第16話 守るべきもの


仕事中に何度も鳴る携帯。

発信元は、母親からだった。

留守電にも「仕事なの?ブティックに向かわずに家に寄って」と残されていた。


なんとなく、この間の電話のこともあり、姉さんの話だろうと思って無視をしていた。


「尚弥くん、お疲れ。これ端切れだけど一番良い生地なの。」



いつも、生地や材料をくれるスタイリストの吉川すみれさん。僕に良くしてくれる人だ。年齢は僕より年上で、姉さんと同い年くらいだ。


年齢とか、お互い深く話していないが、自分で服を作っているという事を話すと快く分けてくれた。


「いつもありがとうございます」


「いいって言ってるでしょ!このくらい」


そう言って彼女は去る。



「木崎尚弥くん・・・だっけ」



その男性の声に振り向く。



そこには、あまり記憶にない男性が立っていた。


「何度かパーティーであってるんだけど・・・【あの子】がいたパーティーって言ったらわかるかな」



思い出した。この人はあのパーティーの時、必要以上に刹那に色々聞いていた人だ。


ファッションショップなど経営者で俳優の相模辰己(さがみたつみ)

目をつけた女性にはしつこく言い寄ると噂で聞いていた。


「相模さんが、僕なんかになんの御用ですか」



「いや、君と少し話したくてね。」



「僕は正直、話したくないです」


「ハハハ、正直だなぁ。ほんと。ねぇデザインしている子の事、詳しく聞かせてよ」



「なんでデザインしてるって・・・別なところで話ましょう」



「個室の料理屋を用意してるんだ、そこへ向かおう」



「用意周到なんですね」



「思い通りにさせるのがうまいんだよ」



そう言って鼻高々に歩いていく後ろをついていった。



料理屋へつき、料理をくる前に早々と話を切り出した。


「なぜ、彼女のことを。調べたんですか」



「随分、焦ってるなぁ・・・勿論調べてるよ。それと話もした」



「どこまで」



「まぁ、ゆっくり語ろうじゃないか。ワイン・・・はまだ飲めないのか。いくつになった。18歳だっけ?」



「話をしたということはどういう意味ですか」



「雑談もできないのか・・・。まぁいい。マジェルタの件だ」



「マジェルタさん?」


「あの日のファッションショーには僕も参加していてね。最後に登場した作品・・・フッ、男性もののもそうだがな。女性用のあのデザインはあの人がデザインしたものじゃないことくらい知っている。」



「なぜ・・・」



「彼女にも話したが、マジェルタは未発表、未公認のデザインの物を買収しては自分のデザインした物だとその年のファッションショーに出して上り詰めた人間だ。何人もの人間が泣き寝入りしたのを見たけど・・・彼女は違うみたいだった」



「違うというと・・・」



「別に上り詰めたいわけじゃないようだった。彼女もあっさり、あれはマジェルタさんにあげたものだと。訴える気もないようだ」



「そうですが。」



「君も知ってるんだね。その理由を知りたくてね。なぜ、彼女はあそこまでの才能をあるのに、登ろうとしない?」



「随分と刹那のデザインをご存知で。」



「男性用の衣装を買わせてもらったからね。」



「あれは・・・相模さんだったんですか」



「あぁ。住所はマネージャーのだけどね。部屋に飾ってある。安心してくれ。僕はマジェルタみたいにはしない。ただ・・・」



「ただ・・・?」



そう言い止めると、ワインを口に運び料理に手を出して小皿に取り分けた。


一息おくと


「彼女の才能が欲しい」



「ヘッドハンティング・・・ってところですか」



「そう・・・かな。でも彼女も魅力的だ」


「それ以上の感情ってことですか?」


「君とはどういう関係なんだ?」



「そこは調べてないんですね」



「ってことは、まだ君の物でもないわけだ」



「そうじゃなくても、彼女とは深い約束をした仲です」


「恋人でもないのに結婚を誓ったとか?」



「・・・いえ」



「じゃぁ構わないだろう」



「もう彼女にはブティックがあります」



「それでもいい。月に一回でも週に一回でも僕のところでデザインをしてくれれば」



「彼女は人の為にデザインをするような人じゃないです。自分の好きな世界を作っているだけだ」



「ほーう。ますます、興味がある。その世界が見たいんだ」


僕と同じような事をいう相模さんに腹が立った。

そして、どことなく、似ている所と僕もこうして強引に刹那に近づいたのかという錯覚におちた



「簡単に言わないでください」


「君は彼女が好きだと言うことかな」


「・・・はい」



「そうか、でも彼女には伝えてないんだろう?」


「はい」


「じゃぁ僕にもチャンスを与えられて当然だな」



何も言い返せなかった。

僕が好きだと言った所で、彼女には断られる方が目に見えていた。


僕が願ったのは、彼女の世界へ行くことで。

そんな関係にまでなりたいと欲張ったわけじゃなかったから。


でも、目の前に迫る僕らの世界を壊すような現実は、なんとしても守らなければならないと思った。


「それは彼女が決めることで僕らが決めることではない」


「そうか、自信があるみたいだが・・・僕には切り札もあるんだ」



「どういう意味だ」



「彼女の過去を知っている」



「それ・・・が切り札って」


「だから、彼女は絶対に受けてくれるよ」



「過去ってなんですか」



「自分で聞くか、調べるか・・・したほうが彼女の為じゃないかな?」



「汚いぞ」


「それでも欲しい世界は手に入れるんだ。君だって、その為にブティックを作ったんだろ。自分の地位を利用して」



そのとおりだった。


僕も同じ事をしていた。

僕も権利で刹那の世界を買ったんだ。



呆然としながら料理屋を出て、何か胸騒ぎがするように走ってブティックに向かった。



ーもしかしたら、もう刹那は話をきいて悩んでるかも・・・



色んな考えがよぎった。



ブティックにつき、ドアを開けると螺旋階段の上の部屋からミシンの音が聞こえた。そのミシンの音に誘われるように階段を登っていく



「刹那・・・刹那っ」



「びっくりした・・・どうした・・・・?」



刹那はいつもどおりの表情だった。


「あのさ、・・・」



どう切り出そうかと。戸惑っていた



「あの話、聞いたのか?」



刹那はそう、僕に言った。

あの話とは相模さんの事だと思って、驚いて聞き返した


「もう言われたのか?あいつに近づくなっ・・・なんて僕が言えないけど。でもあいつはダメだ」



「・・・?なんの話だ」



刹那が聞いたと言った事と違ったみたいで、自分を落ち着かせた



「相模さんの事じゃないのか?」



「相模?」


「あの、パーティーにいた時の。」



「あぁ、やけに気取った人か。この間会った。マジェルタさんの話をしたんだ」



「それ・・・だけ?」



「うん。マジェルタさんのデザインじゃないことを気づいたらしい。なぜ、訴えないかとか。」



「そうか、それ以外話してないんだな?」



「うん。どうしてだ」



「あいつ、刹那の過去を握ってるとかで。近づいてくる可能性がある」



「過去・・・過去を聞いたのか?」



「いや、聞いてない」



「そうか、だったら会わなきゃならない。」


「なぜ?」



「尚弥もいつかは知ることだから。でも私から・・・今は言えない」



「刹那から聞くよ」



「・・・言えない。私自身が、罪だ」



「どういう・・・」



「いやでも、知る事になる。私から言えなくてごめん」



「それでも、どんな事があってもこの世界は守らなきゃだろ?」



「私が守るから、安心して。」



「相模には近づくな」



「大丈夫」


尚弥は刹那の肩を持った


「本気で言ってるんだ」



「尚弥、信じて欲しい。」




そう、刹那がいうから。それ以来何も言えなかったけど嫌な予感しかしなかった。


相変わらず、家からしきりに電話がかかってきていたが無視をして、なるべく刹那の近くにいた。



ブティックに寝泊りをして、刹那を見張った。



刹那が階段から下りて来て、出かける準備をしていた。


「どこか行くのか?」



「アルバイトだよ」



「・・・相模がくるかもしれない」



「尚弥、私はここに戻ってくるから。」



「・・・わかった」



僕にできるのは言葉だけで守ることだ。

何もできない、もし超えてしまったらこの世界も今いる2人の空間も変わってしまう



何もできない、自分はただ、立ちすくみながら刹那を見送った。




刹那は週に2、3回通うファッション関係のアルバイトへと向かう。

同じゴシックやロリータファッションを扱うお店だった。


服装は、そこのお店のファッションを着用し接客すればいいという場所なので刹那の服装を変えることなく、ゴシックの服装をして接客をした。


前は、愛想笑いなんかできなかったし、ちゃんとした言葉も喋れなかった



「いらっしゃいませ」


そういってお客を向かえ、



「この服は、昨日はいった新作で、このフリルが可愛いく歩くと・・・」


そう、説明もできるようになった。



尚弥からくれた物は大きかった。

尚弥と出会って話して、自分が少しずつ変わった。




「いらっしゃいませっ」



そう言って振り返ると、相模さんが立っていた。



「君が愛想でむかえてくれるなんてね」



「何しにこられたんですか」


「何時に終わるの?」



「なぜですか」



「君と話したくてね。和食はすきかな?」



「私は話ありませんので」



「君の過去について聞きたい」



「・・・どこまで知ってるの」



「全部かな」



「・・・わかりました。あと一時間で終わりますので」



「よかった、待ってるね」



尚弥が言っていた。

過去を知っていると言うこと。


私がこの人を止めなければ。

まだ、お母さんからも話を聞いてなかったみたいだった。


むしろ、避けているように感じた。


だから、少しでも時間を伸ばすためなら


私はなんでもしようと。



「お待たせしました」



お店の近くに止まっていた車をみつけて、挨拶をした。

すぐに相模さんだとわかるようなど派手な高級車



「乗って、行こうか」



そう言って、和食料理店へ向かった。

高級な石畳を抜けると、カウンターキッチンがお店の真ん中にある。

カウンター席には、数人お客さんが座っていた。


「お待ちしてました。相模様」


そう店員がよってくると、奥の襖を開ける。


そこは個室の掘りごたつ式の席になっていた。



「ありがとう、じゃぁいつものコースで」


「畏まりました」


こなれた感じで注文をすまし、飲み物が運ばれてきて、

最初の料理がくるとようやく、口を開いた。



「そんなに、過去を隠したい?」



「当たり前です」



「尚弥くんには話してないんだね」



「はい」



「そっか。」


「探偵か何かを使って調べたんですか。そこまでしてする目的はなんですか」


「単刀直入に言うよ。君が欲しいんだ」


その言葉に、少し驚くがその意味を考えた



「どういう意味ですか」



「恋愛・・・というのもあるし。君のデザインに惚れたのもある」



「私は、誰も好きになりません。」



「尚弥くんも?・・・まぁそうか。君の過去を彼が知ったら・・・」



「教えるつもりですか?」



「君次第かな、これは取引だよ。君のデザインを買いたい。そして君の世界を知ってみたいんだ」



尚弥が言った言葉とは似ていたけど。感情も、感覚も違った。

皮肉で、強引で。


最低だった



「それを断れば、尚弥に言うという事ですね」


「まぁ。そんな感じかな。僕が言っても嫌がらせだと思われるかもしれないけれど」



「そこまでして私のデザインを気に入るんですね。」



「デザインだけじゃない、君も欲しいんだ」



「遊び・・・じゃないんですか」



「一応本気だよ?」



「一応・・・」



「だって、まだ君をしらないから。あの男性用のゴシックなファッションを購入したのは僕だからね」



「それは、ありがとうございます」



「なかなか靡かない所も素敵だな」



「それは一生あなたの物にならないからでしょう」


「そうかもしれない。だから追い続けられる」



「追われると困ります。迷惑です」



「じゃぁ。受けてくれる?」



「・・・条件を」



「週1回でもいいし、月1回でもいい。僕のところでデザインをして欲しい。そしてその間、君のことを教えて欲しいし世界へも連れて行ってもらいたいかな」



「あなたは過去を知っているのなら、世界も何もないんじゃ?」



「過去はあくまで経歴にしかすぎない。そうじゃなく君の思い描く事とか君の想いとかそういうのが知りたい」



「話さなきゃダメですか。話さないで、世界をお見せします」



「どういう風に?」



「デザインだけで」



「デザインだけじゃ、君は僕のものにならないだろう」



「だったら行動で示しますよ」



「へぇ。そういう行為があってもいいと」



「構いませんが」



「尚弥くんとはしてるから?」



「いいえ。誰とも」



「僕に捧げる理由は?」



「尚弥との世界だけは守ります」



「面白いね。どこまで守れるか見させてよ。」



「お受けしましたので約束は守ってください」



「いいよ。交渉成立だ。楽しみだな。君は僕に堕ちるかもしれないのに」



「絶対にありえない」



そう言うと、得意気な顔で、お店を後にした。



お店を出て車の前で相模は刹那に一言要求した


「ねぇ、キスしようよ」



そう言うと、身体を近づけて来た。



ここで拒否すれば、契約の意味がなくなるんだ。


そう思って少し後ずさりした身体を元に戻し、相模に近づく。


「いいってことだよね?」


「はい・・・」



顔が大きい両手で包まれるのがわかった。

無理やりあげられる顔。


顎を持たれ、身動きできなくなる。


見たくもない現実に目をギュッと力を入れて瞑った。


すると、浮かぶ顔は、尚弥だった。


唇に触れたのがわかった。

何度も唇を噛んでくる。


口を開けろと言わんばかりに


無理やりこじ開けられた口の中に入れられた舌。


頬をつたう涙が流れた。


汚れて堕ちていく。


尚弥と一緒にいられない時間の砂時計はおちた。



そうして、ブティックに戻ると、尚弥はソファーで眠っていた


「ごめんね」


そう囁いて、階段を上がる。


ティッシュを何枚も何枚もとり唇を拭った。

柔らかいはずのティッシュで唇が切れるほど、拭った。


声に出せない涙が頬を流れ落ちる。


「うぅ・・・っ・・・」


声をこらえながら。

何度も拭い、ティッシュは血で染まった。




次の日、

「僕、仕事だから行くね。午後には来れるから。」


そう背中越しに聞こえた尚弥の声に



「うん」とだけ返事をした



尚弥は仕事へ向かう。


雑誌の撮影で、メイクルームでメイク待ちをしている時間、暇で携帯を取り出し

母からの着信を消すと、インターネットを開いた。


ニュースのトップページに「熱愛発覚 相模辰己」の見出しがあり

気になって開いた。


そこには、ゴシックの服装をした女性とキスをしている写真



「嘘だろ」



刹那の服装と一緒だった。


画面を指先で広げてアップにして女性を確認した。


あの日、出掛けたとき来ていた服装と同じで


【私を信じて】


という言葉がよぎった



「どういうことだよ、なんでっ」


その状況が、紛れもない事実で。


顔に黒い線がかかっていたけど。刹那だとわかった


『お相手は、年下の女性、ファッションショップで働くAさん』


『熱烈なキスが数分間続いたあと、わかれた』


そう記事は言葉を並べた。



刹那を守れなかった。

奪われたものを目の前に、何もできない自分がいる。


結局見ているだけだと。


それとも、刹那が選んだ道に僕は居てはいけないのかと。


僕は君に何ができるのだろう。


こんな風に刹那が道を選んだのなら、僕は、それに従うだけが僕にできることなら

それも君の世界なら、僕は君の世界へ行きたいと願ったのなら


遠くから見守ることしかできないのだろうか。


それくらいしか、守れないのだろうか。


それが、君の世界なら・・・。

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