第22話 見えない神様

 白玉団子は、偽物に跨ったまま、未だに攻め立て続けている。

 白玉団子はおそらく、ゴットヘイトを使って、妹のアカウントを乗っ取り、再びこのゲームに舞い戻ってきた。


「まぁそうなるね」


 推理を説明すると、白玉団子は納得した様子だけど、偽物をポコポコ殴る手はやめていない。


 可愛らしい女の子が、ぼくの偽物を、タコ殴りにしている状況を、あまり心地よく思えなくなってきた。


「あの、どうして今になってこの場所へ?」


「それは君たちに負けたからだよ。

 わたしは、妹の身を案じて病院に向かっていたんだが」

 

「何か?」


「事故った」


「え、それって……」


「いや、ゴットヘイトの制裁じゃない。

 自転車で急いで駆けつけたら、接触して、軽めに乗り上げちゃってね」


「はぁ」


 凄い心臓に悪いな。

 

 いや、心臓に悪いと言えば、白玉団子が妹のアバターを奪取するのが、あと少しでも遅れていたら、ぼくの家族は大変なことになっていたかもしれない。


「タイミング良すぎて、ヒーローみたいだね、ははは」


 ぜんぜん笑えない。

 本当にこの白玉団子は、同一人物なのか?

 スケルトン兵だったときは、かなり追い詰められていた風に見えたけど、今は余裕が見える。


 偽物は、ついに追い詰められているのか、ゴットヘイトも90を数えていた。

 白玉団子は、偽物を攻撃するだけのフラグは、まだ立っていないはずだ。

 どうして出来るのかを尋ねた。


「集めた情報によれば、こいつらは、プレイヤーでも無ければ、NPCでも無い。ソレ以下の存在らしい」


「こいつら、ですか?」


「ああ、複数居るみたいだ」


 ぼく一人だけを狙っていると考えるより、複数犯で、プレイヤーを狙っているなら、少し理解は出来る。

 何かの犯罪組織?

 こればかりは、相手に聞いてみないことには分からない。

 もう少し攻撃をし続けたら、偽物が消滅してしまいそうだった。


「あの、そいつに質問したいんですけど、いいでしょうか?」

 

「こいつは嘘しか言わないよ?」


 それでも、と頼み込むと、白玉団子は手を止めてくれた。

 偽物が解放されたわけじゃない。

 がっちりと、両足でホールドされている状況は、シマウマを押さえ込んでいるライオンみたいだ。


 偽物の外面は、特別、負傷している様子はない。

 ゲームだから外面どうこうで見るものじゃないだろうけど、やられた後、負傷したグラフィックはあるはずだ。

 こいつらには、それすら無い?

 白玉団子の言っていた、”ソレ以下”と言われる所以なんだろうか。


 意味は無いだろうけど、聞いてはおきたいことはあった。


「お前の目的は何なんだ?」


 一プレイヤーでしかないぼくをターゲットにする理由。

 その片鱗でもいいから、聞いておきたかった。


「ゲームにきまっている」


「何?」


「ゲームをしている人間が、ゲーム以外に何の目的がある」


「こいつまだ懲りてないのか?」


 白玉団子が殴る手を上げたので、ぼくはそれを、「待ってください」と言って止めた。


 ゲームの目的。

 失念していたかもしれない。


「お前の目的は、ぼくらにゲームを続けさせることか」


 そんな馬鹿な話しあるはずが無い、とは思ったけど、それしかないとも言えた。


「はは、はははは」


 偽物は、お得意の不完全な笑いを漏らす。

 感情がこもっていないから理解し難かったけど、思えばこの笑いには、喜びがあったんじゃないかと思う。

 駒を弄ぶことで得られる優越感だ。


 かちっと、偽物の頭上の数字が変わった。

 1、2と増えている。

 このスコアずっと一定なんだ。

 最初から、このスコアは、勝手に増えていた?


「コ、コータ君! どうしたらいい?」


 馬乗りになって追い詰めているはずの白玉団子が、困った挙句にぼくに聞いてきた。

 これは、ぼくたちにはどうしようも出来ない問題だ。


「神よ、見捨てられたのですか?」


 さっきまで笑っていた偽物から笑みは失せていた。

 

「よくやったじゃないですか、あなたの意思を体現したと言えるじゃないですか」


 偽物は、求めて彷徨うように、天井に向かって手を伸ばしている。

 あっという間に、数字は100に到達した。


「俺はなんで」


 最後の言葉を、言い切ることなく、忽然と偽物は消えた。

 魂すら飛び出すことも無かった。


「はは、神か」


 白玉団子は、ゆっくりと立ち上がる。


 いい頃合いだと思って、ぼくは白玉団子に聞いた。

 

「白玉さんは神と話したことがありますか?」


「神と話す?」


 白玉団子は突拍子もないことを言われた様子だ。

 ぼくは、白玉団子の妹、舞奈が話していた、神と対話したという話しと、彼女が、通して見ていた光景を話した。

 

 白玉団子は、痛そうな表情で、額を手で押さえた。

 

「まんまと利用されてたのか」


「どういうことです?」


「妹が見ていた光景は切り取りだ。

 わたしは妹に言っていたわけじゃない」


「じゃぁ誰に?」


「それはその、信じてもらえるかどうか」


「いいから言ってください」


「妹に取り付けた装置だ」


 何か、シュールな光景が思い浮かんだけど、思考を進めた。


「えっと、つまりAI?」


「そうなる、かな」


「その装置って何です?」


「妹を治療するための装置だと教えられていた」


 今のでだいぶ理解できてきた。

 治療という名目で導入された装置。

 白玉団子は、多額の借金を背負ったはずだ。

 でも、その装置自体が既に何者かに準備されていたことだった。


「最初は驚いた、医師たちの前では、オペレーティングシステムだったはずなのに、勝手に話しかけて来た。

 自分がおかしくなっているのかと思ったよ。

 だが話していく中で、違うと分かった。

 相手は明白に、妹を人質にしていた。外せば妹の命は無いとすら言い切った。

 両親は知らない。

 わたし以外に正体を明かそうとしなかったみたいだ」

 

「じゃぁ白玉さんがゲームをしていたのも?」


「ああ、そいつに指示された、妹を出汁にされてね。

 団子団も、ゲームに金を掛けていたのも、そいつの指示だ」


 現実離れした現実に直面しているぼくには、夢物語で片付けられない話しだ。

 

「妹さんは大丈夫なんですか?」


「大丈夫、といいたいところだが、まだ人質みたいなものだよ。

 ただ、許可は得た」

 

「許可? ああ、そのAIにですか?」


「そうだ。ユーナ君のお陰さ」


 ユーナ?

 そうか、ユーナは、白玉団子のゴットヘイトを買っている。


「あなたのゴットヘイトを買ったユーナは、どうなってしまうんですか?」


「やはり君は何も教えてもらってないんだな」


 そうだった。

 白玉団子は、スケルトン兵だったとき、最後に言い残していたことがあったはずだ。

 今度こそ、真剣に聞く意味がありそだ。


「何をです」


「ユーナ君は、リアルですでに何かを賭けてる」


 薄々そうじゃないかと思っていた。

 最初の白玉団子との戦いの後、ユーナは、ゴットヘイトをぼくと分けようとしなかった。

 したくなかった、てのもあるだろう。

 でも違う、そもそも出来なかったんだ。

 ぼくの個人情報とは、まったく異なるものでありながら、白玉団子らの境遇を救うだけの価値のあるものを賭けていた。


(何を賭けたんだよ、姉さん)


 巻き込んでしまったのか、巻き込まれていのか。

 それは定かじゃない。

 だけど、自分の責任を感じずにはいられなかった。

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