変化

「お母さん、なんで昨日花そのままでも大丈夫なんて言ったの!?」

 私は少ししてリビングに戻ると、母に八つ当たりしていた。

「ゼラニウム、ダメになっちゃったじゃない!!」

 そんな不当な私の怒りに、母はきょとんとしていた。けれど母よりも先に口を開いたのは、父だった。

「そのゼラニウムを、ちゃんとカメラで撮ったか」

 なんでそんなことを言うのかと思った。私を怒らせたいのか、と。

「取るわけないでしょ! だって枯れちゃったのよ、撮る必要なんてないじゃない……」

「はたしてそう言えるかな?」

「え?」

「枯れそうだった花を、志保は自分の意思で水をあげて花を咲かせ、それを写真に収めようとしたんだろう? なら、最後まで記録してあげなくてはかわいそうじゃないかな?」

 真面目な顔でそう私に言う父は「それに……」と付け加え、

「自分でやると言ったのなら最後までやりきる、それが志保のやるべきことではないかな。違うかな?」

 父の言うことは間違っていないのかもしれない。確かに初めは私がやると言ったわけだ。けれどこの頃の私には理解ができなかった。だって、枯らしてしまったのは大丈夫だって言った母のせいで私のせいじゃないと思いたかったから。

 私はそのまま部屋に入って、ふて寝をしてしまった。この意味のわからないほどのむしゃくしゃを意識したくはなかった。

 それから少しして起きたが、私はゼラニウムを見に行く気はなかった。父も母も、特に何も言ってはこなかった。

 そうして一日、一週間、一か月と経ち、季節も変わって私の頭からは完全にあの花のことなど記憶から欠落していた。

 しかしそんなある日、私が学校から帰宅しリビングへ行くと、ダイニングテーブルに数枚の写真がおいてあった。そして私は思い出した。あの花のことを。

 そうして弾かれたように庭に向かったが、当時そこにあったはずのゼラニウムはあるわけもなく。

 そのままリビングへと戻り、その数枚の写真を一枚ずつ眺めた。

「この時が一番よく咲いてたなあ」

 そんなことを思いつつ、最後の一枚をめくったときだった。

 そこにあったのは、私の撮った覚えのない写真。

 あの忌まわしき台風二十三号のせいで鉢ごと倒れてしまっていたゼラニウムだった。

 でも、なんで。

 私はあの時拗ねてしまって、この写真は撮らなかった。そう、撮らなければならなかった最後の一枚、それを誰が――。

「あら、志保。帰ってたのね。今からご飯作るから待っててね」

 買い物袋をたくさん持ってリビングに入ってきた母を見るなり、私はそれを手伝いもせずに尋ねた。

「ねえお母さん、これ覚えてる?」

「あら、ゼラニウムね。どうしたの急に」

「どうしたもこうしたも、この写真どうしたの?」

 私は例の写真を母に見せた。重そうな袋を床におろすと、母はその写真を持って少し考えて、

「これはねー、えっと。確かお父さんが撮ったのよ」

「え、お父さんが?」

「あの時志保、部屋に引きこもっちゃったでしょ。だから処分する前にって、確か言って撮ってた気がするわ」

「引きこもったって、それは言い過ぎだよ! けれど、お父さんがわざわざ撮ってくれてたなんて……」

 意外すぎて、なんだか不思議だった。

「にしてもなんで今更そんなもの?」

「私にもわからないけど、そこのテーブルに置いてあったの」

「そう。じゃああとでお父さんに聞いてみたら?」

「うん」

 そんな会話をすると、私はその写真を部屋に持っていってしばらく眺めた。

 今考えればわかる、あの時私がもっと気づけていたら、この花はまだ綺麗に咲いていたのかもしれないということが。

 けれどもう花はないのだからそんなことを考えても仕方ない。

 だから次はこうならないようにするんだ。

 手元にある数枚の写真の中で変化していく花を見て、私はそう思った。

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