第2話

    ****

 

 日曜日。土曜の雨が過ぎ去り、今朝は青空に白い雲、爽やかな朝だった。

 午前十一時、約束の二時半には大分時間がある。ここから約束の駅までは徒歩で十分もかからない。

 春の爽やかさの中、小平こだいら まなは掃除、洗濯と家事に精を出していた。

 シュゴォォー

 ついさっき洗濯を終えて、今はリビングに掃除機を掛けている。

「はぁ…」

 ため息が出た。

(どうしてうまくいかないかな、長瀬さんにまた嫌われたかもしれないよ…)

 金曜日の帰り道に長瀬さんに聞かれた事。私はどう答えれば良かったのだろう。

(なんか途中から機嫌悪そうだったし…)

「はぁ…どうしよ…」

 口からはため息と「どうしよう」という言葉しか出ない。

 シュウゥゥゥン……

 掃除機の電源を切ると「ピンポーン」とドアベルの音が鳴っているのに気づいた。

『ピッピンポーン ピンポンピンポーン♪』

 恐らく高速連打されているであろうドアベルの受信機に「はーい」と慌てて駆けて行く。

『もぉ〜まなりん〜遅いよ! 早くいれてよ〜』

「かっ和美ちゃん!」

 予想にしなかった人物がオートロックのマンションの玄関に立っていた。


 和美を家に向かえ入れて、家のリビングに通すと、彼女は「ぶは〜」と家のソファーに身を投げ出してゴロゴロし始めた。

「ごめんね、ちょっと掃除機かけててドアベル気付かなかったよ」

「いや〜まなっち〜いいセンスの部屋だね〜」

 家の置物やカーテンに目をやりながら、和美はソファにうつ伏せに寝ている。

「でも和美ちゃん、なんでいきなり、てか、なんで私の家の場所知ってんの?」

 和美が私の家に来るのは初めてだ。彼女とは高校からの付き合いだし、二年生の時はクラスも違う。

「ん〜一昨日の帰り際になおっちから聞いたんだ〜」

 なるほど。

(いや、なおちゃん…一言くらい私になにか言おうよ…)

「でさ! 突然なんだけど…」

「なっ…なに?」


「ん〜おいし〜♪」

さっき急にソファから立ち上がり、改まった顔でなにを言い出すのかと思えば「おなかすいた!」の一言だった。

「これはまなきちはよいお嫁さんになれますなぁ〜」

 和美が私の作った親子丼を美味しそうに食べている。あまりに美味しそうに食べるので、作った私も悪い気はしない。

「……で、どうして家に来たの?まだ約束の時間にはかなりあるし、本当にお昼ご飯食べに来ただけ…とか?」

「んっ…んぐ…ちょっとね…もぐもぐ…まなちんが…んぐもぐ…んんっ!!」

 和美はここに来た理由を話そうと今、親子丼にむせている。

「あわわっ、はいっ!お茶!」

「ん…ゴクッゴクッ…くはっ〜助かった〜」

 親子丼を平らげ、我が家の麦茶で一息ついた和美は笑顔の「ごちそうさま〜」のあとに話を切り出す。

「むふふ〜実はね〜まなりんにとって重要な情報を仕入れて来たのだよ…」

 そう言って和美は上着のポケットから小さな手帳を取り出した。

「ズバリ! 知りたいでしょ、可愛ちゃんのこと!」

 和美はビシりと人差し指で私を指しながら断言した。

「そっ、そんなことは…大体どこでそんなこと調べたの?」

「このあたしの観察眼を甘く見ちゃあこまりますぜ! 今ならお昼ご飯のお礼に教えてあげてもいいんだけどな〜」

 和美がしたり顔でこちらを伺って来ている。

「じゃあ…せっせっかくだし…お、教えてくださいっ」

 彼女は「よっしゃ〜」と満足げに微笑みながらその手帳を広げた。

長瀬可愛ながせえのちゃん、二月十四日生まれの十七歳、血液型はAB型。身長151.7センチ、体重は秘密。我が北高女子バレー部副キャプテン、練習では誰よりも熱心で、学業成績も優秀。好きな食べ物は甘いもの全般、嫌いな食べ物はグリーンピース。私立西山学園せいざんがくえん中学出身、好きな球団はバファローズ…っと、どうよ〜」

「どうよっ、てそんな得意げに言われても結局好き嫌いくらいしか情報無いよねそれ……でも私の家の場所しかり、どこでそんなこと聞いたの?」

「おっと…それは企業秘密って奴ですぜ…姉御…」

 和美はそう言いながら何処ぞの悪徳商人のようにわざとらしい動作で手帳をしまった

(でも、長瀬さん西山学園せいざんがくえん出身なんだ……)

「いや〜こうして二人の仲を取り持とうとするとか、あたしってばなんてキューピットっ」

 そうこうしている内に時間が過ぎ、時計の針は午後一時前をさしていた。

「あっ、もうそろそろ準備しないと私部屋着のままだし、着替えてくるね」

「お〜う、じゃあマンガ読んでるぜ〜」


 服を着替え、外出の準備を済ませる。もちろん今日必要な書類とか筆記用具もちゃんと鞄にいれた。和美と共に家を出る。少し早めに着けるように出たのだが、この分だと二時過ぎには駅前に着くだろう。

(部活終わりの長瀬さんを待たせるのも悪いし、ちょうどいいよね)

 そう思いながら駅前へと、私は踏切を渡って行った。


    ****


「べっ、べつになんでも無いんだから…」

 独り言を呟いた。

 時計は午後二時ちょうどを指している。今朝八時から始まった部活は十二時半に終了し、大急ぎで家へと戻り、軽く食事を済ませ、お風呂に入って着替え、そして今、待ち合わせの場所にいる。

(こんな格好で良かったのかしら…)

 駅前のショウウィンドウに映る自分の前髪を直す。

(なんか…部活後なのに変に気合いの入った格好で来てしまったかも…もっと普通にジャージ!…じゃなくて、制服とか? いやいやそれじゃあ部活帰りで汚く思われちゃうかもしれないし…いや、そもそもなんで私はこんなに気負いしなくちゃいけないの? そう!べつになんでもないんだから、私は普通にしとけばいいの! これが私の普通!)

「……なんか時間も早く来ちゃったし、」

 待ち合わせの駅は私たちの住む県内でも大きい駅の一つで、駅の南口には、幼稚園から大学まである大きな私立の学校がある。大きな駅とは言っても、もとより田舎な街であるので、都会みたいにたくさんの人が行き交ったり、賑やかな繁華街があったりしているわけではなく、快速電車が止まるベッドタウンの真ん中にある駅だ。駅前にはそれなりの商業施設があり日用品の買い物だとか、外食に行くだとかに困ることはない。私たち北高生も駅前から路線バスが出ているためこの駅周辺の施設をよく利用している。

「やっぱり早く来すぎたかな…」

 腕時計を確認しながらふと一昨日のことを思い出すと、またため息がでそうになる。

(…なんでこんなことしてるんだろ…大体私が仕切ってれば、そもそも今日この時間にここにいる必要もないし、部活終わりに急いで、しかも自分の格好でああだこうだ考えるなんて!……私、何やってるんだろ……)

「なんかバカみたい……」

 駅のモールの大きな時計を見上げると午後二時十分前。私は人の行き来する自動改札をただぼうっと見つめていた。


「あっ! 長瀬さん!」

「お〜えのちゃん早いね〜」

 時間がまだあるからと、少し油断したところで待ち人きたる。

「ごめんね、待たせちゃって、」

「そっ、そ、そんなこトッ、ていうかまだ約束の時間の前だシ!」

(あ〜…)

 今、声が裏返ったことを激しく後悔している。

「?、そんなことより早く行こうぜ〜」

 街花さんに先導され駅のモールのエスカレーターを上った先、ケーキ屋さんの看板を彼女はビッシっと指差した。

「これだよ〜今週から新発売のチョコケーキ! 食べたかったんだよね〜」

「いやいや今日の目的はこれじゃないよ、和美ちゃん…」

「別にいいじゃん、これも一つの女子力ってことでっ、ささっ、えののちゃんも、まなきちも入った入った〜」

 自動ドアをくぐり席についた。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

「あたしはルミエールとホットカフェオレで!」

 和美はいつもの朗々とした勢いで注文する。

「えっと、野いちごのパンケーキとホットティーで、長瀬さんは?」

「いちごパフェ…とココアで…」

「二人ともいいのせっかくの新発売なのにいいのかい? ここのチョコシリーズは美味しいのに〜」

 普通だ。普通にケーキ屋さんに入ってお茶をする。なんでもない普通の昼下がり。

「いやいや、そもそも私達は遠足の段取りに来たんであって、なんか普通にケーキ食べに来たみたいな流れになってるけど……」

 私が言うより先に、小平さんが切り出してくれた。

「まぁまぁ解ってるって〜…ところでさっきから思ってたけど、えのちゃんその服かわいいね〜ちょーにあってるぜっ」

 と街花さんはカフェオレをすすりながら親ゆびを立てて言った。

「そっ、そんなことないわよ! 話を逸らさないでちょうだい!」

(うわぁぁぁぁぁ…やっぱり気合い入れて来てると思われてる…だからジャージでって、ああぁぁぁ…)

こみ上げてくる恥ずかしさと後悔が、おでこと耳のあたりから溢れ出しそうだ。

「あはは…それじゃあまず資料っと、」

 横目で小平さんを見ると資料を取り出しそれを机に並べていっいた。

「ええと、まず遠足の概要は…今年は行き先があの港町とあの中華街で、時代劇村との多数決で決まったみたいだね。先生の指示では行き先と集合と解散の場所、時間、は先生がもう決めてあるから、その他…つまり行動班や現地で何をするかを決めるのは私たちってことだね。」

 取り出された資料はきちんと整理され、マーカーで色分けされていて私は先程の羞恥心も忘れ、感心していた。

「おーちゃんと勉強したんだね〜えらいっ!」

「いやーちょっとは委員長らしくしないとねっ、でも驚いたよ行事の段取りをこんなに自由っていうか私たちに任せるなんて」

 彼女が少し恥ずかしそうに答える。

「それは北高がおとなしい校風で、規模も小さいから先生達も生徒との近くて信頼されてるから、問題と騒動とかとは全然無縁な学校だし。まぁそれだけ企画、実行するあたしたちの負担になるけど」

「だっから、みんなまなりんが会長やります! って言った時微妙な空気になったんじゃーん」

「いやそれは改めて言わないで欲しいというか…あっそれでね……」


    ・・・・


「…ってな感じでいいかな?」

 彼女は自分で考えた企画を説明し終えた。

「じゃあ最後に整理するわね、」

 私はルーズリーフを一枚取り出し、これまでの議事録を整理する。


・行動班は五人一組で八組、懇親会的遠足なので班決めはくじ引きによって行う。

・現地到着後、まずはクラス全員で丘の上の観光スポットである洋館前に移動。

・洋館前をスタート地点とする臨海公園までのスタンプラリーを開始。

・スタンプラリー中は原則自由、午後二時半に臨海公園に集合できればよし。

・スタンプは全て埋める事。

・臨海公園到着後は恒例のクラス対抗行事を開催。

・対抗行事の内容は後日各クラス委員長と後日協議して決める。


「以上。クラス対抗行事の勝敗は後の総点にも含まれるから、できれば勝ちたいわね」

「これって、確か各クラスで一ずつ候補を挙げて、週明けに決めるんだよね? まなっち〜」

「うん、金曜の放課後にちょっと集まった時にそういうことになったから、来週中には先生に報告できそうだよ」

 さっきの資料にひかれたマーカーからも察せたが、小平さんはかなりきっちりとした遠足の計画を私たち三年D組に企画していた。きっと、私が企画するのと同じ位に。

「よっ、まなりん新委員長〜」

 私は何故か少し悔しいような、嬉しいような。いや嬉しく思うべきだ、自分の負けず嫌いな煩わしい性格に腹が立つ。


『スタンプラリー?』

『うん、港の繁華街とか観光地だとか結構広かったりすると思うんだけど、そこで全く自由に行動すると遠くに行き過ぎたり、迷ったりで時間通りに臨海公園に集合できないかもしれないから。そこでスタンプラリーにしたらその点大丈夫なんじゃないかなと思って…ちょうどそういうイベントやってるみたいだし……』


 私だったらこれよりもっと上手く出来たかどうか、いい提案ができるという自信があまりない。「『カッコいいから』ってなによ…それ」と落胆したのが恥ずかしいようで、私は先程から彼女を見るのが少し億劫だ。

「いや〜ケーキも美味しかったし、アイデアもまとまったみたいだし万事おkだねっ」

 街花さんの声に気付けば外はもう夕暮れだった。窓の外、バスが行き交う駅前のロータリーがオレンジ色に照らされている。

「そうだそうだ、えのちゃんアドレス教えてよ〜これから三人でクラス仕切っていくんだしさ〜ほらほら〜まなっちも〜」

 喫茶店を出たところで街花さんが提案を出す。

「えっ…あぁそうね!」

「ちょっ、ちょっとまって……ええっとオッケーっと。」

 お互いの連絡先を交換し駅前を後にした。


    ****


(どうしよ…)

 私の後ろを歩く長瀬さんはどんな様子なんだろうか、そう考えながら線路沿いの帰り道を歩いていた。

(和美ちゃんがいなくなっちゃったから…長瀬さんと二人きりだよ…)

 先程和美は「ゴメンねっ、親に頼まれて隣の駅まで買い物しに行かなくちゃいけないからさあー、ということで二人ともまた明日ね〜」と言い残して改札の向こうへと消えてしまった。

(んぐぐ…もし今日も上手く委員長やってないとか思われてたらどうしよ、いやでも今日はちゃんと遠足の段取り決めれたし、嫌われたりはしてない!……はず…)

 自転車のチェーンが空転する音。どうやら長瀬さんは、私のすぐ後ろを自転車を押しながらついて来ているようだ。彼女は前に駅の北の方に住んでいると言っていたので、おそらくこの先の踏切を渡るまで私と彼女は一緒に歩く事になるだろう。

(いや、駅の駐輪場前からずっと無言なんですが…そろそろなにか会話がないと気まずいというか…後ろが気になるというか……)

「さっ、最近少し暖かくなって来たね〜」

「そうね」

「……」

(ああぁぁ…会話、終わっちゃったよ……)

 会話もほとんど無いまま、振り返るタイミングも掴めぬままに踏切の前に来てしまった。

「えっと、じゃあ私はあっちだから…」

「えっ、ええ、」

 彼女に別れを告げようと振り返る。町を南北に分ける私鉄の線路と平行になるように私たちは向かいあった。

「あっ、あの今日はありがとね! 部活で忙しいのにつき合ってくれて」

「いや、私もこれは当たり前のことだから」

 会話は続かない。別れるに別れられない。タイミングを逃してしまったようで、また気まずくなってしまう。

「えっと…、あの、なんていうか…私の部屋ね、青色なんだよねっ!」

「?…」

 空気に堪え兼ねて口が滑ってしまった。

(あっ…まずい、長瀬さんが完全に ナニイッテンダコイツ? みたいな顔してる!)

「いっ、いやぁそのねっ、私の家なんだけどさ、青いカーテン使ってるんだ。私がこっちに引っ越して来た時からずっと青いの。お母さんが好きな色で、 そのカーテン越しに日差しが差し込むと部屋全体が薄く青くなってね、私も家族もみんなその色が好きだったんだ、」

「……」

「半年、くらい前かな…お父さんの仕事が忙しくなって、お母さんもそれを手伝って出張ばかりになっちゃて、加えてお姉ちゃんも就職して、私一人で家にいることが多くなったの。そしたらなんか毎日帰ってくる度にあのカーテンの青色が寂しく見えるっていうか、言葉じゃ説明しにくいんだけど、前と同じ色のはずなのに、同じに見えなくて、それでね、私は毎日ダラダラ高校に行って何も変わらない普通の毎日を過ごして…、なのに家族や周りの人たちは、みんなは変わって行くから…そう思ってね。今まで何もして来なかった私だけど、何かして、私の今が、何かで変われるなら……きっと家で何をしていても、あの青色が寂しくて悲しい色に見えなくなるんじゃないかなって、それで委員長をやろうと思ったんだ」

「……前に言ってたカッコいいからって言うのは?」

「あっ、それはね、前から本当にそう思ってて、だから何かやろうと思った時、真っ先に委員長をやろうって思ったんだ、何をやっても平均平凡な私だけど、あっなんかゴメンね、こんな変な、よくわからない理由で手挙げちゃって……長瀬さんもやるつもりだったんじゃないの?」

「いや、私は別に…ただ…いや、」

 長瀬さんは何か口ごもった様子でいたが、そうこうしている内に踏切の接近警報が鳴り始め、今にも遮断機が降りようとしていた。

「あっ、じゃあ私行くねっ、また明日!」

「また…明日…」

 遮断機が降りる前に私は急いで踏切の向こうへ渡り、彼女に手を振り、別れを告げた。


    ****

 

「………」

 家に着き、自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。彼女、小平 愛とあの踏切で別れ、帰宅し今に至るまでずっと考えていた。

 私には私のやり方、生き方があって彼女には彼女のがある。

 彼女は自分を普通だと言った。今まで自分でやりたかったこと、できたこと、できなかったこと。

(私は普通?)

「何考えてんだろ、私」

 部屋の静けさが鬱陶しくてテレビをつける。

(何でもかんでも私が頑張れば上手くいく。私が全部なんとかして来た。なんておこがましいわよ……)

 彼女が上手くやれるかどうかなんて心配して、私はいい気になっていた。「私の方が上手くやれるから」だなんてそんな風に。今回だけじゃない、私はいつもそうだ、自分に都合の良いドラマを見ているだけの、ただの子供なのだ。

 何が。何がしたいんだ、私は。

(なんのために私は……)

 他人に良く思われたいから? 自己犠牲することが好きだから?

(私はそんな人間じゃない…はず……)

 期待して、落胆して、考えて。滑稽で馬鹿らしい。自分がまるで人とは違う別の生き物にでもなってしまったのではないか。いくつもの考えが私の中に浮かんでは消え、身体の熱が膜の中から溢れ出してくる。滑稽なやり場のない焦りを逃がしたくてガラりと窓を開け、窓辺に頬杖を着く。不意に携帯電話を取り出すと、電話帳の中に『小平 愛』の名前があった。

「こだいら、まな……」

 それを見ると余計に身体が熱くなる。そういえば私はまだ彼女の事をよく知らないのだ。

 初めての気持ち。高校生になり、自分という人間はこうだと自覚もできてきたが、最近改めて彼女と会い、話し、私は彼女と一緒にいた。そのことだけで、昨日までの私には無い、生む事のできなかった熱が私の中に生まれ、今この瞬間にも増え続けている。

「ん……んあぁぁぁ! なんとかなれぇぇぇ!」

 首の付け根のあたりからこみ上げる何かを抑えようとして、変な声を出してしまう。この熱の正体は一体なんなのだろうか。

「はぁ……」

 春、雲のない田舎町の夜。ウイスタリアからブルーブラックに変わりつつある南の空に、乙女座のスピカが青く、青く瞬いている。

『えー週明けの近畿地方は概ね曇り空が広がり、期間を通してどんよりとした天気が続くでしょう、最高気温は十八度、最低気温は十度、降水確率は……』

テレビの天気予報が少し冷えた私の頭に未来を告げる。

「しばらく晴れないのね…」

 夜空に二つ、瞬く星を見上げていた。私は彼女のことなんて何も知らない。知らない事が多すぎる。人の事などは解りはしないのに。

(なんとかしてきた、なんて笑っちゃうわ でも彼女のためなら……)

 瞬く星を見上げていた。遠足は再来週の金曜日だ。

「遠足に行く日は晴れるといいな……」

 その頃には、もう少し季節も暖かくなっていて欲しいと思いながら、私は窓を閉じた。


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