第終話 ロクなやつは一人としていない

 惨劇と衝撃の夜が過ぎた翌日、朝一番に出勤した教師は、一部が荒れた状態の校内の様子や気を失って倒れていた校長と刑事を見つけ、すぐさま警察に通報した。事件の可能性も考えた教職員達は、急遽休校を決定し、生徒達にその旨を伝えた。程なくして駆けつけた警察官は、大人数で校舎内に立ち入った。予想外の数に教員達は困惑したが、担当刑事から、匿名で学校の監視カメラ映像が記録された動画の入ったSDカードが届けられた旨を説明され、半信半疑だったが納得した。学校側の監視カメラ映像を確認したことで、届けられた映像の裏が取れ、警察は、倒れていた校長と刑事を殺人未遂およびその他諸々の容疑で連行していった。警察側からの提案を受けた教職員達は、3年生の受験を考慮して、一ヶ月ばかり学校を休校にする旨を改めて生徒達に連絡した。それから数日後、教職員は勿論のこと県や市や教育委員会、警察も交えて植刃高校の処遇が話し合われた。その結果、ひとまず一ヶ月間で校内の捜査を警察が進めていき、学校を再開させてからは、今の一年生が卒業するまで新入生の受け入れをやめ、今の一年生の卒業と共に学校の取り壊しと再建が行なわれる事が決定した。逮捕された校長と針蟹は、見苦しくも容疑を否認しているが、玄達との出来事に関しては、全く覚えていないようで、彼らのことを供述することはなかった。また、一神の編集のおかげで、カメラに映った玄達の姿は、全て過去の監視カメラ映像に映った犠牲者達の姿に置き換えられていたため、玄達への事情聴取は行なわれずに済んだ。こうして、惨劇の黒幕達は晴れてお縄につき、玄達の秘密は守られたのであった。


 休校が決定してから一週間後、玄は人のいない昼間の公園に神奈を呼び出した。ベンチに腰を下ろし、緊張した様子で両手を組んでいると、聞き慣れた声を耳にした。顔を上げると、そこには朱里が笑顔で立っていた。玄はホッと一息ついて、冗談の一つでも言ってやろうと口を開こうとすると、不意に朱里が顔を近付けてきた。彼女の突然の行動に抵抗する間もなく、玄はしばらくそのまま動けずにいた。唇に触れる柔らかい感触。繋がった口の中で軽く舌先が触れ合う。チュと音を鳴らして唇を離すと、朱里は玄にデコピンをして離れた。

「玄、告白頑張りなさいよ!」

大声で楽しそうに手を振り、朱里はそのまま立ち去っていった。そんな彼女の背中を、玄は唖然として見つめることしかできなかった。

 約束の時間5分前、遠目に神奈の姿を見つけた玄は、緊張を払うように笑顔で神奈に大きく手を振った。玄の姿に気付いた神奈もまた、笑顔を返して手を振り、玄のもとへと小走りして近付いた。

「読経君、早いね。待たせちゃった?」

「いや、俺も今来たところだから。」

「ふふ、なんかドラマみたいだね。」

楽しそうに笑う神奈の顔につられて、玄も笑いをこぼした。神奈が隣に座るのを見届けてから、玄は胸の高鳴りを落ち着かせようと、大きく息を吐いた。

「早速だけど、今日呼び出したのは、その…」

「うん。」

真剣な様子で話し始める玄。神奈もまた玄の顔を真っ直ぐ見つめながら、彼の言葉に意識を集中させる。玄はもう一度大きく深呼吸をして、神奈の方に体を向けた。

「実は俺!前から伊勢さんのことが好きでした!!頼りないかもしれないけど、俺と…俺と付き合って下さい!!」

頭を下げて神奈の方に手を差し出す玄。目を瞑り、静かに神奈の返答を待つ。神奈は戸惑った様子で胸に手を当て、震えた声で玄に話しかけた。

「私の…正体を知ったよね?それでも私のことが好き?」

「それを踏まえた上での告白だよ!」

「途中で嫌いに…ならない?」

「なるわけがない!俺の心は、いつまでも伊勢さんでいっぱいだ!」

「ずっと…ずっと、私を守ってくれる?」

「守る!!あの夜と同じ!!いや、あの時はちゃんと守れなかったけど…これから先は絶対!ぜぇったいに君のことを守る!!」

「読経君…。」

玄の熱い返答を受け、神奈は彼の手を強く握った。手の感触に、玄は顔を上げて神奈の顔をまじまじと見る。神奈はゆっくりと頷いて見せて、告白の了解を示した。彼女の返事に、玄は頬を目一杯緩ませ、握り返してくれた神奈の手をぶんぶんと上下に振った。

「ありがとう!伊勢さん、本当にありがとう!改めてこれからも宜しくな!!宜し…うあああああああああああーーーーーーーーー!!!」

「ど、読経君!!もう!泣きたいのはこっちなんだからね!私だって心配だったんだから…。」

感極まって大泣きし始めた玄の頭を優しく撫でながら、神奈は自分の涙を手で拭った。それから落ち着きを取り戻すまで、二人はベンチに座りながら喜びの涙を流し続けた。


「え!?それじゃあ、伊勢さんも最初から俺のことを…?」

「ふふ、両想いだったんだね、私達。」

いつもの調子に戻った二人は、公園を離れて手を繋ぎながら街中を歩く。神奈が自身も玄に思いを寄せていたと告白すると、玄は驚き、一層嬉しさがこみ上げてきた。

「そっか…両思いだったのか。…そっかぁ!!」

上機嫌に繋いだ手を勢いよく前後させる玄。分かりやすい玄の感情表現に神奈は小さく笑った。

「ところで読経君、これからどこへ行くの?」

「ん?ちょっと伊勢さんに見せたいものがあってね。うち、来てくれる?」

「それはいいけど…エッチなことは、まだ駄目、だよ?」

「ああ、違う違う!そういう邪な目的は一切ないから!」

上目遣いで困ったように顔を覗いてくる神奈の仕草に玄の胸は高鳴ったが、下心は一切ないことを分かってもらおうと、玄は必死に真剣な顔を作った。軽い冗談に本気で対応する玄を見て、神奈は再び笑い声をこぼした。

 玄の家に到着すると、家族が留守なのか、中は静まり返っていた。玄は神奈を導くように2階へと足を進め、自室に招き入れる。

「伊勢さん、どうぞ。」

「お邪魔します…って、え?」

神奈は、玄の部屋に入ったところでその場に固まった。神奈の視線にまず映ったのは、ベッドにもたれかかりながら、床に座らされている目を瞑った玄の姿だった。神奈は確かめるように、自分の側に居る玄と座っている玄を交互に見やる。どちらもどこをどう見ても玄そのものだった。

「えっと、読経君、こ、これは…?」

「実は俺…」

話の途中で、今まで神奈と共にいた玄が、座り込む玄に吸い込まれるように重なっていった。完全に一つになったところで、座っていた玄が目を見開き、神奈に笑顔を見せた。

「ドッペルゲンガー…なんだ。」

「ど、ドッペルゲンガー!?」

「それについて少し説明するね。その前にお茶の用意してくるから待っててね。」

神奈に座布団代わりのクッションを渡し、玄は部屋を出ていった。神奈は受け取ったクッションをお尻に敷き、信じられない様子で彼の座っていた場所を見つめていた。


 お茶の準備をしてから戻ってきた玄は、神奈にレモンティーを渡すと、彼女の向かい側に腰を下ろした。

「それじゃあ、俺のこと、話すね。その前に、これは伊勢さん以外には誰にも教えていない我が家の極秘中の極秘だから、他言無用で。」

「うっ、うん!分かった。」

神奈と指きりを交わし、玄は自分の紅茶を一口飲んでから、話を始めた。

「実は、うちの家系は代々、ドッペルゲンガーっていう特殊な能力を有した異能人間の血筋なんだ。ドッペルゲンガーは、肉体から魂を離して、魂だけの状態で自由に外を動ける力なんだけど、分離した魂は肉体と見えない糸で繋がっていて、その影響もあってか、魂だけでも肉体の時のように実体を持つものに触れることができるんだ。」

「さっきまで私とも普通に触れ合ってたもんね。へぇ…全然見分けがつかない。」

神奈が興味津々に玄の肉体の手を触れると、玄は照れながら話を続けた。

「まっ、まぁ見た目は分離した肉体と同じ形を取るから、見分けるのは難しいと思うよ。さて、分離した魂の話だけど、本来実体を持たない存在のため、魂自体は物理的な損傷を受けることがないんだ。魂を上手く操作して傷がついたように装うことは可能だけど、実質怪我なんて絶対にしない。ましてや撃たれて死ぬことなんて、有り得ないんだ。」

「あっ、それ!」

玄はベッドの上からスマホを手に取り、神奈に見せた。そのスマホは、あの夜、玄が銃弾を防いでくれたと話して皆に見せていたものだった。スマホを受け取った神奈は、両面をじっくりと観察するが、銃弾の跡はおろか傷一つついていなかった。感心したように神奈は玄にスマホを返すと、玄はそれをベッドの上に放り、言葉を続けた。

「そんなわけで、あの夜、俺が校長に突っ込んだのは、無茶をしたんじゃなくて、撃たれても問題なかったからだったんだ。ちなみに本当は、銃弾は胸のど真ん中、骨の部分に飛んできたんだけど、日頃から体内部分までは細かく再現していないから、胸を突き破った弾は体の中で止まっちゃって、仕方ないから大の字になって寝そべった時に体外に排出したんだ。」

「そうだったんだ…。でも、自分で大丈夫って分かっていても、何も知らない人が見たら心臓に悪いから、ああいうことはもうしないでね。」

「本当にごめん…。伊勢さんを泣かせちゃった時、失敗したとは思った。でもさ、好きな女の子の前でかっこいいところを見せたいっていう男心を止められなくて…。」

「かっこよかったけど、周りを心配させる男心は禁止!めっ!」

「は、はい…。」

怒ったように頬を膨らませる神奈に、玄は頭が上がらず小さく頷いた。

「あ、あの…それで、さ。」

「ん?」

玄は恐る恐る神奈の顔を覗く。怒り顔を解いた神奈は玄の声に首を傾げた。

「改めて、だけど、俺の真実を知って、俺のこと、嫌いになってない?」

「んー…そうだね…。」

神奈は自分の頬に手を当てながら、考えるように唸り始めた。彼女の仕草に玄は、不安を覚えて体が小刻みに震える。

「や、やっぱり…嫌、だよn」

「周りを心配させてまで私のためにかっこつけて、私にだけ秘密を教えてくれて、私の正体を知った上で私のことを本気で好きって言ってくれた、そんな読経君を嫌いになるはずがないでしょ!!」

泣き出しそうな玄に飛びつき、神奈は玄を抱きしめた。神奈の大胆な行動に、手を回していいものかと思い止まっていると、神奈が顔を上げて、甘えるように玄の顔を見つめた。

「エッチなのは駄目だけど…抱き合うぐらいなら、許可します!もう、あの夜に抱きしめ合ったしね!」

神奈の許可を受けて、玄は彼女に負けないくらい強く彼女を抱きしめた。しばしの間、二人は無言で抱き合い続け、互いの愛を確かめるように、温かい体の熱を感じ合っていた。



「でさ、久々の学校だってのに、早速般若に捕まって…。」

「再開一日目だっていうのに、寝坊して遅刻する君が悪いよ、玄。」

「そうだぞ。始業5分前でも怒鳴り散らすミスター般若もミスター般若だが、時間を守れないミスター玄もミスター玄だ。」

「そういう番長だって、食べ歩き登校なんてしてるから般若センサーに引っ掛かるんだよ!」

「それは…うむ。やはりミスター般若に問題ありだな!」

「だろ?般若先生ももう少し丸くなるといいんだよなぁ。」

「読経君、君も怒られない努力をしたほうが懸命だと思うけどね。」

「なら南本、何か良い案を考えてくれよ。」

「そうだね…伊勢さんにモーニングコールを頼んでみてはどうかな?」

「私は別にいいけど、それって朱里や明日香ちゃんも試したことあるんだよね?」

「ええ。私の時のことだけど、返事だけはちゃんとするんだけど、電話を切ると、二度寝するのよ、こいつ。仕方ないから起こしにいってあげたこともあったけど、頬を叩いても脇をくすぐっても洗濯ばさみで鼻の穴を挟んでも、全く起きないからほんとたち悪いわ。」

「なんつー起こし方してくれてんだよ!もっと優しくお淑やかにだな…。」

「玄君…起きて…?」

「うわきもっ!!」

「…永遠の眠りにつきなさい!」

「いででで!!朱里、ストップストップ!!」

「読経君、朱里だって女の子なんだからきもいとか言っちゃ駄目!」

「い、伊勢さんまで援護やめれーーーー!!」

「はは、君たちは本当に賑やかだね。」

「委員長もこれからはこの空気に馴れていくことになるんだから、覚悟してね?」

「あはは、善処するよ。」

「さくさくライチレモンパン…うむ!すっぱ甘サクッ!!」


 警察の捜査が一旦終了し、生徒達が戻ってきた植刃高校。神奈、光猛という新たなメンバーを加えた玄達のいつもの昼休みは、一層に賑やかなものになるのであった。


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