第10話 クリア条件

 ワッフルの町で待ち合わせ場所に向かう途中のことだ。


「こんにちは」


 呼び止められ、振り向いた。

 そこには、酒場の女ウェイトレスの姿がある。


 掲示板で調べて知ったことだけど、町の中に居る住人で、話しができる人物は、数が限られているみたいだ。

 中でも、これだけ積極的に話し掛けてくるのは、ぼくが知る限りでは、この女ウェイトレス以外に存在しない。

 

 黙っているのもどうかと思うので返事をした。

 

「何?」


「大したことではないです。

 あなた方が、町のためにモンスター討伐に出かけるそうなので」


 そういう設定だったな、ぐらいに思い出した。

 

 相手が仮に、運営で雇われた人なら、あまり絡まれても、時間の無駄というものだろう。


「ごめん、急いでるから」


 半分背を向けていたところに、黒いものが目の端に見えた。

 反射的に、手を使ってそれを受け止める。

 手に取ったものは、ぶどう酒だ。


 ぶどう酒。

 飲むと持久力と攻撃力が一時的に上がる。

 飲み過ぎると酩酊状態になり、しばらく操作が思うように出来ない。


「あまりものですが、良かったら受け取ってください」


 ぼくは、怪訝にも、受け取ったぶどう酒を見つめる。


(大丈夫なのかな?)


 ウェイトレスの様子を伺っていたけど、特に変わったところもない。

 警戒はした。

 NPCのアイテムを取得するにしても、譲渡や購買ではない場合、このゲームでは、あまり良いことにならない。

 特に意思のあるNPCの譲渡は、フラグや条件がわかり辛くて、素直にプレゼントとして受け止められなかった。


「コータ」


 背後からの声で、後ろを見たら、ユーナがいる。

 ユーナを見てからも、「ちょっと待ってて」と断ってから、再びウェイトレスの方を見たけれど、その場所にウェイトレスの姿は無かった。


 * 


 街の出入り口付近、最初の集合場所に、ぼくらは集まった。

 総勢9人。

 白玉団子の傍に、その仲間と思われる3人がいる。

 特別、有名人は居ないみたいだ。


 軽い挨拶をしてから、作戦を伝えられることもなく出発した。

 なにせ低難易度攻略だ。

 白玉団子を含む廃人3人が、ほとんど蹂躙に近い雑魚殲滅をしてくれるはず。

 ぼくらは、ほとんどそれを眺めている程度のことしか出来ないかもしれない。

 もちろんそれが通常のクエストだったら、だけど。

 

 封印された霊廟の入り口に到着した。

 寂れた木々と、大きな石作りの建物。

 両脇に構える柱の片方が折れている。

 苔の生えた石が、いかにも何百年も前の雰囲気を醸し出していた。


 見慣れた風景なのに、みんな沈黙して立ち往生している。

 どこかしらで感づいているんだ。

 これが本当に、通常のクエストなんだろうか、て。 

 

「あの」


 プレイヤーの一人が声を上げた。

 覆面で見えない。

 職業は魔術師だろう。

 声を掛けたのは白玉団子に向かってのようで、白玉団子は返事をした。

 

「どうかしたかい?」


「や、やめてもいいですか?」


 今ダッシュしようという人間の服を、鷲掴みにして引っ張るような、気後れた発言。

 でも、少しだけ分かる気がする。 


 多分、集まったメンバーたちには、大なれ小なれ、ここに来る理由があるんだろう。

 行くしか無い、という気持ちはみんな同じだけど、なにせ他人だ。

 プレイヤーによっては、集団戦自体が初めてで、不安に思う人が居るかもしれない。

 

(ていうかまさにぼくなんだけど)

 

 最初は行く気はしていたけど、初めて顔を合わせたとき、不安が大きくなっていても不思議は無かった。

 疑心暗鬼とは違うけど、慎重にはなる。


「いや待ってくれ。

 大丈夫だから、何があってもぼくらで何とかする」


 何とか説得したい白玉団子だけど、難しそうだ。


 白玉団子たちのレベルと装備を考慮すれば、どんなクエストもこなせるだけの信頼はある。

 けど、厄介なことに、みんなさっきの一人の声で、不安をすっかり伝染させてしまっている。

 場合によっては、ここで全員が解散するかもしれなかった。


「どうして行かないんですか?」


 隣に居た、ユーナが、空気を読まずに聞いてくる。


「どうしてって、何が起きるか分からないから」


 さっきの魔道士プレイヤーが答えた。

 それを聞いたユーナは、


「何が起きるか分からないから、面白いんじゃないですか?」


 と、あっけらかんと答えた。

 

「君、今の状況がわかってんの?」


 甲冑の武者装備のプレイヤーが疑問を投げてくる。

 少し顰蹙も混じっているようで、不味い雰囲気だ。


「遊びに来ました」


「キチってませんかねぇそれ?」

 

「嫌ならやめればいい、そうではないですか?」


「いや、俺が言いたいのは」


「楽しんだらダメ、ですか?」


「だから、ダメとかじゃなくて」

 

 さすがにぼくも口を挟もうとした。

 その前に、ユーナは、話しをし始める。


「その武者装備、阿修羅城イベントの配布装備ですよね?

 半年以上前のイベント装備で、強いとは言え、今ではグレードが落ちる、ほとんど趣味装備です。

 わたしなんかよりプレイヤー歴のある人が、リスクを考慮していたら、趣味装備をするはずがありません。

 あなたこそ、わたしよりも、このイベントを楽しもうとしていると言えませんか?」


阿修羅城のイベントについては、ぼくが前に教えて、ユーナも勉強していたみたいだ。


 実はこのゲームで、旧装備をいつまでも装着しているプレイヤーというのは、稀にだが存在する。

 みんながみんな、毎日ログインをして夜遅くまでゲームをしているわけじゃないから、そんなこともある。


 それでも、低難易度であるとは言え、未開のイベントの可能性があるずなのに、グレードの低い装備で参加を志願するのは、確かに違和感はある。

 ライトプレイヤーとか初心者なら、今回のイベントにあえて参加しようとは思わない。

 様子見していた方が無難だからだ。

 弱い装備のプレイヤーに見慣れていたぼくは、普通に看過していた。

 この発想はビギナーのユーナらしい発想だと言える。


 武者装備のプレイヤーは、頭を抱えるように手を置いた。


「あーなんかもう考えつかないわ。リーダー!」


 武者装備のプレイヤーは、白玉団子に向かって、救援要請とばかりに呼び掛けた。


 もしかして、茶番だった?

 ぼくらの中に、白玉団子のメンバーが居たらしい。


 白玉団子を見ると、彼は早速、頭を下げた。


「すまない。君らを試した」


「試すとは?」


 ぼくが促すように言う。


 白玉団子は、頭をゆっくりと上げると答える。


「イベントを放棄するメンバーが、パーティー内に居ると、ゴットヘイトが加算されるからね」


「だから振るいにかけたと?」


「そうなるかな。

 メンバーが集まればよかったし、集まらなければ解散して、また集めに行くだけだった」


「定員数が足りなかったから?」


「それもある、けど、それだけじゃない。

 必要な資質があるんだよ」


「資質?」


「このクエストは通常、ネクロマンサーを討伐することで完了する。

 だが、それだけでは終わらないらしい」


「何が起きるんですか?」


「それはまだ分かっていない、謎だ。

 クリアしているプレイヤーが居るかどうかさえ分からない。

 つまり、わたしたちは、クリア条件を手探りで探さないといけない」


 フラグも分からないクエストを攻略するだなんて、思った以上にリスクが高い。


「君たちに期待する資質は、未知のクエストを攻略する気概を持っているかどうか、それだけだ」


 場がシーンと静まる。


「カッコつけて滑るなよなぁ」


 白玉団子の隣に居た、白いシルクハットの女剣士が言う。

 白玉団子は少しだけ慌てる。


「う、煩いな! 凄い考えたんだぞ!」


「それにさぁ、んなプレッシャー掛けたら、みんなやめちゃうだろ。

 もっと気楽に、親しみやすい感じで言えよなぁ」


「わ、分かった。

 まぁ、これが最後のプレイになるかもしれない。

 だからせめて、楽しくプレイできたらな、と思ってる。

 支離滅裂だけど、そういうことなんだよ」


 要約すると、当たって砕けろ作戦だ。


 ゴットヘイトシステムが、まともなゲームだなんて、誰も思っていな

い。

 仮に何もしていなくても、神様のご機嫌次第で、いきなり、晒し者にされる可能性すらある。


 ここに集まっているプレイヤーは全員、薄々わかってるはずだ。

 ゲームで自分たちが消える可能性よりも、ゲーム自体が終わる可能性の方が高いことを。

 なのに、白玉団子の誘いを受けたということは、終わりを予見しながらも、何もしないで終わりたくなかったからだ。

 それぞれ、残った事情なんて知らないけど、ゲームプレイヤーとしての理屈なら分かる。

 

 かくいうぼくも、流れでこの場所に来たけど、このイベントを切っ掛けにして、二人の関係の終着駅にするのも悪くはない。


 ぼくの隣に居るユーナは、本気で楽しそうにしている。

 何か、ぼくだけなんだろうな、こんなに重苦しい気持ちでいるのは。

 彼女を見ていると、気楽に楽しんでいる方が正しく思えてくる。


 ユーナが、本気で、クリアするつもりでいのだとしたら、思ってる以上に、別れ話しを切り出すタイミングを見つけるのは、難しいかもしれない。

 ぼくにとって、かなり辛い条件になりそうだ。

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