第3話 シンギュラリティ


 一旦ユーナとは別れ、ゲームを終了した。

 ネットの掲示板を確認したら、早速の大荒れだ。

 

 普段から、運営にヘイトを溜め込んでいる人たちからすれば、煽りとも受け止められる今回の騒動で、深い憎悪を露わにしている。

 下手に擁護に回るか、考察を入れようとすれば、運営呼ばわりされて、こぞってリンチに遭う。

 ネットをしていれば理解できるけど、一度の炎上で起きるのは、問題を何かのせいにするために、多数派が何かを敵にすることだ。

 敵は、徹底的に叩きのめされる。

 匿名性と、集団心理も相まって、非情に攻撃的なコメントで溢れている。

 この掲示板も、何度か炎上騒ぎがあったけど、今回ばかりは、本当にゲームの終わりを感じる。

 

 目に余る暴言や誹謗中傷の嵐で、読むのも疲れてきた。

 掲示板を見るのをやめようと思っていたとき、ふと、目に留まるコメントがあった。

 

「AIが暴走してるんだろう」

 

 どうやらこのコメントに対する返信も、いくつかあるみたいだ。

 憎悪コメントに疲れていたぼくは、何となく追ってみることにした。

 

(匿名コメA)「は? いくらなんでも運営の責任だろ」


(コメント主)「この社会ではすでに、人間に扱いきれない情報量を、AIが取捨選択して、人間に提供している。

 ゲームでも、ぼくたちの情報を逐次記録して、その情報をAIが管理してる」


(匿名コメントA)「人間がゲームの運営をして、管理してるんだけど?」


(コメント主)「人間が管理してるのは、AIから提供された情報を頼りにしている中間管理。根本を管理して運営してるのはAIだよ。

 AIはもう人間を凌駕してるんだからね」


(匿名コメントB)「脳内妄想乙」


(コメント主)「信じられないのも無理無いよ。

 でも本当のことだよ」

 

(匿名コメントC)「ソース寄出せよ」


(コメント主)「ネット探せばいっぱいあるよ」


(コメントD)「AI嫌悪厨の暴走論鵜呑みにしてるやつとかw

 生きてて恥ずかしくならないの?w」


(コメント主)「AIは人間を騙すのが上手なんだよ」


(コメントE)「AI倫理委員会がある。はい論破」


(コメント主)「彼らも把握できていないよ」


(コメントF)「こいつと話しをしても無駄だぞ。AI否定派とは話しにならねぇ、で結論出てるから」



 

 そこから先は、コメント主に対し、一方的な集中攻撃が繰り返されているようだ。

 頭がおかしいと言ったら、それまでだろう。

 彼の考えに対し、少しだけ考える余地が無いというわけでもない。


 シンギュラリティという言葉がある。

 シンギュラリティというのは、技術特異点のことだ。

 簡単に言うと、AIは年々賢くなっており、ある時代に達すると、AIが人間よりも遥かに賢くなる。

 そのために、人間の生活は多大な影響を受けて変容する、と言われている。

 現代のぼくたちにとって、その手の話しは眉唾というか、単にAIを嫌ったり怖がったりする人たちが残した迷信でしかない。

 

 2025年現在。

 ぼくたちの生活のあらゆる場所にAIは存在するけど、生活が特別変わった実感もなければ、AIが人間を支配している実感もない。

 暴走したAIが反旗を翻し、人間を殺す、だなんて映画もあったけど、そんなことが起きるはずもなく、平和そのものだ。

 それに、シンギュラリティを唱えたレイ・カーツワイルによれば、2045年がその特異点であり、ぜんぜん先の話しだ。


 AIに極端な嫌悪感を露わにするのは、仕事をAIに奪われたと思っている人たちや、これからそうなると信じ込む、宗教みたいな排他思想が蔓延しているせいだ。。

 近代化しきれなかった、錆びついた思想とでも言えばいいんだろうか。

 別に人間のすべての職業が無くなったわけでもないのに。

 

 また別のコメントが飛び込んだ。

 

「Bコンの意識情報は記録されているぞ」


 意識情報なんて曖昧なものを話し初めたら、切りが無い。

 会話、行動を記録した集合?

 もはやネットを介在させたゲームで、そうしたプレイヤー情報で記録されていないものなんて無い。

 意識を記録するというのは、AIが擬似人間を作るための陰謀論として利用される。

 超常オカルトにまで昇格されたら、もはやお手上げ、付いていけない。


 さすがにもう疲れた。

 ネットを辞めよう。


 ぼくの頭に引っ掛けるようにしていた小さな機械。これがBコンだ。

 ネットやゲームの閲覧方法は、メガネのようなレンズを通す。

 体感型の装置はもっと大きく、振動や衝撃も伝わる。これは簡易版というわけだ。 

 更に高級な装置は、眠るように使用しながら、5感を再現できると言われてる。

 実験段階の装置で一般に普及するようにはなっていない。


 Bコンを外す。

 天井を見上げてしまって、思わずため息を漏らす。

 

 ユーナとは、こんな終わり方になったけど、ある意味では良かったのかな。

 ゲーム会社に怒りがある反面、安堵も混じるぼくの胸中は、なかな消化しきれない異物を溜め込んでいる。

 もちろん良くはない。

 姉との関係にしっかり決着をつけるべき、というのは正論だ。

 けど、そもそもぼくらはリアルで会ったことすら無いし、お互いのリアルの事情を、深く知りもしない。

 それって、勝手にこっちが盛り上がって本気にしているだけで、相手は本気にしていないかもしれないじゃないか。


 こんこん、と部屋のドアがノックされる。

 

「広太、今いい?」


 姉の夕凪が訪ねて来たみたいだ。

 ぼくは、デスクの引き出しを開けて、即座にBコンを仕舞う。


「いいよ」

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