第4話 真実はいつもヒドス

 夜風が止み、静まり返った夜の屋上。無残な姿で横たわる神奈を見て、校長は笑顔をこぼしている。湧き上がる怒りを堪えながら、反撃のチャンスを逃すまいと、玄はゆっくりと床の上から起き上がり、その場に立ち上がった。玄の動きに気付いた校長は、スーツの内ポケットから拳銃を取り出し、安全装置を外して玄に銃口を向けた。

「おっと、校長先生のお話が始まるところだよ?大人しく聞いていなさい。」

銃に構わずに特攻をかけようとも考えたが、真相を全て聞いてからでも遅くないと判断し、玄はその場に静止した。

「素直で宜しい。さて、何から話そうか…。」

銃を構えながら、校長は楽しそうに首を左右に振っておどけて見せた。校長の狂気を前に、玄はひたすらに込み上げてくる思いを噛み締めることしかできなかった。

「そうだな…まずは私の趣味と嗜好から始めようか。」

もう不要と判断したのか、校長は斧を床に落とし、人差し指を立てて、思い出すように口を開いた。

「私の趣味は知っているね?そう、料理だ。若い頃から自分で美味しいものを作るのが好きでね。専門書読破や料理人に弟子入りすることもあったよ。」

昔を懐かしむように校長は目を細める。それを玄は黙って見つめていた。

「その趣味を持つきっかけとなったのが、私が新任教師として教壇に立ち始めた頃。当時、私が勤務していた学校に、とある一流企業の研究員が特別講師として在勤していてね。彼とはよく話が合って、公私共に仲良くさせてもらったよ。そんな彼がある日、企業が主催するパーティーに私を招待してくれた。無礼がないようにと高めのスーツを新調して、富裕層が多数出席する華やかなパーティーに参加させてもらった。場違いというのは自覚していたが、招待してくれた同僚の気遣いや他の参加者の分け隔てのない振る舞いのおかげで、心からパーティーを楽しむことができたよ。何より一番最高だったのが、料理。高級レストランや他国の要人専属の料理人が腕を振い、食材にも拘り抜いていて、初めて味わう味覚・食感に私はすっかり虜になってしまった。」

当時の味を思い出したのか、舌なめずりをする校長。その表情は、幸福感に満ちていた。

「特に肉料理は絶品でね。彼に無理を言って、料理に使用された肉を見せてもらったんだ。彼は厨房へは向かわずに、研究員しか入れない地下施設に私を案内してくれた。生肉と血の匂いが漂う通路を歩いていくと、彼は屠殺場と書かれたネームプレートのついた部屋の前で立ち止まった。ドアを開けて、先に私を中に通してくれた。そこで目にした光景に私は言葉を失った。」

嬉々として語りながら、校長は、一層興奮した様子で目を大きく見開いた。

「人間をね、殺していたのだよ。」

思わず垂らした涎を手で拭いながら、校長は大きな瞳で玄を見つめる。

「若く美しい肢体を持った少年だったよ!読経君、君ぐらいの年の子だ!締め上げられて血を抜かれて、苦悶の表情を浮かべて…たまらなく美しかった!私に気付いて助けを求める悲痛な叫びが、綺麗なハープの音色に聞こえた!肉付きはよくなかったが、若く健康的な肉体ほど旨味が凝縮されていると、同僚は教えてくれたよ。」

小さく笑い声を漏らす校長の様子に、玄は彼に根付いた本当の狂気を感じ取り、より一層彼に対する嫌悪感が増した。

「その日から、実験サンプル収集を手伝い企業に貢献して、その見返りに新鮮な肉を企業から提供してもらうようになった。料理の勉強を続けながら校長になるまでずっとずっと、ね。そんな長年の実績を評価されてか、この植刃高校の校長に就任してから、企業が感謝の意を込めて素敵なプレゼントをしてくれたのだよ。」

空いているほうの手でスマホを取り出す校長。片手で器用に画面に触れて何やら操作している。準備が整ったのか指を止めて、画面の中央付近を親指で押すと、校舎が何やら揺れ始め、下の階の方から機械が動く音が聞こえた。

「校舎の改造が…そのプレゼントか。」

「その通り。今動かしたのは、君たちを屋上に誘導するために下ろしておいた防災シャッターと愛くるしい円らな瞳いっぱいの監視カメラつきの目の壁、障子に目アリーちゃん。他にも色々な教室や設備に改造が施されているが、全てアプリ一つで作動停止自由自在よ!」

スマホを懐に戻し、大笑いする校長。玩具で遊ぶ子供のように、生徒達の命を自身の悦楽のために奪ってきたのかと思うと、玄は腸が煮え返り、握った拳を強く締めた。

「こうして、最高の自分専用の屠殺場と若くて質の良い家畜の集まる畜舎を手に入れた校長先生は、素敵な人肉ライフを満喫するのでした。個別面談で美味しそうなお肉ちゃんを選び放題だし、君たちのような馬鹿なお肉ちゃんは、進んで怪しまれないような時間に屠殺されてくれるから、ここは本当に天国だよ。」

「新聞部も…行方不明になった皆も…食ったのか…?」

怒りに声を震わせながら、玄は強く校長を睨む。不利な状況でなお自分に敵意を剥き出しにする玄に校長は満足そうに頷いた。

「うん、そうだよ。全部じゃないけどね。美味しそうじゃない子達は観賞用にもがき苦しむ様を動画撮影させてもらったよ。新聞部の部長さん、良い声で鳴いていたなぁ。」

「…やめろ。そんなの聞きたくない…。」

スマホに動画が保存されているのか、もう一度懐に手を入れる校長。玄は怒りに満ちた眼差しで校長を睨みながら、彼の行動を制した。校長は残念そうに懐から手を出すと、思い出したように話を戻す。

「そうそう!新聞部といえば、君たちが巡ってきた七不思議って実は私が作った嘘話なんだよね。君たちのような馬鹿な生徒が、こういう話に釣られて、夜の校舎に来てくれるものだから、先生助かっちゃうよ。行方不明事件として明るみに出かけた時には正直焦ったけどね、その状況を逆に利用すれば、前以上に馬鹿な生徒達が釣れるんじゃないかなって思って試してみたらビンゴだったよ。いやぁ愉快愉快。」

「俺以外のみんなは…まだ…無事、なんだろうな…?」

聞きたくない内容だったが、確認のために思い切って玄は尋ねた。校長は首を傾げながらふざけた様子で答えた。

「読経君、最初の方の私の言葉、聞いていたかい?君の仲間たちの末路、と私は口にしたはずだ。伊勢さんも含めて君以外は全滅だよ!そして君も今から彼らのもとに旅立つんだ!」

「こうちょおおおおおおおおおおおおおーーーーーー!!!!!!!」

仲間の死を宣告され、玄の怒りは収めようがなく頂点に達し、全身に力を込めて校長の方に走り出す。校長は怒り猛る玄の顔に、心満たされたように不気味に笑いながら銃の引き金に指を掛けた。

「誰が全滅だって!?」

玄が第一歩を踏み出したところで、聞き覚えのある高い声が聞こえる。その声に足を止める玄。校長もまた、玄に銃口を向けたまま周囲を見回した。

「遅くなってすまない、ミスター玄!!」

今度は聞き覚えのある男の声がはっきりと聞こえる。玄と校長が彼らの左横に顔を向けると、そこには見慣れた二人の姿と、全身真っ黒な体の見慣れない何かが立っていた。

「朱里!番長!…あと誰?」

「俺だよ、読経君!南本!」

黒い人型の何かは、困ったように頭を掻きながら自己紹介をした。声の雰囲気からして、間違いなく光猛のようだった。

「み、南本ぉ!?な、何でそんな姿に!?それに、今気付いたが朱里…その背中の羽は…?」

光猛と礼七に挟まれるように立つ朱里の背には、蝙蝠のような黒い光沢をもった羽が広げられていた。

「な…なな…ななな…!?」

死んだと思っていた人物が生きていただけでなく、異様な姿に変わっていたことに、校長は理解が追いつかず、その場に固まってしまった。上手く形にできていない校長の言葉を代弁するように、礼七が口を開く。

「何故死んだはずの我々がこの場に立っているのか…異様な姿も踏まえて、今から説明するとしよう。ここにいないミスター一神、ミス明日香のことも踏まえてな!」

礼七は力強く胸を叩き、それぞれの生存経緯を話し始めた。

 「時は少しばかり遡る…。」


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