第11話 困難

新しい道が開かれていく日々が続いた。


僕らはブティックに仕事、刹那はデザイン、服作りをしながら単位を修得し

2人出会った事だけが思い出となったこの高校を卒業することになった。


みんなはなぜ、涙を浮かべ、「元気でね」などと別れを交わし

写真を撮りあい、親に褒めてもらうのだろうか。


僕も、刹那も両親が来ない卒業式だったからそんな光景は不思議な感覚と皮肉だった。


「木崎くん!」


校門の前で声をかけてきた数人の女性。


「写真・・・撮ってもいい?」

「私は、第二ボタン、欲しいの」


口々にそんな要求を突きつけてきた彼女たち。

だが、その目的はきっと


【私の母校には芸能人がいた】


という過去の栄光が欲しいだけなのだろう。


「ごめん、事務所から止められてるんだ。」


少しは気を使える言葉を言えるようになったきがした。

前までは、「無理」と一言いうか、無視していただろう。


こんな卒業式の中でも、僕を照らしてくれる光は、輝いていた。


ふと、刹那に目をやると学生服は前にみた時のものと少し違っていた。

背中には、悪魔の羽のようなものがレースで作られて、彼女のなかでの旅立ちが

表現されているように僕には見えた。


「相変わらずスゴイや」


ぼやくように、僕は刹那の方へと向かっていった。


「尚弥・・・。今日もこのままブティック行くのか?」


「今日は、仕事終わってから顔出せたら出すよ。あと、生地がもらえるみたいなんだ。持って行ってもいいかな?」


「ようやく、一着だけできそうなんだ。男性ものが。・・・そのホームページで販売している2着はまだ売れてないか?」


「あぁ、まだかな。アクセス数は調べたらあるみたいなんだけど」


「そうか。手軽に買えるように、何点かアクセサリーも考えてる。アクセサリーは明後日には出来ると思うんだ」


「あまり、無理するなよ」


その一言に刹那は口角を少しあげて


「大丈夫だ」と言った。


「途中まで、一緒に行くよ。スタジオが近くなんだ」


「そうなのか。」


そう歩き出そうとしたとき、刹那の足がすくんだ。


そこには30代半ばの女性が立っていた。

その女性はこちらへ近づいてくるが、刹那は動きたくても動けないでいる。


「お久しぶりですね。まずは、ご卒業おめでとうございます」


「・・・」


「お母さんからお祝いの手紙が・・・」


そう言うと、カバンから封筒を取り出した瞬間だった


「いらないっ・・・こんな場所にまでこないでください」


その刹那の声は、校門全体に響き渡った。


「とにかく、別のところで話ききますので」


そう言うと、俯くまま刹那はその場を後にした。


僕はしばらく、何が起こったのかわからず、佇んだけれど、最初から隠し事の多い刹那のことをあまり深くは気にせず、そのまま仕事へ向かった。


刹那は、女性とともにできるだけ、学校から離れた喫茶店へ向かった。

喫茶店に入り席に着くなり、刹那は何も頼まずに話を切り出す。


「いままでご支援頂いた事には感謝します。自由にさせていただいて・・・」


「いいのよ、それより・・・お母さんから手紙」


「手紙はいりません。あの人とは、もう会う事もないです。」


「あれから、6年が経つわ。実はね、病棟へ移されることになって。刑期が短くなったの。」


その言葉に刹那は、目を見開く


「そんなっ・・・」


「普通の受刑者と同様の生活が送れないと判断されたわ。病棟での生活となるの」


「塀の外に出てこれるということですか。」


「面会はできるけど、自由にとまでではないわ。ただ警備が軽いともいえるわね」


「・・・そうですか」


「一度、面会してみない?」


「会いたくはないです。ないですけど、もしそれで普通に会話が戻れば元の刑にもどりますか?」


「それは、警察の判断で・・・」


「だったらかけてみます。私が奴を普通に話させて元の刑へ送ります。」


「・・・わかったわ。一応手紙、渡しておくわね」



ブティックへと向かいながら、ひたすら思い返していた。

私の母親は、殺人を犯した。


その罪は、私は一生許さないと決めた。


奴のせいで、どれだけの思いで生きて生きたか。


ブティックについて、作業部屋で恐る恐る、手紙を開けてみる


「元気?」から始まる言葉は狂っているものばかりだった


「卒業をね、聞いたわ。あなたが卒業できるなんて。進学するのよ、そしたらあの人と同じような誠実で、賢くて・・・そんな人と一緒になるの。

そうだぁ、私が結婚したのは24歳の頃よ。同じ歳に結婚しなさい


ねぇ、有名人の気分になれたでしょ?私の子だって自慢でしょ?


ねぇ、私に似て、貢いでもらう事が得意でしょ?


ねぇ、素敵な人生にしてあげたのよ」



その言葉一つ一つは、狂気に満ちた。

そして、どこかで当てはまる自分がいて悔しくて、情けなくて涙が溢れた。


「貢いでもらっているのだろうか」


その言葉は尚弥の顔を思い浮かばせた。


君は・・・尚弥は、「私の世界へ連れて行く代価」と言った。


でも私の世界はこんなにも汚く、暗い。





-殺人犯の娘ですって言ったら君はどう思う?





そんな世界に君は行きたいと。



-それでももう少しだけ、彼に借りを返すまでは・・・




そんな言葉がよぎった。


そうだ、私に今できるのは彼がくれた物を返していくこと。

それには少しだけ、時間がいる。


あと少しでいい。


そうすれば、彼の元を去れる。


そう、思ってひたすらデザインを書き始めた。

目には涙を溜めながら。

唇を噛み締めながら、無我夢中で。


そうして先に進み紙をめくるごとに、一番最後のページにたどり着いた。

それは、あの日自分の下心で、尚弥への思いのようなものをデザインにした物。


許されないデザインで、一生叶うことがないもの。


破り捨てようと、手にかけたけれど、そのデザインは破り捨てられなかった。


だから、代わりに封印するように。そのデザインの上に文章を書いたんだ。


きっと、君の顔をみて謝ることも、真実を明かすこともできないから。



でも、どこかでそのデザインが報われるんじゃないかって淡い期待があったから


罰があたったんだ。


私たちに、困難があるなんて。


ただ生きたいだけなのに、尚弥の道は焼き尽くすような光で。

私の道は、月の明かりさえ、失ってしまう。



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