第2話 手に入れて放棄したもの

 「シェインのやつ、遅くねぇか?」

タオは心配していたはずが、だんだんとイライラし始めたようだ。

「確かに遅いわね、何かあったのかしら……」

レイナも洞窟の入り口付近まで見に行く。

僕も彼女の後ろを着いていき、シェインの安否を気遣う。

すると洞窟のすぐそばで人が倒れていた。

もしかしてシェインが……とレイナも僕と同じことを考えたようで、急いでその人に駆け寄る。

よく見ると一人の女性だった。シェインではなくて良かった、と思ってしまったのは胸に秘めておこう。

「君、どうしたの?大丈夫?」

僕がうつ伏せになっていた女性を抱き上げている間にレイナは洞窟へ戻ってしまった。

はぁはぁと息苦しく呼吸をする彼女の背をなでて深呼吸を促す。

洞窟の中からレイナとタオが慌しくこちらへ向かってきた。

ちゃっかりと出立の準備もしており、タオはシェインと僕の二人分の荷物を抱えていた。

レイナは取り出したものを女性に渡す。

「とりあえず、これを飲んで。呼吸が楽になるから」

得体の知れない液体を女性は躊躇なく一気に飲み込んだ。

その様子に驚きを隠せない僕はあっけに取られていた。ただの水だといいのだけれど。

「ありがとうございます、生き返りました」

レイナに深く頭を下げてお礼を言う。

「それは良かったわ」

手に返された杯を取り出した元の袋に戻した。

呼吸も落ち着いたところで、女性は“しまった”と思い出したように焦りだした。

「初対面で親切にしてくださった方に申し訳ないのですが……」

再び姿勢を正して僕たちに対して深く一礼をした。

「どうかあの子を、あの少女を助けてもらえませんか?!」

日に焼けた小麦色のような肌に、夕日のような瞳の色、そして薄い黄金色の長髪。

神官のような姿の少女が化け物と戦っているという。

「それってもしかして」

「あぁ、間違いない。英雄に接続したシェインに違いねぇ!」

「行こう!」

「わ、私も行きます!助けていただいた恩がありますから」

化け物、つまりヴィランと戦っていると思われるシェインを救出するために、四人は村の集落への道を急いだ。

 しばらく進むと、静まりかえった前方から人影が見える。

「あ、タオ兄……それに姉御に新人さんにお姉さん」

衣服がところどころ破けているラーラがいた。

その姿は明らかにヴィランたちと戦い、その結果が目に見えて分かる。

「シェイン、怪我はない?」

英雄との接続を解除したシェインをレイナはまじまじと観察する。

「大丈夫です、ラーラのおかげで……」

“戦略的撤退を余儀なくされましたけどね”と飄々とするシェインを見てタオも僕もほっとする。

「先ほどは助けていただいてありがとうございました」

シェインが“お姉さん”と呼んだ女性はまたもや深く一礼をした。

とても丁寧な人、というのが僕の第一印象だったのだが、動作そのものが高貴で位の高い人に思えた。

「いえいえ、お姉さんもぐっじょぶです」

“何も知らずに私の言うとおり洞窟まで走ってくれましたからね”と何故か自慢げに話し続ける。

「失礼ですけど、あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

“私はレイナ、旅をしている者よ”とまずは自己紹介をして、決して怪しいものではないと主張する。

「申し送れました、私はアストライアーといいます」

「俺はタオってんだ、よろしくな!」

「シェインです」

「僕はエクス、みんなと旅をしているんだ」

互いに自己紹介をしたところで、村の住人である彼女からありがたい申し出をいただく。

「立ち話もなんですし、私の家に来ませんか?」

戦闘したシェインも、違和感が気になるレイナも賛成し、彼女の家へお邪魔することになった。

村への道中、アストライアーは好奇心旺盛なようでシェインたちを質問攻めにした。

あの少女の姿はどうなっているのですか?

―魔法……みたいなものですかね。

あの化け物たちは一体何なのです?

―あれは想区の主、ストーリーテラーがカオステラーに変貌してしまうと、ヴィランという化け物が云々。

なるほど、それであなた方はカオステラーによって壊された“想区”を運命の書どおりに正しく修正する旅をしているのですね。

僕の隣を歩いていた彼女が少し寂しげに見えたのは気のせいだろうか。

しかしそんな空気は一瞬で、彼女は“この先が私の家……”と言いかけたそのとき。

「ひっ」

突然怯えた声で小さな悲鳴が聞こえた。

先ほどまで嬉々として質問をし、懸命にその答えを聞いていたのに。


『クルルゥ……クルルルゥ……!』


「おいでなすったか!タオファミリー喧嘩祭りの始まりだぜ!」

敵の声を聞いたタオは待ってましたとばかりに意気込む。

「やってくれますねぇ……二度はありませんよ」

あれほど倒したというのに更にヴィランの数は増えており、尚且つ撤退せざるを得なかったシェインも熱が入る。

「アストライアーさんは隠れてて」

「こっちよ」

レイナは彼女を少し離れたところへ誘導する。

シェインは先ほど接続した神官見習いの少女ラーラに。

タオは魔法で蛙にかえられた王子を元に戻すために懸命に尽くす家来である青年ハインリヒに。

僕は牝牛との交換で手にした豆を撒き、天まで届くほどに成長した巨木に上る冒険をする少年ジャックに。

レイナはアストライアーさんの護衛のため、空想という名の不思議の国で様々な冒険をする夢見る少女アリスに。

それぞれの栞を手に英雄の魂と接続しヴィランたちと対峙する。

「おや、またお会いしましたね」

ヴィランたちの声に紛れて不愉快な声がする。

「ロキ!!!!それにカーリーも」

ロキという男とカーリーという少女、彼らは僕たちと敵対関係にあたる二人組みだ。

彼らはストーリーテラーをカオステラーにし想区を壊すために行動している。

レイナは以前カーリーと二人で話をしたことがあるらしいけれど、僕たちはその場にいなかったため何の話をしたのかは知らない。

その後しばらくレイナは思い悩んでいたようだったが、今となってはふっきれて信念を持って調律している。

「またあなたたちなの?今度は一体何を企んでいるつもり?」

アリスの姿を借りたレイナが叫ぶ。

ご丁寧にその問いに答えるロキは首を竦めた。

「企むなんて人聞きの悪い。何もしていませんよ、今はね」

ククク、と不敵な笑みを浮かべて“参りましょう、カーリー様”とヴィランの群れから立ち去っていった。

その様子を見てレイナは彼らの後を追いかけようとアストライアーさんから離れる。

「深追いは危険だ、まずはこちらに専念を!」

前衛で槍を駆使してヴィランたちを遠ざけるハインリヒ。

後衛から雷光球を発射し、ハインリヒの攻撃を援護するラーラ。

僕も負けじと前衛に加わり、短刀の得意な小回りがきく手数攻撃でヴィランを倒していく。

アストライアーさんの背後に沸いた敵に気づいたアリスの姿を借りたレイナも片手剣で応戦する。

四人で協力しつつ、通常のヴィランたちをあらかた片付けることができた。

「こんなもんかぁ?」

英雄の魂との接続を解除したタオは暢気に言う。

「あ、タオ兄ここ怪我してますよ」

肩の部分の服が裂かれ、紅く滲んでいるのを目ざとくシェインが見つける。

「こんなの怪我のうちに入らねぇよ」

「油断は禁物よ」

そう言うとレイナは他の栞を取り出し、アリスの姿から羊飼いの青年ヨリンゲルの姿になった。

――やぁレイナ、ヨリンデを助けに行けるようになったのかい?

ヨリンゲルは恋人であるヨリンデと暮らす羊飼いで、わけあって恋人が小鳥にかえられ森の奥にそびえる魔女の城に囚われているのだ。

レイナはそんな心優しい英雄の彼の魂と接続し、いつもは回復役をしている。

残念ながらヨリンデの救出はまだよ。

そう心で問いかけて必殺技を詠唱する。

「アンストッパブル・ラブ!」

木の片手杖の先端に巻かれてある赤いリボンは揺れ、付いてある二つのベルは鳴り、タオの肩の方へ癒しの光が出る。

さすがに破けた服までは直せなかった、肩に負った傷はすっかり元に治っていた。

「ありがとうな、お嬢」

回復を終えるとレイナはヨリンゲルとの接続を解除し、“どういたしまして”とそっけなく答えた。

「あのー、そろそろ私の家に入りませんか?」

所在無さそうなアストライアーさんが彼女の家の前まで来ていた。

「あ、お姉さんに聞きたいことがあるんですけど」

唐突にシェインが尋ねた。

それに対しても丁寧に“何でしょうか?”と答える彼女は本当に徳の高い人なのかもしれない。

「そこの隅の……雪が薄紅くなってるところにある農具、お姉さんのものですか?」

一瞬硬くなった表情だが、すぐに彼女は微笑んだ。

「私のもの、ではないです。正確に言えば私のものだった、が正解です」

どういうことだ?と意味が分からないタオとレイナは首を傾げた。

「今は違う、ということですか?」

僕も彼女に質問し返してみる。

「えぇ、それは“手に入れて”その後“放棄”したんです」

彼女は意味深なことを言った後“こちらへどうぞ”と家の扉を開き中へ入っていった。

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