第7話 動き出す変化


それから、働き詰めの日々を送っていた頃。学校側からも単位が危ういということで僕は、単位をとる為に学校へ向かっていた。


僕の単位不足の科目を取ると急ぎながらまた現場へ向かおうとしていた。




「尚弥。」




刹那の声だった




「ごめん、急いでて」




「いや・・・あの・・・もしかしたらあのブティックの為に忙しくしているのかと思って」




「それは、違うよ。刹那は、ブティックのことだけを考えてれば」




「できたんだ。内装も完成した。家具も届いた。」




その言葉を聞いて振り返る。




すぐにでも『行きたい』という衝動が心を弾ませた。




「・・・そっか。」




そんな気持ちを抑えても、僕は無理に作ったのではないかという罪に怯えていた




「見てもらいたい。というか連れて行く。君が望んだことだろう。」




その刹那の言葉に少しだけ荷が下りた




「そっか、僕が望んだ世界・・・」




「そうだ。そして、私に居場所をくれた。私の唯一の居場所」




「そう。思ってくれるんだ」




刹那も望んだ事ならば、僕は罪ではないと。

勝手に許されていた。


そう思うと、僕は入っている仕事をづらしてもらい、刹那とともに完成した

世界を見に行く。


不動産と来た時は長い道のりのように感じた道があっという間にお店に付いた。

それが、刹那と一緒だから導かれているように、お店に向かえた。


あの鶴に絡まって飽きづらかった扉は、鶴を残しずつ塗装もされ飽きやすく整えられていた。


草木で覆われてはいるが、ちゃんとした道ができていて、そこを抜けると黒く窓のない鉄格子のような扉が目に付いた。




「この扉も、イメージ?」




「雰囲気あるでしょ?表向きはブティックだと思わない。だけど、ここの下にブティックだっていうことをほってもらった。」




扉の取っ手近くに英語でブティックと書いてあった。




「ここでも、埋め込みみたいになっているけど・・・」




「お店の名前。名前は相談して決めたかった。だからまだない」




「・・・でもそれが服のブランド名になるから、刹那が決めた方がいいよ」




「う・・ん。とりあえず、中へ」




扉を開けるとそこはアンティークな家具の中にも、刹那の趣味が広がる世界がそこには広がっていた。




「すごいなぁ・・・」




「普通にまとめてみた」




「いや、個性的だし刹那にしか作れないものだと思うよ。」




「そう・・・なのだろうか」




「だって、僕が想像していたのはもっとダークな暗い世界に髑髏とか・・・血の色とか・・・そんなの想像していたから」




「この服を選んで着る。この服がすきな人は皆がそういう人ではないということを伝えたかった。だから、会えて内装はアンティーク重視にした。」




「へぇ・・・なるほどね。」




「この場所を作ってくれた尚弥のおかげだよ。一生かけても返せない。でも

私はその分、約束守るから」




「約束・・・」




「尚弥を私の世界へ連れて行くこと」




「そっか、そんな単純に考えればいいんだよな」




僕の自己満足ではない。彼女が示してくれた道なのだろうか。

・・・なんて、そんな理屈ばかりを通した。

段々と広がっていくんだ。偽物の優しさに。




偽物の、言葉に。




だって、正直心は、「離したくない」なんて恐ろしい事を思ってる。


それからも、僕は「刹那の世界へ行っている」とどこか毎回言い聞かせながら

仕事が少しでも休みになると顔をだした。


螺旋階段を上ったその先はもう、既に刹那の部屋になっていた。


刹那が望む空間。窓の方に向かって置いてあるミシンの前にある刹那の後ろ姿。


3~4体のマネキンには、作りかけの服が並んでいた。



壁横に、広がる大きなテーブルに、布や糸などの束や切れ端が広がる。

完全にデザイナーの部屋。



その反対方向には、刹那にはにつかないパイプベッドと。ちょっとしたクローゼット。細身型の縦の鏡が斜めに立てかけられていて、唯一ゴシックのようなチェスの中に、靴や小物が入っている。




そして、そのチェスの上には「死」「異世界」「血」などのようなグロテスクな本や小説が置かれていた。




「完全に刹那の世界だな・・・」




その一言にびっくりしたのか、ミシンを踏み外し、振り返る。




「き、来てたのか。・・・入ると一言いってくれ」




「ごめん、ここから学校にも通ってるの?」




「そうだ。」




「そっか。まぁもう。卒業近いしな」




「あぁ。だからこっちに専念できる」




「無理してない?」




「無理じゃない。ここにいると、作りたいもの。作りたかったものが湧いてくるんだ」




そう言うと、刹那の表情が一瞬笑ったように見えた。




「・・・刹那、笑えるんだ?」




「なっ、私は笑ってない。」




「好きなことできて良かったよ。それに・・・この空間、この世界に来ると自分の全てが明るくなる」




「暗闇・・・なのに尚弥には明るいと思えるなんて。まだ慣れないな」




「じゃぁ。刹那は何が明るいと思う?」




「・・・考えた事はない。明るい世界なんて。無縁だから。

明るい、明るくないというよりは、陽のあたる世界には居たくない。」




「だよ・・・な。」




「どうかしたか?」




「刹那に言わなきゃと思って。ここを出資してくれた人の事」




「マジェルタさん?」




「なんで、知って・・・」




「ここに手紙がきた。切手なしで、ポストに入ってた。

事情は手紙で聞いた。」




「ごめん、僕だけの力じゃなくて、権力に負けてるよな。名誉を利用してるよな」




「それは、甘えでも利用でもない。尚弥が、頼んだ事ではないんだと手紙に書いていた。見ず知らずの私宛に、”謎の才能デザイナーさんに出資したい”と”今度、服を見せてください”とあった」




刹那が与える光はどこまでも明るくて、何度汚れても刹那が包み込んでくれる。

どんな嘆きも、刹那は励みに変えてくれた。




「刹那がそう思ってくれるなら・・・それでさ、そのマジェルタさんが、一度見に来たいって事で今日くるみたいなんだけど。」




「私も出る」




「え・・でも、知られたくないんじゃ」




「マジェルタさんだけなら。それに私からもお礼を言いたい」




マジェルタさんがくるまで。僕は下で、一つ一つ増えていったマネキンに着飾られた刹那の作品を見ていった。




童話をモチーフに飾られた作品。


あのプリンセス達が表で輝き着用していたドレスのイメージとは全く異なる逆のもの。だけど、それが「悪魔・天使」とかの差ではなくて。




もし、現代にこの童話の中のプリンセスがいてその子達が身にまとうとしたら・・・


そんな考えをさせられる醜さも、美しさもあるような暗闇の世界。




決して、鮮やかな色は使われていない。紺色や黒、白、赤、紫 目で認識できる色はそんな単純な色合い。




「暗闇」って一つの世界しかないはずなのに、なぜ彼女はここまで、色を光をあてられるのだろう。




そんな感動と、自分が居てもいいと言われている世界に日々のスポットライトを浴びる不透明で汚れた世界を忘れられ落ち着けていた。




ーカラン。




店の入口の扉が開く音。




「いらっしゃいませ。」




僕は、お店のフロアのドアを開けた。

そこにはマジェルタさんがいた。




「お久しぶりです。お店の件、ありがとうございました。あと・・・お手紙」




「あら、いいのよ。さっそく見せてもらってもいい?」




「はい、どうぞ」




その時、螺旋階段から小走りに降りてくる足音が聞こえた。




ーガチャン




店の奥の扉が開く。




「は・・・はじめましてっ」




「あなたが。」




「刹那です。お手紙・・・お店も・・・ありがとうございます」




「へぇ、凄いわねぇ。あなたの今着てるのもオリジナル?」




「はい、マジェルタさんの作品は知ってます。何度も何度も、パンフレット見て素敵だなって」




「ありがとう。お店、見せていただくわね」




「はい」




刹那の表情がキリッと引き締まっていた。


僕はその2人のやり取りの世界にまだ近づけていなかったくらい。




「凄いわ・・・本当につくってるのよね?一から?」




「はい。」




「寸法のモデルは?」




「一応、基本の3体型のマネキンを用意して貰ってそれで・・・」




2人の会話は芸術を作るものの会話だった。




僕は、隅に置かれたソファーに座りそこからみえる外を眺め

2人の会話を邪魔しないように、耳だけをたまに傾けながら座っていた。




刹那があんな風に人と楽しそうに会話するのは初めて見たかもしれない。




いや、いつも一人の刹那しかみていないから。




知っているようで。まだ刹那の知らないこと沢山あるんだ。

そんな風に思っていた。




「ねぇ尚くん、この服購入してもいいかしら。」




マジェルタさんが、示したマネキンが着ていたのは、童話のプリンセスの一つのもの。




「え・・・いや。僕は、刹那がよければ」




「刹那ちゃんがね、尚くんさえ良ければって」




「あ・・・刹那はそれでいいの?」




「マジェルタさんにもらってくれるなら」




「マジェルタさん、一つだけお約束お願いいたします。この服は口外したり露出は控えてください。」




「大丈夫よ。私のプライベートルームに飾るだけだから。だってこんな美術品のようなもの。どこにも出さないわよ。私が部屋でずーっと見ていたい」




「わかりました。じゃぁ僕からはそれだけなので」




「じゃぁ刹那ちゃん、いただくわねっ!」




「すみません、お値引きします」




「いいのよ。そのままの価格で」




「ありがとうございます」




普通のゴシックな服は3~5万円するものを日本に一着しかなく、全て刹那の手作りだから25万など高めの金額をしている。




これは、もし何気なくこのお店を見つけて可愛いから買いたいと単純な感覚で買われたくないという拘りもある。




「本当に欲しい人」というのは、見た目でも心理でもわからない。


マジェルタさんは、普段からこういう服を作り、この服の世界に愛着があるから譲ったのかもしれない。




刹那のように、この服が戦闘服であったり、暗闇を愛する人に売るのかもしれない。




そもそも、このような服を街で着ていく事は、一般の感性からすると勇気があるかと思う。




いくら個性に溢れてる格好がある日本でも、ゴシック、ロリータな服というのは


なぜか、懸念される。同じ1万出してもフリフリの花柄のようなワンピースが


「流行」と書けば買われるのに。




この服が「一般」として受け入れられるのも自分として納得が行かなかった。


着れる人、着る人がいい、世界。




だから、このような別の枠に区切られたような服装があるのだと。




「ねぇ尚くん。ここのブランド名はなんていうの?」




僕が頭の中で色々と考えを巡らせてた時。刹那とマジェルタさんは、2人でそんな話をして、僕にふった。




「あ・・・刹那が。僕と刹那の世界だからそういうブランド名をと」




「まだ決まってないの?」




「はい」




「あ~ら。なんだかんだ言って・・・そういう雰囲気なんだ2人」




「ち、私はこのお店作るのに、マジェルタさんへのお礼もそうですが・・・尚弥がこのお店を見つけてくれて・・・だから」




必死な刹那を見て、少し愛しく思えた。




「まぁ。僕も刹那の世界がみたいと無理をいったのもあるので。」




「そう。じゃぁ2人は・・・恋人同士でもなんでもないのにココにいるの?」




「こ・・・っこ・・・」




刹那がつまらせた。




「いや、そういうわけではないかな。」




「ふ~ん。今後が楽しみね」




そう言うとイタズラな笑いを浮かべて、帰った。




僕らは、ほんの数分気まずくなり、刹那は慌てるように、螺旋階段を上がり部屋へ戻っていった。




「恋人か」




一人そんな言葉を口にして実感のない未来を想像した。




確かにこのまま2人ここにいればそんな感じになるかもしれない。


刹那の世界に行きたいのは、そういう事が深く知れるのかもしれない。




でも、その裏に強欲だって出てくる。




それで今の刹那の世界が壊れたら。僕の世界へ連れ出す事になるかもしれない。




2人はどういう形が一番ちょうどいいのだろうか。




どこまでが刹那の世界を守れるのだろうか。




「好き」だともし向き合ったら・・・




本気で人を好きになった事なんてなく、「好き」という感情は思い込めば


マインドコントロールのように動かすことができるなんて。冷たい事考えてた。




刹那は部屋に戻ると、胸に手を当てて息が詰まりそうな鼓動を抑えようと何度も深呼吸した。




「尚弥には仮があるだけだ」




そう刹那は、一言いうと。




デザインのクロッキーと。ペンを取った。




一枚だけページの最後に書いたデザイン。




それは、今までに使った事のないピンクの色が入ったゴシックデザイン。


スカートも刻まれたデザインではなく、裾を詰めたシフォン。




後ろの側はメッシュ生地が、床下を這うくらいの長さ。


その先端は、わざと切り刻まれたようなデザインに書いてあるが、


それでも、暗闇の中、その身を太陽に焦がされたながら、誰かのもとへと


向かい、手にはあなたに渡す決して美しくはない地獄の花でも知られる彼岸花。




その花を受け取ってくれる人なんて、一人しかいないことくらいわかりながら


このデザインを書いてたとしたら。




無意識に書いていたデザイン画は、恋をしていた。


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