第20話 クソゲー以下
「お前は3人の命を買わないと受け止めていいのか?」
偽物は、期待していた答えを聞けなかったにも関わらず、大した変化は見せていなかった。
内心、相当動揺している、とでも思っておこう。
「疑問があるんだよ。
仮に、お前が自分の命を賭けているなら、3人の命は、釣り合ってないんじゃないのか?」
偽物は、不完全な笑い声を上げている。
本当に不気味で、妙な威圧感がるのは、どうしてだろう。
こんな特殊表現は、バグでもなければ出来ない。
いつまで見ているのも怖気が走るので、たまらずぼくは言った。
「何がおかしい?」
偽物は、ぺたっと自分の顔を触る。
「俺は笑っているか?
違う、感動しているんだ」
何かおかしいんだ。
感覚として、普通の人間とはズレを感じる
非人間的に振る舞って、わざと、ぼくに刷り込ませる意図が無いとは言えない。
芝居なら、得体のしれない表現で、自分のペースに持ち込んでいると言える。
弱気になったらいけない、強気で行こう。
「いい加減人を煙に巻くようなことはやめろ。
お前は何がしたい?
ぼくに要求するものがあるならそれを言えよ」
「最初から、ゴットヘイトを買えと言っている」
違う、そういうことじゃない。
噛み合わない会話に意味を見失いそうだ。
まだ諦めきれなかった。
「お前がしたいのは、命の奪い合い、デスゲームなのか?」
偽物は、人を騙しながらゴットヘイトを買わせ、強制的に、デスゲームしようとしている。
始めからぼくを誘導しようとしていることなんてとっくにお見通しだ。
問題は、何故そんなことをするかだ。
愉快犯ならそれでもいい。
復讐なら問題だけど、まだ理由として筋が通ってる。
こんな回りくどい方法を取られるのは、うんざりだ。
ここでハッキリできるものなら、ハッキリして欲しかった。
偽物は口を開いた。
「俺は、もっと壮大な意志に動かされている」
「だから、それはなんなんだ?」
「がっかりさせるな。
お前はもっと賢い、そうなんだろう?」
結局、弄ばれただけで、何も分からない。
ピエロのように、おどけているだけで、時間を潰され、苛立ちを高められるのは、相手の思う壺なんだろう。
冷静になれなくなった時点で負けだ。
対人ゲームで重要なのは我慢比べ。
どちらかの尻尾が出たところを、即座に足で押さえつけれれるかで決まる。
(嫌なんだけどなぁ、ほんと)
今から言うことの大変さを思うと嘆息してしまう。
それでも言うしかない。
「ぼくが、このゲームを辞められない理由は、ゲーム中に付き合っている女性プレイヤーが、ぼくの実の姉だと知ったからだ」
「何を言っている?」
「姉さんは、ぼくが弟だとは知らない。
知られたら、リアルのぼくの生活は崩壊する。
この情報を担保に」
「惜しいな、それでは少し足りない」
惑わされるな。
言葉にしようとしたところへ、偽物が言葉を差し込む。
「俺の発言を保証しよう」
「え?」
「俺は今から、お前に嘘を言ったらゴットヘイトのリスクを負う」
ぽーんと、音が軽快に鳴る。
偽物の頭の上に、数字が表示された。
32。
つまりこれが、偽物の所持しているゴットヘイト。
偽物が、一本のイトを垂らしてきた。
いかにも飛びつきたくなるような話題。
罠だと、分かってはいる。
でも、可能性に賭けて無理を通すより、確実な言葉が聞けるチャンスを逃せなかった。
父さんや母さん、夕凪にも謝りながらも、少しだけ質問することに決めた。
「お前が賭けているものを言えば、少し話しを聞いてもいい」
「俺は、このゴットヘイトで、すべてを賭けてる。
失敗すれば、存在が消えるぐらいの話しだ。
対するお前は、バレたところで、大した損害が無い。
誤解であった程度の情報価値だろう」
数字は増えない。
偽物はぼくの疑いすら先読みするように言った。
「この数字を疑うか?
ならこうしてみよう。
俺はナギト本人である」
ぶーっと音が鳴る。
数字は、40に増えた。
「俺はコータの家族3人を解放する気がない」
ぶーっと音が鳴る。
数字は、42になった。
ぼくの家族3人を、今あいつは解放する気はない。
数字が増えた理由は、このゲームで、ぼくが適切なゴットヘイトを買えば、3人が解放されるからだ。
明白な嘘ではないからか、差し引きで、たったの2しか増えていない。
「教えておくことがある。
ゴットヘイトの数字は偽装できない。
ゴットヘイトを騙るゲームも作り出せない。
いわゆるゴットヘイトの詐欺は、禁止事項に相当する。
ただし、任意の数字を相手に伝えることは出来る。
数字を大げさに表現してもいいが、最終的な数字の決定権はプレイヤーに無い、ということだ。
禁止事項に触れると、プレイヤーはその時点で消滅する」
そんなこと聞いていないと言いたいところだけど、ルールとしては、容易に考えられることだ。
今この場で、表示されている数字が、単にこいつが独自のルールで創りだしたものなら、こいつは消滅する。
禁止事項が働いていないと、ゲームとして成立しないから、これは否定するところじゃないだろう。
ここまで嘘が無いなら、あいつは自分のゲームが偽装ではなく、結果として3人が救われることも保証したことになる。
気に食わない。
あいつにしてみれば、嘘の前提を確保していた方が、圧倒的に有利だったはずだ。
それをあえて、ヒントを与えるために、ぼくの行動を止めるだなんて、どこにメリットがあるのか、見えてこない。
憶測だけで、いたずらに時間を浪費もできないか。
やむなく、ぼくは相手に向かって言った。
「さっき、ぼくのゴットヘイトが足りないと言ってたけど、お前は、どうすれば足りると思ってるんだ?」
「さっきも言ったように、俺は、自分の全存在を賭けている。
だからお前も、今の情報に付加価値を付け足せばいい」
「付加価値?」
「情報が公開されるだけで、お前にとってリスクになればいい。
例えば、その情報で家庭そのものを破滅に追い込むようなものだ」
こいつは、ぼくにリスクを負わせようとしている。
そうすることで、白玉団子と同じように、束縛しようというわけだ。
でもリスク無しで、3人を救うことが、ぼくに出来るか?
実は、付加価値というのは、かなり重要な意味がある。
ぼくがゲーム中の姉に恋愛していたけど誤解でした、で終わった場合、もはや、その情報に価値が無くなるか、あるいは価値が下がるのだ。
まぁ簡単に言うと、誤解とか言い訳できないレベルで、姉との恋愛を告白するなら、その情報には、より価値がある。
けど、疑問も生じる。
「お前に情報を公開した時点で、すでに人質も同然じゃないのか?」
情報というのは、物質じゃない。
知られるだけで相手の思うままになる。
「安心していい。
ゲーム中に賭けた情報を、勝手に公開した場合、制裁される。
制裁は、相手のリスクの同程度に匹敵する。
初期のゴットヘイトである、個人情報であれば、自分の個人情報もまた掲載されるというものだ」
「制裁されてもゲームは続けられるのか」
「ああ。リアルでどんな損失があっても、プレイヤーが存続し、プレイできる限り、何度でもコンテニューできる。
つまり半端な情報では、相手にしてみれば、いつでも公開できるカードにもなってしまうということだ」
なるほど、お互い根こそぎ奪い合うしかない、凶悪なシステムだ。
無駄になる質問だとは思ったけど、言った。
「お前の賭けてる存在って、どんな価値なんだ?」
「お前は自分の情報量がどれほどの価値か分かるのか?」
そんなこと考えたこともない。
基準は何だって話しだ。
金持ちであるとか? 社会貢献? 友だちの数は何人?
血筋? 役職? 肉体? 能力? 年齢? 性別?
自分を形成する情報なんて、考えればかなりあるし、それをどう価値判断に入れるのか、考えても分からない。
それにしても自分の情報って、命とは違うのだとしたら、何が失われるんだ?
世界から自分が消滅?
絶対にありえない。
そんなことができたらまさに、
「神だ」
偽物は、何の疑いも無く言い切った。
続けて、
「ゴットヘイトの裁定は、神が決めている」という。
神という言葉。
以前のぼくなら鼻で笑うけど、目の前にしている状況を考えると、恐ろしさに手が震えてくる。
リアルでぼくは、自分の両手を掴んで震えを止めた。
怖気づいたところを見せまいとして、偽物に言う。
「神がいると?」
「むしろ居ないと世界の状況を説明できない。
この異様な状況を、神以外で、お前はどう説明する?」
運営、なんて言えるわけない。
仮にサイバーテロですと言えてもだ。
企業どころか、国家のシステムを乗っ取るような、サイバーテロが、まったく世間で話題にもならない理由を、説明できない。
一つあるとしたら、神が生まれたということだけだ。
神が、このゲームから、何故か唐突に、産み落とされた。
今その神は世界のルールを決めて、塗り替えている。
そんな無茶な話しがあっていいのか?
ギャグにしたって笑えない。
「もう分かっただろう?
お前は選ばないといけない」
「選ぶって言ったって」
本当に何も思いつかない。
「いい加減時間稼ぎはやめろ」
あまりに普通の話し声だったので、その微妙な空気の変化に気づくのが、少し遅れた。
偽物はキレてる。
けど、時間を伸ばしてるのは、ぼくの方じゃなくて、明らか偽物の方じゃなかったか?
めちゃくちゃ理不尽なやつだ。
「俺か? 俺がいけないんだな、そうだな」
嫌な予感がする。
「お前何考えて」
「犠牲が欲しいんだな?」
不味い。
まともだとは思ってないけど、ついに本性を露わにして、何かしようとしてる。
何としても阻止しないといけない。
「決めるからやめろ!」
「では何だ? 早く言え」
すぐ思いつくわけがないだろ、と怒っている場合ですらなさそうだ。
あまりリスクは掛けられないし、かといって、大きすぎるリスクは背負えない。
偽物が全存在とか大仰なことを言うから、こっちが逡巡するはめになるんだ。
いったい、どうしたら。
「もういいか?」
偽物は、すっと手を上げる。
こっちの簡単な思考すら時間稼ぎと受け止める気らしい。
まとまり切れない思考のまま言い放った。
「ぼくは! ……ぼくは、ゲーム上で姉さんと付き合っていた、けど。
本当に好きだったんだ、プレイヤーとして」
偽物は、腕を上げた手を静止したまま、聞いている。
相手にしてみれば、存在の価値と等価とは言えないはずだ。
なのに何故か聞いてる。
ここまで来たら続けるしかない。
「リアルでもぼくは、姉さんに憧れを抱いていた。
昔からだ。
小さい頃から、姉さんが好きで、でもそれは別に恋愛じゃなかった。
普通に家族として好きだった。
いや、違うな、あれ、ぼくはどうして」
言ってて、混乱してきた。
ぼくはいつから姉さんを好きになっていた?
中学校からか? いや遅いな。
小学校? なんか違う。
考えて初めて気づいた、ぼくは、好きの境目が分かってない。
偽物は、我慢強く聞いているみたいだ。
でもいつ行動に出るかも分からない。
早いところ答えないと。
「好きとは、どこから始まる?」
偽物が、関心を寄せてくる。
どこ、て。
そんな哲学的な命題に、どう答えろっていうんだ。
いつの間にか、て言うんじゃ、満足しないだろう。
分かるわけがない。
始まった瞬間こうだった、て言うしかない。
そもそも、始まりってなんだよ。
一目惚れとは違う。
日常にあって、ああそうだなと、ぼんやり気づくものじゃないか。
いや、考えてて、ちょっと分かってきた。
好きに境目なんてあるわけがない。
当たり前の話し、ぼくの感情は、ずっと連綿と続いているんだ。
恋愛に気づいたのは、姉さんとの感情に、隔たりを作ったせいだったんだ。
当たり前だった感情が、当たり前ではない、と挟むことで、やっと、自分の感情が異質だと知ってしまった。
でも高まったわけでも、減ったわけでもない。
当たり前のようにぼくは姉さんを……。
笑えてくるな、こうも自分の感情と、向き合ったことがなかっただなんて。
ぼくは、落ち着いて答えた。
「家族をしていたときから、ずっとだ。
ずっとこの感情は変わらずに、隠してきた」
静まっている。
自分で言っておいてあれだけど、何言ってんだ、ぼくは?
こんなことが通るわけがない。
「そうか、素晴らしい感情なのだが…………足りないな」
最悪の予想通りだ。
「待て! ぼくの全存在を賭ける!!」
もう言うしかなかった。
偽物と釣り合うものは、同格なものしかないからだ。
ブーッという音が鳴った。
え?
何?
「認可されたなかったな」
はぁ????????
天と地がひっくり返るような感覚。
錯乱に等しく、ぼくは叫んでいた。
「ふざけるな!? お前は賭けてるじゃないか!!」
「神が許さないならダメだ」
「じゃぁぼくの命」
ブーッ
無慈悲にも否決される。
正直、最終的にぼくは命を差し出す覚悟があった。
なのに、通らない。
このゲームに正常な天秤なんて無かった。
ぼくは、弄ばれていたんだ。
分かっていたはずだけど、分かりたくなかった。
だって、そんなの、どうすることも出来ないじゃないか。
「では、誰にするか。
そうだな、お前を産み出した存在はどうだ?」
母さんが、消される。
「お前にとって人命は釣り合ってないだろ!」
「もちろんそうだ、命を奪うつもりは無い」
「何?」
偽物のゴットヘイトの数字は増えていない。
つまり本当?
いやもはやこんなゲームに何の意味も無いんじゃ。
無駄な思考がうざったい。
こんな思考で状況が変わるわけじゃないのに。
偽物は言った。
「運命に賭けてみよう。
このゲームで、人命が失われると俺は消えるが、それはとても酔狂で面白い」
自分の命を賭けるにしては、軽すぎている。
こんなの賭けじゃない、単に、無謀な選択をしているだけだ。
そんなのどこが面白いっていうんだ。
「やめろ! ぼくはどうなってもいいから!!」
「もう実行された」
エレベーターに乗る母さんの映像が大きく表示された。
エレベーター内の光が明滅する。
さながら、消えかけた夜の街灯のように、チカチカとした光。
直後、がくんっと、カメラ全体が揺れた。
よろけた母さんは、床に尻もちをついてしまう。
立ち上がれない様子からして、この状態を理解した。
表示されている階層が、物凄いスピードで下がっている。
エレベーターは下へ向かっていることを意味していた。
鉄の箱が、空中に放り出され、直滑降しているのだ。
悪魔的に長い数秒間。
声を上げられたかもしれない、でも、そんな時間なんて無かった。
母さんの体が、一度、大きく跳ね、そこで映像は途切れてしまう。
「あ、あぁ」
まともに声が出せなかった。
映像の残滓が、脳裏に焼き付いて、離れない。
「さぁどうする?」
偽物は、沈み込んでしまったぼくに、お構いなしの様子だ。
希望で釣り上げて、直後にはたき落とす、絶望的に救いの無いゲーム。
そんなのクソゲー以下だ。
光が陰るようにして、背後に誰か立っているのは察知できていた。
振り向くまでもなく分かっていた。
その場所に立っているのは、白玉団子の妹だ。
「観念してください」
白玉団子の妹は、剣の先をぼくに見せつけてきた。
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