第3話 扉
彼女と連絡を取れたのは、卒業間近の2月。
授業という、授業がなく相変わらず進路の相談に明け暮れ、嫌気をさしながら学校を出ようと、通信科の門の前に彼女が立っていた。
「これ・・・まだ、足りないけど」
顔を合わせるなり、すぐさま差し出した封筒
「どうして・・・」
「今なら、戻れる」
その言葉にパーティーのことがよぎる。
「パーティーのことは、謝るよ。刹那の世界をみたいと言っておいて自分の世界に連れ込んだ。どうかしてたよ・・・ただ、刹那にはあんな不透明な世界がどう、映るのかって思ったんだ。」
「・・・うん。あんな世界を知れたのは自分の為になれたから。あんな世界でも、素敵だと思った」
「どこがだよ。不透明すぎる世界だ」
「それでも、多くの偽物のスポットライトを眩しいくらい浴びて周りが見えなくなる方
が、手に入るモノが多いだろう。」
「僕が欲しいのは、手に入らない。他の物は捨てられるのに」
「じゃ、家族もいらないと言えるか」
「あぁ。」
「殺せるか?」
「・・・何」
「君は、まだ失えない。犯罪ができるかと聞かれれば、逃れようとする。もし実行してももみ消せるよう綿密に行動する。それは、君の世界。私の世界は、それが通じない。
計画すら許されない。それでも君は、まだ入りたいと言えるか?」
「・・・」
戸惑いが自分の中にあることを再確認させられた。生まれ育った環境・生まれ持った運命
0からスタートしたら、登れる壁は0から持ってないだけに、自ら転落しようとしても落ちることもできない。
「僕は、多分どこかでまたこの地位を使うんだろうな。君の世界も結局は自分の地位で買ったんだ。同じ事してる・・・奴らと」
「私は、買われたと思ってない。君は、君の世界で生きたほうがいいと思った。」
「何かを探してた時、君と出会って僕はただ、一つ導かれていると思った。舞い降りた黒い羽が僕にははっきり見えたんだ。」
「・・・私には眩しすぎた。君を取り巻く光が目を開けられないほど。でも、それを憎んでしまう私がいた。ついていけないのは私だ」
「・・・そっか」
それしか言葉が出なかった。
ただ、頭の中で「これで希望が消えた」とそれだけ考えていた。
彼女の決意や意思なんて、全然考えてなくて
思い通りになった事への自己満足だった。
何度も表情を伺いながら彼女は言った。
「自分の世界を忘れることができるなら、君自身が変えようとするなら・・・君には返しきれていない恩があるから」
その言葉は、救いだった。
「ありがとう。それが今、僕の生きている意味だから」
「大げさだな、私も君に・・・”尚弥”に借りがある」
「刹那の世界にいられるなら。何も望まない」
この間にどれほどの壁があるのかもわかっていたのに、僕らは若かった。僕が、幼すぎた。それでも僕はどんなことをしてもこの世界が欲しいと強欲だった」
卒業式までに互いに進学しない同士で僕は彼女の世界を見に連れてもらった。
彼女が選ぶ服、雑貨、アクセサリーは、切り裂かれたようなデザインやダメージ加工のされたもので赤や黒や紺色といった暗めの色が多かった。
行きつけの店も、ドアや入口からゴシックなものが並び、わざと錆びた家具や、角の木目が磨り減っている棚に、目玉や血のようなモチーフ加工されたアクセサリーなどが丁寧に置かれている。そんな雰囲気のお店や少しごちゃっと置かれ隙間なく詰められたお店。
路地裏に5畳ほどあるかというくらいの場所は、このゴシックの世界が生きている世界を堪能した。
「尚弥は目標とかないの?」
突然の彼女の質問だった。
「・・・嫌味かもしれないけど、目標や夢を持っても叶えられてしまうんだ。だからなるべくは持たないよ」
「そうか、確かにそう言われると叶えられてしまう世界だ」
「刹那の目標って何?」
「・・・」
「ごめん。土足で踏みいった」
「いや、」
彼女は何かを吸い込んで口を小さく開いた。
「私の世界には目標でさえ立ち入ることが許されない」
その声は僕にはっきりと聞こえた。
彼女の弱いような声が「何か手伝いたい、助けたい」と思った。それが同情なのか、愛情なのかなんて考えなくても行動だけが先走った。彼女自身、望んでいなくてもせめて目標くらい『容易い』じゃないかと考えた。
とある日。
雑誌撮影現場でロック系やヴィジュアル系と言われる服装の種類がテーマになり、そのモデルとして僕も参加することになった。そのテーマは刹那の好きそうな服が沢山置かれた世界で、いつもなんとなくこなしている撮影現場でも今回ばかりは、胸が高鳴った。自らのポーズの提案や位置の指示を行い、こだわった。こういう世界を少し先になって深くしっている気でいたからだ。
誰よりも詳しいという単なるはしゃぐこどものように、夢中になり気が付くと普段長く退屈な撮影も一瞬のように終わっていた。
この機会は、あまりあるものじゃなく新人の僕らは仕事を選べる身分ではない為、またいつ同じ特集の仕事が来るかわからない。
今、この現場にはこの業界のデザイナーもいる。この機会を逃せられないと思い、いつもなら軽く挨拶を済ませ現場を後にするけれど撮影で着用させてもらったデザイナーのもとへと足は動いていた。
「あの、5分でも構いません。お話伺えませんか?お願いします。」
深く頭を下げること、これが初めてだった。
「いいわよ、珍しいわね。あなたが頼むなんて」
見た目は男性だが、女性のような話方と女性の感性で生きているデザイナーの『マジェルタ』名前はもちろん本名もではないが、マジェルタというゴシック系のジャンルでは一、二位を争うブランドで、その素性は非公開にしている。まだ刹那と会う前にも一度、着用した覚えはあったが、気にも止めていなかった頃で。パーティーなどにも出席はされているからすれ違ってはいると思う。
話したのはこれが初めてだった。
「いいんですか・・・でもどうして」
「前から、気になっていたところかな」
「すみません、着用させていただいていながら」
「私が好きで選んでたから。気にしないで。それより、話は?別のところがいいかしら」
奇策に話してくれた瞬間どこかで人を信じてなかった心が少し解けた感覚になった。
撮影現場から少し近くにあるカフェに身を落ち着かせると本題へ入る前に切り出した
「あの、急な話でお時間いただいてありがたいのですがどうして承諾してくれたのですか」
「そうね、私が見るあなたは現場で人と交流を持たないしやりたいこととかも見えないって感じだったけれど、真剣に何かを伝えたい。って今日思ったからかな」
「そうですか、ありがとうございます。あの、もしデザイナーについてや、お店を開くこととか教えていただきたくて」
「それは、あなた自身じゃなさそうね」
くすくすと笑いながら「あなたは誰かの為に動けるのね」と飲み物を口にして、一息つき語ってくれた。
「私は普通の路線でこの道に入ったから何も為にならないかもしれないわ。専門学校や留学しながらコンテストや売り込みしたりって下積みなの」
「その、技術的にというか・・・作ることにすごく冴えていて普通に売っているドレスとかを全く別のものにしてしまったり、ジャンルではゴシック系というマジェルタさんの作るジャンルでデザインを加工したり一から作ったり。制服もゴシックに変えるほどなんです。」
「それはただのリメイクじゃなくて?」
「リメイクって言葉じゃ足らないと思います。一つしかないものを作ってしまう子で確かにジャンルはゴシックだから定番のダメージ感や鎖とかそういうのはつかっているけれど学生服をあんな風に自分のものにしてしまう人を僕の中では初めて出会いました。でも、彼女は専門とか留学とか絶対にいかないと思います」
「才能って持ってるのであれば売り込んでも今のネット時代話題も作れるし・・・でも学校が全てじゃないと思うの」
「話題になるのがダメなんです」
「どういうこと?」
「彼女が作ったって話題に取り上げられるっていうスポットライトをあたる世界を避けているんです。」
「名前とか公表しないこともできるわよ
私も本名とその他は公開していないから。でもこういう場面とかには出てこないと務まらないかもしれないわね」
「もしもなんですが、お店を出すというのは、マジェルタさんからみて不可能ですか」
「不可能ではないわよ。でもヒットすればその服を取り上げたいって人も出てくる。結局スポットライト浴びちゃうのよ。」
「そうですか・・・ゴースト的な感じでも言われますか。」
「そうね、この人が作ってなかったなると取り上げられちゃったら終わりよね。だったら全部偽物の人物を作って公表しちゃうてもあるかもね、まぁいつか真実を突き止められてしまうかもしれないけれど」
「やはり不可能なんですかね・・・」
「一切の取材拒否をしてお店を開いている人もいるわよ。だから知る人だけが、その服を買えるっていう場もあるけれどリアルに考えて売上になるか仕入れは・・・ってなると厳しいわ」
その一言で自分の中に考えが思いついた。
「一切非公表という形でも、仕入れとかもなんとかできればってことですよね」
「まぁ、そうね」
「売上とかじゃなくて・・・僕はただ、差し伸べられたらって思うんです」
「とても大切な子なのね」
その言葉に少しの疑問とどこか自分でも理解しきれてない感情が動いていることの確かさを知った
「すみません、長くお時間いただいて」
マジェルタさんのスケジュールを気にして時間を確認した。
「いいのよ、あなたと話してみたかったし」
「でも僕の話じゃなくて、すみません。今度また機会をいただければお礼を」
「いいのよ。もう沢山知れたし。あなたがどういう人かということもわかったし。私もなんだかアイディアもらっちゃったな。一つ欲しいものといえば、その子のデザイン見てみたわ。」
「多分、僕がこんな話を勝手にしていること自体彼女は、よく思わないかと。だからお見せできる約束はできません」
「まぁいいわ。これ、私の名刺。私も秘密主義よ。その子と気が合うかもしれないわ」
「ありがとうございます」
名刺を受け取り、カフェを後にするマジェルタさんを見送ると彼女に相談をすることなく自分の意思だけで行動を始めた。
彼女に、拒否されれば自分だけでも進めればいいとそんな、簡単で少しどこか夢を見ていた。
久しぶりの両親が住む家。
今後の頼みごとをする為に、足を踏み入れる
こんなこともないと、踏み入れることはない場所になっていた。チャイムを鳴らすとカチャッと受話器を取る音が聞こえた。
「尚也なの?」
インターフォンのモニター越しに姿が見えるなり、母親はすぐに家のドアが空いた。玄関には母親が佇む。
「久しぶりじゃない・・・待ってたのよ」
「ただいま。父さんは帰ってますか」
「ええ、さっきね。早く入って。ご飯は?食べたの?」
「いえ、話にきただけなので」
強引な母の行為は相変わらずだ。何かを埋めるようにそしてどこか他人行儀で接する感覚
玄関に入ると父の靴があるのを目にして、気持ちを引き締められた。
廊下を通ってリビングまでの行く距離が長く感じた。
ドアを開け、リビングに座ると父がご飯を食べていた。
「帰ったのか。」
「話があります」
「だろうな。そうでもなきゃ帰らないだろう。」
「聞いていただくだけでもいいので」
「今は食事中だ。終わってから聞く」
自分の息子だとも思っていない父の態度にこの場から逃げたくなる気になるけれど、それは自分の野望に止められた。
食事を終わるのを待つ時間が丸一日経過したかのように長く沸々と苛立たせる行為だった。
食事が終わると、昔と変わらない定位置のソファーに腰掛ける。その行為は僕に
「あの頃と何も変わっていない」と戒められているような感覚だった。
「金だろ」
その一言に、張り上げたい気持ちを飲み込み冷静に話を切り出した。
「目標ができたんです。自営業を行ってみたいと思いまして」
「大学までは援助するといったはずだ。マンションはその後もお前のものだし。」
「いえ、大学には行きません」
その一言に父は大きくため息をつく
「どこまで困らせるんだ」
「大学で学んでる時間がもったいないと思うんです。自分で知識は学んでいくつもりです。貸していただきたいだけです。必ず返すので
」
「やっぱりお前は、甘やかされたんだな」
「自分では厳しい道を選んだと思います。でも成功する可能性もあるかもしれません」
「今でさえ、中途半端だろ。」
「・・・」
いつものことだなんて、自分に言い聞かせて父の八つ当たりだと解釈して、粘り続けた。
「借用書でも書くか。お前にはその覚悟があるということなんだろう」
「はい。必ず返します。」
父がその場で借用書ともに小切手を渡した。
この家の中にいる時間を計算すれば短いはずだった。
丸一日居座ったような感覚と疲労が体を重くした。
帰り際、母が寂しそうな顔で
「気にせずにいつも帰ってきてね。あなたが顔を見せてくれると気が紛れるわ」
その言葉は遠まわしに「あの事件」を思い出すとしか聞こえなかった。
「また、僕のせいですか」
「そうじゃない・・・のよ」
いつもこの事に触れると、母は少し声を荒げる。
「いつまであの事件を・・・」
そう切り出そうとした時、母は玄関のドアを閉めた。
僕はきっとこのドアの一枚より厚く閉ざされている。
この家からも、この親たちからも。
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