最終話 瞬き続ける星の中で
「ご苦労様、ロキ」
まだヴィランと戦闘している僕たちの前に、カーリーが現れロキに声をかけた。
「っ!カーリーさま、結果は成功……なのですね」
状況を掴めない僕たちは手を休めることはできず、ひたすらヴィランへ攻撃を続ける。
「ロキ、最後の仕上げは彼女に任せることにしました」
カーリーの後ろに控えていた漆黒の翼を持つ人影。
「カオス・アストライアー!!!!」
いつの間にかヴィランたちの姿は消え、そこには僕たち調律の巫女一行とカーリー、ロキ、カオス・アストライアーだけが存在していた。
「待っていて、すぐに調律して」
「その必要はありません」
レイナの声を遮るように、カーリーの強い声音が響く。
「さぁ、アストライアー……あなたの願いを、あなた自身の力で叶えるのです」
「私の願い……調律なんてさせない……この想区を消滅させる!!」
「よくできました、存分におやりなさい」
「仰せのままに」
カオス・アストライアーは空へ舞い上がり、天秤を掲げて僕たちに攻撃を仕掛けてきた。
「お姉さん、どうして……」
シェインは悲しそうに空を見上げる。
「仕方ないわよ。カオステラーになってしまったのだから、調律すればきっと……」
話す余裕もないほど、アストライアーの持つ天秤から繰り出す攻撃は激しく、まるで業火のようだった。
血で染まった町に勢いを増す炎と火柱。
「こりゃ本当に地獄みたいだな」
地獄に行ったことないけどな、とタオは軽口を叩きながら『導きの栞』を手に取る。
すでに英雄の魂と接続したシェインは氷の国の弓の名手として「凍鷹」とも呼ばれる守護隊の少年アルバスに。
レイナはお馴染みのアリスに。
タオはいつもは槍使いのハインリヒに接続するのだが、今回は違った。
女神スケエルに仕える高位四神官の四女テルミエに接続したのだ。
空中戦を踏まえた上で弓師に、更にテルミエの矢の麻痺追撃効果を狙ってのことだろう。
僕は高所でも物怖じしないお馴染みのジャックの魂に接続した。
シェインとタオは義兄妹の息の合った攻撃で地上からカオス・アストライアーを狙って弓を射る。
しかし相手も簡単に矢に撃たれてくれるはずもなく、天秤から発射される炎で矢を燃やしたり、上手く避けてダメージを受けない。
僕はレイナに耳打ちし、一か八かの作戦を伝える。
彼女が『調律させない』という言葉から察するに、狙いはレイナのはずだ。
僕はカオス・アストライアーがレイナに攻撃の狙いを定めた瞬間に、彼女の胸に短刀を投げつけた。
その怯んだ隙を狙って地上から氷と麻痺の無数の弓矢がカオス・アストライアーに突き刺さる。
動きを封じられ、片翼は矢の効果によって効力を失い地上へ失墜した。
「お姉さん!」
シェインは接続を解いてカオス・アストライアーへ駆け寄る。
タオも、僕も、レイナもシェインに続いた。
痛々しい姿になったカオス・アストライアーを見てシェインは懇願する。
「姉御、早く調律を!」
「うぅ……調律するな!私は……自由に……」
レイナは黙ってその姿を見守る。
私がこれまでしてきたことは、本当に正しいことだったのかしら。
自らカオステラーになったアストライアーさんの意思を無視して調律することは正義なのかしら。
あれほど覚悟を決めたはずだったのに、私は……。
明らかに迷っているレイナに僕は何も言えなかった。
「お嬢!少なくとも俺はお嬢のこと信じてるぜ!」
タオが威勢よく声を上げる。
「シェインもです!」
レイナも僕のほうを見て賛同してほしそうだったが、あえて言葉にせず頷いた。
「分かったわ」
――混沌の渦に呑まれし、語り部よ。
言の葉によりて、ここに調律を開始せし――
淡い光が一面に包まれ、町は白銀の世界に戻っていた。
「元に戻ったんですね」
はっ、と気づいたシェインは村の集落へ走り出した。
目指す場所はアストライアーさんの家だろう。
しかしところどころ風景や建物が違っており、本当に元に戻ったのか疑問だった。
「ない……!お姉さんの家がないです!」
息を切らしながら周囲を探すものの、確かにアストライアーさんの家はなかった。
その代わりに慎ましい小さな祠が建てられていた。
僕は通りかかった村人に声をかけてみる。
「すみません、この祠って……」
「あぁ、この祠かい?この祠はねぇ……」
親切なおばさんが教えてくれた。
昔ね、そこには女神アストライアーさまが住んでいたんだよ。
善悪を教えてくれる女神さまでね、そりゃぁ皆に慕われていたそうだ。
でも戦争が始まってたくさんの人が死んで、女神さまも傷ついてしまったのさ。
見かねた女神さまは空に還ってしまったんだとさ。
でもあたしゃ信じてるよ、その女神さまのこと。
お空の上からちゃーんと見守ってくださっているって。
その話を聞いて、シェインは涙を流していた。
「アストライアーさんは運命の書の通りに役割を果たしたのね」
レイナは静かに呟いた。
善悪を教える女神の最後の言葉は『自由に』だった。
彼女は自由になりたかったの?
何から自由になりたかったの?
自由って、善悪って何なの?
きっとレイナも僕も、その場にいる誰にも分からなかった。
辺りはすっかり暗くなっており、空を見上げれば輝く星々が僕たちを見下ろしていた。
「カーリー様、いかがいたしましょう?」
「あと一歩でした……残念です」
行きましょう、とカーリーはロキを連れて深い霧へと歩き出した。
調律の巫女と混沌の巫女、想区の謎と理念に纏わる旅はまだ始まったばかりだ。
星乙女が生まれるとき ナガ @naga0912
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