
「む、無駄ですって。私だって女の子なの」
そんな事を言う清見はジーンズのショートパンツにタンクトップ姿で日焼けした手足が健康的だった。
「そのままで清見は良いと思うけどな」
「ふん、ボケナスの遥に女心なんて理解できないでしょ。べーだ」
清見が腰をかがめながらあっかんべーをしている。
そんな俺と清見のやり取りをノア先輩と姉ちゃんが笑いながら見ていた。
俺には何が面白いのかさっぱり理解できない。
「おーい」
声がする上の方を見ると白いガードレール越しに早生と香苗が手を振っている。
休みの日まで一緒にいるのに付き合っていないと断言するところが凄い。
早生のスーパーカブのエンジン音が近づいてきて姉ちゃんの車の横で止まる。
「水臭いぞ。俺等も誘えよ」
「それぞれ予定があると思ったんだよ」
「ないない、そんなものは存在しない。あったとしてもこんな田舎町でする事と言えば幼馴染とだべるか家でゲームくらいだよ」
「香苗も報われないな」
俺が香苗を見ると楽しそうに微笑んでいる。
香苗はいつもこんな感じのスタンスで常ににこやかにしている。
「柚子先輩にも声を掛けたのか?」
「連絡しない選択肢があると思うのか? 一応連絡したけれどジャクサがどうので用事があるって言ってたぞ」
「ジャクサって何だ?」
「草ってくらいだから植物か何かじゃないのか」
草って安直と言うか俺も判らないのだから早生と変わりはないと思うけど。
そんな早生の格好は俺と大差ない恰好で七分丈に切ったジーパンにTシャツ姿で、川遊びと言えばこの格好と言うくらいこの辺では定番の格好だった。
そんな俺達とは対照的に香苗は大人っぽい花柄のワンピースを着ていた。
「パンを買って来たからお昼にしようよ」
「ジュースも買って来たよ!」
釣りにも飽きてきていたのでナイスタイミングだったのかもしれない。
香苗と清見の声がして見ると2人が白い買い物袋を掲げている。
早生と顔を合わせて姉ちゃんとノア先輩の所に向かって駆け出した。
「はい、早ちゃんが好きなパン」
「サンキュー」
「これは清見の分だよ」
「ありがとう」
早生と清見が香苗からパンを受け取って袋を開けて頬張っている。
そんな2人の後を追う様に香苗がパンを千切りながら口に運んでいる。
いつも控えめな香苗に無鉄砲で向こう見ずの早生。
明るく常に前向きな清見。
誰を欠いてもこの楽しい時間は過ごせないのかもしれない。
それでも社会に出ればそれぞれの道を歩いていく。
だから今を残して置きたくってファインダーを覗く。
「もう、遥は変な顔を撮らないでね」
「ありのままを切り取るのがカメラだよ」
そしてノア先輩にレンズを向けると箸で卵焼きを掴んで俺の方に差し出した。
シャッターを切ってから口を開ける。
「ん、美味い」
「えへへ、嬉しいな。遥君に褒められちゃった」
「ノア先輩も料理が上手なんですね」
「瀬戸香さんの教え方が上手だからだよ。私、家にいる時は何も出来なかったもん」
すると早生が俺の腕をつかんだ。
「も、もしかして。その弁当って」
「姉ちゃんとノア先輩の手作りだぞ。早生は香苗が買ってきてくれたパンがあるだろ」
「一口で良いから、頼む」
「お前の一口は一口じゃないから」
拒否したとたんに早生が襲い掛かってきた。
俺の肩を掴んで顔を近づけてくる。
「お前の口にあるもんで良いからくれ!」
「男同士で口移しするような趣味は持ち合わせてないわ」
早生の腕を掴んで後ろに倒れこみバランスを崩した早生の臍のあたりに片足を当てて、勢いに任せて早生の体を投げ飛ばす。
砂利の上に背中から叩きつけられた早生の口から息が漏れて力なく大の字になった。
「だ、大丈夫なのですか?」
「ノア先輩、心配無用です。早生と遥の体は無駄に丈夫で人並み外れた身体能力をしてますから」
「でも、怪我でもしたら」
ノア先輩が心配そうに早生を見ている。
「ほら、ノア先輩が心配してるだろう」
「ほいよ!」
両足を上げ全身のばねを使って早生が勢いよく飛び起きた。
驚いたような顔をノア先輩がしている。
「まだまだだな、ノア先輩に惚けている遥に負ける気がしねぇ」
「惚けてねえよ」
「せい!」
早生の掛け声と共に空手の組手と言うより乱取りみたいなことを始める。
幼い頃に早生と清見が通っていた空手道場に誘われて行っていた時に基本的な事は教わった。
それでも中学になると通わなくなって喧嘩に明け暮れた時期もあって、かなり自己流だったけれど早生と色々と技を競い合う事が多かった。
早生が繰り出す攻撃をかわしながら隙を窺う。
ジャブ程度に突きを繰り出し早生の手を弾くと早生の顔つきが変わった。
決めに来た早生のハイキックを掻い潜り軸足に足を掛けると見事に決まった。
「敵わねぇな」
「疲れた」
汗が流れ出て焼けた河原に落ちる。
川面を渡る涼やかな風も役に立たないくらいに汗が出る。
「遥君。はい、お茶」
「あ、ありがとう、ノア先輩」
ノア先輩が冷たいお茶を持ってきてくれて一気に喉に流し込む。
「生き返る」
「香苗、俺にもお茶くれ」
「自分で取に来れば」
「清見は相変わらずつれないな」
すると早生めがけて清見がペットボトルのお茶を投げつけると、砂利にワンバウンドして早生の傍に着地した。
ペットボトルを拾い上げて早生がお茶を飲み始める。
「俺の扱いってどうよ」
「どうって言われてもな。早生がはっきりしないからだろ」
「遥にだけは言われたくないけどな」
再び弁当に有りつく。
卵焼きにから揚げなんていう定番だけど外で食べると一味も二味も違う。
「自然すぎて驚いちゃった」
「そうだね。まるで夫婦みたいだよね」
「あ、まだ、チャンスはこれからだよ」
「でも、あーんだよ」
香苗と清見がお喋りをしている。
何が自然で何があーんなんだろう。
「天然児だよね、遥って」
「俺が?」
「ほらね、そういうところだよ。ノア先輩も気を付けてね」
ノア先輩が不思議そうな顔をして首を捻っている。
俺も一緒に首を捻りたいくらいだ。
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