第6話 勧誘
ぼくたちは、酒場の隅っこに移動した。
ユーナたちとは離れた位置で、話しが聞こえない場所だ。
「さっきのことだが」
白玉団子の言葉の意味が、すぐに分からなかった。
「さっきって?」
「いや動画で、荒らされたことがあっただろう?」
白玉団子の言っている動画とは、こういう内容だ。
当時の高難易度クエスト、精霊の庭園において、初期装備のまま、ノーダメージで、ソロクリアをした。
そのソロ攻略動画を、You Cubeに投稿してから、みんなが見ている掲示板で宣伝を行った。
けど、当時の人たちから袋叩きにされた。
というのも、あまりに難易度が高すぎて、信じられなかったからだ。
ノーダメでも相当な苦労なのに、初期装備という条件が、当時の攻略動画の常識を凌駕していた。
チート疑惑も噴出して、ぼくは反発した。
今にして思えば、けっこう挑発的だったと思う。
必死だったと言えば聞こえはいいけど、喧嘩腰の相手に、真っ向から喧嘩を仕掛けてしまった。
そのせいか、擁護してくれる人も居なくなり、人格批判されるわ、誹謗中傷されるわで、結局、アカウントごと動画を消すことになった。
まぁ、単に怖くなって、逃げ出したんだけど。
「あの荒らしは酷かったね。
検証もしないで勝手な決め付けをしていた。
本当に不憫だと思ってたんだよ。
あのまま消えるなんて、勿体無いなって思っていたぐらいなんだ」
「い、いえ、そんな」
ユーナ以外で、こんなに持ち上げられたのは、初めての経験かもしれない。
とは言え、今となっては、嬉しいというより、むず痒い苦味が蘇ってくるだけだ。
ゲームに夢中と言えば聞こえはいいけど、必死過ぎたというのもある。
周囲があまり良く見えていなかった。
「さっきも言ったように、君にクエストの協力をお願いしたい」
白玉団子の誘いは、躊躇するところがあった。
「言ってはなんですけど、白玉団子さんと、今のぼくでは、レベル差もあれば、装備の質も違います。
最悪、パーティーのお荷物になるだけだと思いますよ」
白玉団子はレベルもさることながら廃課金だ。
費やした時間も相当なはず。
ぼくの旧アカウントでも、その差は縮まらないだろう。
「その心配なら不要だ。
霊廟(れいびょう)に行くからね」
白玉団子の言っている霊廟とは、『封印された霊廟』のことだ。
難易度は、初心者から中級者ぐらいの、初期クエスト。
モンスターもスケルトン兵が基本で、雑魚中の雑魚だ。
スケルトン兵を操るボス、ネクロマンサーを狩れば、あっという間に終わる。
玄人である白玉団子たちなら、難易度は相当低いはずだ。
それでも、白玉団子が誘ってきた理由は、推測できている。
「ゴットヘイトですか?」
「気づいていたのかい?」
「いえ、何となく」
「説明すると、ゴットヘイトは、指定されたクエストをこなすことで、減らすことができるんだよ」
「それは確実なんですか?」
「わたしの身内の情報なんだよ。
これから確かめたいというのもあるから、最終的な判断は君に委ねるよ」
「このクエストを選んだ理由は?」
「今回の一件で、わたしたちのギルドメンバーのほとんどが、ログインしなくなってしまってね。
難易度の低いクエストで、メンバーを募った方がいいと思ったんだ」
「人数はどれくらい集まったんですか?」
「6人、どうせなら、1パーティーで、参加人数限界の10人まで集めようかなと思ってる」
「そんなに集まってクリアするほどの難易度ではないと思いますけど」
「これも聞いたものだけど、実は、新しいモンスターも出てくるみたいなんだ」
「どんなモンスターなんです?」
「それは分からない。
何分人が減ってしまって、情報を集めるのに困ってるぐらいだから、
曖昧な情報をかき集めて来たぐらいでね。
噂程度だし、嘘かもしれない」
「こう言ってはなんですけど、危険を犯すぐらいなら、情報を待った方が賢明だと思いますけど」
「ははは、賢明だね。
だがその通りだ。
未開のクエストを攻略するにしては情報が少なすぎる。
だけど、そうも言っていられなくって」
ぼくは慎重に尋ねた。
「どういうことです?」
「実はゴットヘイトを買ってしまったんだ」
「買う、ですか」
「そうだ。ゴットヘイトは買える。
買うことで、いろんなものが得られる。
回復とか、移動とか、魔法やスキルとか、ゲーム内でできることを、ゴットヘイトを買うことで、だいたい実行できる。
もちろん、システムを書き換える、いわゆるチート行為は不可能。
単純に言って、無敵になることは出来ない。
レベル上げはできるみたいだけど、レベルの上限突破はできない。
他にもリストは並んでるから、あとで確認してみるといい」
「どうして団子さんは、ゴットヘイトを買ったんですか?」
「それは」
「それは?」
「課金アイテムだと思って」
そんな理由で?
いや本当だっていうなら、そんなものなのかもだけど、さすがにこの異様な状況で、ゴットヘイトを買う選択肢は出てくるとは思えない。
「疑ってるんだね」
顔に出ていた?
そんなはずはないけど、誤魔化した。
「いえ、そんなことはないです」
「いや分かるよ。信用できないはずだ。
わたしの事情を知らないんだからね。
お互い知られたくないこともあるのは理解している。
だからそんな顔をしないで聞いて欲しい、実はね」
て、話すのか。
とツッコみたくなったけど、会話の流れを切りたくなかったので、耳を傾けた。
「課金額がバレて、妻に離婚されそうになっているんだ」
ずーん、と響く、重い言葉に聞こえた。
課金中毒者の、あまりの重症ぶりに、かける言葉がすぐに見当たらなかった。
「それは……その、ご愁傷様で」
「いや、死んでないからね。
そのセリフは、せめてガチャで爆死したときにしてくれ」
白玉だんごは、悪い人には見えなかった。
たぶん本当に偶然、ぼくを誘っている、と思う。
それでも彼を信用しきれなかった。
これは白玉団子のせいじゃない。
ぼく自身の問題なんだろう。
「凄くありがたい誘いなんですけど、今回は」
「そうか。仕方ないね」
「すみません」
「いや、君にも事情があるんだろう。
今回は、彼女と行くことにするよ」
「え? 彼女?」
「ん? 聞いてないのかい?
ユーナさんとは、もうクエに行くことになってて」
聞いてない!
てかそうか、ユーナがぼくを酒場に呼び出した理由は、そもそも、この話しをする予定だったからなのか。
「あれ? 何か不味かったかな?」
白玉団子は、ぼくを気遣っているようだ。
ぼくの方は、青天の霹靂というやつで、目眩すらしそうだけど、人のせいには出来ない。
「いや、何も不味くは無いです」
「そうか、それじゃ」
がたったと立ち上がる白玉。
即座に答えた。
「行きます」
「え?」
「ぼくも、是非、連れてってください」
「え、あ、そうか。
それはありがたいよ」
さっきまでと答えが違うことはそうだけど、ぼくの鬼気迫る思いに押されたせいか、白玉団子も、困惑していた。
そしてこれがぼくにとって、初めての集団で行動するイベントだった。
このときは、これから遭遇することを、まだ想像すらしていない
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