第8話  過去


気持ちに少し余裕が生まれてくると、思い出したくもないことを考えてしまうのかもしれない。


尚弥の優しさを全身に浴びたバツなのだろうか。


ある光景が流れる


ー頭のおかしくなり、入院したあの人は、ずっと同じ事を口にしていた。


「彼はね、秀才で、自分を持っていて。いつだってまっすぐだったの。

彼はね、かっこよくて。周りにたぁーーくさん、ライバルいたわ

でもね、私を選んでくれた。選ばせたの。

彼のね、理想の女性になったわ。癖、仕草、スタイル・・・

なのに・・・なのにっ・・・なのにぃぃぃぃ いやぁぁぁぁぁぁっ」


面会は、最終的に、あの人が自暴自棄でパニックを起こして終了。

それでも何度も何度も通った。


唯一の肉親だったから。


「あんたは醜いの。私の整形前の顔と、私にすがりついた可哀想な男との子供

あんた・・・可哀想ね。」


その言葉に愕然とした。目の前にいる人間は間違えなく、自分の母なのに

自分の父は父ではなかった。


顔もしらない人間。


この人には二度と元に戻らないから、普通の会話も聞けない。


何度か、その後も話をした。


「彼はね・・・」


同じ話が続いた。


事実は、母が卑怯な手を使って手に入れたという事。


「子供ができた」


という私を口実に。


「お前は、自分らしく生きていきなさい。人と違うと思うことも、ずれたと思うこともあると思う。それでも、突き通す事は理解者は少なくても真実にありつけるんだ。有名な、発明家や音楽家、新たなものを生み出す人間は、その今を生きていた時は認めてくれなかった。気持ち悪がられたりもした。でもな。必ず成果は出るんだ。」



あの人は、私にいった。そしてその後、ここから去ることをなんとなくわかっていた。


その言葉は、酷いほど素敵で。

そんな言葉を子供の私にかけておいて、自分を貫いたあの人は。


私と世間に名前を刻み込んだ一人になった。


そして、私の母も。



あの日、何が起きたのかわからないけれど。


既に、もう話せなくなった母がそこにいて。

私は、親戚の家を渡り歩いて。


16になると同時に、一人で生活するようになった。


今も会いに行こうと思えば会えるけど。

もう、聞きたくもない同じ話。


あの母の笑い声だけが、いつも夢の中を襲い

その、悪夢の中にカメラのシャッター音。


そして、大人たちの冷たい視線、同情の視線。


「狂気な女の娘」とレッテルを貼られた自分の十字架


「アイツも頭おかしいんだぜ」


「だからあんな格好してるんだ」


違う。これは戦闘服。

お前らみたいなやつと戦う為に。


お前らなんかを見下す為に。


「狂気だから、イタイ服着てるんだぜ。」


「血とか平気らしいぞ」


「自分を傷つけてるんだって」



違う。これは自分への戒め。

血が平気なのは、この暗闇の中に「明るさ」を灯す光。


「また包帯巻いてるよ。」


「呪いとかやってるんだって」


違う、違う・・・何が悪い。

呪いは自分の道を示す呪術。


違うっ・・・


違う・・・・これが私の居場所


私の場所・・・



「違うっっっ!!!!」


「うわ、びっくりした・・・」


目が覚めると、自分の世界にいた事に気づく。

何を悩んでたんだろう。今は、ここが居場所なのに。


「きっと欲を求めたからだ」


「なにが?」


尚弥はそう言うと、大量の紙袋を机に置いた


「尚弥・・・ノックして入って・・・」


「いや、したけどさ。返事なかったし。それに、起きて驚かせた方がいいかななんて思ったんだけど」


ふと、机を見直すと、そこには服の装飾品に使えそうなボタンやチェーンなどの小物。レースなどのひと束が何個も紙袋から溢れていた。


「なにそれ、どうしたの?」


「あぁ、これ?雑誌の仕事場で、デザインの人たちも来ててさ。ああいう場だと流行に沿ったレースとか使わなきゃならないみたいで。流行で過ぎ去って使えなくなったやつとか、発注であまったけど使えなくなったものとか。捨てるって言われたからもらってきたんだ」


「すご・・・い」


初めてだった。涙というものが目からこぼれ落ちた。

ずっと無表情を作り生きてきた。


冷めた中で暗闇で生きてきたから。


「あり・・がと・・。ありがとう・・」


きっと。尚弥が眩しすぎて。暗闇の奥深くまで引きずり込まれた夢をみたせいだ


身を焦がされるほどの暖かさと眩しすぎる光は私には辛すぎたのかもしれない。


「もう、大丈夫。そこまで、してもらわなくて。大丈夫だから」


「いや、これは本当にたまたま・・・なんかごめん、余計な事した?逆に気をつかわせたな。・・・悪い」


「ううん、嬉しいよ。でも、尚弥が眩しすぎて」


私が歩いた、日差しの強い場所はいつだって、痛いくらいで。

視線やフラッシュ、陽の光さえも嘲笑っていて。


ずっと憎かった。


「尚弥は・・・私を嫌いでいて」


「え・・・」


そうじゃないと、私は暗闇から救い出されそうで。

私じゃなくなる。


彼の優しささえ、飲み込んでしまったら


私はきっと、どこにいることも許されないんだっておもった。


「お願い。利用だけするように。冷たい視線を注いで嫌いでいて」


「なんだよそれ、言ってること意味わかんない」


「あまり、こっちの世界に入り込み過ぎちゃダメだよ」



あの日、流した刹那の涙とあの言葉の理由は。

崩れるんだって事の意味も理解しないまま。



僕は、やりたいように強欲のまま突き進んだから

憎まれて当然だったんだ。

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