第5話 ミルクの昔話

 兄のカフェオレに出会った日は毎回同じ夢を見る。何の事はない。ただ家族が殺された時の悪夢だ。そこにもう恐怖や不安はなく。ただただその意味を考える時間になっていた。




 広い草原。そこはバイオプラントで巧妙に完成された邸宅の庭。川は再生水により美しく淀みもなくて風はフィルターを通してチリや不要な物質はない。ここは火星だがとても良い立地の様子だ。そこに走り回っているのはまだ金髪がまぶしいツインテールに白のワンピースを来た幼い七歳のミルクと上等なシャツに上等な焦げ茶色のズボンを履いた兄である十二歳のカフェオレである。

「ミルクー、カフェオレー。夕ご飯だから帰って来なさーい」

 幼いミルクは笑顔で、

「ヘヘヘ、お兄ちゃんやっぱり遅い。またミルクの勝ちだよ」

 カフェオレは息も切らさず頭を掻きながら、

「まったくミルクは本当に足が速いな。お兄ちゃんじゃ追いつけないぞ」

 ミルクはハニカミながら、

「エヘヘ、お兄ちゃんが遅いだけだよ。さ、お母さんが呼んでるよ。ご飯食べよ、ご飯」

 その家は白壁で優雅、上品、美麗な建物だった。玄関からホールがあり真ん中には中央階段が立派にそびえ立っていた。中央にはどこかの神様であろう白いベールを来た聖女が赤ん坊を抱えてもう一方の腕には赤い槍の様な物が飾られている。そしてミルクとカフェオレはそこに祈りを捧げる色白で金髪のストレートな清楚な大人の女性の横で一緒に手を合わせる。そして一通り祈りが終わるとミルクは突然、

「ねぇねぇ、ソーダママ。何で家は神様信じてなのに毎日お祈りするの?」

 ソーダと呼ばれた女性はその質問に笑顔で、

「それはね、例え神様が居ないとしてもそれを信じてる人の為に祈るの。神様が居ないって信じてもそれを信じない人は神様がとっても大切なの。だから祈るのよ」

 ミルクは不満そうな顔をして、

「わかんない、わかんない。それどういう事か全然わかんない」

 そこにカフェオレは、

「今はわからなくても良いんだよ。お母さんは哲学者なんだ。今はわからなくても分かる時がきっと来るんだよ」

 それでもミルクは不満そうだったが食堂から家政婦が出てきて、

「奥様ー、おぼちゃまー、お嬢様ー、料理が出来ましたよー」

「やったー。今日の臭いはカレーかな?」

 ミルクはピョンピョンと跳ねながら食堂に向かい二人もそれについていった。

 ミルクの予想通りにカレーだったが一つ誤算をしていた。今日のカレーはピーマンが入っていたのだ。ミルクは膨れっ面で、

「ぷー、ミルク、ピーマン嫌い。ミルク、ピーマン食べたくない」

 呆れる家政婦に笑顔の母。それに兄のカフェオレは、

「しょうがないな。じゃあ、お兄ちゃんが食べてあげるよ」

「やったー。はい、あーん」

「あーん」

 はしゃぎながらピーマン入りのカレーを食べさせるミルクに家政婦は、

「本当にお二方は仲の良い兄妹で。まるで夫婦みたい。あ、いえいえ。奥様、お二人がブラコンと言う意味ではなくですね」

 家政婦の慌て様にソーダは仏の様な笑顔で、

「良いのよ。もう男同士で子供が出来る時代ですもの私の兄妹が結婚して子供を作っても何も驚きません。むしろ喜ばしい事に思いますよ」

 夜。ソーダは自室で学会で出す論文を制作していた。

「ママー」

 半分開いたドアからミルクがひょっこりとのぞき込んでいた。それに気づいたソーダは、

「あら、ミルクどうしたの?」

「あのね、お昼にお兄ちゃんときれいな花の冠を作ったの。だからおママにも見せようと思って。でも、ママはご飯食べたらすぐに仕事に戻っちゃったから」

 ミルクは申し訳なさそうな顔でソーダの顔を見上げソーダはそんなミルクの頭を優しく撫でてあげた。

「そう、ごめんなさいね。ママもうすぐ発表するものがあるから忙しくてね」

「なんの発表?」

 ミルクは首を傾げて聞くとソーダは優しい目で、

「ママは死の価値について研究してるでしょ。ママはその価値について書いていたの。ほら、ママいつも言ってるでしょ。人の死には何の価値もないけれどもその後に起きる事で価値が生まれるって。人って名前を残す人は全てそれを伝える人がいるでしょ。だからねその価値は死後に皆がする事柄で決まると思うの」

 そんな語るソーダだがミルクはよく分からない顔をしていた。

「あー、ごめんなさいね。難しい話をしてね。でもね、これだけは覚えておいてね。

もしもミルクの大切な人が居てその人の最後の言葉はちゃんと聞いて起きなさいね。それはその人の価値、生きた証なのよ」

 それでもミルクはクエスチョンマークで、

「うん、分かった。分からないけど分かった」

 それにソーダは満足そうに、

「ふふふ、それで良いのミルクもきっと分かる時が来るわ」

 時は少し進み深夜になり一階では下で何か物音がしていた。それに気づいたミルクは横で寝ているカフェオレを揺らし、

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。何か音がするよ」

 カフェオレは目を擦りながら、

「んー、なんだろうな。家政婦さんの仕事にしてはうるさいな」

 カフェオレとミルクはそっと部屋から出て一階を見に行く。

 そこには見知らぬ軍服を着た自動小銃を持った男性が三人が階段中央の女神像を動かそうとしていた。中央の男が、

「何故、動かない。何かギミックがあるのか?」

 左側の男が提案する。

「やっぱりこの家の者に聞いた方が良いのでは? 家政婦は殺してしまいましたし」

 ミルク達は目線を男の銃の方向を見るといつも優しかった家政婦が哀れな姿になっていた。

 言葉を失うミルクにカフェオレは、

「ミルク、とりあえずお母さんの所へ行こう。この事を知らせないと」

 ミルク達はそっと母親の部屋へ入った。うっすらと涙を浮かべるミルクに対しカフェオレは毅然とした態度で、

「お母さん、お母さん。起きて」

 ソーダはまだ寝付いたばかりの様子で欠伸をしながら、

「どうしたの?」

「強盗だ。したの家政婦さんが殺された」

 カフェオレの言葉に表情を変えたソーダ。そして二人に、

「解ったわ。二人はクローゼットに隠れてて」

 ミルク達はクローゼットに隠れると、すぐに軍服男が二人、ソーダの部屋に来た。

「ソーダだな」

「そうよ。あなた達は?」

 ソーダの質問に中央の男が答える。

「こたえる必要はない。それよりゲイボルグを渡すんだ」

 ソーダは息を飲み少し考えて、

「駄目よ。あれは凄く危険な物なのだから、」

 その次は銃声でかき消された。その弾丸はソーダの右足に当たりソーダはそこに膝まづく。中央男は、

「次は無いぞ。それともクローゼットの子供二人を殺すか?」

 その言葉にソーダは血相を変えて、

「待って子供達は関係ない。だから、」

「ならばゲイボルグを渡せ」

「それは……」

 その反応の呆れた中央の男は銃をクローゼットに向けたがソーダが前に立ち、

「二人とも逃げてそして生きて!」

「ママ!!」

 その声と同時にカフェオレは叫ぶミルクの手を引きその部屋から脱出した。

 一目散に走る二人だが女神像の前で残っていた男が咄嗟に銃を向けカフェオレが盾になろうとした。次の時、ミルクの顔は真っ赤なる。

 残った男が、

「あーあ。ゲイボルグに血がついちゃった。後で起こられるな」

 さて、次はその子の番か。じっとしててね。

 ミルクに男の銃口を向けて、その瞬間。




「姉さん、姉さん。着いたっすよ。ラヴ・レター本部へ」

 ミルクは眠い目を擦る。気づけばカフェオレも抱きついていた。ミルクはその腕をほどくと気合いを入れた。

                   終

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