第5話 夏は郷土料理


「こんにちは」

玄関から香苗の声がしたので早生も一緒に来たのだろう。

「開いてるから上がってこい」

奥から声を上げると香苗と早生の声がして2人の足音が聞こえる。

「おっ、相変わらず清見は早いな」

「当然でしょ」

「まぁ、気になって仕方がないよな」

「おぶっ」

清見が早生の脇に拳を叩き込んでいる。

ふざけているのか本気なのか良く判らない突っ込みを入れている。

「あとは柚子先輩だけか」

「もうとっくに来てるぞ。庭にいるよ」

「あ、そうなんだ」

早生があからさまに肩を落とした。

俺としては早生が大人しい位の方が良い気がする。

ノア先輩は午前勤務だった姉ちゃんとお茶の準備をしていた。


「はい、お茶でもどうぞ」

「頂きます。瀬戸香さん」

「香苗ちゃんもどうぞ。柚子さんもお茶でもどうかしら」

姉ちゃんに言われて柚子先輩が庭から戻ってきて簡単に自己紹介を済ませる。

「それじゃ、始めましょうか」

「何から決めるんですか? 柚子先輩」

「とりあえず何処で撮影したいか皆で案を出しましょ」

お菓子を食べながら烏合の衆みたいに行きたい場所を羅列すると柚子先輩がノートに書きだしている。

流石としか言いようがなくこの場を仕切れるのは柚子は先輩だけだろう。

そしてノートを覗くと皆が言った場所が3つに分けられていた。

「柚子先輩、何で3つに分けて書いてあるんですか?」

「実際問題として無理な場所と撮影に最適だと思う場所と適切だと思う場所よ。それにもう少しで夏休みだしとりあえず行ってみるのも良いかもしれないわね 」

「全部ですか?」

「全てとはいかないけれどカメラに慣れるのも必要だし回数をこなせば構図の勉強にもなると思うの」

生徒会長と副会長の柚子先輩が卒業した後の蛍の郷高校が心配になってきた。

自薦他薦で選挙するより出来る事なら現会長と副会長に任命してほしい、その方が人選が確かだと思うのは俺だけだろうか。

それと現生徒会が凄すぎて自ら立候補しようなんて奴の気がしれないし、他薦なんてされたら逃げ出したくなるだろう。

「そうだ、ノアちゃんは行きたい所はないの?」

「私はいろんな所に行ってみたいです」

「そうよね、日本は初めてなんでしょ」

「幼い時に少しだけ来たことが」

ノア先輩の話になると早生だけでなく清見も香苗も興味があるのか聞きに入っている。

相手を知る事が仲良くなる一歩だからなのかもしれない。

「色々なところに行って探してる男の子が見つかるといいな」

「うん」

俺の発言で一気に視線が集まり、真っ先に柚子先輩が食いついてきた。

「ノアちゃんの下着選びをした遥君、どういう事なの?」

「……幼い頃に出会った男の子を探してると昨日聞いただけですよ」

「それだけなの?」

「喧嘩でもしたのか酷い別れ方をして謝りたいらしいです」

顎に指を当てて柚子先輩が意味深な顔をしている。

柚子先輩がどれだけノア先輩の事を考えてくれているのを知る事が出来た。

ただ余計な情報さえ織り交ぜなければ優しい先輩なのに……

「ノア先輩、どんな男の子だったんですか?」

「すごく優しそうな男の子だったの。でもとても酷い事をしてしまって、許してくれないかもしれないけれどどうしても謝りたくって無理を言ってここまで来たの」

「そっか、何か手がかりでもあれば力になるからね」

清見が相変わらずお節介と言うより正義感からなのか胸を叩いて任せてとゼスチャーしている。

小さい頃から強きをくじき弱きを助けを地で行くくらいで、いじめっ子には相手が上級生の男の子でも立ち向かっていた。

だから清見は幼い頃に俺と再会した時に気にかけてくれたのかもしれない。

「そういえば清見さんは遥君の事が好きなの?」

「えっ、はぁ? あの」

「柚子先輩。清見はただの幼馴染ですよ」

「ただの幼馴染なのね。遥君は」

香苗は呆れた顔をしているし早生は残念そうな顔で俺を見ている。

そこに姉ちゃんが冷えたスモモを持ってきてくれた。

「唐変木のはるちゃんには直球しか通用しないわよ」

「直球すら通じない朴念仁みたいです」

「唐変木に朴念仁ってなんだ?」

今度は柚子先輩まで呆れた顔をしている。

ノア先輩も意味が判らないのか不思議そうな顔をしていた。

「遥君を生徒会長に推薦したら面白そうね」

「激しく断らせてもらいます」

「あらどうしてなのかしら?」

「俺には先輩方の後任なんて荷が重すぎますよ」

柚子先輩の回転の速さに面食らってしまう。

次から次へと会話が飛んでいく、普通の人なら戸惑ってしまうかもしれない。


ワイワイと雑談に花を咲かせているとあっという間に時間が過ぎていた。

「今日はうちでご飯食べていきなさいね」

「うぉ! 瀬戸香さんの手料理だ」

「柚子さんは大丈夫かしら?」

「はい、頂きます」

姉ちゃんに手伝えと言われて台所に向かうと食材がすでにテーブルの上に用意されていた。

鶏のモモ肉にじゃこ天・五色素麺・鯛それに葉野菜やトマトetc

から揚げに素麺入りのすまし汁、じゃこ天にサラダとメインが鯛めしというところだろう。

米を洗って水を切っておく。

下処理されている鯛にあら塩を振ってグリルで焼き色が付くくらいに焼き上げる。

土鍋に出し汁と薄口醤油・酒等の調味料を入れ水を切っておいた米を投入して鯛をのせ蓋をして炊き上げる。

俺が鯛めしの仕込みをしていた間に姉ちゃんがから揚げ用に鶏もも肉を用意しておいてくれた。

その鶏肉を柚子胡椒・醤油・酒で下味をつける。

姉ちゃんはサラダとじゃこ天を作っている。

下味をつけた鶏肉に片栗粉をまぶして揚げていく。

炊き上がった鯛めしの骨やお頭を外して出汁・薄口醤油・酒を入れた鍋に入れて澄まし汁を作る。

仕上げに茹でた五色素麺を入れて三つ葉を散らせば出来上がりだ。


「いただきます」

久しぶりに大人数での晩御飯になった。

普段は姉ちゃんと2人で姉ちゃんの帰りが遅い時だけ1人で食べる。

ノア先輩が家に来て3人で食べる事が多くなるだろう。

「うわぁ、美味しそう。瀬戸香さんのご飯なんて久しぶり」

「もう、清見ちゃんったら知ってるくせに。はるちゃんの方が料理は上手なのよ」

「え、えぇ! は、遥が料理なんて出来る筈が」

「あるのよね、はるちゃん」

言わなくていい事を姉ちゃんがカミングアウトしてしまった。

何度も清見や早生に香苗と一緒に俺の家で食事をしたことがあるけれど、今まではあくまで手伝いという事になっていた。

清見と香苗は驚いた顔をして早生は目に涙を浮かべている。

「せ、瀬戸香さんの手料理が……」

「じゃこ天は姉ちゃんが焼いたぞ」

「さ、流石。この焼き加減が瀬戸香さん最高です!」

立ち直りが早い早生が訳の分からない事を言いながらじゃこ天を口に突っ込んだ。

やけに静かな柚子先輩に目をやるとどうやら皆を観察して情報収集しているみたいだ。

「遥君、じゃこ天って?」

「じゃこ天は……?」

ノア先輩の問いに即答できずにいると柚子先輩が解説してくれた。

「じゃこ天はこの地方で『ハランボ』と言われているホタルジャコと言う小魚の身と骨と皮も一緒にすり身にして薄く伸ばし揚げたものよ。蛍雑魚と漢字では表記されるから雑魚天が訛ったモノでしょうね。それとこの炊き上げられた鯛めしには地方によって鯛の刺身をご飯にのせた物の二通りあるの。私は炊き込みの方が好みだわ。ついでにお吸い物に入っている五色素麺は梅・抹茶・卵に蕎麦粉が使われていて、江戸時代の参勤交代の時には将軍に献上され朝廷にも献上されたと言う史実が残っている歴史のあるものよ」

「す、すげぇ。流石、柚子先輩だ」

「この位の事は覚えていないと愛媛の恥よ」

柚子先輩の説明に皆が聞き入っている。

先頭を切って早生が感心し撃沈したのであえて俺は何も言わないつもりでいたのに柚子先輩が突っ込んできた。

「遥君ももう少し勉学に勤しんだ方が良いんじゃないかしら」

「俺の将来の夢は平々凡々ですから。会社勤めして普通が一番ですよ」

「本当に勉強以外は秀でているのに勿体無いわ」

俺自身は勉強以外が出来るなんて一度も思ったことが無い。

確かに体を動かす事は好きだけど、それは思いっきり体を動かしていると嫌な事を忘れる事が出来るからというのが根本にあった。


遅くなるといけないからと姉さんの号令でお開きになり。

久しぶりに俺が洗い物をしているとノア先輩が手伝ってくれた。

「遥君は料理も出来るんだね」

「必要に迫られてって感じかな。姉ちゃんが仕事をしながら俺を育ててくれたんであんまり負担を掛けたくなかったからね」

「凄いね、遥君は。優しいし」

「そんな事は無いですよ。我儘も言うし嫌な事は嫌だし」

子どもの頃には散々姉ちゃんを困らせた事もあった。

姉ちゃんが俺に隠れて泣いていたのを見てこのままじゃいけないんだと思えるようになったんだ。

悲しくて辛いのは俺だけじゃないんだって。

「私は駄目だな。ママにも妹にも迷惑をかけてばかり。ここにきても何も変わらない」

「妹さんが居るんですね」

「うん、私よりスタイルが良くって何でも出来る子なんだよ。それに比べて私はダメダメで」

「そんな事は無いと思いますよ。誰だって誰かに支えられて歩いているんです。それに先輩は迷惑をかけてしまって男の子を探して遠い国から来たんじゃないですか。そんな事は誰にでもできる事じゃないですよ」

「そうかな」

ふと先輩はその男の子を探し出して謝ったら自分の国に帰ってしまうのかななんて考えてしまった。




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