第3話D 屋上の異空間への入口 怪

「ちくしょう!ベランダも駄目か!」

理科室に戻った玄と神奈は、動かなくなった模型達を警戒しながら、ベランダに出るためのドアに近付いた。内鍵を開けて戸を引こうとすると、廊下同様に防災シャッターが下りて出られなくなってしまった。

「この様子だと、他の教室のベランダにも出られないかもしれないね…。」

「下と外へは出られない…。後は上に行けるかどうか。」

神奈を連れて理科室を後にし、再び玄達は階段に戻ってきた。今度は上の階に上ってみる。すると、幸い防災シャッターの姿はなく、3階への道は生きていた。

「職員室を目指すのは後回しだ。まず3階で一神、明日香と合流して、廊下が分断されていなければ番長とも合流する。屋上から大声を張れば、朱里達も気付くだろう。」

「この際、近所迷惑とかは考えていられないものね。」

一神達との合流を目指して階段を駆け上がる。3階に着くと、すぐに角を曲がり、目の前の音楽室を目指す。

「うわ!?」

「な、何これ!?」

階段を出て角を曲がったところで二人は足を止めた。二人の目の前には、無数の目が生えた壁が行く手を阻んでいた。目は忙しなくあちこちを向いて動いている。

「これも七不思議…?」

「新聞部の記事にはなかったが…不確定なものに近付くのはかえって危険だ。先に番長の方に向かおう。」

目の様子を伺いながらゆっくりと後ずさりをし、安全な距離を取ってから、反対側を向いて廊下を走った。が、すぐにまた足を止める。

「伊勢さん、見える?」

「うん…。」

二人の視線の先には、2階にも下りていたシャッターが月の光に照らされていた。駄目もとで玄はシャッターに近付き、思い切りシャッターを叩きながら大声で向こう側に呼びかけた。

「おい!!番長!!聞こえるか!?居るなら返事してくれ!!おい番長!!!」

拳に力を込め、大きな音を出して礼七に呼びかけるが、数刻待っても返事は返ってこなかった。

「肩万君や百引君達にも何かあったのかな…?」

「…かもしれない。こうなると、朱里達も何かに遭遇して身動きが取れないと考えていいかもな…。」

礼七への呼びかけを諦め、玄はシャッターを背にして歩き出す。神奈も玄の後について歩いた。そのまま階段に戻り、屋上へと歩みを進める。幸か不幸か、屋上への道は封鎖されておらず、屋上に出るためのドアの鍵を開き、屋上へと出た。外に出ると穏やかな夜風が吹きつけてきて、静かに髪を揺らした。ひとまず建物の外の空気を吸えて不思議と安堵する玄と神奈。休む間もなく体育館が見える所まで移動し、朱里達の様子を伺う。

「朱里達、まだ体育館の中かな?」

「うーん…あっ、靴がないっぽい。もしかしたらもうプールに向かったのかもしれない。」

外部に出たことで通信が回復したと踏んで、玄はスマホを取り出す。しかし、相変わらず圏外が続いていて通信手段もなくなったことが分かった。

「妨害電波でも出てるのか?」

「ぇくしゅん!!」

突然のくしゃみに玄と神奈は体をピクリと反応させて、互いに顔を見合わせる。声は中年男性のような低い声。神奈は何も言わずに玄を指差して首を傾げる。それを否定するように玄は首を横に振り、警戒心を強めた。周囲をライトで照らしながら見回すが、人影は見られない。視界を遮るものは周囲に薄く広がる闇だけだったので、暗闇に目が慣れた玄達が声の主を見失うはずがなかった。ふと思い出したように、神奈は玄から組分けを見せてもらい、屋上の七不思議を確認する。

「異世界への入口。目撃者は居ないけど、一部生徒の間で噂になっているってあるね。」

「そういえば次は屋上が目的地だったな。じゃあさっきの声の主は、異世界の住人…?」

もう一度注意深く周囲を見渡す玄。しかし、入口らしい扉も穴もなく、月の明かりに照らされて薄らと漂う闇だけが目に入った。

「一応、反対側の貯水槽や浄化槽の周りだけ確認してから、ここに戻ってきて朝まで待機していよう。」

「そうだね。大人しくしているのが一番だもんね。」

二人で顔を見合わせて頷き合う。神奈が心細くないようにと、玄は率先して神奈の手を握り、先を歩いた。玄の心遣いに気付いた神奈は赤面し、握った手を離さないように力を入れた。そのまま玄を先頭に、屋上のドアの前を横切り、反対側を目指して歩く。何基も設置された貯水槽・浄化槽の周りを軽く見て回り、異常が無いことを確認して再び反対側に帰ってきた。床に腰を下ろし、神奈のお尻が汚れないようにと、上着を一枚脱いで、床に敷いた。

「気遣ってくれてありがとう!読経君て頼りになるし、優しいね。」

「そんなことないよ。今だっていっぱいいっぱいだし、何より皆を危険にさらしたのも俺の浅はかさだし…。」

俯く玄の肩に神奈はもたれかかった。突然の出来事に玄は赤面しながら顔を上げて、神奈の方を見た。神奈は目を瞑りながら玄の肩に軽く頭の重量を伝える。

「それは皆、一人一人自己責任。読経君が気に病むことはないよ。それにいっぱいいっぱいでも、読経君自身が守れなかったと思っていても、私の中では読経君はヒーローだから。必死に私のことをちゃんと助けてくれたし、不安な気持ちを汲んでくれたりもした。私にとっては十分すぎるくらい頼もしいよ!」

「伊勢さん…ありがとう。」

神奈の言葉に、玄は心が少し軽くなったような気がした。神奈が自分に救われたように、玄もまた神奈に救われた。それから何だか照れ臭くなり、はにかみながら玄は下を向いた。その様子を見て、神奈もまた笑顔を作り、玄の横顔を覗く。

「読経君、あのね…。」

神奈が何かを言いかけたときだった。玄の背後に立つ影に気付いた神奈は咄嗟に力を込めて玄を突き飛ばす。

「読経君、危ない!!!」

「え…?」

突き飛ばされた玄は、そのまま床に倒れて数回転がり、動きを止めた。慌てて顔を神奈の方に向ける玄だったが、視線の先の光景に思わず絶望した。玄が座っていた場所には見覚えのある男性が斧を振り下ろした体勢で立っていた。斧の先端に目をやると、首の中ほどから上を失い、その場に倒れ込む神奈の体と、そこから赤い線を引きながら床を転がる彼女の頭が目に入った。状況を理解した玄は、視界が涙で歪み、悲痛の叫びを上げる。

「ああああああああああああーーーーーー!!!!伊勢さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーん!!!!!」

「いい顔だ。本当は伊勢さんの絶望的な顔を見たかったのだが、君も中々にそそる表情をする。」

斧を持ち上げ、体の向きを変えて、男は玄の方に向き直る。神奈を失った絶望に堪えながら、玄は男に対する激しい憎悪を抱いた。その感情は、これまで彼が男に対して抱いてきたものとは真逆のものであった。

「なんで!?なんで伊勢さんを殺したぁぁぁぁーーー!!!なんであんたがここにいるんだぁぁぁ!!!校長!!!!!」

過呼吸になりながらも大声で叫ぶ玄を見て、校長は満足そうに舌なめずりをして玄を嘲笑っていた。

「くく、冥土の土産に教えてやろう。行方不明事件の真実と、今宵の宴の真相を!そして消えた生徒たち、君の仲間たちの末路まで…ね。」


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