第5話 晒し刑

 最初のゴットヘイトの犠牲者が出た。

 犠牲者、と呼べばいいのか、よく分からないけれど、確実にその人はゲーム世界から消えた。

 

 消えた、というのは、実際に見た人が居て、その書き込みから知ることになった。

 その人によれば、ゲーム中に、突如、光に包まれたキャラクターが、消滅すると同時に魂となった。

 魂というのは形容で、光の玉のようなものになったのだとか。

 光の玉は、天空へと飛翔し、消え去ったという。

 

 プレイヤーが死ぬと、”始まりの神殿”に戻される。

 しかし今回の一件で死んだプレイヤーは、復活することは無かった。

 代わりに、石版があるという。

 石版に触れると、先ほど死んだプレイヤーと、他にも死んだプレイヤーのリストが表示される。

 指で触れると、そのプレイヤーの情報が、驚くほど詳細に表示される。

彼のプレイヤーIDと、名前と、性別。

 これだけでも、個人情報の漏洩で大問題だ。

 加えて、ゲーム中の行動記録のすべてが掲載されている。

 会話や戦闘記録はもちろん、どんなイベントをこなしたのかも把握できてしまう。

 その情報から、プレイスタイルすら明るみになる。

 例えば、PK(プレイヤーキラー)や、迷惑行為、リベンジ行為など、本来知られるはずのない情報も、分かってしまうそうだ。

 彼がどういう性格でプレイを行っていたかの、すべて知ることができるわけだ。

 つまり、プレイヤーとしてゲーム中に行ったことのすべての情報が詰まっているらしい。

 

 実は、最初にこのゲームを始めるとき、ぼくたちはすでに、ゲーム中の情報収集に合意している。


 ”このゲームでは情報を収集し、サービス向上に役立てます。

 情報収集に協力して頂けますか?”

 

 そんな簡素な文章だ。


 軽い気持ちで合意していた。

 昨今のVRMMOでは、当たり前のことだし、そもそもイエスを選ばないとプレイが出来ない。


 正直ぼくにとっては致命的に不味い状況だった。

 夕凪に、ぼくの正体がバレるわけにはいかない。

 再び、ゲームにログインするしかなかった。


 この世界のプレイヤーのほとんどが集う場所、ワッフルの町にやって来た。

 町全体が丸く、格子状に建物が設置されて、まるで、ワッフルのような形をしていることから、この名前が付いている。


 ログインしてすぐに分かった。

 町の活気が無い。

 人が、かなり少なくなっているみたいだ。

 

 情報を晒されるといっても、それほど大した情報も詰まっていないので、多くの人にとっては、ログインする理由も無かったんだろう。

 名前や年齢や性別が晒されると言っても、即座に問題になるほどの情報じゃない。

 もちろん個人情報漏洩は大問題だ。

 今回の情報漏洩で、ゲーム会社ごと潰れる可能性が高い。

 未だ、何の説明もなくゲームのサービスを続ける運営に対し、加担するわけではないけど、仕方なかった。

 ゴットヘイトは、ログインしていないだけでも溜まってしまう。

 少しでも、ぼくの個人情報が、ユーナの目に晒される可能性を避けたかった。


 今、ログインしている人たちが、まるで後ろめたいことを抱えているように見える。

 自分を基準にしたらそうなんだろうけど、事情はそれぞれだろう。


 このゲームは絶対に終わるとは思う。

 実は、この奇妙なほど普通にサービスが続いていることに、多少なりとも不気味さは感じていた。

 運営に連絡が取れた人は居ないらしい。

 籠城作戦? いつまでも、続く話しじゃない。

 場合によっては、サイバーテロのようにも思える。

 警察沙汰になったら、さすがの運営も観念せざるを得ないだろう。

 それまでの辛抱、とでも思っておけばいいんだろうか?

 あまりに変化が見えないせいで、このままサービスが継続するんじゃないかと思えてくる。

 不安が拭えない。

 現実とゲームで、隔離されたような、妙な感覚がした。


「こんにちは、ナギトさん」


 ユーナとの待ち合わせ場所の酒場で、いきなり女の子のウェイトレスに話し掛けられた。

 ウェイトレスは、白いエプロンに金髪の長髪で、白い肌と華奢な体つきをしている。


 ぼくは最初、話しかけられたことに驚き過ぎて、放心しかけた。


 酒場などに存在するウェイトレスはNPC、つまりプログラムのはずだ。

 こちらが話しかけない限り、決められたセリフを話さないように出来ている。

 

 ぼくの反応が悪いせいか、ウェイトレスは、首を傾ける。

 

「あれ? おかしいな。

 竜狩(りゅうがり)のナギトさんですよね?」

 

 槍で貫かれたような衝撃が走る。

 どこでそれをと言いかけたけど、やめた。

 毅然とした振る舞いで、言い切った。

 

「人違いです」


「え? 光の騎士、ナギトさんですよね?

 それとも、†殺戮天士†、ナギトさん?

 ダークフレイムカオストルネード」


「と、と、ちょっと待った! 何で知ってる!?」


 堪らずに遮るしかなかった。  

 ウェイトレスは、NPC特有の張り付き笑顔で答える。


「あなたはここによく立ち寄っていたじゃないですか」


 事実ではある。

 酒場は、イベントの情報を仕入れる場所の一つだ。

 酒場自体がイベントの対象になることもある。


 それより大事なのは、先ほどから言っているナギトという名前。

 これは、ぼくが昔使っていたアカウントのキャラ名だ。

 使わなくなって、すでに半年以上経過している。

 名前からして醸し出される痛いオーラはまさに、黒歴史と呼ぶに相応しい。

 

「それでナギトさん」


「その名前で呼ばないでくれないかな?」


「どうしてですか?」


「どうしても何も、今はコータで通ってる。

 そっちに合わせてくれないと混乱するでしょ?」


「なるほど。ではこれからはコータさんと呼びますね」


 これまでのウェイトレスは、定型文で返すだけの、空気のような存在だった。

 それが生き生きと、話し掛けてきて、あまつさえユーザーの、それも、ぼくの昔のアカウントを知っている。

 こんなに柔軟なAIは見たことがない。


 薄々気づくところがあった。

 彼女は、AIではなくて、運営じゃないのか?

 狂った世界で、NPCもまた人格を持つようになった――という風に思わせるための演出の一つと考えられなくも無い。

 

 昔から、ゲームがリアルになるとか、その手の題材の創作は尽きない。

 よくあるのは、ゲーム世界に閉じ込められて出られない、てことだ。

 しかし、ぼくらの場合、出入りは自由だし、デスゲームを強いられる様子もない。

 しょぼい個人情報一つと、アカウントの消滅。

 この程度でゲームが成立するのかという話しだ。

 

「ユーナ様!」


 ウェイトレスが突然感嘆したようにユーナの名前を呼ぶ。

 見れば、確かにユーナが、すぐ近くまで来ていた。

 あまりに考え事をし過ぎて、回りが見えなくなるのは良くない癖だ。

 

 反省しつつ、ユーナを観察すると、喫驚している様子だった。


「これどういうこと?」

 

 ユーナは、驚きながらも、歓喜しているように見える。

 不味い、凄く興味があるみたいだ。

 ぼくの推測を話してもいいけど、証拠もないし、出来れば自然に、ウェイトレスが離れるようにするしかない。


「よく分からないけど、話せるようになったみたいだね」


「凄い! あなたお名前は?」


「酒場のウェイトレスです」


「あはは、そのままなんだ」


 ユーナの素直過ぎる反応に、内心ツッコみたくもなる。

 もう少し疑って掛かるべきだ。


 ユーナは持ち前の、コミニケーション能力でもって、ウェイトレスに質問しまくりで、ぺちゃくちゃ喋っている。


 しまった、まったく会話に介入する余地が無い。

 こういうとき、自分のコミニケーション能力の低さを自覚する。

 ぐぬぬ、と言う思いにジレンマを感じながら、会話に夢中な彼女らを眺めているしかなかった。


 世間話をしている様子で、その内、まぁいいか、ユーナが楽しそうなんだし、と思えてきてしまった。

 諦めたことを、馬鹿丸出しで正当化している頃、ぼくのそばに近づく、プレイヤーの姿に気がついた。


 屈強な男性のキャラクターだ。

 短髪で、凄くガタイの良い、いかにも頼りがいのある。 

 赤い装飾の軽装。

 背中の剣に、ぶら下げるアクセサリーは課金装備。

 レア度が高く、金額的に言ってバカに出来ないレベルのものだ。


「君は、ナギトなんだよね?」


 聞かれていたことに、内心舌打ちだ。

 ナギトの名前を知られていることでいい思い出が無い。


「いやぁ、あれは勝手に相手が呼んでただけで」


「You Cubeで、ソロ動画上げてたのを見たよ」


 You Cubeは、大手のインターネット動画投稿サイトのことだ。

 ぼくは昔、伝説の英雄のプレイ動画を、その動画サイトに投稿していたことがある。


 他人にトラウマを触れるのが一番応える。

 変な汗が出てきた。

 

「だから人違いで」

 

 素知らぬ振りを続けるのも、重しを乗せられるような拷問に近い。

 今すぐ逃げられるものなら逃げている。

 ただ、そんなことをしたら、ナギト本人だと言っているようなものだ。


「君の動画を凄く参考にしてたんだよ」


 意外な返しがやって来て、驚いた。

 

「参考に、した?」


「そうさ。挑発的な発言が多かったけど、プレイヤーとしての実力は本物だった。

 あの動画で、批判されてしまって消えてから、凄く残念に思ってたんだけどね。

 わたしは、君のことを忘れたことがないよ」


 気の重さが吹き去っていく。

 代わりに、じんっと来る嬉しさが、素直に芽生えた。

 そんな昔の、ほとんど無名だったプレイヤーのことを、評価してくれている人が居たことが、少し、救われたように思う。

 いやいや、また簡単に信じてどうするんだ。

 純情少年じゃあるまいし、いちいち真に受けてどうするんだ。

 

 気を取り直して、相手に聞いた。

 

「あなたは?」


「白玉団子」


 白玉団子と言えば、団子団とか言う、有名ギルドの団長の名前だった気がする。

 名前ぐらいは知ってるけど、合うのは初めてだ。

 彼は、続けてぼくに話した。


「単刀直入に言わせてくれ、君にあるイベントを手伝って欲しいんだ」


 ちらりと、ユーナの方を見た。

 彼女はカウンター席までウェイトレスを追いかけて、そこでまだ話しをしているみたいだ。


 改めてぼくは指定した。

 

「席を少し移動してもいいですか?」

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