第5話 隣のブラバン

秋も深まり、制服も冬服へと変わったころ

隣がブラスバンド部のYになった。


彼には失礼だが、この時までこのYが同じクラスであることすら

私は気づいていなかった。

色白で背もそんなに高くない、けどブラスバンド部では人気者だったらしい。


初めてとなりになった時ですら、「あ、どうも」程度の挨拶しかしなかった。


私がYに慣れない内に私はあることに気づいた。

Yは、異常にノートを取るのが遅かった。

勉強はできるのだろうが、勉強のできない私より遅かった。


私だって、勉強できないなりに色々工夫して

その当時でも珍しい蛍光チョークを使う数学教師の黒板を習うように

カラフルな蛍光色のボールペンを用意して黒板そっくりに写していた。


が、そんな努力している私よりも遅いY。


黒板を半分書き終えた先生が


「こっち消すな」


と声を掛けた時は、クラスのほとんどが書き終えている為

数人が「はい」って返事が返ってくると同時に先生が黒板を消す

すると隣でYが


「あ、まだ書き終わってないに」


と呟く。

すると徐に隣の私のノートを見つけ


「お!ねぇ~ノート見せて」


断る理由もないので2つ返事でノートを見せた。

内心、”私も半分書き終わってないんだけど”とは思ったが

全然写し終わってないYのノートを見たら、ノートを見せない理由が

見つからなかった。


50分の授業を終えても 尚、私のノートを見て書き写すY。

休み時間もギリギリに書き終えることも多々あった。


そんな恩もある私にYは、そのうち

「おばさん」

と呼ぶようになる。

そのころには、人見知りの私ですらYに対して


「おばさん?ノート見せないよ!」


と強気で返せるようになっていた。


「ごめんなさい!ノート見せてください!神様!(筆者)様!!」


と媚びて、夫婦漫才のようになり、クラスでも失笑が起きるほどだった。


Yはブラスバンド部だった為、毎日忙しい日々を送っていた。

その当時は、土曜日も授業が半日あった為、月~土みっちり部活があり、

しかも時々、全国大会の予選や自主公演などがあって、日曜日も部活だった。


そんなある日、翌日が「祝日」であることにYが酷くびっくりしていた。


「え!?明日祝日なの!!え?明日部活は???」


と、近くの席の同じブラスバンド部の女子に聞いていた。

するとクスクス笑いながら、部活がないことを告げられていた。

それはそれは、凄い喜びようでひとしきり喜び終わると急に私に向って


「ねー、明日一緒に遊ぼうよ!」


と言ってきた。

私も周りもビックリして固まった。

特にYと同じブラスバンド部の女子が一番ビックリした様子だった。


「ば・バカじゃないの!

 せっかくの休みになんでYと遊ぶのよ」


と返した。

Yは、ヘラヘラ笑いながら、すぐに踵を返し

今度は同じブラスバンド部の女子を誘っていた。


Yとしては、なんとも思ってなかったのかも知れないが、

クラス中の女子がYの言動にビックリし、

そして私の返しにもビックリしていたようだった。


何よりも一番安心していたように見えたのは、ブラスバンド部の女子だった。


それから何となくブラスバンド部の女子からの視線が気になりだした。

たまたま、私の所属する部活の部室が音楽室の隣だった為に

断るごとにブラスバンド部員とすれ違うのだが、その度に視線が痛かった。


あとから知ったことなのだが、男子の少ない部活だからなのか

Yが色白でイケメンだったからなのか、部内ではモテモテだったようだ。

Y自身は気付いていなかったようだが。


それからも授業中のノート見せは変わらなく続いた。

ブラスバンド部の女子からの痛い視線をあびながら・・・。


それから1か月もたたないうちにバレンタインが近づいてきた。

するとYは、ニコニコしながら私に


「(筆者)さんはチョコ買いに行くの? 僕にもチョコちょうだいよ~」


と言った。

私に好意をもってなのか、数を稼ぎたいのか意味が分からないし

ブラスバンド部の女子からの視線も痛いのに何を言ってるんだ?と思い


「嫌だ」


と返した。

それでも食い下がって


「お願い!お願いします」


とお願いされたので


「安いのね~」


「ヤッター!」


と喜んでいた。


その週末、友達と買い物に行くことになっていた為、一応選ぶことにした。

友達にも「Yにあげるんでしょ?」とからかわれた手前

本当に安いチョコを買って包装してもらった。


本当に今でも売ってる500円くらいのハート形のチョコだ。


バレンタイン当日 Yに”安いチョコ”を渡すと


「ホントにくれるの!ありがとー」


と言ってうれしそうにカバンにしまっていた


「本当に安いヤツだからね」


というと”いいよ”と言って教室を後にしていた。

今思えば、きっと男子の少ない部活内で男同士で数争いでもしてたのかもしれない。


でも、何となく”可哀そうだったかな”と思った。


月日は流れ、ホワイトデー。


「はい」


とYが差し出したのは、バレンタインデーのチョコのお返しだった。


「え?」


「チョコくれたでしょ?ありがとう」


とニコニコしながら渡して、他に貰った子にも返していた。

帰宅して中身を見るときれいな包装に包まれた、見たこともないキャンディだった。

明らかに忙しい彼に代わって彼の母親が選別したらしいお返しだった。


それを見て


「あちゃー、500円のチョコじゃ割にあわなかったじゃん」


と後悔した。

それから私は、バレンタインのチョコは父親やお世話になっている人以外にあげるのをやめた。


チョコの対価に合わないキャンディをもらった頃には、新たに席替えをしていて

Yとの席も少しだけ離れていたのだけど、相変わらずノートを貸していた。

チョコの対価と合わなかったことが、私の心で引っかかったので


「隣の人に見せてもらえば?」


と断ると、その後はしつこくせがむことはなかった。


凄い鈍感で切り替えが早い男だったのか、定かではないが

その後、Yと接点をもった記憶があまりない。


10年後ぐらいに同窓会で久々にあった。

酔っぱらった勢いもあり


「アンタにさんざんノート見せたじゃん!」


と絡むと


「そんなことあったっけ?」


と、苦笑いしていたので、Yの記憶から消されてしまったことだけは事実らしいが

今でも私の記憶からは消せない淡い思い出であることは間違いない。


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