第6話A 屋上 解

 静まり返った真夜中の屋上。凍りついた場の空気を再び動かすように、玄の肩にしがみついた神奈が口を開いた。

「皆が人間じゃないって聞いて、私も打ち明ける勇気が出てきたよ。…ただ、今更だけど、真実を知っても軽蔑しないで欲しいな。」

指で突き合うように右と左の触手の先を何度も触れさせながら、神奈は不安な様子で苦笑した。初めは驚いていた玄だったが、そんな彼女の様子に今までの神奈らしさを感じて、そっと彼女の頭に手を置いた。

「読経君…。」

「大丈夫…。ちょっと理解は追いついてないけど、どんな姿であろうと真実が何であろうと、伊勢さんは伊勢さんだ!」

「うん!ありがとう!」

玄の言葉に自信を持った神奈は、前を向き、自身の正体について明かし始めた。

「私は、地球人とマータア人…地球からしてみれば異星人だね。その二つの人種のハーフなの。マータア人は、地球から遥か遠くに位置する小さな星、デハに住んでいるんだけど、科学技術とか諸々の面で地球よりも進んだ文明を築いていて、その技術を使って頻繁に地球を訪れているんだよ。何でだと思う?」

神奈の問いかけに、光猛が手を挙げて答える。

「旅行…ということも考えられそうだけど、今の伊勢さんの姿から察するに、生殖…つまり子作りの相手を探すため、かな?」

光猛に拍手を送りながら神奈は大きく頷いた。

「その通り!マータア人は、昔から同族間での生殖行為が上手くいかずに、子孫を残せる確率は5%にも満たないほど厳しいものがあったの。科学技術で様々な試みをしてみたこともあったらしいけど、子作りが安定しても、今度はその子供自体が短命になってしまうという悲しい結果が出てしまったみたい。そんなある時、マータア人にそっくりな頭部を持った生命が住む地球という星を見つけたの。宇宙空間の移動技術に長けていたマータア人は、すぐに地球へと調査に向かい、死体サンプルを入手して、地球人の肉体を研究した。その研究が実ったおかげで、地球人のような肉体を人工的に作り出して、同族間の生殖成功率は大幅に上がり、安定した。あの体も人工的に作られた肉体なんだよ。」

神奈は、自分から離れて俯き倒れている体を触手で指した。首から溢れた血、肉質、外見…どれを取っても人間のそれと何ら変わらないように見えて、一同は感心した様子で頷いた。皆の様子に神奈も頷き、話を続ける。

「そういう訳で、私たちは安定して子孫を増やす術を手に入れたのだけど、ここで一人の研究者が、地球人とマータア人の交配について興味を持ったの。穏やかで争いを好まないマータア人の中には、その研究者の興味が侵略行為になり兼ねないと最初は反対の意見を示すものもいたんだけど、地球人という生き物の研究が進んでいくうちに、彼らに対する興味や関心、愛情を抱くものさえ現れ始めて、昨今では地球人との異星結婚がブームのようになっているんだよ。」

「つまり、伊勢さんの両親の一方も、そのブームに乗ったマータア人?」

「うん。うちの場合は、私のお母さんがマータア人だね。ちなみにお父さんは地球人だけど、お母さんの正体については知っているよ。」

玄の顔を間近で見つめながら、神奈は笑顔で答えた。ふと彼女の話に疑問を持った朱里が手を挙げる。

「ちょっと気になるんだけど、地球人とマータア?人の交配で、子供は全て神奈みたいにマータア人寄りの姿になるのかしら?それとも親の性別の組み合わせによって発現する子供の遺伝子は変化するの?」

「親の性別は関係ないみたいだよ。研究報告によると、第一子は、地球人寄りとマータア人寄りの確率がそれぞれ50%。第二子は100%の確率で第一子に発現しなかった方の遺伝子が発現するんだって。それ以降は奇数子は50%、偶数子は100%の流れが続くとされているよ。中間種みたいな混合種の報告は今の所無いみたいだよ。」

「へぇ。それじゃあ双子とか同時出産はどう?」

「五つ子までのデータがあるね。それによると、偶数子の場合は必ず半々になって、奇数子の場合は一人だけ50%で遺伝子が決定して、残りの子達は半々になるらしいよ。例えば、双子だったら一方はマータア人でもう一方は地球人。三つ子だったら、マータア人と地球人は確定でもう一人は50%の確率でどちらかになるって感じかな。」

神奈の返答に納得した朱里は、首を縦に振ってその旨を伝えた。続けて礼七も手を挙げて疑問を投げかける。

「ミス伊勢、俺からもいいか?君の損傷したあの体も人工的に作られたものであると言っていたが、肉体のスペアは用意されているのか?」

「うん、家に帰れば3,4体は置いてあるよ。ちなみにスペアが切れても、損傷した擬似人体を再生する装置や、記憶しておいた人体情報から擬似人体を作成する装置もあるから、本体である頭部が無事なら肉体はどれほど傷つけられても問題ないんだよ。」

未来ほどではないとはいえ、マータア人の科学技術の高さに礼七は感心し、神奈の体を見つめた。神奈は、分離しているとはいえ礼七にまじまじと体を見つめられ、少しばかり赤面した。

「えっと、いっ、一応こんな感じで私の正体については終わりだよ。」

神奈が話を終えると、それまで黙っていた校長が静かに笑い声を漏らした。突然の挙動に不気味さを感じた玄は、警戒しながら声をかける。

「いきなり何笑ってんだよ?」

「くくく、笑わずにいられないよ。まさか我が校に、こんなにも化け物が集っていたなんて、君だって驚きだろう?読経君。」

朱里、光猛、礼七、神奈の顔を順々に眺めていきながら、校長は見下すように侮蔑の眼差しを向けて満面の笑みを見せた。校長の言葉に、玄は同意するように口を緩ませた。

「ああ、そうだな。伊勢さん達の正体には驚きだ。だが…。」

玄は、左足を一歩前に出し、右手で校長を指差した。校長に向ける彼の眼差しからは、怒りの炎が点っているように、熱く力強いものが感じられた。

「この場に立つものの中で真に化け物と呼ぶべきは、校長!あんただけだ!」

玄は校長に近付くように、更にもう一歩右足を踏み出す。玄の気迫に押されるように、校長は銃を玄に向けながら、一歩ずつ後退した。

「善人の皮を被った化け物め!あんたの最低な悪趣味も今夜限りだ!」

更に左足を校長に近付ける玄。校長は更に後退すると、フェンスに突き当たり、逃げ場がなくなった。フェンスを横目で見ながら、俯く校長。状況の不利から諦めたのかと思いきや、懐からスマホを取り出し、再び笑い声を上げながら顔を玄に向けた。

「ひはははは!!小童が一丁前なことを言ってからに!!ほざけ!今夜限りなのは、諸君らの命の灯火!!予定外の事態だが、化け物の肉というのも興味深い!!ここで全員、今宵の晩餐会のメインディッシュにしてくれるわ!!!!!」

「何をするつもりかは知らないが、観念しろ!一人でこの人数相手に勝てるはずが無いだろ!」

「ふふふ、愚かな!君たちが優勢だと本気で思っているのか?それは錯覚だよ!君たちは文字通り、私の手の平の上で踊っているに過ぎないのだからな!!」

校長はスマホを持つ手を高らかに挙げ、力いっぱい画面に表示されたボタンを押した。

「さぁ!今こそ真の姿を見せ、化け物どもを駆逐するのだ!!出でよ!我が最強至高の巨人!!ウエバーキング!!!」

高らかな笑いと共に、校長の叫び声が夜空に響き渡った。


 校長の呼び声が止み、数刻が経つ。玄と神奈は、警戒するように辺りを見回しているが、何も起きる気配がしない。異変に気付いた校長は、手を下ろし、スマホの画面を確認する。画面には、「完了」の文字が表示されており、確かに何かが起動したことを告げていた。

「なっ、何故だ!?何故校舎が巨大ロボに変形しない!?」

スマホを操作して、再び起動画面を呼び直し、もう一度スイッチを押す。しかし、完了の文字が出てくるだけで、校舎に変化は現れなかった。何度も何度もスマホで指示を出そうとする校長を嘲ながら、朱里が不敵に笑った。

「土壇場でまさか巨大ロボとは、魔改造もここまで来ると芸術的ね。でも残念、あなたの白馬の巨人様は現れることはないわ。」

「貴様…ウエバーキングに何をしたぁぁぁぁ!?」

朱里の言葉に怒り猛る校長は、鬼のような形相で朱里を睨み、銃口を彼女に向けた。校長の怒りに微塵も恐怖を感じていない朱里は、両手を上に挙げておどけて見せた。

「おー怖い怖い、なんてね。残念ながら、ご自慢の仕掛けの不調は私達のせいではないわ。ここにいる私達、のせいでは、ね。」

「まっ、まさか…!?」

校長は足元に視線を移す。仕掛けを封じた犯人が分かった校長は、地団太踏んで悔しがった。

「百引一神んんんんんーーーーー!!!!」

「諦めろ、ミスター校長。もはやあなたは袋の鼠だ。大人しく降伏せよ!」

握り拳を校長に向けて突き出す礼七。それに続くように朱里は羽を広げ、光猛も飛び掛る体勢に入った。完全に手詰まりとなった校長は、銃を持つ手を小刻みに震わせながら、再び銃口を玄に向けた。

「うっ、動くな!すっ、少しでも動けば、ど、読経玄の命はないぞ!!」

玄を人質として、この場を切り抜ける…校長に残された唯一の逃げ道であった。銃口を向けながら、校長は一歩玄の方に足を伸ばした。当然玄は一歩後退…すると思っていた校長だったが、玄は勢いよく校長に向かって走り出していた。

「な゛!?」

「玄!!」

「読経君!?」

「ミスター玄!!」

「読経君…!!」

「伊勢さん、ごめん!!」

「へ?」

玄は、走りながら、触手の力を緩めていた神奈の頭を掴み、朱里達のほうに思いっきり投げた。飛んで来た神奈を受け止めようと、いち早く気付いた光猛が走り出す。

「いやあああああああああああ!!!!」

「伊勢さん!!!」

地面を蹴って跳躍し、光猛は無事に神奈を体で抱き止めて、着地した。その間にも、玄と校長の距離は縮まっていく。

「うおおおおおおおーーーーーーー!!!!!!」

「くっ、来るなーーーーーーーーーーーーーー!!!」

迫り来る玄に恐怖を感じた校長は、迷うことなく引き金を引き、玄に発砲した。弾は玄の左胸に被弾したようで、玄は胸を押さえてその場に止まる。しかし、すぐに顔を上げ、再び校長の方に走り出した。慌てた様子で校長は次の発砲準備をするが、もたついている間に、目の前まで玄が距離を詰めてきており、校長は口を大きく開いて怯えることしかできなかった。

「ひぃぃぃぃぃーーーーーーー!!!」

「うおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!!」

胸を押さえたまま、校長の左頬に渾身の一撃を打ち込むと、その勢いで玄は校長共々、フェンスに体を打ち付けた。校長は、入れ歯が折れて口内に刺さったのか、口から僅かに血を流して気を失った。校長に一撃入れたところで頭が冷えた玄は、倒れた校長の生死を心配して、慌てて脈の確認をする。彼の命は無事だったようで、ほっと胸を撫で下ろし、その場に大の字になって倒れた。心配した朱里達が駆け寄ってくると、玄は笑顔でガッツポーズを作った。

「玄、全く…無茶なことして。」

「全くに全くだ!ミスター玄、胸を撃たれたみたいだが、大丈夫なのか!?」

本気で心配する礼七達の言葉で思い出したように、玄は、胸ポケットに手を入れると、スマホの上部を覗かせて見せた。

「刑事ドラマじゃないけど、こいつが銃弾を防いでくれたみたいだ。まあこいつはさすがに買い換えないと駄目だけどな。」

スマホを再び潜り込ませ、Vサインを作って玄はまた笑った。玄の無事を確認して、一行は安心したように一息吐いた。光猛の胸に抱かれていた神奈は、涙ぐみながら、玄の胸に飛び乗った。顔を彼の胸に擦りつけながら、触手でポカポカと玄の胸を叩いた。

「読経君の馬鹿!!撃たれた時は死んじゃうかと思ったんだから!!でも、でも…本当に無事でよかったよぉぉぉぉぉーーーー!!!」

「あはは、伊勢さん、心配かけてごめんな。あと、思いっきり投げたりして。」

「ううん…どぎょうくん、わだしのこどかんがえでぐれで…あああああああーーーーーーん!!!!」

玄の胸の中でひたすら泣き続ける神奈。玄は、彼女の頭を優しく撫でながら、そっと抱きしめた。二人の様子を見ていられなかったのか、朱里はすぐに倒れた校長のもとに歩み、フェンスにもたれかからせるように彼の体を動かした。

「ん?杖辺さん、何をするんだい?」

「とりあえず足りなくなった血の補給と、記憶操作をね。警察に身柄を渡すのは結構だけど、ここに集った人ならざるものたちの秘密を野放しにするのは、あなたも宜しくないでしょう?」

「それは…そうだね。」

光猛の同意を得られたのを確認して、朱里は校長の首筋に牙を立てて血を吸いだした。血を啜る朱里は顔を歪ませながらも喉を鳴らす。

「うえ…。やっぱり醜い心の持ち主の血は胃がもたれるぐらい不味い。この男のは今までの中でもワースト3に入るほどの味ね…。」

「だが飲むのをやめないのは、ミス朱里のヴァンパイアとしてのポリシーか?」

「そういうわけではないけど、まあ言うなれば、血を全部抜かれたお返しね。校長の血液、全部飲み干してやるわ。」

味の悪さと戦いながら、あくどい笑みをこぼす朱里に、礼七は思わず笑った。ようやく神奈が落ち着いたのか、玄は起き上がり、神奈を肩に乗せて立ち上がった。

「一応、これにて一件落着、かな?後は一神達と合流してから学校を出よう。」

「あっ、その前に、私の体…どうしよう?」

困ったように神奈が自分の倒れた体を見つめると、礼七がそれに近付き、人間の体を崩してコアである球体を内包する液状になった。液体で神奈の擬似人体と床に飛び散った血液を包み込むと、液体ごとコアにそれを吸い込み、再び人間体に戻った。

「血痕も含めて全てデータ化して回収した。ミス伊勢の家まで持っていき、そこで返還すればいいな?」

「う、うん。ありがとう、肩万君。未来の技術ってすごいね…。」

礼七の優れた機能に感嘆の声を上げる神奈。礼七は頭を掻いて照れくさそうに笑った。校長の処理が終わったのか、朱里と光猛も玄たちのもとに戻ってきた。

「校長の方は大丈夫よ。私達のことだけは綺麗さっぱり忘れさせたから。」

「ヴァンパイアの能力も底知れないな。」

「ふふ、惚れ直した?」

「もともと惚れてねえっつーの!」

冗談を言い合いながら玄と朱里は笑い合い、軽くハイタッチをした。それから朱里、光猛、礼七、神奈の顔を順に見ていき、玄は大きく頷いた。

「よし、それじゃ、一神達の所に行くか!」

「おー!」

気を失ったままの校長をその場に残し、玄達は、明るい声を上げながら屋上を後にした。


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