第23話 傷つかないために、傷つけないために(終)

 ぼくは、やっとBコンを外して、現実に戻ってきた。

 どっと疲れている。

 いや、そんなことをしている場合じゃなかった。

 スマホを取り出し、連絡をしようとしたところで、逆に着信が来る。

 

 夕凪だ。

 

 電話を取る。

 

『広太、大丈夫?』


「大丈夫って?」


 平然とするしかない。

 最低の詐欺師と言われても納得する。

 

『あのね、落ち着いて聞いて欲しいんだけどね。

 お父さんが、警察のところで、お母さんは病院で』


「姉さん落ち着いて、よく分からないよ」


『あ、そうだよね。うん』


 夕凪が話すところによると、父さんは、自動運転が制御不能になったことを、警察に届けて今、警察署で事情を話しているそうだ。

 制御不能だったのは一時的なもので怪我はなく無事だけど、頭にきているみたいで、メーカーに訴訟を起こすとか言っていたらしい。

 母さんは、エレベーター事故で、腰を打ったようだ。

 特に目立つ外傷もなく、少し怖い思いをしたそうだが、何ともない。

 救助されてから、一応病院で見てもらっているそうだ。


 二人共無事だった。

 そこだけは、素直に、良かったと思う。

 

「姉さんは無事?」


『わたし? もちろん平気だよ。今帰ってるところ』


「じゃぁ、さ。安全に帰ってきてよ」


 言いたいことは山程あった。

 でも言えない。

 こんなこと、どう言ったら良い?

 どう整理すればいいんだ。

 心が詰まっていく感じがする。

 

『それとゲームの方のコータとは、どうなったの?』


 両親も無事とは言え大変な状況だ。

 真実を話している場合じゃない。

 反面、言い訳ができたことに安心する自分が居た。


「昔話を少しだけね。

 大変なことになってるみたいだけど、心配無いってさ」


 リアルのぼくが、ゲームの状況を詳しく知らない方が、後々面倒事が避けられる。

 皮肉なことにぼくは、このすっかり分裂した人格を、便利に使い分けている。

 どうしたって、ややこしくなる問題を、得意の思考力で簡単に整理できてしまうんだ。


『そっか、それじゃ、もう少しで着くから』


「うん、また後でね」


 電話を切った。

 自分が部屋の中、一人で居ることに、一層の孤独感が襲う。


「この嘘つきが」

 

 ぎしっと、椅子の背もたれに体重を預けて、天井を見る。


 夕凪が賭けたものを考えていた。

 偽物は、母さんの命を奪う可能性のあるゴットヘイトを使った。

 なのに母さんは、ほぼ無傷で助かっている。

 エレベーターは落下後、緊急ブレーキが作動し、寸止めで止まっていたのだ。

 それは、偽物が事故を起こすつもりがなかったから、という解釈もできるけど違う。

 あのとき嘘をつけば、ゴットヘイトが分かりやすく上昇していたはず。

 それが無かった時点で、あいつに嘘はなかった。

 でなければ、ぼくもあれほど取り乱したりしない。

 白玉団子の言うことが本当なら、あいつに人の死は引き起こせない。

 偽物は、怪我や障害を狙い、事故を起こした。

 あいつの実行したゴットヘイトが、演技である可能性は低い。

 もし仮に買わずにいて、偽装がバレると、ゴットヘイトを買わせる動機が喪失するからだ。

 本気で実行し、阻止された。

 いや、阻止されるのも知っていたのかもしれない。

 そう考えると、整合性がつく。

 最初から危険な賭けをしているようで、あいつは、夕凪のゴットヘイトすら理解していた。

 あいつ、最後の最後まで、無謀な賭けなんて一つもしてなかったんじゃないか?

 偽物については、何一つ真実が見えなかったけど、一つ明らかなのは、夕凪が、3人の命を助けたことだ。


 彼女は、ぼくがこのシステムに気づくより前から、危険を察知し、家族のゴットヘイトを買っていた。

 その価値は、間違いなく、命に相当する重大なものだ。


 ぐしゃぐしゃっと自分の髪を掻きむしる。

 じっとしていられず立ち上がった。

 冷静に、平静に振る舞わないといけないのに、無理だ。

 部屋をうろうろしてから、出て行った。

 階段を降りて、玄関先にまで来てしまう。

 バカ、今外に出て行って、夕凪と鉢合わせたら、どんな言い訳をするつもりなんだ。

 我慢だ。

 ずっとそうやって、自分を装って来た。

 ぼくなら出来るはずだ。

 出来るはずなんだ。

 でも、なんて顔をしたらいい?

 

 気づいたら、その場に座っていた。

 何やってるんだ。

 こんな姿を見られたらますます言い訳できない。

 思考が乱れている。


 ぼくは何だ?

 いったい誰なんだ?

 

 嘘だろ?

 ぼくは現実とゲームを分けられていたはずだ。

 なのに今さら、こんなこと思うなんて。

 

 誰かが玄関に近づく気配がする。

 瞬間、膝に力が入って、立ち上がっていた。

 ぼくは、夕凪の弟であることを、一切のブレもなく続けられる。

 今は無駄な情報を遮断しろ、考えるな。

 無駄な力が抜いた。

 心を静めるのは得意だ。

 いつだって冷静になれる。


 がちゃっと扉が開いた。


「ただいまー」


「おかえり姉さん」


「びっくりしたぁ。どうしたの? 出迎えてくれて」


「いやだって、心配でさ」


「ふーん、何かあった?」


「別に」

 

 やばい、と思いながらも、視線を一度逸らしてしまう。

 すぐ戻したけど、さすがに見られた。

 く、こんな初歩的なところで動揺を気取られて躓きたくない。


「気になるなぁ、悩み事があるでしょ?」


 夕凪は何も分かっていないと分かっていても、心に亀裂が入りそうだ。


「ないない」


 夕凪は、様子を見ながら、にこっと笑った。


「隠さないでよ。姉弟なんだからさ」


 その言葉は、さすがにたまらなかった。

 

「姉さんだって」


 漏らしてしまっていた。

 夕凪の隠し事は、すべて、家族のためにある。

 ぼくの隠し事なんて比べようもないほど高潔だ。


「わたしが何? ん?」

 

 暖かくて優しい夕凪の気持ちが、今は、抉られるようにして痛い。

 優しさを裏切る自分が、嫌になる。


 ぼくは夕凪を抱き締めていた。

 

「わわ、広太どうしたの?」


「ごめん、こうさせて、ほんとごめん」


 夕凪は、ぼくの後ろ髪に、優しく触れた。


「ごめんなんて言わなくていいよ」


「うん、ありがとう」


 本当に感謝している。

 

 だからこそ、ぼくは続けるしかないんだろう。

 傷つけないために、傷つかないために、この偽りの日々を。

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