第11話 壊れかけた
霊廟の内部は、灯っている、青い鬼火のお陰で、視界が悪くなることはない。
石造りの建物が暗いと、不気味な圧迫感を与えるものだけど、見慣れたぼくらからすると、庭みたいなものだ。
初心者の頃は、ドキドキとワクワクの中、クエストをこなし、トラップも分からず引っかかったり、敵に囲まれて倒されてしまったりと、蘇る思い出は、楽しいことも多い。
一番多くのプレイヤーが、コンテニューを経験する場所だと言われてて、初心者の最初の難関だった。
最近の良い装備を揃えたプレイヤーなら、ほとんど無傷で終わるぐらいに、難易度は下がってしまった。
苦労していたクエストが、初心者ですら簡単に終わらせられるようになると、古参組は、インフレをしみじみと実感したりする。
「さっきは悪かったな」
ぼくらに話し掛けてきたのは、武者装備に身を固めている、団子団の、名前は確か、草団子だ。
草団子は、古い装備で、あえて難易度を上げているように見えた。
団子団なんて、1年以上は存在しているガチプレイヤー集団だから、草団子だって廃人のはずだ。
ぼくは、気になってそれを彼に尋ねると。
「サブアカウントで遊んでたら、あの事件以降、メインアカウントに戻れなくなったんだよ。もう一人も同じでさ」
もう一人というのは、最初に、白玉団子に抗議した覆面の人のことだ。
名前は串団子。
聞けば、二人とも、団子団結成当初から居て、白玉団子とは古い付き合いなのだとか。
「巻き込むようになったけど、許してやって欲しいんだよね。
リーダーも必死だったからさ」
「奥さんのことですか?」
草団子は、少し考えるように間を置いてから答えた。
「あ、そう、奥さんね」
「何か?」
「いや別に、それよりさ、君らって付き合ってるの?」
不意打ちだった。
二人揃っていれば、聞きたくもなると言えばそうだ。
「そうですよー」
にっこりとユーナが言ってくる。
「いいなぁリア充。
俺もゲームで出会いたかったよ」
「わたしたちリアルではまだ会ってませんよ」
草団子は、頭に手を置いた。
「あーそっかぁ、なんか、責任感じちゃうなぁ」
「どうしてですか?」
「え、どうして、てさぁ」
草団子は、ちらっとぼくの方を見てくる。
非難とは違うけど、君は何も教えていないのか、といった目線だ。
バーチャル恋愛に慣れた世代は、嫌なことが起きるとすぐ相手と回線を切って、打ち消そうとする。
リセット恋愛なんて、メディアに取り上げられたりする。
すべて消して、再出発できる。
恋愛の傷も残りにくいというわけだ。
けど実は、一方に都合の良い恋愛観でもある。
例えば、紐とか、あるいは姫プレイする人にとっても都合がいい。
バーチャルな恋愛は、そういう軽さが受けているんだけど、逆に言うと、縁を一方的に切られる方は、悲劇でもある。
今回のクエスト中、ぼくとユーナの、二人の内一人が倒れた場合、ぼくらの関係はそこで終わる。
草団子の目線は、あまりに無知なユーナを、ぼくが弄んでいるとでも思っているのかもしれない。
いや違うんですよ、とか言い出すと余計胡散臭くなりそうだ。
何か言い訳は無いものか。
別れるつもりだったから後先考えてません、これでは最低だな。
「いや、言わなくていい! 悪かったよ。
人の事情もいろいろだよな」
草団子なりの賢明な判断に、少しホッとした反面、消化不良の問題を抱えるぼくは、やきもきしてくる。
ユーナは、今回のクエストを、どう思っているんだろう。
彼女の考えていることが分からない。
「クリアしようね、絶対」
ユーナはぼくに、そう語りかけてくる。
「ユーナ……」
「最後になるかもしれないもんね」
ユーナは、ぼくたちの付き合いが、ここまでということをよく分かっていたみたいだ。
どうしてこのクエストにユーナが参加したのか、理解した。
最初はただイベントとして楽しんでいるのかと思っていた。
でも違う。
ゲームサービスの終了で、強引な形でもって、ぼくらの関係が未消化のまま終わる前に、彼女なりの結論を出したかったんだ。
仮に理不尽なゲームを強要されたら、その時点でぼくらは関係を終わりになる。
それまでに、何も言わないなら、結論が出たことになる。
ゲームが勝手に終了する前に、間接的ながらも、互いの思いを示すことが出来るわけだ。
明らかに、態度を曖昧にして迷わせた、ぼくのせいだ。
ユーナを追い詰めてしまったんだ。
クエスト中に別れ話が出来そうか?
追いつめられてるのに、別れようとか最悪だ。
無理だ。
どう考えても、そんな別れ方はできない。
クリアだ。
クリアすることでしか、ぼくらの思い出を美しい形で終わらせることは出来ない。
ああ、めちゃくちゃな気もするけど、そんな気がしてきた。
二人の有終の美を飾るには、困難を乗り越えた先にある栄光にこそ意味がある、気がする。
はっとした。
(………………………………ぼくは、バカだな)
それも間違いなく。
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