第5話C 音楽室の演奏会 解

「間に合わなかったか…。」

偶然にも楽器倉庫の窓が開いていて、そこから中に入り込んだ光猛は、音楽室に入ると、目の前の惨状に肩を落として床に膝をついた。もう少し早く駆けつけていれば…そう思うと、光猛は己の無力さを痛感して、自分に対する怒りが込み上げてきた。

「くそっ…!場所が離れていたとはいえ、俺がついていながら…すまない。」

頭を下げて、二人に謝罪の言葉をかける光猛。と、その声に反応したのか、突然一神が起き上がった。それに気付いた光猛は、驚いた様子で彼のほうを見つめる。

「やれやれ、僕らを同士討ちさせようとした黒幕でも来たのかと思ったら…委員長だね、君?」

「あ、ああ…南本、だが…。もっ、百引君…だ、大丈夫なのかい?」

唖然としながら混乱する頭の中を整理して、光猛は言葉を紡いだ。光猛の言葉で自分の今の状態を思い出した一神は、胸を撫でるように擦り始めた。数回擦ると、まるで魔法でも使ったかのように傷口は綺麗さっぱり消えていた。手品でも見ているような気分になっていた光猛は、気を入れ直すように首を左右に振った。

「まさか俺や杖辺さんだけでなく、君も人間離れした存在…なのかな?」

「その言い方、実に興味深いね。明日香ちゃんの死にブルーな僕の心も、少しは元気に戻れそうだ。」

手に握り締めていた、刃物が剥き出しの縦笛を床に刺し、頭を冷やすように一神は自分の額に手を当てた。

「黒幕が現れたら、復讐するつもりだったのかい?」

「人間社会に溶け込んでいくうちに、人間らしい醜い部分も染み付いちゃったみたいでね。好きな子が殺されて黙っていられるほど、僕は冷めた性格ではなかったようだ。」

一神は、愛おしそうに明日香の頬に手を添え、もう一方の手で湧き上がる涙を拭った。光猛は、彼を慰めるように彼の肩に手を置いて、何度も優しく叩いた。

「ありがとう、委員長。早速だけど、君のその姿も含めて、今の状況を説明してもらえるかな?」

「勿論。」

明日香からゆっくりと離れて、一神と光猛は近くの椅子に腰掛けた。それから光猛は、体育倉庫やプールでの出来事を踏まえて、今の状況について説明を始めた。


「なるほどね。つまり君は改造人間で、朱里はヴァンパイア。そして学校には何者かの手によって罠が施されている、と。」

ガラケーを取り出して操作しながら、一神は光猛の話をまとめた。

「そして恐らくだが、その罠によって、行方をくらませた生徒達は命を落としたと見ていいだろう。」

光猛は腕を組みながら、亡き明日香の方を見やる。

「うん…その予想、間違ってないね。」

「え?」

一神の言葉に不意を突かれたように、驚いた様子で光猛は彼の方に目を移した。一神は、光猛に見せるようにガラケーの画面を彼に向ける。光猛が画面を凝視すると、そこには、プールの男子更衣室の一番奥の個室シャワーに立つ一人の男子生徒の姿が映っていた。

「こっ、これは、罠が仕掛けられていた個室!?この男子生徒は…。」

「さて、どうなるでしょう?」

映像内の少年は、個室に入ると入口のカーテンを閉めて、小さく笑いながら、リュックにしまっていた骸骨のお面を取り出し、顔に装着した。

「彼は肝試しの驚かせ役か?」

「だろうね。すごく楽しそうだし。」

面をつけた少年は、何度も低い声を上げながら驚かせる練習を繰り返す。何度も繰り返していくうちに調子が出てきたのか、今度は両手を挙げて大声で唸り声を上げた。

「この状況は…まずい!」

「…。」

罠を経験した光猛の予想は見事に的中してしまう。天井付近に手が到達したところで、入口に大きな鉄の板が下りてきた。突然のことに少年は一瞬固まり、鉄板に近付いて、叩いたり動かそうとしたりするが、全く反応はなかった。慌てた少年は、荷物の中からスマホを取り出し、外にいるであろう仲間たちに連絡を取ろうとする。が、荷物を漁っているうちに、両側の壁からトゲが生えてきて、光猛の時と同じように、部屋の中央に向かって壁が迫ってきた。荷物を抱えながら両壁を何度も見回し、大声で助けを求める少年。しかし奮闘虚しく、壁は少年を押し潰すように中心で重なり、少年の悲鳴はそこで途絶えた。画面から目を離して額に手を当てる光猛。一神は動画を閉じて、ガラケーを懐にしまった。

「見ての通り、行方不明者の死は確定的だね。」

「ああ…。しかし、何故君の携帯にその動画が?」

光猛の疑問の声を受けて、一神は再びガラケーを取り出して、今度はそれ自体を光猛に見せつけた。

「僕はね、ガラケーのつくも神なんだよ。使い古された物に魂が宿るって話、聞いたことない?僕の場合は25年程でつくも神になったんだけど、他のつくも神の話では非常に稀なケースなんだって。」

「つくも神…。なるほど、人ならざる存在だからこそ、あれほどの重症でも無事だったのか。」

「そういうこと。他にも僕は、僕が機械と認識した物と会話ができるんだ。」

一神は席を立つと、ピアノに近付き、側面を優しく撫でた。

「人間達は、無生物は文字通り生きていないと思いがちだが、実際には僅かばかりの魂を皆持っているんだよ。このピアノだってそう。その魂が長年、人間やその他の生き物、所謂生物たちの側で感化されることで、次第にその魂の輝きが増していき、ある時を境につくも神として生まれ変わるんだ。ね?」

ピアノに笑顔で相槌を求めると、ピアノから「ソ」の音が聞こえてきた。

「もしかして、そのピアノもつくも神?」

「彼女は一歩手前ぐらいかな。基本的に生物からの利用が途絶えることが引き金となってつくも神になるんだ。現役の彼女は、魂の輝きで言えば条件は満たしているよ。…っと、話を戻すけど、そういうわけで、僕はほとんどの無生物と会話が可能なんだよね。一度触れた物となら、ね。」

ピアノから離れて再び椅子に座った一神は、ガラケーを開いてもう一度動画を再生した。そこには光猛が体育倉庫で首を絞められている場面が映っていた。

「実は今日の放課後、事前に学校の監視カメラに協力を要請したんだ。七不思議の証拠映像を取りたいから、カメラで捉えた映像データを僕の携帯に送ってくれって。ちなみにさっきの行方不明者の映像は、過去の記録映像を送ってもらうように今頼んだんだよ。」

「すごいな…。それじゃあ、今夜の学校の様子は全て?」

「ばっちり保存されてるよ。」

一神は、監視カメラの映像を確認しながら、上向きに親指を立てて見せた。光猛はそれを聞いて心強くなり、画面を覗くように一神の後ろに回る。

「読経君たちの様子は分かるかな?さっきも話したが、杖辺さんは肩万君の方へ向かったから彼は心配ないだろうが、読経君が回ったはずの理科室の中が荒れていたみたいでね。」

「玄達ね。確か二人の第2目標は屋上だったかな。」

一神は、送られてくる映像の中から屋上のものを探す。目当てのものが見つかり、現在の様子を映したものを開くと、そこには地面に伏して顔を上げる玄と手に斧を持った校長、そして無残な姿となった神奈の姿が映し出された。

「これは!?まさか、校長先生が行方不明事件の黒幕!?」

「だろうね。伊勢さんの首、落とされちゃってるし、手に斧持っている時点で確定だね…。」

光猛は一神の腕を掴み、彼を立たせた。突然の行動に一神は驚きながら、光猛の顔を見る。

「行こう、百引君!読経君だけならまだ救える!」

「痛い痛い!ちょっと待ってくれ!悪いけど僕は明日香ちゃんの側に…」

「私の屍を超えてゆけーーーーーーー!!!」

「うああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー!!!!!???」

一神が明日香の方に顔を向けると、すぐ目の前には倒れていたはずの明日香が元気に笑っていた。明日香の突然の出現に、一神は椅子から転げ落ち、光猛も彼女の顔を見たまま固まってしまった。二人の様子に首を傾げながら、明日香は光猛に近付き、体をベタベタと触り始めた。

「てかミナミン、カッチョー!マジカッチョー!うわ、硬すぎ!こんなにカチカチにしちゃって…あたしって罪なお・ん・な。キャー!」

「あ、穴蓋さん…なんだよね?」

一人はしゃぐ明日香の声に、我に返った光猛は、恐る恐る本物かどうか確認する。明日香は頬を膨らませながら、彼女の思い描くアイドルのようなポーズで不満を漏らした。

「先輩、酷い!あんなに一緒に委員長の仕事で連れ添った仲なのに、あたしの顔を忘れてしまったの!?あたしとのひと時は軽い火傷程度の遊びだったのね!!あーん!ミナミンのばかーーー!!甲斐性なしーーー!!不倫夫ーーーー!!」

泣き真似をしながら光猛の胸をポカポカと叩く明日香。光猛が彼女の遊びに困惑していると、そこに一神が割って入り、彼女の両手を掴んで、真剣な眼差しで彼女の顔を見つめた。

「悪いけど、真面目に答えてくれ。本当に、ほんっとうに明日香ちゃん、なんだね!?」

「へ、へい!明日香でヤンス…。」

普段は見られない一神の気迫に押されてか、明日香はキョトンとした様子で質問に答えた。

「明日香ちゃん…無事でよかったぁーーーーーーーー!!!」

「うひーーーーーーーーーー!!!」

感極まった一神は、涙を浮かべながら勢いに任せて明日香に抱きつき、頬擦りをした。予想外の行動に、明日香は手足をバタつかせながら困惑している。

「んばばばばば!!!も、ももひー!!セクハラハラセク!!ブレークブレーク!!」

「良かった!本当に良かった!!」

二人の様子を見て笑いながら、光猛は椅子に腰を下ろした。いつまでも放そうとしない一神に煮えを切らせた明日香は、足に力を込めて金的を仕掛け、一神のホールドから解放された。そのまま光猛に手招きされた明日香は、彼の隣の椅子に腰を下ろす。

「穴蓋さん、もしかして君も…人ならざるものだったりするのかな?」

「よく聞いてくれたブラザー!ブラジャーじゃないよブラザー!私がどういう女なのか、知りたい?気になっちゃう?惚れちゃう?」

「惚れないけど、気になるね。」

明日香は鼻息を大きく噴き出し、人差し指を立ててその場に立ち上がった。

「おぅけー!倒れながらちみたちの事情は大方耳にしていたから、そのお礼に拙者の正体、あっ!とくとお聞きなされぃ~~~~!!!」

歌舞伎役者のように首をゆっくりと動かしながら、明日香は人差し指をクルクルと回し始めた。その傍らで、一神はずっと蹴られた部分を押さえてうずくまっていた。


「この明日香様ぁ~、現代社会の心の闇から生まれたぁ~、あっ、妖怪ノロイという存在よぉ~!!」

「妖怪ノロイ?初めて聞くなぁ。」

光猛が妖怪と聞いて思いついたのは、河童やのっぺらぼうといった有名な類のものばかりだった。机に足を乗せながら、腕を組んで体を仰け反っている明日香は、誇らしそうに鼻を鳴らした。

「ふふん!知らずとも恥じることはないぞよ!現代妖怪の歴史というものは浅く、我々ノロイ一族も数十年前に生まれた比較的新しい妖怪故、人間達からの認知度は極めて低いぞな!妖怪という存在自体が信じるに値しないもの、という現代の認識もそれと相まっているのかも知れんけどね~。」

「確かに、科学が発達したこのご時世に、本気で妖怪の存在を信じている人間は限られてきそうだね。それで、名前から察するに、呪いに関係した妖怪なのかな?」

明日香は机から足を下ろして、椅子に座る光猛の膝に腰を下ろし、両腕を彼の首に回して抱きついた。

「部分点よん?お・に・い・さん!確かに呪いとかも当店では扱っておりますが、うちの主戦力は、そこじゃあない!」

光猛の額に自分の額を擦り付けて悪戯っぽく笑う明日香に、光猛は困惑した様子で顔を離させた。明日香は満足したのか、光猛から離れて、うずくまっている一神の背中に腰を下ろす。

「私、妖怪ノロイはぁー!人の恨みや妬み、憎しみといったぁー!ネガティブっつーかぁー!負の感情っつーかぁー!そういうのを美味しく頂いて生きていまぁーす!」

「負の感情…現代社会の心の闇からっていうのはそういうことか。つまり、君は人間達の負の感情の集合体?」

「人間オンリーではないのだが…ミスターミナミン、正解だ!」

礼七の声真似をしながら、一神の頭をよしよしと撫でる明日香。それに反応してか、一神は嬉しそうに腰を振っていた。

「ということで、明日香ちゃんには負の感情が漂ういや~な雰囲気を事前に察知する、ノストラダムス様も驚き桃の木地球滅亡クラスの予知能力のような探知能力のような、とにかくすっげーパワーに溢れてるんでぃごわすざんす!!」

「なるほど、それがこの前の階段事故の事前察知の正体だったんだね。」

「せやせや!!まま、そういうわけでですね、明日香ちゃんの本来の姿はこんな感じに実体を定めていないので、銃で撃たれようがナイフで刺されようが毒を盛られようが!チーターに噛まれどもオジギソウにお辞儀されようとも人類滅亡が迫ろうとも!雨にも風にも太陽sunにも負けない丈夫な体を持ち、明るく綺麗な街づくりを目指していきたいと思います!穴蓋明日香!穴蓋明日香に清き一票を!」

街頭演説で支持者に手を振る選挙候補者のように、あちらこちらに笑顔で手を振りながら、明日香は自分の顔を変質させた。首から上が黒く濃い霧の集合体のように変わり、もぞもぞとその場に蠢いていた。光猛が十分に確認したのを見て、明日香はゆっくりと自分の頭を、元の人間の姿に戻した。

「以上で明日香先生の講義を終わりにします。質問がある方はいますか?」

「はい先生。」

明日香を乗せたまま、顔を彼女に向けて一神が手を挙げた。

「はい、ももひー君!」

「物理攻撃で死なないというのは分かったけど、さっきの音楽プレイヤーみたいに催眠音波は通用するんですか?」

一神の質問に、明日香は顎に手を当てて何かを考え、思いついたように一神の鼻の穴に指を突っ込んで、中をかき回し始めた。

「こりゃー!むっつりももひーにそんなことを教えたら、あんなことやこんなことをされるがままの明日香ちゃんは、晴れてももひー専属の夜のハニーに大変身じゃわい!適齢期までおいたは無しじゃい!!」

「んががが!!じゃ、じゃあ適齢期を過ぎたらいいってk」

「そげな煩悩!いらん脳!お触りNONO!知らんのぅ!!!」

「んぎゃああああああああーーーー!!!!」

鼻に挿入した指をぐりぐりと動かしながら、明日香は一神のお尻をもう一方の手で何度も叩いた。一神は痛いやら嬉しいやら、腰の動きを速くして絶えずお尻を振り続けている。そんな二人の様子に呆れながら、光猛はその場に立ち上がり、音楽室のドアに向かった。

「話が終わったことだし、おふざけは後にして、読経君を助けに行こう。」

「んみゃ、ちょっと待って!やっぱり僕と明日香ちゃんは、別行動させてもらうよ。」

明日香とのじゃれ合いをやめた一神は、鼻を押さえながら立ち上がり、光猛に提案した。光猛は振り返り、彼の言葉の意図を尋ねる。

「その別行動は、必要事項かい?」

「勿論。必要どころか重要ものだよ。今しがた、監視カメラ君が面白いものを見つけたと教えてくれてね。」

一神は懐からガラケーを取り出すと、ある動画を選択して光猛と明日香に見せた。

「これは…。」

「うっひょー!」

「全てが終わった後の事後処理も含めて、僕と明日香ちゃんは別行動ってことで、いいかな?」

一神の提案に快く頷いた光猛は、二人を残して、音楽室を出ていった。階段の手前で丁度礼七、朱里と合流し、三人は屋上を目指して駆け出した。



「というわけで、ミスター一神とミス明日香は、現在別行動中、だそうだ。」

礼七の説明を聞き、玄と校長は信じられない様子で三人を見つめた。

「吸血鬼に改造人間に人工生命体…。一神はつくも神で、明日香は妖怪…おいおい、マジかよ…。」

「大マジよ。でなければ、今頃は校長の言うように全滅だったでしょうし。」

朱里が校長を睨むと、校長は残念そうに足元の遺体を見つめた。

「なんということだ…。これじゃあ伊勢さんが一人ぼっちで可哀想じゃないか…。せめて読経君だけでも、彼女のもとに送ってあげないとね。」

玄に銃を向けたまま、三人から距離を置くように少しずつ場所を移動する校長。三人の動向に注意しながら、ゆっくりと引き金に指を近付けていく。

「私、寂しくありません!!」

突然屋上にこだまする聞き覚えのある声。校長は咄嗟に声の主を探す。玄や朱里たちも周囲を見回しながら、彼女の居場所を探した。

「読経君、ここだよ。」

ふと玄のズボンの裾が引っ張られる。声に従い、一同は玄の足元に視線を送った。見ると、そこには頭だけの神奈が、付け根の部分から無数に生やしたタコの足のような触手で玄の裾を引っ張っていた。

「い、伊勢…さん…?」

「読経君、みんな…隠していてごめんね。」

申し訳なさそうにしながら、玄の体をよじ登り、神奈は玄の肩に乗った。しばしの間、場の空気が固まったように静寂が訪れた。


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