第4話 善と悪の狭間に

 「カオス・アストライアー、お聞きなさい」

カーリーは凛とした声で彼女に言う。

空に舞うカオス・アストライアーは地上を見下ろしカーリーとロキの姿を捉えた。

「なぁに?あなた方には関係ないでしょう?アハハハ!」

ロキは“カーリー様になんと無礼な……”そう言い掛けてアストライアーのいる空へ攻撃をしかけようとする。

カーリーは腕を伸ばし、ロキの行動を静止させた。

「関係あるのですよ、アストライアー。あなたはこの殺戮を終えた後、どうするのですか?」

「ハァ?そんなの知りませんよ。全部、ぜーんぶ壊して……それから……うっ」

――私はこんなことを望んではいません!

「だ、だまれ……!」

――確かに私は運命の書に納得していませんでした。でも、こんな最期を望むはずがないのです!

「嘘だ!そうしなければ、私も消えて……」

カーリーの問いを聞いた後、カオス・アストライアーは苦しみ始めた。

「カーリー様、これは一体……」

しばらくぶつぶつと独り言を呟いた後、混沌の力が弱まったのか空から地上へ舞い降りた。

頭を抱えてもがいている。たまに奇声を発しながら周囲へ当り散らす姿は異常だった。

「アストライアーは今、自分自身と戦っているのです」

「自分自身と、戦う……?」

「ストーリーテラーにとってアストライアーが善とすれば、今の彼女、カオス・アストライアーは悪ということになります」

しかし……私たちはストーリーテラーを真に解放することが目的のはず。

「アストライアーはストーリーテラーの思惑通りに役を演じることに疑問を持ち、自らカオステラーになりました」

それこそが重大なのです、ともがき苦しみカオス・アストライアーを憐れむように見る。

「なるほど……」

ロキはカーリーの言わんとすることを理解したようだ。

「私たちはこのまま彼女を見守りましょう、どうなるのかを」

「そうですね、それなら私ができることは調律の巫女たちを止めること、ですね」

カオス・アストライアーの流れ弾に当たらぬよう、再び少し離れたところで二人は見守った。


 そのころ僕たちがヴィラン、メガ・ヴィラン、ドラゴンと全てを倒し終えたときには、もうすでに遅かった。

「ひでぇことしやがる……」

タオは顔をしかめて立ち尽くした。

「お姉さん……」

シェインもショックを隠しきれないようだ。

それも仕方ない。レイナが調律すれば元に戻ると言ってもこの有様は。

村の中心部は集落とは違い栄えているようで、建物も近代的なものだった。

本当ならとても美しい街並みなのだろう。だが今は血で血を洗うような悲惨な場所となっていた。

惨殺された村人たちを見て、レイナは覚悟を決める。

「早くカオステラーを……アストライアーを見つけて調律しないと」

「そうだね、急ごう」

「でも、お姉さんが今どこにいるかなんて分からないですよ」

なんせ黒い翼で飛んで行っちゃいましたから、とシェインは気を取り直したようで的確な意見を述べる。

「おい、何か聞こえないか?」

タオの一声で、一斉に静まりかえり耳を澄ます。

「確かに聞こえる、生きている人がいるのかも」

「あっちのほうから聞こえるわね」

レイナの指差した方向へぞろぞろと移動しに行く。

僕は倒れた人の中に生きてる人がいないか一人ずつ遠目で確認していく。

さすがにじっくりと見るのは失礼に値するだろうし、自分自身なるべくは目にしたくなかった。

あのアストライアーさんが街をこんな状態にするなんて、正直信じられない。

しかしカーリーはあの時レイナに何と言った?



『アストライアーは自らカオステラーになったのです』



そしてこうも言っていた。



『あなたがこの想区に来たせいで』



つまり、僕たちがこの想区に来たせいでアストライアーさんはカオステラーになってしまった。

もし来なければ、アストライアーさんは運命の書通りになったのだろうか?

僕は考えを巡らせたが明確な答えは出なかった。僕は空白の書の持ち主なのだから分かるはずもない。

「いたわ!こっちよ」

レイナの声でみんなが集まってくる。

「あんた……たち……あの悪魔を、倒してくれ」

「悪魔って黒い翼の綺麗なお姉さんですか?」

間髪いれずにシェインが答える。

「そう、だ……」

「どこに、今どこにいるの?!」

レイナは倒れていた男性を乱暴につかみ問い詰める。

それを見ていたタオが“落ち着けお嬢!仮にも怪我人だぞ!”と男性から掴んだ手を離させた。

咳込みながら男性は指をさしてか細い声で言う。

「あっちだ……あの天秤は……あぶな」

途中で目を閉じ、息絶えてしまったようだ。

もしかして、レイナが掴みかかったせいで死んだのではと三人は思ったが口には出さなかった。

「コホン、とりあえず指差していた方向へ行くわよ」

「時計台のほうだな!」

「さっき天秤が危ないって言うのはお姉さんのことですよね」

そう話しながらその場を離れようとした瞬間、何度目かのあの声が響いた。


「遅かったですねぇ……調律の巫女一行」


「またあなたなの!あなたと遊んでいる暇はないの!」

「まぁそう言わずに。折角カーリー様が結果を心待ちにされているのですから、今邪魔をされては困るのです」

「結果待ち……?どういうことだ!」

「おっと、おしゃべりが過ぎましたね」

パチン、とロキが指を鳴らすと共に大量のヴィランたちが現れた。

「あなた方にはここでこの想区の輪廻の先にある素晴らしい結末を見ていただきましょう!」



 カオス・アストライアーは破壊の限りを尽くし、生きとし生けるもの全てを滅ぼした。

――私はなんということを。

「後悔なんてしない……私が守ったところでいずれはこうなる運命」

――それでも、最期まで全うするべきでした。全力を尽くして天へ還るべきだったのです。

「どこまでも偽善者……我ながら反吐が出る!」

――あなたを責めても仕方がありません。全ては弱い私の心が悪いのです。

「そうやって自分が全て悪いみたいに言うな!私は悪くない、悪いのは……」


「そう、アストライアー、あなたは何も悪くありません」

しばらく距離を置いていたカーリーがどこからともなく姿を現した。

そして優しい声でもう一度問いかける。

「あなたはこれからどうするのですか?」

「それは……あとはこの壊れた想区が巫女によって調律されて“なかったこと”になるだけ」

「それで本当にいいのですか?自分の気持ちを誤魔化せずカオステラーになったのに」

――世の中にはどうにもならないことがあるのです。

「アストライアー、あなたさえ良ければ私たちと共に行きませんか?」

あなたは私たちに近い存在でもあり、カオステラーになった今では介入できる力も持っています。

カーリーは甘い言葉で勧誘する。アストライアーはとある神話の想区の神で、自らカオステラーになったいわば混沌界の逸材だ。

このまま調律されて運命の書のとおり、天へ還るにはもったいない。

「あなたのように、運命の書に疑問を持つ人たちを救えるかもしれません」

カオス・アストライアーの手をとり、カーリーは彼女を抱きしめる。

もう、苦しまなくてもいいのですよ。そうささやくカーリーの声にアストライアーの心の声は消えた。

「決まりですね。それならあたなには最後の仕上げをしていただかなくては」

「最後の仕上げ?」

「えぇ、この想区を調律させずに跡形もなく消滅させるのです」

調律の巫女と戦ってください、と微笑みながらカーリーは告げたのだった。

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