第2話 解けた心
彼女のスケジュールに合わせて仕事を入れるようになった。
そして、オフの日は彼女の景色を観察した。
一般的にはそれが「恋人同士」に見られているのかもしれない
「友達」と思うのかもしれない。
ただ、僕の行きたい場所に行くのではなく彼女の行きたい場所や景色をみている姿は、周囲からみると女に振り回されているようにも捉えられるだろう。
それでも初めて楽しいと感じることができた。余計な柵も、気づかえもなくただ傍にいいるだけ。この距離感が気持ちよかった。
彼女がお気に入りのショップから出てきたあとだった。
振り返って僕の方へと近寄ってきた。
「これでいいのか」
「・・・・なにが?」
「ただ私のあとに付いて来るだけで」
「いいよ。楽しいから」
そう言うと彼女は早歩きで少し進み、また僕の方へ戻ってきた。
「い・・・・いきたい所ないか。」
「ふっ・・・」
思わずその行動に笑ってしまいながらも「いいよ、構わずに」というと彼女は
「お腹・・・・空いただろ。ご飯何か食べたいものとか」
一生懸命気遣っている様子が新鮮だった。
「何が食べたい?」
「・・・いや、ここは譲る」
「言ったはずだよ。君の世界にいれてって。だからいつもいく場所とか。なんでもいいよ」
「・・・・じゃぁ」
そう言うとスタスタと歩き出した。
そこは、いかにも老舗のような古い暖簾と佇まいの小さな木造の定食屋。
躊躇することなく行き慣れているように入っていく。
僕とは真逆の世界、カウンターはベニヤで磨り減った椅子が4,5個並んでいる。
向かい合わせの席は擦れた畳が台座の堀ごたつ式。その席が立った2つ。その上には、古そうな座布団が乱雑に引いてある。
「おっ、久しぶりだね」
「あら、いらっしゃい」
そう、彼女に声をかけるお人好しそうな顔の老夫婦。
「男の子連れかい!やるなぁ~・・・はっ」
何か言いかけた瞬間彼女は僕の前では初めての大声を出した。
「おじさん!・・・名前・・・」
その一言で理解したのか、すぐに言い直して「刹那ちゃん」とつぶやいた。
その瞬間、彼女の名前をおじさんが言いかけたのだと感じだけれどそんな事どうでもよかった。
いつも高級なお店にしか入れなくて、個室が当たり前。そんな世界からかけ離れている全く別の世界。
堀ごたつの席に座ると、彼女はメニューをみようとはしなかった。
「あ、これメニュー表」
そういって僕にメニュー表を渡した。
手書きで、消えかけた文字。メニューも年季が入った感じのものだった。数はたったの5点。あとはおかずが1品程、どれも家で食べられるような手料理で、煮物やだし巻きなどのおかずと定食はカツ丼、カレー、野菜炒め、ハンバーグ、魚定食。
おばさんは、水とおしぼりを持って来ながら「刹那ちゃんはいつものでいいかい?」と聞いた。
「うん」とただ、答え僕の方に腰掛けて「刹那ちゃんと仲いいの?」と聞いてきた
「あ、仲いいというか知り合ったばかりで」慌てて答えると「そうかい」とにっこり笑い立ち上がり「決まったら呼んでね」と言って奥に入って言った。
「馴染みの店ってやつ?」
僕は彼女にそう聞いた。
「小さい頃からここで食べてる。」
そう一言答えて彼女は続けて「メニュー決めたか?」と聞いた。
「あ・・・じゃあハンバーグかな」
そう言うと立ち上がり、彼女は奥の方へ行き10分くらい経過しただろうか。
そうして戻ってきて、無表情で座る。
「お金、ないからここしかなかった」
彼女はぼそっと言った。
「え?あぁ、いいよ。君の好きなところでいいって言ったし。そういうこと気にし
ないから。逆に楽しいかな。知らない世界ばかりで」
「・・・こういう場所、きたことないか?」
「・・・あぁ。いつも個室のあるような店とか料亭とか。」
「わからない。そういう所に入れたほうが人は幸せだと思うのじゃないのか」
「そうだと思うよ。きっと何も考えなくその世界に染まれば楽だと思うけどさ。染
まりたくない」
「だから、私の世界を」
「まぁそんなとこかな」
「・・・わからない。永遠に続く闇の中を歩こうとするなんて」
「その方が、見なくていいもの知らなくていいものが消えていくんだよ。」
「・・・そんな事もない。暗いようでずっとスポットライトを浴びてるような世界。現にこういう服も私の姿そのもの、ずっと照らされている。」
「世間の目というやつか」
「芸能人はそれも含めて得るもの多いだろ。」
「違うよ。見た目はそう見えるけど霧がかったあ中途半端な世界だから。人に人を
重ね合い本性が見え隠れする世界。
見破られたら終わり。真っ暗でもなければ太陽にも当たらない」
僕の話に目をそらさず黙って聞いていた。
そして、その視線のまま、表情も変えずに言った
「私の世界は太陽なんて一生当たらない暗い闇の中だ。そんな世界がいいのか。少しでも太陽当たれるなら、それが偽物でも、作られたものでもその下で生きたほうが自由だと思わないのか」
彼女の声はいつもより低く、どこか険悪な感じだった。
しばらく沈黙が続いた。彼女の言葉も確かだった。
このまますがれば、何でも手に入り自由にいられる世界かもしれない。光どころか逆光で見えなくなるくらい輝いて行けるのかもしれない。
それでも、子供の頃から『あの事件』以降から。
作られた偽物で、求めれば当ててくれるスポットライト。でも永久に消えることのないもの。照らしつづけられ、光で
焼かれて正気を失うくらいなら人間として感情のあるままに生きたいって思ったから、彼女を求めた。
「その太陽はさ、僕を焦がすんだよ。感情が全て奪われるんだ。そんな世界だったら、君の世界は闇の中かもしれないけど僕にとっては、暖かい月のような光だっておもったんだ」
そういうと彼女は目をそらし、その後運ばれてきたご飯を無言で食べ続けた。
お会計は、意地を貼る彼女をそらして、無理やりお金を払った。
そのあと、逃げるかのように、定食屋を出た
彼女は何分か遅れて出てきた。
その顔は、少し荷が下りたような顔だった。
そんな日々は、いつの日か『楽しみ』と呼べる日になっていった。
彼女はどう思っているのか、月に3,4回会う頻度を面倒だと思っているのかもしれない。
表情を表さない彼女は、僕にはまだ覗けない世界だった。
学校では相変わらずのイジメが続いているようだった。
たまに、見える普通科の廊下、グラウンドでその光景を目にしていた。
僕が「やめろ」といえば済む。
でも、人はそう手を差し伸べるとその間に何があるかを考え、妬みに代わりそれは大きく膨れ上がる。今のこの時代だ。簡単に噂も広がる。
なによりも、彼女自身「人目にさらされたくない」というところがあるようだったから、その光景を見ながら自分も加害者になっていた。
彼女と会う日、学校のことは一切はなさない。
なぜ、彼女があそこまで表情を変えずに耐えられるのかがわからなかった。
『家で密かに泣いているのだろうか』
『どこかで何か胡散はらしをしているのではないか』
そんなことを考えながら、彼女をただ見ていた。
「なにかできること」なんてヒーローみたいなこと考えたけど、望まないこともあるのだと勝手に決め付けて逃げていた。
自分は結局まだ、金持ちの守られた世界にいる。
どこかで、他人を。目に見えない何かを期待して過ごしているのは、きっと
育った環境も生きてきた場所も見ていた景色も
彼女とは真逆の世界で、こういう事を恵まれているというものだと
つくづく思って、自分を責めなくては生きていけない。
彼女がみる景色は、まだ遠くて。
『暗闇だ』と言い張るけれど、道が見えた。
彼女の世界へと向かう旅の中に毎回、生地のお店、手芸店、レースなどの専門店、服や小物を作る専門店が入っていた。
そのお店に入って、必ず『金額・何に使えるか・どういうものか』という事をメモに記入していた。
そのメモ帳は普通のB4のノートだけれど、表紙の文字が消えるほど使い古されていた。
「ねぇ、こういの買って自分で作るの?」
僕の普通の質問に
「自分の居場所だから」
と考えさせられる言葉が帰ってきた。
「ゴシックの服。好きなら買えばいいとかではなく?」
その、何も考えずにした質問に少し睨みながら
「どうしても欲しいと買う。でも毎回買えない」
彼女の答えに、我に返って自分の感覚を出してしまった質問だと思い
「ごめん」と言った。
「なぜ。それが普通だ。私はそういうのが嫌いなだけだ」
そう言いながら黙々と、生地やボタンなどの品をメモしていった。
そのお店で買ったのは、レースをメーターで5種類買っていた。
おそらく、高校生のアルバイトで稼げるだけ稼いだ分の3分の2は使っている
きっと、彼女の見ている景色は僕が思っていた簡単な事と違って
もっと深く、暗く明確で。
僕が入る事はできない所なのに
その魅力が、まだ何も分かっていない17歳の僕の思考を広げた。
立ち止まって、考えることができなかった僕の罪が始まっていく。
彼女と会う日。
彼女が大きな跡を右足に作っていた。
触れずにはいられないほどの大きさだけれど、聞かれたくない事はわかっていた。
けれど薬をつけているわけでも、包帯してるわけでもない。
『傷、どうしたの』
ただ一言、そうすれば彼女との距離が少しづつ近づいて、世界を知っていける物があるのかもしれないけれど。
そんな展開なんて、うまく行けるわけなかった。
ただ頭で考えながら彼女の隣を歩いていると彼女から話しかけてきた。
「右足、自分で切った」
その一言に彼女を見返し止まった
「世界に来たいんでしょ。これが私の世界。傷つけて、包帯巻いてボロボロの格好が美しいの」
「傷がキレイなの?」
「そう。血のにじむ包帯、手首から流れる赤い血、紙で擦れた傷でも、人に付けられた傷でもどんな傷でも素敵」
「・・・素敵か」
「幻滅だと思う。気持ち悪いとか、それが普通の反応だ。」
「・・・僕は傷、つくった事なくてさ。すぐできても病院にいって気がつけば治ってる。傷ができたら修正されてまた、戻されて。人として血を流したこと一度もないかもって。」
「それは、普通だと思うが」
「だよね。その普通が僕には異常だと思うんだ」
うなづくわけでもなく、励ますわけでもない彼女の感情のないような横顔は
僕にとって心地よいものだった。
それと同時に、信じることができていない自分もいた。
もし、僕の世界を知ったときは変わってしまうのが人。
お金を手にして、好きなものが手に入ると、どんな堅物な人でも結局は溺れる
だから、つい口にした
「ねぇ、今日は刹那のプランじゃなくてさ。僕の世界みてみない?」
「・・・なんで」
「いや、知ってた方がいいかなって。僕の家行こう」
「・・・興味ない。それに家って」
「大丈夫、女をすぐ襲うほど飢えてないから。ちょっとやりたいことあるんだ」
こちらに聞こえるくらいのため息を漏らしながら
「・・・わかった」と目を伏せながら言った。
その姿に、「・・・っふ」と思わず笑ってしまった
「なんだ」
「意外と無防備だな」
「大丈夫と言ったのは君だ」
「普通は警戒するだろ?もう少しためらうとか、焦らすとか」
「面倒なだけだ。それに、そんなことをする奴じゃないって生き様が語ってる」
「へぇ」
そんな話をしながら、途中沈黙して間もありながらも家についた。
彼女は、入口を見上げると少し目を見開いた。
その表情は当然だ。タワーのマンションに一人暮らしなんだから。
厳重に守られているロビーを抜けて、なかにあるエレベーターに乗る。
11階を押した手元を彼女は凝視していた。
11階に着くと、ホテルのように敷きしめられた、絨毯の廊下。
ひと階に、4,5部屋しかなくその玄関は各奥まっている。
その1105号室。それが僕の部屋。
その玄関に立ちポケットから鍵を出すと拍子に彼女の顔を伺うと、キョロキョロと物珍しそうにあたりを見渡していた。まるで、初めて水族館や遊園地に来た子供のような表情だ。
「これが僕の世界」
一言いうと玄関をあけて、彼女を招き入れた。
「適当に座ってて。」
「うん」
そうして、僕は洗面台に行き、カミソリを持って彼女のもとへ行った。
「なんだ」
「どれで切るの?」
その言葉に彼女は僕とカミソリを何度も見返した。
「実演しろと言いたいのか」
「そうじゃないよ、君の世界。傷が残るとキレイっていう」
その瞬間彼女は立ち上がった。
「バカじゃないかっ。いくら世界に入りたいと言われてもそれまで共有されたくない。それに、お前には一生かかってもわからない。
傷をつけたところでっ・・・とにかくだ、お前みたいな芸能人をやってる奴が傷作るな」
彼女の怒鳴り声は初めて聞いたけど、それは、本気で怒っているというか僕には心配している方にも聞こえた。
「ごめん、軽はずみだった。キレイという世界なら、知りたいなんて単純だった
そこまでは流石についていけないか」
「・・・これは、」
何かを言いかけて飲み込むけど、カミソリを手に取り彼女が手首にあてた。
僕は、心臓が跳ね彼女の手を掴んだ
「それが普通だ」
彼女はそう一言いうとカミソリを置いた。
無意識に掴んでいた手首を彼女はそっと振りほどき、長袖をまくりあげた。
そこには無数もの傷跡。中には新しいかと思われる、まだ血の滲むものもあった。
「君は多分、傷をつけたところで私の世界にははいれない。それが入口でもない。
それに、この傷は痛みを感じない奴がつけるものだ。」
「痛みを感じない・・・」
「人形の手を切るくらい何も感じない」
そういうと彼女はカミソリを僕に渡した。
「紙ですれるくらいは普通、痛いと思う。指先なら目立たない。」
そう彼女に言われて恐るのかもしれないけれど、僕は彼女を恐れなかった。
彼女から渡されたカミソリで、指先を切った。1cm程の傷。
紙で間違えて手を切るよりは深い感じの傷
血が徐々に出てくるのを彼女はただ見ていた。
僕は目の前で流れる血をみてなんとも思わない事に気づいた
「痛くないかも」
「・・・なんで」
「僕も、若干似たようなとこあるのかも」
「・・・血をみても恐怖を感じないのか?」
「恐怖ってよりは、初めて出来た勲章って感じに思うかな」
「勲章?」
「例えば、がむしゃらに頑張ってできた傷が今でも残ってるとか、昔から羨ましかった。
僕は守られた籠の中にいて、守られた世界にいたから、そんな傷一つつかなかった。だからこれが、初めての傷かな」
「・・・お前みたいな奴。初めてだ。」
「変わってるのかもな。侵食されてるんだよ。金持ちの世界に」
「そっか。」
「初めて、刹那に会った時、偏見をもったこともない。ただ、羨ましかっただけだ」
「羨ましい・・・それがわからない」
「金持ちの世界、知ってみる?多分、刹那が思ってる程いい世界じゃないよ」
「・・・どう知るんだ?」
「んじゃぁ・・・」
そこから、綿密に計画をたてた。彼女が、誤解されないよう、記事になるような事や特定されないように
「僕の世界にはその服装は通用しないから、通用する服装に変えてもらわなければならないけど、いい?」
「・・・わかった」
彼女は何も否定することなく、僕の世界へ行くことを了承したんだ。
それから数日いつもと違った面持ちで、どっしりと構えたように待ち合わせ場所に立っている彼女を見て自然とした笑が溢れていた。
「お待たせ、今日は僕の世界だから、僕に任せて」
「任せる...というのは...」
「あぁ、洋服代とか食事代とか。あと、刹那を僕の彼女と言う設定にしてもらうから」
「か…かの…なぜだっ」
あたふためく彼女の表情をみてまた笑が溢れた。紛れもない自然な感情は僕の中に優しく溶けていった。
「あぁ、その方が好都合だ。」
「メ…。メディアへの露出等はやめてくれと・・・」
「わからないように今から君自身を僕の世界に馴染むよう変装させる。
もしかしたら、話題があがるかもしれないけれど。君だと疑われる証拠を残さないようにするよ。」
「・・・信じられるか」
「もし、君自身だとばれるようなことがあれば僕は全力で責任取るから。でも無理はさせたくない。ロクでもない世界だ...見ていいことはない・・・」
「いや、見たい。君の世界が知りたい」
その真っ直ぐな視線は、僕の一筋の光だった。見えない霧の世界の中にまだかすかだけど差し出す手をもうすぐ届きそうな、暖かい光だった。
彼女を変装させるために、高級店が並ぶファッションストリートを歩き、なるべく彼女と正反対でありきたりで流行りを身にまとう女の子を想像しながら、
似ても似つかない彼女と同じ学校に通う女の子に紛れるように。
細かくこだわっていった。
イマドキな髪型のウィッグをつけ、服をまとう彼女を別人と化していた。
普段なら目にも止めないようなモデルをやってそうな女の子に彼女はなっていたけれど、本来の彼女を知っている為か、少しドキッとした。
「こ・・・こんなの・・・きたことないが」
「そりゃそうだろう。じゃぁ早速、刹那って名前じゃなくてありふれた名前でいいから由美とかさ、名前にしよう。それで、君は貿易会社に勤める父と
元CAの母とか適当に上流階級を装ってもらう。
僕と出会ったのは・・・明確な方がいいから・・・そうだな、先週末に行われたファッションブランドのパーティに参加していたが、予定があり、簡単に挨拶して済ませて帰ったってことにしておく。」
「・・・・なんか面倒だな」
「だろ?これが僕の世界。」
「そうか、わかった。」
「あ、それとその話し方は変えること。」
「・・・どう話せばいい」
「普通の女の子の話し方」
「そんなの知るわけないだろ」
「・・・マジかよ。・・・んじゃ試しに、『どちらのお嬢さんですか』って聞かれて、『父は貿易会社で働いてます』って、名前はその都度耳元でいうからそうだな。・・一番最初に来るのはファッションブランド経営の澤口さんかな、『澤口さんには先週末のパーティでお見かけしたのですが、私、用時会って挨拶できなかったんですぅ』って感じかな」
「・・・メモする」
彼女は携帯を出して、即座にメモをした。必死な姿は僕にわからなかった。なぜ、金持ちの世界をって。もしかしたらなんて疑いも自分の中でかけながら彼女に世界を教えた。
「まぁ、なるべく声をかけられないようにするから」
「・・・その方がありがたい」
「まぁ設定上どうでもいいんだったら、つい最近まで留学してたことにしててもいいかもしれないな、ただ話の内容が膨らむと思
うからそれもそれで面倒なんだよなぁ」
「そうなのか?」
「あぁ、留学はほとんどの奴がしてる。どこのとか、なんの為とかどこに行きましたかとか話が膨らんでいくと思う」
「なるほど」
「だから、簡単にそっちのほうがマシだな。あと厄介なのはマスコミだ」
「い・・・いるのか・・・」
「まぁ、大抵は大物を狙うから、僕はそこまでの人間じゃないし、対したネタの金額にもならないから大丈夫だと思う。もし、撮られても見かけない君を探すまでの手段はしないよ。」
「・・・・そうか。マスコミだけは避けたい」
「わかったよ」
そして、、彼女は僕の世界に飛び込んだ。
招待状を見せ入っていくところ、顔パスだけで可能なところ。
そして、その先には多国籍の人間と、煌びやかに着飾る見た目だけ派手な世界
僕は居心地が悪かった。
「あら、久しぶりじゃない!尚ちゃん!」
ニューハーフと言われる存在のスタイリスト、川口ゆーこ。この人は、悪い人ではないが、人脈が広いから刹那を連れている今は警戒している。
「あらら、彼女ぉ?」
「あぁ。」
「えッ!本気の?」
「さぁ」
そういうと愛想笑いを済ませて、避けるように彼女を連れて奥へと行った。
「尚ちゃぁーん後で詳しく聞かせてねぇ!!」
そう後ろから声が聞こえたが、僕は振り返らず先を急いだ。
「あ・・・あれはなんだ」
「知らないのか?男だけど心は女ってやつ」
「あ・・・あぁなんとなく理解した。」
「どう?ご感想は」
「すごいな。アニメの世界のようだ。」
「そう見えるだろ。」
「でも・・・居心地悪い。なんか・・・」
「ン?何?」
パーティーの騒がしさに彼女の声はかきけされた。
何を言いかけたか聞き取ることなく一通り見せるため先を急いだ。
その瞬間、マスコミでも有名な女性ライターを発見した。この人は新人、注目俳優を見つけては探り蹴落としていく。そんな書き方をするライターだ。
「刹那・・・」
耳元で言うと彼女は何かを察したように驚き離れる。その手を掴み自然と彼女の横へ行き、彼女だけに聴こえるように
「今からいうことを聞いて。避けられそうにない奴がいるんだ。
予想外だった、数分いたらここを出るつもりしてたから、刹那はbarのところをふらついて、何か一品頼んで、少し口をつけて、数秒でいいからく数えてからbarを離れて入口に向かうんだ。その時、ほかのやつが近づいても同じ紹介をすれ。わかったな」
そう早口で説明したあと、僕は大勢の集まる方に身を隠した。
彼女も戸惑いながら、一応barに向かった。
その彼女を気にかけながら、自然を装うのに必死だった。
周りの会話は全く耳にとどまることなく、ざわつきだけが感じた。
彼女の方をまた自然なタイミングで見直すと、男性が近寄っていた。
その人はファッションブランド経営者であり、モデルとしても活躍している人だった。
『マズイ・・・』
その考えが、頭をよぎる。
その人は、一度手をつけた女は逃さないことで有名だった。
彼女のことだから、拒否はするだろうけど、もしも相手がしつこく責めてきたら・・・。きっと、彼女は本来の自分を出してしまうだろう。
だからといって、今この場を動いて、遮ると怪しまれる確率もある。
だが、彼女が起点を効かして付いていったとしても週刊誌には載るだろう。どっちにしろ、この場を切り抜けなければならなかった。
僕の想定の中では、確実な話として、今付き合っている女性を同伴してくると考えていたから。彼を頭の中には入れていなかった。
それも、最近噂で聞いた話だったから、その勘ぐりが甘かった。
彼の性格状一瞬の付き合いもあるのだと、考えておかなかった自分が浅はかなことに気づいた。
さりげなく、Barにいる彼女の方に近づくよう方法を探る。
唯一は、今手に持っているグラスの飲み物を飲み干して、barに行くことだった。
それも未成年だから、お酒を頼むことはできない為、ジュースはその辺のボーイにいえば持ってくるけれど、余り水を飲む人はいないから、『水をください』という方法しかなかった。
なんとか、手に持ったドリンクを飲み干して、barに自然と向かうようにした。
会話が聞こえてくる距離。
その瞬間、一緒に共演した事もモデルとして居合わせたこともなかったが、彼のブランドの服を着用したことを思い出した。
それをきっかけとして彼に声をかける。
「高尾さん。はじめまして」
「・・・君は?」
彼女と会話の邪魔をされたことに少し苛立てた表情を見せて聞いた
「直接お会いするのは初めてなのですが、高尾さんのブランドを着用させていただいたことがあり、一度お会いできたらと・・・
とても光栄です。」
「そうか…でも君は雰囲気を読めないのか」
「あ。。。ごめんなさい。どうしても、ブランドに憧れて、見かけてしまったのでつい」
なんとかごまかそうと必死だった。自然に、彼女とのあいだにわって入り、彼女に背を向けた瞬間、後ろに手を回して携帯を読ませた。
携帯の画面のメモ機能に事前に開いてあり、
「会場から自然に出て、タクシーで○○マンションに向かえ。11505号室の鍵を貰って入れ」と。
彼女はそれを読み終わりさろうとした際、高尾が動いた。
「ねぇ、君の電話番号とか聞いてもいいかな。名刺とかあるならそれでもいいんだけど」
その答えは彼女に任せるしかなかった。
「・・・すみません、本日急のパーティー出席で忘れ物してきてしまい、カバンの中身が空なんです。」
そう言ったあとの彼女の愛想笑いは初めて僕が見た知らない顔だった。
「ほんとに?いいわけだったりして?
わかるんだよ、よくそう言って逃げられたりするからね。僕は、真剣な子にしか電話番号聞かないんだ。」
そう言うと、彼女はセカンドバッグをあけて、ひっくり返した。」
「飾りだけなんです」
その言葉は、本心と高尾が受け取った瞬間だった。
そう言うと、彼女はその場を去った。僕が指示した通りの場所に行ったのだが。
「・・・ふーん。魅力的な子だなぁ」
予想外の言葉だった。
「そ、そうですか?どこにでもいそうですけど」
「君は何人と遊んできた?君と俺との年齢差じゃ遊んだ数も違う。見てきた景色も違う。知った物事も違う。」
「・・・そうですね」
「その中でも魅力的と感じると男は絶対に落としたくなるんだよ。それが遊びでもね」
「・・・」
このままこの人が忘れることのなかったら、何を仕掛けてくるだろうか。でもおそらくどんな方法を使っても彼女には近づけないだろう。本来の彼女はこの世界と別の世界の格好で別の生き方だからと・・・。
甘く考えていたんだ。
その場に居づらくなった僕は、barの人に水を頼み、一礼してその場を去った。
何を考えているかわからないその横顔は今でも覚えていた。彼女を探るような目線、彼女が出て行った方向を一点に見つめ一度だけグラスに入ったカクテルに口をつけ視線を外した。
ー今、思えばその背中も、彼の目線も全てが怖かった。でもその時、それほどの恐怖なんてなくて彼女の元へ戻って彼女の意見を聞くことしか考えがなかった。
ワクワクする子供のような感情。いや、子供の頃にも感じたことのない感情。とにかく高ぶっていた。自分の世界が嫌いなはずなのに、まるで賞を貰って母親に見せて感想を期待するような。でも僕はが期待していた言葉は一度ももらった事なかった。
ドアをあけて、中に入る。電気が一つもついていなく、彼女はここに来ないでそのまま家に帰ったのかと思い込み、少し気落ちしてリビングの明かりをつけた。
その瞬間、彼女はソファーに座っていた。
「っ・・・くりしたぁ」
目の前に浮かび上がるように現れた彼女の姿に驚いた。
「帰ったと思った」
「君が指示をした」
「まぁそうだけど・・・どうだった?」
彼女の顔色も伺わずに、コートを脱ぎながら聞いた。
「・・・想像通りだ。」
「汚い世界とか言わないの?」
「汚いとは思わない。金があるものはそれで飾られている。見た目の世界は想像通り華やかだと思った」
「そうか」
否定しない彼女の言葉は不思議だったと同時に、疑いを持った。
「やっぱり刹那もこういう世界入りたい?」
「同じものを飾り、いいなりになるのは勘弁だ。」
「だよ・・な。」
「君の世界はそんなに居づらいか?」
「あぁ。あんなのばかりだ」
「物を手に入りすぎると人は、手に入らない何かを探す。君は、それを探しているだけで私の世界に入る勇気もなければ、多分この世界に来たとしても、また戻ろうとするだろう」
初めて彼女が、長く語った。
それが怒鳴るわけでもなく、いつもと変わらない声のトーン。
同様したような素振りもない。
姿は誰が見ても金持ちのお嬢様なのにやはり、どこにも染まったところはなかった。
大抵の人間は味をしめ、この世界にとどまろうとする。
彼女は、姿がこの世界の色になっていても、根本的なものは深い闇の底にあるくらい決してブレることなく、身につけているものが彼女に染まり高価なドレスが
普段彼女が着ているゴシックに見えるくらいだ。
「この服を着て帰るわけにはいかない。」
「・・・付き合ってくれたお礼だから」
「そうか。じゃぁ、もらっておく。でも、悪いんだがアレンジさせてもらう」
そのまま受け取るわけもないと思っていたから
「いいよ」と返した。
「ミシンとか…ないよな。」
この場でアレンジするという意味に一瞬驚いた。
「えっ、あぁ・・・ここは元母方の祖母のマンションだからあると思う。」
彼女の今来ている、ブランド物の服は全て彼女色になるのだろう。
僕は、どう変わるのかをみたかった。
「これ、ミシン。古いけど」
それは、足踏みのアンティークミシン。
彼女は目を見開き、ミシンに食い入るように眺め出す。触れようとはしないものの、
その距離は触れるより近く隅々まで眺め、先ほどの表情から一転し和らいだ。
「すごい」
そういう彼女に、僕は「好きに使っていいよ」と言うと部屋を出た。
しばらくは眺めていただろう時間がすぎ、少し立ち自分のカバンを部屋へ運んで行った。その姿はリビングから一直線で見える。ドアが開きっぱなしになっていて、彼女の横顔が見えた。
真剣な表情に変わると、数多くの裁縫セットや布の切れ端を出して、その場で来ていたドレスを脱ぐ。
「男が見てるのによく脱げるよな。」
僕のほうが、少し動揺し声をかける。
「中、下着じゃないし。」
彼女は表情を変えることなく横顔を見せながら言うと、脱いだドレスの裾を思いっきりひきちぎった。
何の知識もない僕は、ただ布を雑に切っているようにしか見えない彼女の行動を見入っていた。
膝丈まであったワンピースのドレスは、もう胸元あたりまでしか無くなっていた。
ちぎった布を、ミシンで、縫っていく。
何かにとりつかれたように縫っている彼女の姿。
それは、才能なのだろうか。これが、彼女の世界なのだろうか。自分のなかで疑問を増やしながら、彼女の作る様を見ていた。
気がつけば、僕はソファーの上で眠っていた。カタンカタンという遠くから聞こえそうでだんだん近づいている音に僕は目を覚ました。部屋の方に目をやると、ミシンに向かう彼女の姿があった。
「まだ、やってたんだ」
その問いかけに答える事もなく、ただ彼女は無我夢中になっていた。
あの、ボロボロに刻んでいたワンピースドレスは、
ゴシックジャンルのファッションとして通用する物になっていた。
胸元まで切っていたワンピースの上の部分、元は袖がなくベアトップと言われる胸元辺りから強めのゴムが入っていて、袖のないトップス。
それが、袖ができていて、その袖はレース状になっていた。
切り離した、スカートは引きちぎられたようなデザインにはなっているものの
きちんと縫われ、その裾は編み込まれていた。その中にレースや切れ端と合わせて裏地のように膝丈のスカートが完成されている。
「す・・・ごい。刺繍も入ってる」
高級なブランドの服。
普通の人だったらそのまま着用して街中で鼻高々に歩けるだろう。
そんな服を、全く別のものにしてしまった。
どこにも売っていない物を彼女が作り上げているが、ショップで売っていてもおかしくのないクオリティーだ。
クラッチバッグにもリメイクが施され最後の仕上げのように装飾を作っていた。
見とれている瞬間に、彼女のミシンの音が止まった。
「ミシン、ありがとう」
「来ていかないの?」
「これは一つの作品。君という作品」
「・・・ボク?」
「私の中では、君を表現した」
「自分で着る服と、着ない服があるってこと?」
「その日、その時、その場所で見たもの感じたことを服にしている。」
「なるほど、じゃぁ君にとっての印象はああいう表現なんだ」
「囚人のような服装で茨の道を歩きながら流した血、負った傷、それでもそこに行かなければならない」
「だから、見た目の表現としてはボロボロ、ファッション用語で言うダメージ感ってやつか」
僕はあえて彼女の心に触れなかった。
いや、気がつかなかった。彼女の真っ直ぐに差し込まれた暗い道筋にも。
それから半年が過ぎた。高校卒業も間近に迫り、学校側は慌ただしくなっていった。僕も進路を諭されたが、進学という方向は考えなかった。
彼女とはすれ違うばかり、携帯に連絡をしても出てはくれなかった。
まるで「君は君の世界に戻れ」と行っているような。
自ら世界をまた、霧でぼやかし一筋見えた光は幻に終わりかけたって思った。
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