第3話 血塗られた世界の願い

 「すごい……」

外観は木造で村にある他の家の造りと同じなのに、外観に似合う予想した内装がまるで違う。

レイナが不思議な便利アイテムを持っているように、アストライアーさんも常人ではないようだ。

敷地の中の一角には様々な種類の樹とたわわに実った果実がある。

その隣には広大な田畑に黄金の稲の穂がそよぎ、瑞々しい野菜が収穫されてあった。

「こりゃあ驚いたぜ」

「姉御の持っている“箱庭の王国”みたいですね」

箱庭の王国とは様々な施設を建設することができ、施設によってその力を発揮できる便利なものだ。

「これ、非常食なのかしら?」

食い意地を張ったレイナは熟れた果実を真剣に熱い眼差しで見つめる。

果実に手を伸ばそうとしたレイナを僕は止めた。

「勝手に取っちゃ駄目だよ」

たしなめると“そうよね、盗人は泥棒の始まりって言うものね”と引きとどまってくれて助かった。

「お茶が入りましたのでこちらへどうぞ~」

何人用なのかも分からないほど大きなテーブルに、それを囲むソファーへ案内された。

横に四人で並んで座り、アストライアーさんは向かい側に対面して座った。

“いただきます”と一言告げてカップを口にしたレイナに対して、“いただくぜ”と言うなり豪快な音をたててタオは茶を飲んだ。

「タオ兄、行儀が悪いです」

「あはは……」

僕は対照的な二人に苦笑するしかなかった。

シェインも一応タオをたしなめたけれど、それよりもアストライアーさんをじっと見つめている。

「聞きたいことがあるのでしょう、シェインさん、エクスさん」

シェインが“はい!”と挙手をして話し始めた。

「単刀直入に聞きます。あの捨てられた鎌でお姉さんは誰かを殺めたのですか?」

「ちょ、シェインそれは失礼すぎるよ!」

「いいのです。そう思われても仕方のない言い方をした私が悪いのです」

ため息をつき、彼女は窓の外に目をやった。

「結論から言うと、私は誰かを殺めたことはありません」

「ならなぜ……あの薄い紅に染まった雪と黒く錆びれた鎌はどう説明がつくんですか?!」

珍しくシェインが熱く饒舌に話している。

偵察中に初めて出会った人で、戦いながら逃避行を続けたせいなのだろうか。

「話は長くなるのですが、この村の歴史を聞いてもらえますか?」


 

 

  かつてこの村では神々と共存し、温暖で耕作をせずとも豊かな恵みによって平和に暮らせていました。

 しかし統治していた神から政権を人間が奪い、四季が、新たな冬が生まれたのです。

 人々は糧を得るために耕作をせざるを得なくなり、農具が開発、発達されました。

 やがて人々は糧のために作成した農具を応用し、武器を作り始めました。

 更に文明は発達し、地上では人々が悪行をはたらき、己の欲望のまま殺戮を始めたのです。

  共存していた神たちは一人減り、二人減り、だんだんと地上を去るようになりました。

 



 「話は分かったんだけどよ、その血がついた農具と姐さんとどう関係が……」

タオは分かったと言いながらきっと分かってないんだなと三人とも思った。

あの農具は村人が人を殺めたときに使われたもので、それを彼女が回収し、深雪の中に埋めて捨てたものだったのだ。

時間が経つにつれ雪が解けて地面に現れてしまった、というわけだ。

「つまりお姉さんは神様なんですね」

神様……どおりで丁寧な所作で高貴な雰囲なわけだ。

頷くアストライアーさんは続ける。

「私以外の神はもうこの村にはいません……昔から懇意にしていた神もそれを私に託して去ってしまいました」

棚の上に飾られていた金で作られていると思われる豪華な天秤を指差し、彼女は涙を流した。

その天秤は、善悪を量る為のものらしい。神様らしいというか、何というか。

“そしてこれを……”と言い、分厚い本をレイナに渡した。

「これは“運命の書”ですね、私が拝見しても?」

こくこくと頷き、涙を拭うアストライアーさんは美しかった。

彼女の運命の書を読み終えたレイナは立ち上がった。

「まずいわね。早くロキとカーリーを見つけないと……」

「何か外が騒がしいような……」

僕も立ち上がって窓の側へ移動し外を覗いた。

っ!!レイナの言うとおり、本当にまずい状態になってしまったようだ。

「どうした?坊主」

暢気にお茶のおかわりをすすっていたタオが棚にあった天秤の異変に気がついた。

「おい、色が……天秤が黒くなっていくぞ?どうなってんだ?!」

「まずいよ、外にヴィランたちが!今回はメガ・ヴィランにドラゴンもいるよ!」

「お姉さん、しっかりしてください」

シェインがアストライアーさんを抱きしめていた。

美しかった彼女の姿が……黒色で露出の高い衣服を纏い、白く透き通った肌には紅の複雑な模様の刺青が浮き出ていた。

「素晴らしい!」

あの不愉快な声と共に拍手が聞こえる。レイナは窓の側にいた僕を押しのけて外を見た。

「その声は……ロキ!」

レイナは彼女の家を飛び出した。ロキを見つけないと、と言っていた彼女のことだ、どうするかは決まっていた。

「レイナ!一人で戦ってもだめだ!」

「シェイン、お前は姐さんについててやれ」

「了解です!」

僕とタオはレイナの後を追い、彼女の家を出る。

外には集結したおびただしい数のヴィランたちがいた。

すでに戦闘態勢を取っていたレイナはアリスの姿になっており、怒りで震えていた。

僕たちも英雄たちの魂と接続し姿を変えた。

「ロキ、あんたたちを許さない……!」

「心外ですね。今回は私たち何もしていませんよ。ね、カーリー様」

しらじらしくそう話すロキに、更にレイナは激昂した。

「嘘!あなたたちがアストライアーさんをカオステラーになるよう仕向けたんでしょう?!」

襲ってきたヴィランを倒しながら、アリスは言う。

僕たちもメガ・ヴィランとドラゴンは放置し、襲ってくるヴィランたちを片付けていく。

「ロキの言うことは本当です……アストライアーは自らカオステラーになったのです」




『あなたがこの想区に来たせいで』




私の、せい……?

カーリーに指をさされたレイナは“どういうことなの?”とうろたえ、アリスの魂との接続を解除し戦うことをやめてしまった。

「耳を貸してはだめだよ!今は戦わなきゃ!」

「このままではいけない。剣を取るんだ!」

ジャックになった僕も、ハインリヒになったタオもレイナに説得の声をかける。

しかしカーリーは親切、もとい余計なお世話にもなぜそうなったのかを説明し始める。



 彼女の運命の書には、最後には彼女もその地を去り、天に還るとありました。

しかし彼女はその運命に納得しなかった。

天秤を託された神のためにも、自分が村を、村の人間たちを守らなければならないと……。

正義とは何か、善悪とは何かを村人たちに訴えながら、しばらくの間は平穏を保っていました。

しかし時が流れ、統率者が神から人間に代わったとき全てが崩れはじめました。

文明が進み、人間が武器を手に取ったとき、彼女の運命の最後が近づき始めたのです。

彼女の心にはこのまま地上で人間たちを守りたいという思いと、運命の書の通りに天へ還らなければならないという思い。

その葛藤していた最中にあなたたちがこの想区へ足を踏み入れたのです。

私がこの想区で初めに会ったとき、アストライアーはまだカオステラーではありませんでした。

しかしあなたに“調律”されてしまうと、強制的に天に還ることになる。

正義と善悪を訴えてきた彼女にはもう、何を善と悪とするか分からなくなっていました。



「カーリー様、お話はそのくらいで……まもなくですよ」

ロキはまた不愉快な笑みを浮かべている。

「そうですか。では場所を移動しましょう」

カーリーの姿を隠すようにロキはその場を立ち去る。

「逃がさないよ!」

僕はジャックの短刀をロキの足目掛けて投げつける。

しかし短刀に突き刺さったのはメガ・ヴィランだった。

ハインリイヒも槍で追撃しようとしたが、ドラゴンの巨体が壁となって叶わなかった。

「姉御!お姉さんが……」

シェインの元へ駆け寄ると、家の中は散乱し、もぬけの殻だった。

「カオステラーになって村の中心部に行ってしまいました……」

しゅんとしたシェインに気を落とさないよう、ハインリヒ姿のタオはシェインの肩に手をおいた。

「まずは奴等を倒さねば!」

「そうだよ!早く片付けてアストライアーさんを追わなきゃ」

「そうですよね……姉御、やりましょう!」

栞を空白の書に挟んで、シェインはラーラの姿になった。

レイナも“腹を括らなきゃ”と呟いてアリスの姿になった。

四人で多数のヴィラン、メガ・ヴィラン、ドラゴンという敵に挑み始めた。


 一方、村の中心部へ移動したロキとカーリーは目を見開いた。

「これは、予想以上の出来ですねぇ」

すでにカオステラーとなったアストライアーが、殺戮の限りを尽くしていたのだ。

周囲は血に染まり、かつては人間だったものが地面に転がっていた。

漆黒の天秤を持ち、空に舞うカオス・アストライアーが笑いながら村人たちを襲っている。


「アハハハ!もっと紅く染めてしまいましょう!善悪なんて関係ないわ!」


全部滅びてしまえばいいのよ……そう呟いたカオス・アストライアーの小さな声をカーリーは聞き逃さなかった。

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