第5話B 美術室の驚く肖像画 解

 肖像画と彫像が怪しく視線を張る美術室内。額を撃たれた礼七の体は、ピクリとも動かないでいた。しかし、しばらく経つと彼の体に変化が起こる。体の中心部分に吸い込まれるように、体が縮み始めたのだ。それは、礼七の額から流れ出た血液も同様で、どんどんと一点を目指して吸い寄せられていく。そうして気付けば、握り拳程の大きさで半透明の球がその場に残った。その球には、おにぎりの海苔の部分を黄色く塗ったようなマークがついていた。

「形式番号KT10000-07…形式番号KT10000-07…応答せよ。」

球の内部から女性の声が聞こえる。何度も同じ言葉を繰り返し、女性の声は球を目覚めさせるように呼びかけ続けた。

「KT10000-07、応答せよ。発生したトラブルと現状報告をせよ。」

「ん…。」

ようやく呼びかけが通じたようで、同様に球の内側から礼七の声が聞こえてきた。球は寝起きであるかのように、ゆっくりと周囲を見回し、何かを思い出したように慌てて体から光を発し始めた。光は、球を中心に人間の形を成していき、あっという間に元の礼七の姿に戻った。その後すぐに、壁の肖像画から数歩後退して距離を置き、胸に手を当てて、先程の女性の声と交信を始めた。

「こちらKT10000-07。ドクターフツレ、応答せよ。」

「07、無事でしたか。突然あなたからのデータ送信が途絶えたので驚きました。お化けにでも遭遇して、気を失っていましたか?」

通信相手の女性は、安堵した様子で茶化すように言葉を返した。そんな彼女の様子に呆れながらも、礼七は報告を始めた。

「お化けなどという非科学的な存在を認めていいはずがないだろう…。ドクターフツレ、美術室を探索していたら、肖像画に仕込まれた銃で眉間を狙撃された。銃弾の画像と銃の口径データをそちらに送るので分析を頼む。それから、この時代・時期の植刃高校関係のニュース記事なども検索してもらえると助かる。」

「07…私たちの目的は、361億1929万年前の地球で、失われた古代国家、日本の食文化情報を集めることですよ?時空警団じくうけいだん護国庁ごこくちょうの職員ではないのだから、そういうのに深入りはしないで下さいと、いつも言っているでしょう?」

礼七の依頼に、ぶつぶつと小言を漏らすフツレ。しかし、文句を言いながらも、足をバタつかせて、パネル操作をするような音を発していたのを礼七は聞き逃さなかった。

「なんだかんだいって、ドクターフツレも乗り気なのではないか?」

「地獄耳な人工生命体も考えものですね。次のメンテの時に、地獄耳抑制プログラムでも用意しておいて、組み込んでみましょうか?」

「…情報収集精度が下がりそうだからやめておけ。」

クスクスとからかうように笑うフツレに、礼七は溜息を一つ吐いた。

「見つけました。まずは銃ですが…出所が面白いですね。管理情報を改竄していたみたいですが、所詮は古の浅知恵。現代技術には隠蔽も隠滅も意味を成さないのでした。」

楽しそうな様子で語る彼女の話を聞きながら、送られてきたデータを閲覧して頷く礼七。彼が確認を終えたのを見越して、フツレは次のデータを送信した。

「次に、この時代・時期に起きた植刃高校関係のニュースについてですが…丁度明日の日付の新聞の一面に、校長先生が大きく取り上げられていますね。校舎の魔改造にカニバリズム…。へえ、君の保護者会でお話させてもらったときには、人の良い優しい先生という印象でしたが、あのおじ様、相当イカレた偽善者野郎だったんですね。」

「ドクターフツレ、口が悪いぞ…。」

「あら?ごめんあそばせ。」

フツレから送られてきた次の情報に目を通し、安堵した様子で礼七は微笑んだ。

「情報、ありがとう。最後に皆の無事を目視してから帰還する。」

「駄目…と言ってもあなたは聞かないのでしょう?」

「すまない。強制撤退の命令を出されればどうしようもないが…俺の意思を尊重してもらえるとありがたい。」

「そんなことはしないのでご安心下さい。身を置くための設定とはいえ、今はあなたの母親役なのだから、子供の意思は尊重してあげないと、ね。」

「外見でいえば、逆に父と娘に見られることもあるがな。」

「いいじゃないですか、若いママで皆に自慢できるでしょう?」

「ははは…。」

「…気をつけてね、礼七。」

「了解した。」

フツレとの通信が切れたのを確認して、礼七は胸から手を離し、天井を見上げた。

「ミスター玄にミス伊勢…屋上にいるのか。今、行くからな!」

天井を透視したように玄と神奈の位置を確認した礼七は、彼らのもとに駆けつけようと、美術室のドアに近付いた。ドアを開けて廊下に出ようとすると、窓の方からノックの音が聞こえ、礼七はゆっくりと振り返る。ベランダには手を振る朱里の姿が見えた。

「おお、ミス朱里!!」

見慣れた姿に喜び、窓辺に駆け寄っていく礼七。朱里は、人差し指でベランダのドアを指すと、意図に気付いた礼七は、ベランダのドアの前に行き、内鍵に手を掛ける。が、鍵を開けた瞬間、防災シャッターが外側に下りてきて、ベランダのドアを塞いでしまった。

「むっ?これも罠の一つか。」

ベランダが駄目だと分かり、今度は窓に手をかける礼七。しかし、同様にその窓も外側にシャッターが下りてきて侵入不能になってしまった。

「一旦屋上に出る必要があるか…。」

困った礼七は、ひとまず屋上に向かう旨を朱里にジェスチャーで伝える。が、朱里は右手を開いて前に突き出し、「待て」のジェスチャーを示す。何か他に方法があるのだろうかと、礼七は首を縦に振り、朱里の方をずっと見つめていた。次の瞬間、礼七はその場に固まってしまった。視線を向けていた朱里の体が見る見るうちに霧状になり、窓の僅かな隙間から流れ込むように室内に侵入してきたのだ。そして、礼七のすぐ隣に人の形を作るように集まり、元の朱里の姿に戻った。

「ふぅ。衣服ごとの霧化は初めてやってみたけど、何とかなるものね。さて番長、無事で何よりだけど…まさかあなたが未来からきた人工生命体だったとはねぇ…。」

「…。」

「聞いては不味いとも思ったのだけど、音波とかには昔から敏感で、全部丸聞こえだったのよね。勘弁してね、これも吸血鬼の性みたいなものだから。その代わりに私のことも…番長?」

「…。」

「もしもーし…。」

朱里が固まった礼七の顔を覗くと、礼七は白目を剥いて気を失っていた。と、朱里の言動を聞いていたのか、フツレが通信を入れてきた。

「朱里ちゃん、こんばんは。礼七がいつもお世話になっています。」

「あっ、番長のママさん…というか博士さん?こんばんは。すみません、全部聞くつもりはなかったのですが…。」

「そうですね、本来ならば記憶抹消ものですが…あなたの口から出た吸血鬼という言葉、実に興味があります。それを教えて頂くことでおあいこ…でどうでしょう?」

「はい、そちらがそれで宜しければ、喜んでお話します。」

固まる礼七を余所に、朱里はフツレに自分の正体について包み隠さずに話した。同様にフツレもまた、詳しい彼女達の素性を朱里に話すことにした。

 礼七が目覚めたのは、二人が互いのことを知り合い、楽しそうに雑談を始めた頃だった。


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