第4話 相談

 夕凪は、ちょっと困り顔で入って来た。

 短パンに、淡い三色の横ラインの入った、ラフな恰好をしている。


 別に不仲というわけではないけど、あまり積極的に会話をしたことがない。

 適度な距離を保っていると、自分では思ってる。

 姉の方からぼくの部屋にやってくるのは、とても珍しいことだ。

 そのせいか、ほんのりと、のぼせるような気持ちが芽生えている。


(いい加減にしろ)


 と、内心で、自分を叱責する。

 ぼくは、普通の弟としての振る舞いを、心がけることにした。

 

「立ってないで座りなよ」


 ベッドを指差す。

 だけど、夕凪は座る感じもなくて、躊躇いがちに考えている。

 予想しながらも、尋ねないわけにもいかなかった。

 

「どうしたの?」


「広太。VRのゲームしたことあるでしょ?」


 合間にゲームばかりしていたら、両親からすれば、見栄えは悪くなる。

 だから隠れながらプレイしていた。

 うまく隠せていると思っていたけど、ぼくが姉のことを気づいたように、姉もぼくのことに気づいたらしい。

 

 観念して、デスクから、Bコンを取り出して見せた。

 

「いつから気づいていたの?」


「最近。声漏れてたから」


 夕凪の部屋とは、壁一枚で隣り合っているから、少しの物音だって漏れてしまう。共同生活の弊害というやつだ。

 とは言え、 声を出したつもりはない。

 無意識で出していた、てことかな。


 不幸中の幸いというべきだろうか、夕凪は、ぼくの正体に気づいた様子は無さそうだった。

 変に心の余裕を感じ取られてもおかしいので、ここで、顔つきに緊張感をまじえながら、会話を続ける。


「父さんたちには言わないでよ」


 夕凪は、くすっと笑う。


「趣味で、お父さんたちが怒ることはないよ。

 わたしだってやってるんだから」


「姉さんがゲームなんて意外だな」


「そんなことないよ。

 て、言っても、最近始めたんだけどね」

 

 あえての質問だ。


「何のゲーム?」


「伝説の英雄」


「あー有名だね。

 ぼくも、やってたよ」


 まったく無いと言うと、揚げ足を取られる不安があった。

 何を聞いてるか分かったものじゃない。


「だったらちょうどいいかな」


「ちょうどいいって?」


「わたし、ゲームで付き合ってる人がいるの」


 ぶっと吹き出しそうになる。

 男女の付き合いを、恥ずかしげも無く公言するのは、あまり無いことだ。

 何故なら、公式の付き合いでもないし、リアルの事情に触れていないことが多いVRMMOでは、リアルにまで関係を持ち込むことは、痛い発言に相当する。

 まぁそんな事情を、ゲーム事情にあまり詳しくない夕凪が、知っているはずもない。

 

「……姉さん、他の人にもそんなこと言ってるの?」

 

「え? 無いよ、ないない」


 夕凪は、両手を小さく振って否定する。

 

 ゲームをしていることが恥ずかしいとかではなくて、相談できる相手が居ない、てことだろう。

 夕凪の周囲は、彼女が、家に引きこもって、せこせこゲームをしている姿を、想像することすら無いはずだ。


「どうしたの?」


 夕凪は、覗くようにぼくの顔を見てきて、少し嘆息してから答えた。


「それで?

 その人とリアルでも付き合いたいとか?」


「え? どうしてリアルで会っていないって分かるの?」


 顔つきに歪みが出そうになる。

 落ち着くんだ、まだ墓穴と言うには、届いていないはずだ。

 いちいち過剰反応していたら、本当に尻尾が出てしまう。


「そういうのがVR恋愛の普通なんだよ。

 ゲーム上のキャラクターを守って、リアルで会わない人たちも居るしね」


「へぇ、詳しいね。

 わたしよりゲーム歴長いの?」


「まぁまぁだよ。

 廃人ほどじゃないし」

 

 学校があるぼくにとって、廃人ほどプレイしていないのは本当だけど、徹夜を何度も経験したことぐらいはある。


「ぼくなんかでいいのかな?

 その、恋愛経験は薄い方だと思うからさ」

 

 思わず見えを張ったぼくの嘘は、特に看破された様子はなさそうだった。


「コータが答えられる範疇でいいの。

 迷惑だったら、忘れてくれていいから」


 そこまで気を使われてしまうと、無下に返すことも出来ない。


「そうもいかないでしょ。

 ここまで来て帰るなんて言わないでよ」


 夕凪はぼくの顔をじっと見てくる。

 こう言ったら何だけど、本当に美人だ。

 整っているパーツが、同じ血を引いているとは思えない。


 夕凪は言った。


「あのね、そのゲームが、終わりそうなんだって」


 ここは凄く微妙な判断になりそうだ。

 今でもやっている、となれば、夕凪が相談しようとしている事情にも触れてしまう。

 誤魔化しやすく、一年前に少しやっていた、ということにしよう。

 今さっきゲーム内で起きた事情を、ぼくは知らなかった、てことで通す。


「終わるって、サービス終了ってこと?」


「違うの。何か、ゲームの方がおかしくて。

 なんて言えばいいのかな、世界の終わり?」

 

 まぁあの状況を、いきなり説明しろ、ていう方が無理だ。

 すぐにフォローする。


「要するに、致命的なバグか何かってことでしょ?」


「うん、そうかもしれない」


「ゲームが終わったら関係が終わってしまうから困るってことだね」


「どうしたらいいと思う?」


「どうって、姉さんは、どうしたいの?」


 困った顔をする夕凪は、両手を組むようにする。

 祈りにも似た姿だ。


「会いたいって言い出したら、迷惑かな?」


 ぼくは、自分の眉が動くのだけは、分かった。


「付き合ってるなら、迷惑とか無いと思う」


 心にも無いことを口走るのは、ロボットにでもなって、決められたセリフを言わされているような感覚にすらなる。


「そうかな?

 今までそれなりに付き合ったことがあるけど、彼から会いたいと言われたこともないの。

 もしかしたら、わたし」


「それは無い」


「え?」


 思わず口走ったこともあって、修正した。


「姉さんは、遊びだと思ってるの?」


「そんなこと無い」


「相手の方は、ふざけてた?

 姉さんに酷いことをした?」

 

「無いよ。

 むしろ凄く良くしてくれたから」


 当然だ。

 一ミリだって、彼女のためを思わなかったことはない。

 本気だったからこそ、本気の気持ちが通じ合える。

 それは、ゲームであっても、何となく伝わることがあった。

 だからこそ厄介なことになってる。


「だったら、さ。

 もう少し自信を持っていいと思う」


「そうだよ、ね。

 うん、そうだよ! 広太ありがとう」


 自信を取り戻したのか、がばっと立ち上がる夕凪。

 結論出すの、はやっと思いつつ、慌てて言った。

 

「けど!」


「え?」


 ドアの方へ体半身が向かっているのを、きょとんとした顔でもって、ぼくを見る。


「姉さんたちは、プライベートなことを一度も話したことがないんでしょ?」


「そうだよ?」


 そうだよ? じゃないよ。

 天然かよ、それでも可愛いな。


 ぼくは、こほんと咳払いをしつつ答えた。


「相手が話さないってことは、プライベートなことに踏み込んで欲しくないってことかもしれない」


 夕凪は、口を少し開いて、真顔になった後、再びぼくのベッドにへたりと座った。


「そう、かな」


 肩を落として、めちゃくちゃ落ち込んでる。

 これは下手な言葉が選べそうに無いぞ。

 ゆっくりと考えてから述べた。

 

「本当にそのゲームが終わるなら。

 多分、相手の方から何かを言い出すと思う」


「言わなかったら?」


「だってそれは」


 ぼくの言葉を待つこともなく、姉は渋い顔で、ちょっと両足を抱えるようにする。


「分かってる。

 でも、待つのは辛いよ」


 胸の形が分かって、意識しないように目を逸らす。

 

「大丈夫だよ。たぶん、その内、答えを出すと思う」


「どうして分かるの?」


「ぼくだったらそうするから、かな。

 あくまで個人的な意見だけど」

 

 ちらっと姉の表情を伺う。


「そっか。そういうものなのかな。

 決めた、待つことにしてみる。

 わたしいつも強引だって言われるから」


「まぁ、そうした方がいいだろうね」

 

「ありがとうね。

 聞いてもらったら、少し元気出てきたよ」


 夕凪は、スッキリした表情を浮かべている。

 そんな素直な感情を見ている中で、ぼくの作り出した柔和な笑顔は、いつまでも固い感じがした。

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