第16話 その後

 ワッフルの町、広場噴水前にぼくとユーナは居た。

 

 ぼくは、終わりにしようと思っていた。

 ゲーム内で関係を終わらせるだけでは終われない。

 ここですべてをさらけ出すつもりだ。


 いつまでも、ユーナを騙し続けるのは辛かったし、これ以上ゲームを続けていける自信もなかった。

 間を長引かせれば、それだけユーナの期待という風船は膨らむし、それに針を刺してぶち壊そうというのだから、彼女のショックも大きくなる。

 最初は、ゲームの関係が終わればいいと思っていた。

 でもそんなあっさりとはいかない。

 中途半端にすれば、心に留まった気持ちを制御できなくなる。

 だから楔を打つんだ。

 ぼくらは、姉と弟、その枠組を超えることなんてあったらいけない。


 忌々しいことに、決意を固めようとすると、息苦しくなる。

 何だ、これは。

 ぼくは夕凪を不幸にさせたくない。

 最悪で気持ち悪い感情なんだ。

 今度の決意は、絶対だ。

 邪魔だってもう入らない。

 揺るがない内に、今すぐに実行する。


「ユ、ユーナ」


「ん?」


「突然だけどさ、実は君に、言わなきゃいけないことがあるんだ」


「あ、あえ? そ、そう。

 分かった」

 

 ユーナも何かある風だったけど、気にしてる場合じゃない。

 ぼくは、口を開いた。


「ぼくは君の」


「わたしの?」


 ユーナは思っていたこととは違ったみたいで、ぼくを見てくる。

 挫けるな、続けるんだ。


「君の、お、弟」


「わたしの弟?」


「そうなんだ。リアルのぼくは」


「どうして知ってたの?」


「――――は?」


「だから、弟がここに来るって」


 ユーナが何を言ってるのか分からない。

 弟とは、つまり、神取広太のことだ。

 ぼくが来る?

 ありえない。

 だってぼくはここに。

 

「姉さん」


 声の方を見た。

 すると、銀髪の爽やかそうな少年が近づいてくる。

 黄土色の胸当てに軽い装備。

 必要最低限の初期装備だ。

 こんな恰好をわざわざしている理由は、縛りプレイのためだ。

 見た目からして、昔使っていたぼくのアバターに似ている。

 いや、どう見ても、ぼくの使ってたアバターだ。


「待った?」


 ぼくのアバターはユーナに向かって話しかけてる。


「ううん。そんなことないよ。

 あ、コータ。紹介するね、この子、わたしの弟なの」


 と、何も違和感もなく紹介しているユーナ。

 そいつは偽物だ! と叫びたいけど、出来ない。

 ていうか、動転し過ぎて、声が出せない。


 さっきから頭の中で、こいつは何だ?

 という言葉が、意味なく反芻してる。


「ああ、あなたが姉さんが言ってた、彼氏さんですね?」


 偽物野郎がぼくに語りかけてくる。

 リアルのぼくは、金魚のごとく、ぱくぱくしているけど、それは、アバターには反映されていないから無言になっていた。


「ごめんねコータ。

 本当は事前に教えたかったんだけど、急に連絡が来たものだから」


 ユーナの心配した声に、正気に戻る。


「ユーナのせいじゃないよ」


 アバターは、代わりに喋っているわけだから、何の感情も反映されないけど、心の中では嵐が起こっている。

 とてつもなく大きな嵐だ。

 

「姉さん、何も伝えてなかったの?」


 半笑いで言ってくる偽物。

 そのアバターで、姉と呼ぶな殺すぞ、という率直な殺意が湧いた。

 リアルの状態は、完全に目が座っていて、危ない人だ。


「ち、違うよ。

 伝えようとしてたの。ただ思ったより早かったから」


「えー、ダメじゃん」


 クリティカルダメージをもらったように、血反吐を吐きたくなった。

 ぼくのリアルイメージを台無しにされたら、失神する自信すらある。

 それぐらいには青ざめていた。


「そういえば、コータ、わたしの弟のことについて何か、言ってたよね」


 ユーナの発言で、ぎくっとする。

 着実に追い詰められようとしていた。

 

 どうにか、言い訳を考えるも、頭の中が、さっきから、怒りか恐怖か悲しみかも分からない感情でもって、かき乱されてる。

 変に時間を空けたら不自然なのが分かっていても、無理だ。

 言葉が出てこない。


 そこへ、偽物が、がっとぼくの肩に手をかけてきた。


「ははは、ごめんごめん。

 実はぼくら知り合いだったんだよ。このゲームでさ」


 何言ってくれてるんだよ、こいつは。

 激昂したけど、よく考えれば、悪くはない言い訳。

 今すぐ手をへし折って、顔面を殴りたいけど、そんな殺意よりも、現状の利が優先された。


「そうなんだ。

 実は、君の弟とは、知り合いだったんだ」


 かろうじてセリフを述べるぼく。

 ユーナは、驚いた様子だ。


「ええ、いつから?」


 すぐさま偽物が答える。


「つい最近まで気づかなかったんだよね。

 やっと連絡取れて、気づいた感じ、だよね?」


「……あ、ああ、うんそう」


 何でこいつ、ここまでフォローするんだ?

 愉快犯にしては親切過ぎて不気味だ。

 

「そーなんだ、そんなことってあるんだねぇ」


 素直に驚いている様子のユーナ。

 ないないあるわけない。

 どうして君ってやつは、疑うことを知らないんだ。


 いや、本当は分かってる。

 彼女が疑わない理由は、ぼくを信頼してのことじゃないか。

 

 今仮にぼくのことを伝えても、こいつが何を言い出すか分かったものじゃない。

 腸が煮えくり返る思いだけど、この場は流していくしかなさそうだ。


 ユーナは、うーん、と唸ってから話した。


「急なんだけどね。

 ちょっとわたし、リアルで予定があるの」


「そうなの? 聞いてないなぁ」


 お前だって急に連絡したんだろうが。

 ぼくをイライラさせるのうまいなこいつ。


「ごめん、また今度にしよ。

 コータ後で連絡するね?」


「うん」


 お互いに、バイバイと両手を振って、ユーナは、姿が消える。

 

 重たい沈黙だ。

 ぼくの怒気に触れて、空気が震えてる。

 そんな気配にお構いないのか、やんちゃ少年みたいに、軽めの態度で、偽物は言った。

 

「人居ないとこで話そうよ」

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