第4話 僕らの道

『おねぇちゃん、見て。僕もおねぇちゃんに負けないようにお父さんに頼んで辞書買ってもらったよ』




『うわぁ・・・難しい辞書じゃない・・・』




『うん、でもこれを読んだらおねぇちゃんみたいにアメリカ行けるって』




『尚也、尚也は何が好き?』




『おねぇちゃん』




『ありがとう、そうじゃなくて絵を書くのが好きとかゲームが好きとか』




『うーん・・・』




『尚也には、そういうのを見つけて行ってほしいんだよ。』





『どうして、こんな事になった・・・』




『だって、おねぇちゃん呼んでって・・・おねぇちゃんの大切な・・・』




『十分に手は施しましたが・・・』




『・・・真梨ぃ 嘘でしょぉ・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ合わせて』




『落ち着け、裕美子。・・・顔だけでも見れませんか』




『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』




『尚也、覚えておけ。この苦しみを』






目が覚めた朝は汗がびっしょりで。


久しぶりにあの事件を思い出していた。




家に戻った次の日はいつもこれだ。




「チクショ」




父が僕に向けた冷たい視線と憎しみ込めた言葉だった。


僕の姉は、僕が殺したようなもの。


あの家族の中では今もそれが消えない。


さっきまで見ていた忌々しい夢の気分を変えようと、シャワーを軽く浴びたあと、マジェルタさんからの言葉を思い出して昼間の街中に出かけていく。



いくつかの不動産屋へ向かい話を聞くことにした。

身勝手な行動だけど、彼女の唯一の夢であるのなら。

強引にでも叶えられたら・・・。


そんな、単純な考えで動いた。




「本当にブティックだすのにこの条件なのでしょうか」 




「はい、なるべく目立たないような所で・・・できれば目に付く人が入れるような」




「こちらとしてはありがたい話です。比較的価格も安いですし、広い所もでてきますが・・・展開には、向いていない場所ばかりですよ。」




「はい、大丈夫です。できればメゾネットのような形で・・・お店からは上に行けない隠し扉がある形で。あ、あと奥まっている形の方がいいかと思います。」




不動産仲介人は条件に悩みながらも、いくつか出してきた。




「一旦持ち帰っていいでしょうか」




「はい、是非ともご検討ください」




そしてそのまま自分の所属している事務所へ向かう




「お疲れ様です。・・・あの幸治マネージャーは?」




「あぁ・・・今もう一つの担当で外出していて。私でよければ話聞きますよ。  幸治さんに頼まれてスケジュールも管理して連絡とってますので。」




「もしかして 川崎さんですか?」




「はい、申し遅れました。スケジュールと連絡担当を主にしております。川崎美咲(かわさき みさき)です」




「すみません、あまり活躍していないのですが。木崎尚弥です」




「いえいえ、この間のマジェルタさんとのファッションコラボ企画。とても人気で

話題も殺到しているんですよ。よかったらファンレター持ち帰りますか。」




「・・・あぁはい・・・それとお願いが」




「はい、じゃ立ち話もあれなのでこちら・・・会議室空いていますのでどうぞ」




しばらくして、手に溢れるほどの資料とスケジュールと、お茶を抱えて、足を器用に使い扉を開け、会議室へと入ってきた。

まとめて運んでドアを足で抑えながら慌てる感じは彼女の見た目からよりは大雑把だという性格に感じた。




大雑把でも管理できているんだなんて、関心していると。

スケジュール帳を開くと凄く見やすく書かれているギャップを見て驚きを感じた。




「えー・・・今月、木崎さんは雑誌メインですね。」




「それの幅を広げたいんです。俳優や舞台でもなんでもします。仕事いれていただけませんか」




「それえじゃぁ・・ちょうどいいのが・・・」




もう一つの分厚い資料が入っている方にびっしりと各プロダクションや映画ドラマ関係からのオーディション案件がごっそり出てきた。




「意外と・・・川崎さんってマメですね」




「アハハ、その編よく言われるんだ」




「ですよね」




すこし口角が上がっている自分が変化だと思った。

愛想しかできていなかった僕が自然にできている。




「舞台からやった方が、身に付きますよね。いきなりTVとかでるより」




「そうだけど・・・舞台だと話題のものは露出されるけどメディアが必ず取り上げられるなんて事はないかも。小さいものだったらなおさらだし」




「いや・・・逆にそこまで名前が売れて有名になるとかでなくてもいいんです。

ただ自分のしたいことでお金を稼げればなんて。甘いでしょうか」




「うーん。甘くはないけど木崎くんの感じならもったいないかな。

それにすぐ話題にもなりそうだからTVドラマとかも考えていてもいいかもって

そうだ、この舞台、難しいけど業界内では話題で大きい舞台なんですよ」




一枚取り出した紙に書かれていた企画書は有名作家が手がけ映画化にもなったものの舞台化だった。




「主人公目指すと言わなくても一応実力試すのもいいかも。もし主人公じゃなくても学べること多いかも知れないです。・・・あとは、」





そう言って僕に合いそうな案件をたくさんある中から本の数える程見せてきた。




「とりあえず、これ全部できるかぎりやってみていいですか」




「わかりました。スケジュールと先方に連絡次第、木崎くんの方に連絡いれますね」




「ありがとうございます。」


次第に自分がこうして、深くお辞儀するのが次につながると思うと嬉しいことだと

気づき始めていた。




「こちらこそありがとう。幸治さんも・・・正直どうしようつづけてくれるかななんてこぼしてたので喜びますよ」




「ありがとうございます・・・本当に」




「こちらこそ、よろしくお願いいたします」




僕は彼女の夢を叶える為、二人の世界をつくる為ならなんでもしようと思った。

だから真っ先にこの事を刹那にはなしたんだ。



「断る」



「いうと思った」



「それにもう、あと数万の旅だ。その状況ではまた、木崎くんへの借りになるだけだ」




「そうじゃない・・・いや、言い訳だけどさ。世界を作って誰にも邪魔されずにそこにずっといられたらって思う」




「ブティックを開くのが邪魔されない理由?」




「あぁ。君の世界しか見つけられない人しか入れないよう路地裏で人目のつかない場所。それに・・・あんなに楽しそうに作って、借金するまで生地を買おうとして服を作るのにそれも飾る場所がないのはもったいないよ」




「でも・・・売ることが目的じゃないから」




「わかってる。売らなくていい。」




「え? 売らなくていいんだ。君が歩いてきた道も全部展示する2人だけの世界だから」





「・・・話題になったらどうする。家賃だってかかる。それには売上が必要なのじゃないのか」




「刹那はやりたいことをやればいいんだよ」




「どういうこと」




「専門にも大学にも行こうとしないまま。でもああいうふうに服をつくるのは好きなんでしょ?人には見られず。なら表舞台は僕が全て背負うから」




「何故・・・そこまでするんだ」




「誤解しないで。やりたいことある人に、才能ある事をそのまま押し殺して欲しくないだけ。」




「これで、生地の代金はチャラ。その世界でずっといられるなら。僕はそれでいい」




「考えさせてほしい。とても重要な事だ。

それに、それは私にとって明るすぎると思うから」




「それだけは違うって思ってほしい。ずっと背負う暗闇の空間を作るだけだと思って欲しいんだ」




近づけば近づくほど。

足りない物を探して、手に入れようとしている事なんて気づいてなくて。




僕らだけの世界を作れば全てから逃れると思った。

ずっとこの道を歩いていける。




ある程度固まれば自分もその中にいて。この明すぎて不透明な世界から

逃げられるって。




それから僕に言われるがまま

刹那はどのような空間なのか、もし自分のブティックができるならどのようにしたいのか、夢中になって考えていた。




会える日は極力あって刹那の意見を聞いて僕が不動産へ出向き

刹那は内装やインテリアなどトータルを考えた。




いつもの喫茶店で話し合いながら書いていく刹那の目に少しづつ輝きが見えてきて。

それが僕には暗闇のなかに差し込むちょうどいい光だった。




「あ・・・尚弥。」




「何?」




「この分のお礼はどうしたらいいか考えているのだが」




「この分はいらないよ。勿論費用とか・・・僕が出してるのかもしれないけどさ

これは君の世界を作って入れてもらうんだから」




「そうか、でもそれだとやはり気が済まない。自分なりに考えたのだが」




そう言って、刹那が鞄からファイルを取り出した。




「原案なんだけど。これを12種類作ろうと思う」




「これ・・・」




そこに書かれていたデザイン画は童話の主人公をモチーフにゴシックのデザインで表現されていたものだった。




「販売するのに並べてもいいと思うものだ」




「でも、売りたくないんじゃ」




「この12枚は昔・・・家族というものがいた頃に毎回給料日になると買ってきてくれた童話の本が好きで。それをモチーフにずっと直しながら書いてきた」




「そんな思い出あるなら逆に売れないよ」




微かに光のあった刹那の目にまた暗闇が戻っていく




「その思い出はいらない。それはもう手放したいんだ」




『何があったの』なんて軽く聞ける雰囲気でもなく。

僕がしていることに付き合ってくれている刹那に踏み入ることができなかった。




「手放したいなら・・・刹那がやりたいことをやれる世界を作るんだからそれでいいよ、ただ約束して。僕へのお礼とかそういうので自分の世界をなくさないこと」



「ありがとう。わかった・・・何も聞かないんだな」




「ただでさえ付き合ってくれてるんだ。土足で踏み入れないよ。

話したくなったら聞くし、話したくないなら聞かないから」




その言葉に刹那は顔を隠すように紅茶を両手で掴んで飲み干した。

僕らの間に『お互いを知る』事が深くできていないけれども


知らなくていいと思ったんだ。


それから、2人。

何時間経過しただろうか、家具の配置、店のデザイン、刹那が作る服のこと、作業場のこと。何度も何度も彼女は熱心に話して、やり直して。


ただそんな彼女を見つめながら、話を聞いて。


「ここの部分・・・このくらいなら自分でちょっとした家具は作れるから・・・」


そう各店舗の図面に照らし合わせて、刹那の世界を合わせていくように店舗を選んだ。


「ここがいい。この間取りなら、全てが揃えられる」


刹那が選んだ間取りは、僕の中でもインスピレーションで『こういうの好きだろうな』と感じた場所だった。


「ただ、家具が運びづらかったり、時間かかるみたいだな。ここ」


「それだけ、入り組んだ所なら。尚更ここがいい」


「決まりだな」


「あ・・・あり、ありがと」


「うん・・・さっきも言ったけど、僕が勝手にやってることだから互いに気にせず、

やりたいこと、言いたいことは遠慮せずにしようよ。ここは僕らの世界だから」


「わかった」


何気ない一言だが肩の力が下りたような、少し楽しみのような柔らかい表情でうなづいたんだ。


すごく、簡単に物事を考えていたんだ。

僕ら、2人だけの世界なんて場所を作るために。

ただ、自分の持つコネや権力を使って。



刹那の夢の後押しなんてカッコつけた事を言って、何も気づくこともできていなかったなんて。




この頃の僕ら、何も思ってもなくて。

僕ら互いが背負うものをうまく天秤にかけられているんじゃないかって

互いに逃げたい事があるから。




今の僕らには僕らだけの世界が必要だったんだ。

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