第21話 意識の記録

 白玉団子の妹が、ぼくを倒そうとするその理由。

 おおよその検討をつかせると、それは、白玉団子のためだ。

 白玉団子が倒されたことで、彼は、ゴットヘイトの限界に達したんじゃないかと思う。

 制裁として、彼は賭けた対象の制裁を受ける。

 白玉団子の妹が、ぼくを狙う理由は、その制裁を阻止することだ。

 出来るのかどうかといったら微妙な話しだけど、ある存在から出来ると言われたら、信じてしまうはずだ。


 あの偽物だ。

 兄が倒され絶望に付している彼女の傍に寄って来て、救いの方法を教える。

 悪魔的な囁きだったはず。


 今の彼女を説得するのは至難の業だけど、言うしかない。


「ぼくらが戦う必要なんて無いよ」


「あります」


 話しは聞いてる。

 問答無用というわけではなさそうだ。

 これなら、交渉の余地はある。


「いいや無いんだ。

 何故なら、君のお兄さんは生きてる」


「どうしてそれを?」

 

 白玉団子の妹の表情に、変化が見えない。

 まぁアバターに期待する感情なんて無いか。 


「彼を倒した後、ぼくらは、始まりの神殿に向かった。

 そこで彼の情報を知ったんだよ。

 彼の名前は、佐伯良介(さえき りょうすけ)。

 この名前をユーナは、リアルで知っていた。

 彼はユーナの通う高校の先輩だったんだよ」


 白玉団子の妹は、静かに聞いている様子だ。

 信じてもらえるように、続けてみよう。


「良介さんは、事故で意識不明の妹さんの、治療費を稼ぐために、卒業後、すぐに働いていると聞いてるよ」


「わたしのためですか」


 白玉団子の妹が、ふふ、と薄く笑う。

 感情が見えたことで、救いがあると思った。


「そうだよ。

 君はお兄さんが倒されたことで、おそらく、ぼくを討伐すれば、お兄さんが被るゴットヘイトの被害を阻止できると教えられて」


「なんですかそれ?」


 少し刺々しい反応が返ってきて、面食らった。

 ぼくの推察は、間違っていたんだろうか?

 いや、そんなことは無いはずだ。

 ぼくは偽物を指差す。


「君は、こいつに、そういったことを教えられたんじゃないのか?」


 白玉団子の妹は、ちらっと流し目でもって、偽物を見ながら言った。

 

「言われたような気がします」


 だったら何だっていうんだ。

 いい加減考えることもうんざりしているんだから、素直に説得されてくれ。


「ぼくらが戦って、勝敗が決まっても、何のメリットも無いはずだ」


「……言うことはそれだけですか」


 すーっと、剣を突き立てながら近づいてくる。

 半歩下がりながら、ぼくは必死に考えていた。

 何でこんなに好戦的なんだ。

 一つ、分かるとしたら、この偽物が別の何かを言ったということ。

 でも何だ?

 それが分からない限り、説得は出来ない。


 思考が途切れる。

 回転するように振り上げた銀の軌跡が、真っ直ぐに振り下ろされたことに、反射的に避けていた。

 空気を裂く軽い音が聞こえる。

 と言ってもゲームだから、そんな素振りの音に違いは無い。


「なんで避けるんですか?」


 今の白玉団子の妹には、感情に現れない迫力があった。

 嘘でも演技でも無い、本気でぼくを倒す気だ。


 白玉団子の妹は、NPCとして、かなり能力が底上げさており、廃課金のプレイヤーですら、パワー負けするはずだ。

 真面目に戦うだけ不利になるので、基本、逃げるしかないわけだ。

 もちろんハメ殺す方法もあるし、ゴットヘイトを使えば、ハメを実現できなくもないけど、理由もなく彼女を倒せない。


 滅茶苦茶な軌道で振り回してくる。

 僅かなところで、引きつけながらかわす。

 フェイントすら無い初心者では、避ける技術を身に付けるぼくには、まず当たらない。

 けど、ラッキーパンチでも当たれば即死なだけに、細心の注意が必要だった。


 彼女がどうして、ぼくを倒さないといけないのか、その理由が知りたい。

 欠けたピースを埋める、理由があれば。


 ぽーん、と軽い音が聞こえた。

 ぼくだけにしか見えない画面で、メッセージが差し込まれている。


 ”佐伯舞奈(さえき まな)の記憶”


 佐伯舞奈、これが佐伯良介、つまり、白玉団子の妹の本名らしい。

 ゴットヘイトの案件。

 たったの5で買えと出ている。

 

 いかにも、ぼくの思考を読んだ結果、出したと言わんばかりだ。

 もはや疑う余地もなさそうだ。

 ぼくらの思考は監視されている。

 今更、プライバシー権をどうとか訴える気持ちもない。

 

 押せば、欲しいものが手に入る。

 指が伸びそうになった。

 

 止まる

 

 いくら欲しいからって、ぼくまでもが、連中の思惑に加担してどうするんだ。

 ぼくがやろうとしているのは、白玉団子の妹の心を、無理矢理開くような行為じゃないか。

 危うく人でなしになるところだった。

 

「俺が買ってやろう」


 偽物がぼくに向かって言った。

 こいつ、ぼくに提示されているものが分かるのか?


 ついでに偽物の上の数字が62に増えているのが見えた。

 こんな数字だったっけ?

 意味があるのか分からないことを思考するのは、神経が摩耗する。

 でも気になっていた。


 画面が前に突き出てきた。

 夕凪たちの画面は、重ねられて、後ろになる。

 見るのをやめた方がいいに決まってる。

 偽物たちに乗せられているのは、分かっているけど、興味が、諦観と合わせて、ぼくを誘惑してくる。

 ゲスな行為なのは分かってる、でも、知りたい。

 彼女に何があったのか、彼女がどうしてぼくを狙うのか。

 そこに秘密があるなら、それが分かってからじゃないと納得できない。


画面には何一つ浮かぶものはなかった。

真っ暗な闇が広がっているだけだ。

いや、そうでもない、うっすらと、画面の中心部に、景色のようなものが見えている。

 かろうじて分かったのは、それが白い天井ということだ。

レンズ型の窓が小さく開いているような形。

何か、陰りが見える。

人、女性だ。

独特の白い制服。

看護婦だ。

ここは病院。

理解できてきた。

 これは、舞奈の視点からの世界だ。

 舞奈の裏側に回って、撮影しているような、ありえない映像を、食い入るように見てしまう。

 

「見ないで!」


 ゲーム側で叫び声が聞こえる。

 もちろん、そんな声を上げるのは、この世界に居る舞奈だ。

 ぼくに向かって、走りこんで来る彼女の姿。

 自然と、攻撃の軌道を読んで、体を半歩動かしていた。


 とん、と足をつく。


「お前のせいで、どれだけ犠牲にならないといけないんだ」


 男の人の声。

 ぼくが避けるまでもなく、舞奈の攻撃も止まっていた。

 

 映像に映るのは薄ぼんやりとしているけど、男の姿が見える。

 もしかして彼こそが佐伯良介ではないか?

 佐伯良介その人が放った言葉なら、今の一言だけで、ぼくにも事情が一部見えた。

 最初からおかしいとは思っていた。

 だって、白玉団子の率いる団子団は、廃課金の集団だ。

 治療費を稼ぐために、学校を卒業してから仕事をしていた彼だけど、成績は優秀だったらしい。

 彼には、大学に行ってもっと有望な未来があるはずだった。

 犠牲という言葉は、あまりに酷いけど、思わず出てしまうため息と同じだったはず。

 でも、それは聞かれていた。

 残酷なほどに筒抜けだったのだ。

 

 つまり、最初から彼女には、何も。

 

「うわあああああ!」


 止まっていた舞奈が、唐突に動いたので、ぼくも対処しきれなかった。

 しまった、と、思ったときにはすでに遅く、勢いに押されて背中から地面に叩きつけられていた。

 舞奈に馬乗りされてしまう。

 このポジションは、このゲームでは、トドメの一撃が可能になり、通常よりもダメージ量が大きい。

 最悪なのは、もう抵抗できないことだ。

 相手に選択肢が委ねられる。

 ぼくも廃課金のステータスでもなければ、装備もそこまで良くないので、最悪この一撃で終わりだ。


 ぼくが倒れたら、父さんや夕凪の命が危ない。

 分かっていたはずなのに、なんて、残念な油断をしてしまったんだ。

 強い嘆きで、自分を責め立てながら、Bコンを外しそうになった。


「どうしてですか」


 降ってくるようにして投げかけられる戸惑いの声。

 舞奈が、未だ剣を構えず、その姿勢を崩さずに居た。

 

 手探りのようにして、ぼくは言った。

 

「何が?」


「泣いています」

 

 泣く?


 ぼくのことか。

 頬に触れると、確かに泣いている。


 そういえば、一番始め、ユーナと別れる頃、ぼくは、一つだけ感情表現の機能を解放していた。

 あざとい感情で、再び禁止にしようとしたけど、していなかったみたいだ。

 酷い現実を前にして、無意識の中、強い悲しみの感情が浮かび上がってきたのかもしれない。

 

 何故、舞奈は、止まっているんだろう。

 そんな風に、ぼんやりと思った。

 

 考えろ。


 誰かが命令してくる。

 諦めて思考を途絶えるな、そのときすべてが終わる。

 父さんの教えのようにも思えるけど、どこか違う。

 この世界において、たった一つ、自分の判断で世界が変わるなら、今思考を止めるのは、呼吸を止めるのと同じだ。


 エンジンにオイルが行き渡るようにして思考が回る。

 舞奈の中には欠けているものがある。

 信頼する人の裏切りが、彼女を苦しめる鍵。

 孤独に成熟しきれない幼い心は、人の温かみを欲している。


「可哀想になったんだ」


「わたしが?

 嘘ですね」

 

 明白な拒絶。

 当然、素直な感情とは思わない、偽装だと思ってる。

 でも、話しを聞いているのは、冷たくなりきれていないからだ。

 

「自分の境遇がさ」


 舞奈は、不愉快な顔つきになる。


「自分を哀れんでるんですか」


「君だって同じはずだろ。

 ぼくらは理不尽なことで追いつめられてる」

 

 本心だ。

 共感できるところを探している。

 

「あなたとわたしでは、問題が違います」


 近づこうとした瞬間、突き離してきた。

 このまま頑なになったら不味い。

 流れを変える手っ取り早い方法は、


「自分だけが哀れか!?」


 唐突に、キレる、だ。

 膠着しそうな話しを水に流せる。

 相手の逆上も狙ってる。


「な、何言ってるんですか」


 ぼくの激昂に対し、舞奈は動揺している様子だ。

 表面的なのか、それとも素直な感情なのか。

 おそらくBコンを使った技術で、彼女は今現在プレイヤーとしてここに存在している。

 ならとりあえず、感情は素直である、という前提で受け止めておく。


 舞奈は次第に、ぼくの感情に対し、反応が現れてきた。


「わたしが、いったいどんな気持ちでこんなことをするのか、あなたには分からないんです!」


 怒ったからには、彼女も、何か分かって欲しくて言っている。

 心を閉ざしているなら、真っ先に、死ね、で終わりだ。

 自分の孤独を理解して欲しいんだろう。

 一言で言うと、甘えだ。

 彼女は家族にとても愛されてきた。

 だから、家族の別の側面に耐えられない。


 それなら意外と、切り口は簡単かもしれない。


「君は、大学にも行かずに就職し、君のために働いてきた兄さんの気持ちを、少しでも考えたことがあるのか?」


 正常な論点から、まっとうな道に戻す。

 彼女の中にある愛情に訴える。

 

「そうですね、あなたの言う通りです」


 舞奈の心に届いた――かに思えた。


「分かってたんです。

 自分が兄の、家族の重荷になっているって。

 本当に申し訳なくて、心の中で、謝ってばかりいました」


 不穏な空気が流れている。

 ぼくの思っている以上に、彼女は複雑な事情を抱えているみたいだ。


「そんなときに神様が現れたんです」

 

 間違いなく舞奈は、神、と口にした。

 本気か? いや、大いに本気そうだ。

 気が狂っているとかそういう様子でもなく、恐ろしくも落ち着いているのだ。


「神様はわたしに言いました。

 役割を果たせば、家族の苦しみを解放して上げられるって」


 彼女の雰囲気に飲まれそうになりながら、反論した。


「それを君は信じたのか?」


「だって、だって、どうしたらいいか、分からないじゃないですか」


「舞奈ちゃん?」


 名前を呼んで正気かどうか確かめる。

 舞奈は、ぼくの声に耳を傾ける様子はなかった。


「何もできないことが、あなたに理解できますか?

 愛する人たちが身を削ってまでわたしを生かすところを、間近で見ながら、どんどんくたびれていくなんて、見たかったと思いますか?」


 あまりに舞奈の絶望は深すぎた。

 ぼくなんか、入り込む余地なんて、これっぽっちもない。


 救われないのは、舞奈を絶望させた神様とか言う存在が、更なる絶望の淵に、彼女を追い込もうとしている点だ。

 

 神は舞奈に希望を与えたのだ。

 ゲームをプレイすることで何らか約束をしたのかもしれない。

 舞奈は、ずっと前から神に操られていた。


 その希望が虚飾にまみれていようと、舞奈は縋る。

 何も出来ないことよりもマシに思えるからだ。

 誰かの掌の上であっても、何かしていることで、目の前の絶望から目を逸らすことが出来る。


 舞奈は剣を両手で持ち上げ、その切っ先をぼくに向けた。

 説得しないと、ぼくの家族が終わる。

 考えないといけないのに、何も無いんだ。

 舞奈の絶望を少し理解してしまったせいか、言葉が浮かばない。

 何かを言うんだ、彼女を止めろ。


「やめてくれ」


 情けない言葉を吐いた。

 もはや自分でも分かっているぐらいのフラグでしかない。


「あなたがクエストを受けなければ良かったんですよ」


 そんな結果論を言われても、こっちにだって事情はあった。

 もちろん舞奈には関係ない。

 ならぼくが選択を誤ってしまったのか?

 いや、そもそも選択していたかどうかも怪しい。

 すべて誰かに準備されていたことで、ぼくは、ゲームを続けるハメになっていたんだろう。


 ぶんっと振り落ちてくる剣。

 夕凪たちのことを思いながら、思わず目を瞑る。

 

 誰にとっても何の救いも無いはずだ。

 こんなの納得できるわけがない。

 絶対に、納得しちゃいけないんだ。

 

 目が、かっと開いていた。

 だから何だということも無いけど、ぼくは目の前のことから目を逸らしたくなかった。

 それだけの無意味な抵抗。

 ほんの僅かな、蟻ほどの小さな力で、抗おうとした。


 ぼくの眼力が通じたのか、剣は落ちてこなかった。

 もちろん、そんなわけがない。

 剣を握っている、舞奈は、止まって動かない。

 

「どうした?」


 ぼくより先に疑問を口にしたのは、近くに立って観戦する、偽物だった。

 こいつ、ぼくが崖から突き落とされるのを期待するようにして、見ていたのか。

 許せない。

 あらん限りの思いをぶつけて殴れるなら殴っている。

 

 思いが通じたのか、偽物は、ふっ飛んでいた。

 

 殴ったイメージを思い描いた傍で、本当に殴り飛ばされていた。

 殴ったのは、ぼくではなく、さっきまでぼくの上に座っていた舞奈だ。

 

 偽物の頭の上に表示された数字に気づく。

 数字はすでに86を指す。

 ダメージ程度でそんな数字になるはずもない。

 やっぱり偽物の数字は、さっきからずっと増えている。

 

 より冷静になったのか、ぼくは気づいた。

 こいつ、最初からゴットヘイトが増えていたんだ。

 白玉団子の戦いで、アイテムの効果を打ち消す効果をゴットヘイトを消費して行っていたように、夕凪たちを拘束するのにも、ゴットヘイトは消費されていたみたいだ。

 ゴットヘイトを削ってまで、嘘がないことを見せたのも、すべてこいつの演出。


『う、うーん』


 未だに表示されていた映像から声が聞こえた。

 砂嵐の中、母さんの声が聞こえる。

 

『いたたた、腰打っちゃったわねもう』


 いつもの調子の母さんの声を聞いて、気が抜ける。 

 どうやら命は助かったみたいだ。

 様子は見えなかったけど、口調からして、大事はなさそうだ。


 表示されていた映像はすべて消えた。

 これは、偽物がゴットヘイトで、夕凪たちを拘束できなくなった、と考えられる。

 早いところ無事を確認したいところだけど、その前に、偽物や舞奈に対し、聞かなければいけないことがあった。

 

 舞奈は、羅刹のごとき猛ラッシュで、偽物をボコボコにしている。

 彼女は、さっきまで、ぼくを倒す気があったはずだ。

 それは絶対的で、選択に迷いなんて無かった。

 偽物を騙すためのブラフ?

 この状況を作ることに大した意味があるとは思えない。

 まるで舞奈の中身が入れ替わったみたいだ。

 

 あ、そうか。

 しっくり来る答えはあった。

 ぼくはすぐに口にする。

 

「白玉さんですか?」


 ばこっと、偽物の顔面を殴りつけてから、舞奈がこっちを見て笑う。


「本当に君は聡いんだな」

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