星乙女が生まれるとき
ナガ
第1話 白銀世界の始まり
私は運命の書のようになりたくない。諦めたくはない。
しかしそう願ったことが引き金となり、更なる悲劇が始まるのだった。
深い霧を抜けたタオファミリーがたどり着いた想区は白銀の世界だった。
「うぅ……寒いわね」
レイナは身震いしながら両腕を抱えた。
「これ、雪のようですよ、ほら」
少し先を歩くシェインは白いものを手にし、悪げもなく振り向いてエクスのほうに投げた。
僕は避けようと思えば避けられたのだが、僕が避けると後ろを歩いていたレイナに直撃する。
そう考えた結果、甘んじてシェインの雪球を顔面に受けた。
「おー、新人りさん。ナイスキャッチです」
「キャッチしたのは顔だけどな!」
豪快に笑う彼は、調律の巫女一行の大将を自称するタオ。
「あそこで少し休憩しようぜ」
もう一息というところで村の集落は見えている。しかし彼は返事を待たずに洞窟の入り口へ向かい歩いていた。
休憩するなら村の集落に着いてからにすれば……そう僕は素直に聞こうとしたが遮られた。
「そうね、私も賛成だわ」
いつもは“おふざけは禁止!”と怒声を上げるはずの彼女が素直に従っている。
それならあえて水を差すこともないかと思い、僕も洞窟のほうへと目指し始めた。
洞窟に着いてからよっこいょ、と口に出しそうな座り方の彼女を見て、僕は微笑んだ。
「ちょっと、今笑ったでしょ?」
不服そうにふくれっ面になった彼女に言い訳を始めた。
「笑ったというか、なんというか……僕を育ててくれたおばあちゃんみたいだったから、つい」
「ご、ごめんなさい……」
「気にしないで、こっちこそ笑ってごめん」
彼女の逆鱗に触れることは免れて、ふぅ、と一息ついた。
その一連の流れを見終わったシェインは背負っていた荷物を地面に降ろす。
「しゃっきーん!ちょっと偵察に行ってきます!」
敬礼をしてあっという間に集落の方へ行ってしまった。
「シェインも休憩を……って、行っちゃったね」
「あいつは方向音痴じゃないから大丈夫だ!」
“何が言いたいわけ?!”と一触即発になりそうなところを、先ほど聞きそびれたことを口にすることで閑話休題にした。
「ねぇ、タオはどうしてここで休憩しようって言ったの?」
「なんとなく、だ!」
理由なんてなかったらしい。その言葉を聞いて彼女は“厭きれた”と顔を歪めた。
「理由があると思って賛成したのに!」
彼女には正当な理由があるようだ。
レイナは『調律の巫女』と呼ばれ、カオステラーの気配を察知する能力がある。
その彼女が言うには“この想区はおかしい”らしい。
確かにカオステラーの気配はあり、ヴィランの気配もある。
だがその気配がいつもよりも薄いらしいのだ。正確に言えば、カオステラーになる前ぶれ。
調律してカオステラーをストーリーテラーにし、想区を正しく修復したくてもできない状態。
旅をしてきた中でこんなことは今までなかったらしく、違和感に戸惑っていた。
胸のうちを話した彼女は、幾分か顔色もよくなり、すっきりした顔をしていた。
「やっといつものお嬢に戻ったな」
何も言わずに黙って聞いていたタオは何気なく言って、レイナの頭をぽんぽんと撫でた。
僕はタオに、“レイナのことを心配していたんだね”と口にすれば、“まぁな”とさらっと返された。
さすがシェインの兄貴分であり、女の子……というよりは妹に対するような扱いはスマートだった。
「さぁて、これからどうする?もうすぐシェインが戻ってくるだろうけど」
「そうだね、シェインが戻ってきてから考えよう」
一方そのころ、偵察のため村の集落へ向かったシェインはというと。
「誰もいませんねぇ……」
雪原の中にぽつぽつとまばらに家があるにはある。
しかし話を聞こうにも肝心の人がいない。さすがに一人で家の中を訪ねる度胸はない。
うーん、と歩きながら悩んでみても何も閃かなかった。
でも気づいたことはある。
雪の中に埋まっていた農具があったのだ。
隠していた、というわけでもなく、だれかが忘れていったものだろう。
錆びれた鎌の鉄部分と染まった薄紅の雪。
これはもしや……。
思い浮かんだことは一つだけ。
確かにこの想区が壊れかけているというのは間違いない。
単独行動を続けても埒が明かないので、洞窟へ戻ろうとしたが一足遅かった。
『クルルゥ……』
聞き覚えのある声が木霊する。
「あちゃー、どこから沸いたんですか」
ざっと数えても10体は見える。
更にこの声を聞くともっといるかもしれない。
この数を一人で相手にするのは分が悪い。
『クルルゥ……クルルルゥ……!』
急いで『導きの栞』を手に英雄の魂と心を通わせ、シェインは神官見習いの少女の姿になる。
――シェインさん、いきますよ!真っ向勝負……は難しそうですね。
シェインが接続した少女の名はラーラ。
女神スケエルに仕える神官見習いであり、いつかは外の世界を見ることを願っている。
ラーラの姿と力を借りて、両手杖を握り雷光の球をヴィランに向けて発射する。
しかしいかんせん敵の数が多い。
――今回は戦略的撤退が最善策だと思われます。
敬虔な彼女の意見だ。シェインも負け戦と分かって本気で力を出すほどお人よしではない。
ヒット&アウェイ戦法で雷光球を放ちつつヴィランの数を減らしていく。
姉御たちには悪いけれど敵を引き連れながら洞窟への道を目指した。
道中に結構な数の敵を排除したと思っていたが、そうでもなかった。
初っ端からこんな大量の敵に遭遇するとは……。
洞窟まであと半分というところで、この想区で初めて人を見かけた。
話しかけてこの想区の詳細を聞きたいところだが、今はそれどころではない。
「危ない!早く逃げて!」
え?という顔で振り向いたのは一人の女性だった。
見るからに高貴な服装、しかし華やかすぎず至って清廉潔白、純粋な乙女のよう。
あまりの美しさにヴィランへの攻撃を中断してしまったため、遠距離と言えるほど差があったのに今ではもうすぐそこだ。
シェインは動けずにいた女性の手を取って走る。
「あ、あのっ、いったい何が」
「話は後です!とりあえずあの洞窟まで走って!」
女性と手を繋ぎながらでは両手杖でヴィランを攻撃するのは無理だ。
――もう追いつかれます!私がおとりになって一度彼女を逃がすしか……!
「私が時間を稼ぐので洞窟まで走って逃げてください」
彼女の手を離して背中を押す。
「わ、わかりました」
息を切らしながら走る彼女を見送ってヴィランたちを見据える。
――これで彼女は大丈夫そうですね。やりましょう、シェインさん!
溜めていた力を放出するために両手杖を握り詠唱する。
「スケエルの怒り!」
向かってきたヴィランの群れに巨大な雷光球を三発着弾させる。
目前に迫っていたヴィランたちは爆風で吹き飛ばされた。
雷光球の威力と眩しさと爆風で、殲滅とまでは言えないが大半を倒すことができた。
中には目を回して行動することもできないものもいる。
これでしばらくは強大な必殺魔法は使えない。
だがそれと引き換えに敵との距離を取り、洞窟へ向かうことができる。
ラーラの姿のシェインは後ろを振り向かず、偵察の成果を報告するために休むことなく走り続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます