第9話 欲というもの
それからも、尚弥は余りものの生地やボタン、アップリケ。
レースの切れ端、チェーンなどの壊れたものを仕事場から集めてもらってきた。
「無理に・・・もらってこなくて大丈夫」
「気遣いなし。これは、僕がこの世界に入って唯一できる事の一つなんだから」
「え?」
「だってそうだろ? ココにいるだけが刹那の世界じゃない。
刹那の世界に行きたいんだ。こういう一つ一つのものも僕が見て、もらってきてってさ。普通の売るようなファッションだったら、新品の生地を買ってつくらなけらばならない。でも、刹那はそうすると「仮ができた」とか「お返ししなきゃ」とか言うだろうし。それに。キレイなものから、作る世界は刹那の世界じゃないだろ?」
「・・・うん」
「加担したいんだ。そういう刹那に」
その言葉の意味に刹那の心は、苦しくなった。
尚弥の言葉が、行動が、視線が。暖かすぎて。
眩しすぎて、これ以上この優しさに甘えていたら自分はきっと・・・
「でも、毎回もらってきたりしないから。見つけたときに。」
「うん」
どうしてこの人は何でも手に入れてしまうのだろう。
きっと、自分の思うとおりになっていってるのかもしれない。
私の世界に・・・なんて言葉を言うけれど。
今のココは眩しすぎるくらい焦がされた光の世界だ。
いつか、もっと見たことのない光が降り注がれそうで。
その明かりが鬱陶しくて。
「嫌い」だと思う気持ちが強くなっていくのは尚弥を意識しているからなのだろうか。
「僕は下にいるから」
「うん」
「・・・邪魔なら、帰るよ」
「邪魔かも」
「そっか。じゃぁ、僕帰るね」
尚弥が階段を下りていく音が。ドアへと近づいていく床の歪み。
「ここにいて」っていう甘えもワガママも
今は全部、自分が消えてしまう。
「あなたの世界にはいけない。交わることもできない」
スケッチブックの最後に書いた服のデザインを切り取って、
鍵のついた箱の中に入れた。
唯一、家族がいたときに。誕生日という日に買ってくれた小物入れ。
その小物入れは今は大っ嫌いなデザインだ。
明るい白に包まれ、眩しいほど光る金色の茨模様が、装飾されている。
鍵を開けると、太陽のデザインが描かれ、フランス語で「Pour être heureux」
直訳で「幸せになるため」と刻まれた箱
この箱には、自分ににつかないものを入れてきた。
入っている物は数少ない。
もしかしたら、この道を進んでいれば、素直という言い方が正しいのなら
そういう形で全て忘れて過去さえも笑い話になるような
周りに合わせ、同じ服をまとい、流行りを追いかけながら集団の中に混ざれば
私は尚弥のようだったのかもしれない。
他人から見て、それが「幸せ」というのなら
私はそれを捨てながら、道をわざとずれていかなければならない。
「ここに行けば、幸せになれる」
人はそう思いながら生きるのに
私は、その手前で道をわざと踏み外して辛い道を進む
罪滅ぼしなんて思ってたけど
次第に、「許されてしまう」という事が怖くなっていた。
孤独が怖くても、その孤独を愛さなければならくて。
当たり前の生活を手に入れてしまいそうなら、それを崩していかなければ
きっと、ここに存在する意味を持たない。
このデザインも。
このまま、作って、飾ってしまえばきっと2人の距離は近づく
私が思っているこの感情を尚弥は教えてくれる。
それは、私が進んでいい場所ではないから。
箱に閉じ込めてしまおう。
デザイン画をを折りたたんで、箱の中に入れて鍵を閉めた。
その鍵は、自分の身につけているアクセサリーの一部。
最後まで、開放することのないように戒めとして持つ鍵。
その箱を棚の奥に戻し、手前には瓶に入った造花の彼岸花。
彼岸花から滴るように固めた偽物の血。
「キモチワルイ」
と言われそうなくらいに並んだ、血や骨、黒い羽、十字架・・・
そんな置物で埋め尽くされた棚の奥にしまいこんだ。
ーカタンッ・・・ カランカラン・・・
お店のドアが開く音がした。
いつもは尚弥がいて、出迎え対応してくれる。
と言っても人はあまり来ないから。私が表に出ることもない。
けど、この場所を見つけた誰かが入ってきた。
階段をそーっと下りて、お店側との唯一仕切られたこのドアから
誰が入ってきたかを伺う。
マジックミラーのようになっている小窓のついたドアだから
お店側からこちらは見えない。
元々は、レストランで厨房として使われていた部分の場所。
ふと、この物件の便利さに安心していた。
すると、その窓から見えたのは中学生くらいの女の子。
その目の片方には眼帯、片方には赤い目のコンタクトを入れていた。
あたりを見回しながら、マネキンがきている服を眺めていく。
その子が立ち止まった先の服は
私が、自分のリスカした血と死にたいという気持ちが強く込めていたときにデッサンして描いた服を、作ったものだった。
マネキンの両腕には血が滴るかのように赤いグローブ。
そのグローブは包帯をイメージし、交差されたようにわざと作り、袖口にかけて、
ほどけていくようなデザインにした。
あえて、ノンスリーブの服でベルトが左肩側から2,3重に重なって巻きついているデザイン。そこから、胸元にかかる紫のシースルー生地に赤で傷のような刺繍をいれてあり、革素材で身体のラインが出るようなコルセットのようなトップス。
前側には、レースアップのように交差され、紐は、刻まれたようなレースを施してある。
下のデザインは、片足だけレースとレザー生地が斜めに交差され、レースには赤の血が飛び散ったようなデザイン。
片足だけ見えるようなアシンメトリーなスカートになっていて
スカートは斜めに、片方の足首近くまで長く、切られたような斬新なデザインのスカート。赤いラインのように、縦に紐をわざと下げたり、交差させたりした
死の淵から這い上がった血まみれのようなダークな世界の服
それを、ずっと眺めている。
なかなか、こういうゴシックな服は好きな人でも、少し引くような感じのもの。
尚弥でさえ、「ちょっと怖いかな」とつぶやいていた服だった。
私は、その子が、数分そこから離れないのを見てつい身体が動き、表に出ていった。
「い・・・らっしゃい・・ませ」
小声で話かけると
「ぁっ・・・」
こちらを女の子がみると
「この・・・これ・・・」
下を向き目を合わすことなく、服を指さした。
「私のデザインした服」
「すごくキレイ」
その一言に、自分を重ねた。
「このデザイン、キレイと思う?」
「ぅん。」
「なんで?」
「リアルだから。偽りがないから。」
「ここ、よく見つけられたね」
「この辺、きて。人を避けて歩いて、逃げたくて。そしたら私の好きな世界の入口のように見えて」
「こういう世界好きなんだ」
「うん。これはね、この服は私の存在する意味」
「意味?」
「生きていたくないのに、それでも生きていなきゃならない。
心も言葉もなくても、この服はそれだけで意味をくれるの
ここにいていいよって」
その子との見てる景色は違うけれど、理解はできた。
その中でも、最もグロイような服を選んだのは
きっとこの子は全身で、肉体で立つことしかできない世界にいるからだ
この服で訴えることしかできないからだ。
「この服はあなたにあげる。」
そう言って、刹那はマネキンから服を外し始めた。
「えっ・・・でも、ここお店でしょ?」
「お店だけど。見つけられた人がくる場所でもあるし。この世界を知るものが来れる場所」
「これ、でも32万円って書いてる」
「それは見せかけの値札」
「見せかけ?」
「そんなに好きでもないけど、隠れ家的なの好きで。こういうの一回着てみたかったとか。こういうの飾ってるとキレイとかそういう中途半端な人に売るための値段」
「どうやって、見分けてるの?」
「本当に好きな人は、あなたみたいに見かけだけのものを選ばない。
あなたみたいに、引き込まれてこの世界に踏み入らない。私はそんな人の前にもいかない」
「・・・でも貰うなんて」
「本当に必要としてる人にあげるだけ。そこにお金はいらない」
「こんなキレイなの、いいんですか」
「その言葉が十分の支払いだよ」
「お姉さん、もしこの金額払っても買いますって人には売るの?」
「売る時もあるし・・・売らない時もある。一人だけ、売ったよ」
「どういう人?」
「こういう服を作ってる人。でも、その人はこのお店を世界をくれた人の恩人だから
お礼で売ったの。社交辞令だよ。」
そういいながら刹那は、紙袋に丁寧に梱包した商品を詰めて彼女に渡した。
「あなたが初めての本当のお客さん」
「あり・・・がとうございます。」
その紙袋を受け取って中身をみた彼女の目には深い闇の中の瞳でも微かな喜びと安心に包まれたように見えた。
「あなたの力になれてよかった。」
「たまに、来ていいですか。」
「たまにと言わず・・・あなたならいつでも大歓迎」
「ありがとうございます。私は小物作りしかできなくて、今度持ってきます。この服のお礼として」
「ありがとう。嬉しい」
「私もです。・・・一つ聞いていいですか。」
「うん」
「その恩人さんには・・・どんな服を?」
「その人は、この世界の服を作っているけれど、もう暗闇すらなかった。
眩しくて、ただただ、その光を消すために身にまとっているけれどそれは、焼けただれたような服でしかなかったような人。だから私の作って選んだ服は、おとぎ話の世界の一つの中から選んだの。ここに並んだ服は、眩しい光に当たっても馴染むように作った服たちだから」
「確かに・・・ここに並んでる服・・・私には眩しいです。痛いくらい。
お姉さんにはごめんねですけど・・・憎いです」
「ううん、その答えが正しいよ。ここに並ぶものは、私も嫌いなの」
「なんで、作ったんですか?」
「そんな眩しい世界にいる人たちが買って、この世界を作ってくれた人への恩返しと売れるまでの砂時計みたいなものなんだ」
「砂時計?」
「この服は全部で12着。残り11着。これが売れた時。私はこの世界を作った人と離れる事ができる。全てをなくせるの」
「こんな世界を作ってくれた人と離れるということですか?どうして一緒にいないんですか?」
「いられない。その人は、私の世界へ来たいと言った。だから私の世界を見せてあげてるけれど。交わることは絶対にない。その人が私の世界に入って私の世界に染まる事はないから」
「その人・・・こういう世界を理解できる人ではないということですか」
「ううん。理解も、染まることもできるよ。できるけれど生きて生きた道や歩んできた道は変えられない」
「私は、この世界を選びました。でも光のある世界も憧れます。そこに手を差し伸べられたら救われるなら行きたいと思います。お姉さんが羨ましく思います」
「だよね、きっとそれが普通で。変えられないなんてエゴで。
誰に否定されてもその道を突き進めば、ボロボロになってもたどり着ける事もできるんだ。私には、這い上がることすら許されないの。だから、一時の夢でいい」
「難しいです・・・。私にないものが沢山あるのに。お姉さん、なんでそこまで
自分を閉じ込めてるの?私は、逃げられないしどこにも居場所すらないのに」
「その人と出会うはずでその人と、同じ世界を見られる・・・って人はそれだけでは済まなくなる。必ず、それ以上のものが欲しくなる。そうやって欲を重ねると自分が自分でなくなって、自分の個性も自分というものもキレイなものに変えたくなるそうしてくうちに、壊れてキレイな物しか見られなくなって、人の恨みや妬みに囲まれながら生きるようになる。そうしてスポットライトが何本も当たって、焼き焦がされて
その身を守るように反射できるようなものを身につけたくなる。私はそれが嫌」
「そうですね・・・きっと心のどこかで抑えてても不安が積み重なって人か物に
その不安をぶつけなくてはならなくなりますよね。同じ道を最初から歩いてきた人には同じ道の人と過ごした方がいいという事・・・ですよね。」
「持論だから、幸せになれないわけではないと思う。
そんな違う世界にいる2人だから、分かり合える事も助けられる事もできる
私がね、その世界に入ることを最初から許されてないだけだよ」
「お姉さんは、目の前にある光に手を伸ばさないで、暗闇に深く落ちていくんですか」
「うん。それが私の個性」
「私は。逃げちゃうと思う、目の前にそんな光が差したら。」
「いいんだよ。あなたはそれで。人の真似をしない事もあなたの個性になる」
「うん・・・それでも、この服は着てもいいですか」
「いいよ。それはあなたの個性と世界の服」
「ありがとうございます。また、きます。」
彼女は大切そうに紙袋を抱えながら帰っていった。
その後ろ姿は、ただ今刹那があげた服を頼りに歩かなければならない
道を背負う背中が見えた。
その夜、デザインを書きながら。
永遠の暗闇を背負う自分の死の衣装を考えた。
その服を彼に。
それだけあれば、彼は少しの暗闇を頼りにしていける。
あと11着の時間を彼と共に。
その時間だけは、彼と少しの幸せを願いたい。思った。
刹那は、またしまいこんだはずのデザイン画を
箱から取り出した。
「この続きを」
そう一言いい、そのデザインを完成させることを決めた。
少しの欲だった。
二つが壊れていく、たった少しの欲だったんだ。
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