太陽を憎んだ君 月を探した僕

黒葉

第1話 見つけた居場所

「個性」と言うけれど結局は一人一人が作った暗黙のルールだ。



もし、その「個性」に法的ルールが定められたら何を優先されるのだろうか。


誰ひとりとも被らない服装をしていれば個性とされるのか、誰も成し遂げていない事を成功すればいいのか。批判される事でスポットライトを浴びればいいのか。


目の前にいる人が「この子面白い」それだけが個性なのか。


本当の「個性」は結局ただの「間隔」にしかすぎない。

武器にもなれば防御にもなり時には凶器にもなってしまう。

こんな見せかけの街の中で僕はエリート階級の中に生まれてしまった。

人から見れば、「全てを手にした」と言えるだろう。



僕のいる世界は、金持ちな事で多くの人が集まり簡単に物事が進む。


いつものようにクラブに遊びに行った時に知り合った30代の女性。

その人は出版社に勤務し売れ行き上昇の男性ファッション雑誌を担当している。


「モデルにならない?」の気軽なひと言で、モデルをやっている。                     

身長も170cm代、顔も整っている方。

17歳という年齢で、彼女という存在を週で変わる事もあった。


近づいてくる女性は幾つもの方法と手段を使い僕の心を操ろうとしてくる。


僕のことを「興味ない」と言う女性も、その言葉は一つの工作でしかすぎない。


という思考や理論を述べていても

全てを手にしたように見えて、結局は中身が空っぽな事は自分でもわかっていた。



通信制の高校は唯一の安らぎだった。

閉ざされた世界は居心地が良くて、いつも学校の門を通ると安心した。

通信と全日制のコースがあり、校舎は隣接していて旧校舎を通信制の校舎として使用し、新しく全日制として校舎を設立。



通信も全日にも制服があり通信制を選択していても週に2,3回は学校に通うというシステムになっている。


制服に関してはとてもうるさく、それなりの富裕層も多く通い、他に芸能の仕事をしている人も通う学校でもある為、「マナーは厳しい」と見せているのだろう。


それでも、ここは居心地が良かった。


この学校には通常の学校へ通うような人とは異なる生徒がいるため、通信制という括りの中では、芸能の仕事をしていても騒がれる事は、なかった。


このSNSや簡単に物事が調べられる時代。

僕が通う高校を知っている所謂「ファン」の子たちは、門の前に待ち伏せしていたり、後ろからこそこそと付いてくる事は日常茶飯事だ。


最初は、ファンの子の目を盗み、隠れるようにして通学路を歩いたり、

直接「迷惑だ」とも言ったが、効果がない。そんな強い意志というよううな精神力はうらやましくも感じるときがあった。



 この学校の中にも唯一、苦手な場所は屋上。隣の全日制校舎が見え、屋上への出入りが自由な事もあり芸能の仕事をしている人見たさに通信制の校舎を見にファンが集まる時もあった。


密集している建物同士だから、渡ろうと思えば渡れるような距離感だが

勿論、フェンスはかかっているしそんなスタントマンみたいな事をする奴はいないと思っていた。


いつもは踏み入らない屋上の扉をその日は開けた。

人と出会うときはそんなふとした事から始まり、いつもしない、本当にありふれた日常に突然道が二つ別れるような感覚。



空はいつだって暗い気持ちの時ほど明るく真っ青で「お前の考えはちっぽけだ」と言われているようだ。


そんな真っ青でまっ白な世界に暗闇を貫き通すような姿が見えた。


「何だろう」


そう、つぶやきながらフェンスに近づく。

いつもは絶対に目を向ける事のない新校舎の方へと自ら歩み寄って行った。

自分の目のピントを合わせるように目を凝らした。


大きめの格子が特徴で、線が薄く四角形というよりはひし形のようなデザインの独特なチェック柄とジャケットの胸元には紋章がここの学校であることを証明をしていた。


間違え探しのように自分の記憶にある女子制服と照らし合わせて何が違うのかを確かめた。


紺色のブレザーはテーラードという形で日本のきちんとした正装の服装に定着しているもの。

だが、その子が着ているのはブレザーの裾は右斜めになっていて、切りっぱなしで糸が何重にも垂れていた。


中に着ている白のシャツにはバラとビジューのついたブローチのようなものが光靡いて、典型的なプリーツで紺色のスカートも裾がボロボロの切れ端になり、所々ダメージ加工され元々の生地とは違う柄の生地が見え隠れしている。


全体をみるとその恰好はゴシック系というファッションジャンル。

 自分が普段、街でみかけても見向きもしないがその光景から目が離せなかったのは学校という絶対的制服をゴシックファッションに変えて、その服のまま学校にいるというその現実が不思議な世界だった。



「ここに通っているの?」



無意識に声を発していた。フェンスの向こうにいる横顔の彼女は、ゆっくりと振り向く。


ただじっと見つめるその目は深い闇のようで、今にも黒い羽を広げ飛んでいきそうな感じがした。



「制服・・・ここの学校のだよね?」


『なぜ、話を続けているのだろう』意識とついて行かずに話しかけていた。


ゆっくりと顔を戻し、また横顔を見せた。

その態度が策略なのかどうか考えた。そういうのには慣れていたから、そういう事にしてその場から立ち去ろうとした。


「・・・ここの制服だって言ったら何?」


ひねくれた様な答えに思わず返す。


「制服違うように見えたから疑問に思っただけだ」


彼女はずっと横を向いたまま、答えた。


「リメイク」


その言葉に瞬時に言葉をかぶせた。


「いや、校則違反だろ」


そういうと、彼女はこちらを向いて近づいてきた。



彼女の背より大きなフェンスをよじ登ろうとする姿に思わず「おいっ」と声を上げたが、やめることなくフェンスを上る。ただその光景を見つめた。



フェンスの頂上まで達し、人が一人立つことがギリギリなほどの幅しかない場所に降り立つ。そしてフェンスに背中をぺったりとつけた。



「おい、危ないから戻れよ」


とっさの言葉だった。



すると彼女は、こちらをにらみ、少し姿勢を低くした瞬間、勢いよくフェンスを蹴り出し飛んだ。



「ちょっ・・・・」



その瞬間、彼女が黒い翼を広げたように紺色のブレザーが靡き旧校舎と新校舎の間を飛び越えてきた。



 ―ガシャンッ 




フェンスが揺れる音とともに現実に引き戻された時には目の前に彼女がいた。

それでもまだ、信じられなかった。

芸能界で仕事をしている分、映画の撮影現場などでスタントを見たことはあるけれど、そういう現場では大きいクレーン車とワイヤーで繋がれあたかも飛んだように撮影される光景と一瞬で重なったが、そんな事を考えても今、目の前に彼女が生きている事に間違えなかった。


その証拠に、膝からはかすったような血がにじんでいた。


フェンスにもたれかかる彼女の近くに行き、本当に起こった事かを再度確かめた。


「マジかよ・・・お前・・・」


「腹立ったから」


ただ一言つぶやくと、またフェンスを上り、こちら側へと降りてくる。


着地した足がよろめき、傷ついていない片方の膝には青あざが滲んでいた。


「それ・・・だけで飛ぶか普通」


「普通じゃないだけ。違反でもない」


強く睨む彼女の表情は冷酷だった。


そのまま、出口へと向かいその場を去って行った。


 頭の中が混乱していたが、起きてしまったことの事実をすんなりと受け入れている自分がいた。

【普通じゃないだけ】彼女がこだわった理由の意味はわからないが、初めて自分から女の人にもう一度会って話してみたいと思った。


その事を理由に屋上に上る日がしばらく続いたが、彼女の姿はなかった。


学校にいる空き時間のほとんど屋上にいると全日制の女子に伝わり待ち伏せをされるようになった。


不思議な出会いをして、変わりつつあった屋上は、また嫌いな場所へと戻った。彼女の事も自分が見た幻のように思えていた時だった。


仕事と学校の休みが重なり、丸一日休みになった。

いつも出かけるのは、夜の20:00を回ってからだった。比較的、街中を歩いていてもこの時間帯には同級生もいない。


高校生だから、補導されるかもしれないが、この世の中のおかげと言うのか、この外見のおかげと言うのか、一度も補導はされたことなかった。されたとしても「芸能界の仕事をしていてこの時間になりました」とかうまく切り抜けられるからだ。



いつも通っているご飯屋。他人からみたら【生意気】だと思われるような、オフィス街にたたずむ隠れ家的な個室の飲食店。


ビルの2階に入っていて、階段の入り口に英語の看板が立てかけられている。知る人ぞ知るという場所だ。営業しているときは、看板に英語で本日のメニューなどが書かれているがその日は看板すら出ていなかった。


「休みか・・・」


そうつぶやき、別のお店を探すのにしばらくオフィス街を歩いた。

居酒屋やラーメン屋の明かりが見え匂いにお腹が鳴るが入ろうとは思わなかった。


『わざわざ人にみつかるような所に行きたくない』そう身体が拒否するんだ。


そこまで売れているわけじゃなくても数回テレビに出ているだけで油断していると声をかけられサインを求められる。それが、名前がわからなくても「ほら、あれに出てる人でしょ」と、しつこく話しかけられるんだ。


 ネット社会ということが、「ここのお店に来る」と書かれて、お店側の従業員もサインを求める事はしなくとも料理を運びに来る際にわざとらしく話しかけられたり必要以上に料理の説明されたり、男性の店員が持ってきていたのが気づかれると女性の店員に変わったり。



そんな人間の試行錯誤が目に見えていたから恐怖とストレスに変わるのを避ける為、どんなに高くても落ち着ける店を選ぶ。



一般の生活なんてほど遠くなり

望んでも可能になることはない事は明らかだ。

金持ちの世界に一度飛び込んでしまうと、自分は違うと思っていても気づいたら同じことをしている。



 しばらくして、大きな道路沿いに出てきた。

まだ電車のある時間帯は、人が行き交っている事を想定して、一歩手前の裏路地に入り込む。

 人けのない場所はゆっくり歩けて落ち着いた。

ふと、目の前にゴシック系の看板を見つけた。頭の中によぎった彼女の存在。



 「こういうお店が好きなんだろうか」


そんな興味本位でお店に引き寄せられるように入った。

そこは、ゴシック系のデザインがされた生地やボタン、レースなどの材料を取り扱うお店。


こじんまりとした店内に、170cm代の自分の肩にまである棚。そのブラックな世界に見入っていると奥から声が聞こえた。



「足りない分は後で持ってきます。約束します。必ず」


「でもねぇ・・・」


「お願いします。この生地ここにしか売ってなくて、やっと探して・・・」



その必死な声の聞こえる方に足を運ぶと、そこには間違えなくあの時自分の目の前に飛んできた彼女がいた。

あの冷酷な彼女が、縋っている姿に少し意外性を感じ手元を見ると生地を握りしめていた。



 「ツケとかやってないから」


 「じゃぁ、取り置きで。15日に給料出るんで3か月かけて持ってきます」


 「・・・そういわれてもねぇ」



自分の近くにある生地の値段を見ると明らかに服を買った方が安い金額だった。

それも、メーターで数万する。それを彼女が握りしめているのは反まるごと。

それをみた瞬間、勝手に体が動いていた



 「いくらですか」


そう、彼女の後ろから声をかけた。店員は少し戸惑いながらも


 「23万円です」


彼女はあっけらかんと突っ立ったままだった。

その姿をみて自分のポケットから財布を出しクレジットカードを渡した。


 「一活払いできる?」


 「は・・・い可能です。」


そういって店員は、カードをレジに通し、商品を包み始めた。


 「なに・・・」



ただ一言彼女はいった。その問いに僕はなにも答えなかった。

商品を包み終り、彼女に持たせるとそのままその店を立ち去った。



 「ちょっ・・・・頼んでない」


 「そうだね」


 「これはアンタが買ったものだ」


 「3ヶ月かけて返してくれるんでしょ。あの店員、有図聞かなかったから俺が代わりになっただけだ」


 「・・・返す。借りは作りたくない。アンタにそうされる理由もない」



「そうだね。勝手な事したと思ってるよ」


「じゃぁなぜだ。」


「普通じゃないんだろ?俺も普通じゃないだけ」



そういうとキョトンと立ち尽くしたままの姿を残して、僕は歩き出した。

しばらくして、振り返ると彼女はいなくなっていて、彼女がいた場所を見つめながら自分の行動を振り返っていた。同情とは違う気持ちだった。



学校の中ではいい子ぶりっこしていながら、少し反抗してスカート丈を短くし、シャツを緩めたり、ネクタイを締めなかったり・・・そんな「みんながしているから」という理由で同じ姿をしなければならない世界で、彼女はその制服を崩して貫いている。そうまでしている理由が知りたかったからかもしれない。  



興味本位とかとはまた違う。

薄汚れた中途半端な世界とはまた違う別の世界を知っているような気がして、なにかが変わるのかもしれないなんて、期待しているのかもしれない。



まだこの世の中に、救われる光の断片があるのならそれをたどってでも明るい場所に出ていきたいって思った。

暗闇のような格好をしている彼女は僕の目には明るかった。


学校登校日。なんとなく気だるさを感じていた。


電車は嫌いだ。見ていないように視線を泳がし、しっかりと見ている。人間観察が好きな人の乗り物。探偵のように模索して、それが芸能人だったらネットに書き込むかそれとなく近づいてくる。



3つの駅をその苦痛に耐え乗ればいいのだけれどそれが自分にはできないから結局、途中まで歩いてタクシーに乗ってしまう。


学校では、選択制の授業。通信はある程度高校の段階で必要な単位をとれればいい。

だから、授業と授業の間に時間ができる。

その時間、いつもは気まぐれに過ごしていたけれど、なんとなく全日制の校舎の方へ行ってみたくなった。



全日制は授業している時間で廊下は静だった。『体育』なんて通信にないから、体育館の靴の削れるキュッという音と笛の音は懐かしさを感じた。

体育館につながる渡り廊下は、屋根が付いているがそこだけ屋外になる。

以前、旧校舎で使っていた体育館を繋いでいるからだった。


渡り廊下から見える所には水飲み場があり、ちょっとした庭のようになっている。


その庭から人影が見えて立ち止まる。


その瞬間一気に放水されたような水が飛び散ってきたと共に、笑い声が聴こえた。近づいていくとびしょびしょになった彼女の姿があった。



「なにその格好。私、病んでます、的な?」


「ウケるぅ。似合ってると思ってんの?キモッ」


彼女の前には5人の女がいた。その光景は明らかに『いじめ』だった。


彼女は制服ではなくジャージを着ていたが、そのジャージもまたリメイクされていた。


ジャージのズボンにはダメージ加工されていて、蜘蛛の巣のような刺繍が施されていた。上の服には編み込まれた黒のリボン・・・。制服だけリメイクされていたわけじゃなかった。



 しばらくその光景をみていると何も言わない彼女に諦めたのか女たちは去っていった


彼女は顔を上げると、こちらを見た


「立ち聞き・・・嫌な奴」


気づかれていたことに驚いたけれど、すぐに彼女の前に姿を見せた。


「たまたま通ったら遭遇しちゃったって感じかな」


「お金なら返すけどまだ給料日じゃないから」


そう言いながら彼女は渡り廊下の方へと歩いていく。その後ろ姿を追っていた。


更衣室の前に着くとドアを開けようとすると共に彼女は振り返らずに

「どこまでついてくるの」と聞いた。その言葉で我に返って、言葉を探した


「聞きたいことあるんだけど」


「・・・私は話したくない」


そういうと更衣室の中に入っていった。しばらくすると、廊下に響き渡る声が他の女子も体育の授業が終わり戻ってくることを示した。いつもなら逃げたくなる状況だけれど、腕を組み、目を瞑り現実逃避しなあがら彼女が出てくるのを待った。


女子たちは更衣室の前にいる男が誰なのかすぐに気が付く。


「あれ、モデルの!!」


「通信に通ってるんだよねぇ、なんでこっちにいるの!?」


「ヤバい!!ヤバい!!どうしよう」


聞こえていないふりをし続けるけど近くにきて話しかけられる。

冷めた目で見下ろしてもニタニタしながらくだらない事を聞いてくる。


「ここで何してるんですかぁ?」


「今日は、この後仕事?」


その答えに何も答えずただ苦痛を耐えた。そうしているうちに彼女が更衣室から出てきて、一瞬こちらを見て立ち止まったが、知らない顔をして歩いて行こうとした。

僕も呼び止めようとせずに女たちをかき分けて彼女を追う。


「何あれ?」


「あの子待ち?」


「マジ、え、付き合ってるとかじゃないよねぇ」



背中越しに聞こえる声にあきれながら彼女の背中を追いかけた。

彼女は午後も授業があるのにも関わらず、学校の外へと出ていこうとする。


「授業、あるんじゃないの?」


「・・・だから何。」


「いや、サボるならそれでもいいけど。聞きたいことあるって言ったじゃん。」


「アンタから借りた金稼ぎに行く。そうやって付きまとわれたくないし探られたくないから」


そういって足早に出ていこうとする彼女の手を掴んだ。彼女は少し驚いた顔を見せたがすぐに睨みつけてきた。


「金とかどうでもいい。全部教えて欲しいとかそういうことじゃないから」


少し経って彼女は「離して」と一言言って、続けた


「バイトまでの時間だけなら」


そうして、学校から電車で5駅ほど乗った場所の喫茶店に入った。店内にはサラリーマンしかいなく、席数も少ないカフェ。置かれた家具はアンティークな品々で彼女のイメージとは真逆のカフェだった。



「カフェはこういう所入るんだ」


「こういう格好してるからって全部染まるわけじゃないから」


相変わらず不愛想に話す。


席に座ると、彼女は紅茶を頼んだ。僕は、コーラ注文し、飲み物が来るまでの間は2人の間に沈黙が流れた。間もなく、中にはレモンのが浮かぶコリンズグラスに入ったコーラと蝶の模様が描かれたティーカップとソーサがテーブルに並べられた。



「聞きたいことって何」


彼女がティーカップを持つと同時に言った。


「じゃあ、ストレートに聞くけど。校則違反なのになんで制服をリメイクしてんの?」


そうまっすぐに見つめて聞くと彼女は下を向いてとがっていた口を緩め「ふっ」と声をもらしてかすかに笑った。


「それが聞きたかったこと?」


「え、なんかおかしい?」


「一般的には違反になるけれど学生服ごときその学校が作ったルールだと思ってる。良い学校行きたいとか内申点気にするなら従えばいいものでしか過ぎない。私はそう思わないから、それなりの態度をしているだけ」


「それって反抗?」


その一言に彼女はしばらく紅茶を見つめてから口を開いた。


「違う。人の目がそう見えるだけ。」


「なるほど。だからジャージもリメイクしてたわけだ。でもなんでゴシック系のデザインなの?」


「・・・私が一生背負う闇の中に生きるのにぴったりの戦闘服だから」


そう言うと彼女は立ち上がり、帰ろうとした。


「伝票おいてけば。」


「いい。これ以上借り作りたくない」


「・・・はいはい」


そういうと、彼女の手から伝票を奪い取りお会計へと強引にもって行った。

喫茶店の外に出ると、相変わらず睨みつける彼女がいた


「あのさ、お金も喫茶店の代金もいらないから、一つ頼み聞いてよ」


彼女は顔を引きつらせて「なに」と聞き返した。


「僕を、その世界に連れてってよ。23万円分でいいから」


「世界?」


「そう、闇の中とかいう世界」


「・・・なんでわざわざ暗闇に行こうとするの」


初めて僕に聞いた質問


「僕のいる世界は汚い世界。暗闇の中でも僕には明るい世界だと思ったから」


彼女の顔をみると少し驚いたような顔をしていた。


「明るいきれいな世界を生きてるようにみえるけど。」


「そうだね、表はきれいでゴージャスで高級感ある世界って思うかも。でも裏は違う。ずっと霧の中にいるような見えそうで見えない。そういう汚い世界だよ」


「見えそうで、見えなくても?」


「あぁ。中途半端だと思わないか?暗闇は真っ暗っていう明確な方がキレイだと思うんだ。だから、ずっととは言わない。23万分旅させてよ」



少し戸惑い、ながらも彼女はただ縦に頷いた。


 「ありがとう」



そういうと、その場から歩き出して夜からの仕事に向かうためタクシーを捕まえた。


そんなきっかけが、僕の中に少しでも光が見えた気がした。ずっと辿ってきた霧の中に一筋だけ確かな世界。それが真っ暗な世界でも僕に差し込むただ確かな道。



それから、2、3日彼女には会わなかった。僕の方も急に映画の撮影が入り学校もずらさなければならかった。

恋愛物の映画で僕は主役の友達で、その友達の彼女を好きになるという役だ。


台本には『どうしても好きで仕方く彼女を自分のものにしたいと強く独占する気持ち』

と書いてあったが、そこまで『守りたい』と思った恋愛をしたことがないから何度も躓く僕に、監督は

「君がこれだけは手放したくないって思う物にたとえてみたらどうかな。人じゃなくてもいいよ」

その言葉に撮影は乗り切れたけれど、僕の上手くない演技を監督は褒めてくれた。


「成長していけるよ」


と一言、僕に残した。愛想よくはできるから仕事場では本当の自分じゃない自分を演じながら誰かを演じる


そうやって自分を掻き消していく。

 撮影も終わり、次の日から学校へ向かった。靴をロッカーに入れ上履きに履き替えてると、声をかけられた。


「ねぇ」


振り返ると、彼女が立っていた。


「探した。ここ最近学校で見かけなかったから」


「あぁ、撮影で」


「・・・撮影?」


彼女が不思議そうにまっすぐ見つめた


「・・・え、知らないの?」


「何が?」


嘘をついて近づいてきた女はたくさん見た。特に『知らない』『興味がない』とそぶりを見せて。結局は知っていた奴も。その手口も巧妙だったけれどそれを見抜くことはなれていた。彼女のひと言は嘘も手口だってこともない真の疑問。


「なんでもいいけど、これ。とりあえず1万円分の旅」


渡されたA4サイズの白い無地の紙に時間が書いてありその隣にはお店、何をするか、費用が書いていた。それを見た瞬

間思わず噴き出した。

自分でも久しぶりなほど大声でお腹を抱えて笑った



「なっなんだッ・・・真剣に考えた。」


少し照れたように戸惑う彼女をみてそこに初めて見る女の子らしさというきれいなものをみた。


「わかった、じゃあこれで頼むよ」


「・・・なにが可笑しかった。」


「いや、僕が想像していた事を上回ったからさ」


「・・・違うのか」


顔をしかめた彼女をみて『ふざけ半分だ』とは言えなかった。ここまで本気で考えてるのだから。もう一度、プランの紙を見返す。


「このお店は全部、君がいつも行くところ?」


「うん。世界がみたいと言ったから」


「そっか、ありがとう」


そう彼女に言うと彼女は驚いた顔をした


「え?なに」


「礼を言えるような奴に見えなかったから」


「ハハ。そういう所はストレートに言うんだね。まぁ。言わないように見られるからね」


「・・・じゃぁいつ決行するんだ」


「そうだなぁ。明後日はまる一日休み・・・」


そう何気ない事を話ているとふと自分が一般の人間だと思ってしまっていた。


「・・・ごめん、夜からでいいかな」


「なぜ?」


「君も学校あるでしょ」


「私は行っても行かなくても関係ないから」


そのやり取りに改めてもう一度確認しようと思った。自分から、『芸能人なんだけど』と言うのはためらう。それで見方が一気に変わるから。たいていは2パターンしかない。



『芸能人だ』という事での利用されるか『芸能人だ』という事で「大した大物でもないくせに」と批判するかだ。


だけど、映画が公開間近で、明らかに自分の今の芸能界での活動は起動にのっているところ。医者にでも弁護士にでも公務員にでもなれる方法が幾つもあるが、両親のような永久に脱線できないレールは歩きたくなかった。


だから、万が一彼女と昼間堂々と歩いていて『恋人同士』でもないのに週刊誌にたたかれるのは彼女にとって迷惑な事だ。あくどい奴は彼女がどんな人か僕の知らないことまで調べてくる事だってある。


 それだけは避けなければならないと思った。とりあえず立場を守らなければならないと思ったんだ。


「あのさ・・・」そう切り出すと彼女は僕の顔を見つめた。


『芸能人なんだけど』その言葉が自分でも不思議なほど彼女の前では出てこなかった。


まるで、初めて告白する緊張感のようなものが自分の喉をつかえた。


「ねぇ。」固まっている僕に彼女が問いかける。


「名前、聞いてなかった」


はっと我に返ってどこかほっとする自分がいた。


「あぁ。僕は木崎尚弥(きさき なおや)」


「私は、月影刹那(つきかげせつな)」


「・・・本名じゃないでしょ。」


「この一見安全に守られてそうで守られていない世界の中ですらっと本名言える方が怖い」


「・・・いや、そうだけど。僕は芸能の仕事やってるし知ってるかなぁって」


「芸能?・・・聞いてない。有名なのか」


「本当に知らないの?」


「家にテレビはない。」


「じゃぁわからないか」


「芸能界の仕事をしてる、主にモデルと俳優をね」


「今回の件断っていいか」


「えっ」


急に彼女の表情がこわばった。


「芸能人だから?」


「巻き込まれたくない」


彼女の意見は正しかった。普通の反応。でも、「わかった」って頷けなかった。


「巻き込まないようにするよ」


「・・・週刊誌載るだろ」


「そういう事は知ってるんだ。・・・その時は、なんとでも言えるから」


「・・・調べ」


彼女のごもった声が聞こえて沈黙流れた


「無理だ。なかったことにして」


週刊誌のキーワードにやたらと反応する彼女。


本能と言えるのだろうか。薄い霧の中に差し込んだ現実の光を手放したくないとおもった。


だから、その為なら芸能界をやめてもいいと思ったんだ。


「僕が、芸能人じゃなくなったら君の世界にいける?」


「・・・・え?」


目を見開き驚きを隠せない彼女


「そっ・・・そっちの人生だ。私に合わせるな」


「そうしなきゃ、君の世界にいけないなら今の人生はいらないかな」


「・・・3日考えさて」


「いいよ」


彼女はそういって、新校舎へ向かった。


ずっと昔から、育ってきた環境が全て完璧に与えられたものだったから、自分の中でルールを作った。「何かを得るために何かを失う」人生は平等になる為に全ては手に入れられないと思っていた。


僕の家族は、金、名誉を得たが愛情を失った。僕はそんな光景を見てきたから、得るものを間違えないようにしてきた

つもりだったけど現実は、全てが中途半端で見えそうで見えないものだらけだった。


いつ失ってもわからないものだらけの世界。


そこから、抜け出したかったから、彼女に熱心になれたんだと思う。


きっかり3日すぎて、僕の前に現れた彼女


「ばれない作戦を幾つかだして」


宿題のような課題が突きつけられた


「・・・いや、だから僕はやめても・・・」


「私が死神でも悪魔でも目標を奪う事はしない」


彼女の独特な世界にまだついていけなかったが、とりあえず作戦と言う名の宿題を渡すことを約束した。


それから、何個か作戦を立てた。友達とはっきり言うこともありだったし、そこまで人気俳優の地でもない僕は、そんなに話題に上がらない事を説明した。


ファンクラブを設立しているような俳優であればきっと「友達」って言葉も通用はしないけれど僕の場合はそれが唯一ない事がメリットだった。


そして、今のこのご時世。彼女の事を詮索したり友達と言い張っているのに雑誌に無断でのせることは個人情報の漏洩になるため、その確率も少ない事を説明した。


 彼女は、ただまっすぐ見つめて僕の話を聞いていた。


そしてしばらく話をすると一息つき何分が流れただろうか。


まるで、面接の結果を聞くような緊張感に包まれた。


「わかった」


ただ彼女がただ一言 それが、肩の荷が下りるほどにうれしくガッツポーズしたくなるほどの喜びが自分の中を駆け巡った。


「よかった」


その心情をただ留めながら笑顔で返す


「人間らしい所あるんだな」


その彼女のひと言に思わず吹き出して腹を抱えて笑った。


「なぜ、そんなに笑う」


彼女は、必死そうに言った。


「君に言われたくないよ」


「え?」


「そうだね。まぁまだ人間らしさみえてないかな」


「そこまで気を許してない」


「いや。そのままでいいよ」




彼女は目をそらして空を見上げた。



 あの日、2人が見た空は曇りがかっていて世間からすれば気分の下がる景色かもしれないけど僕たちには、違う世界

を開ける明るい空だった。

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