第3話C 音楽室の演奏会 怪

「ルータッタ!ルータッタ!」

陽気に歌を歌いながら明日香は一神と共に静まり返った音楽室に入った。一神が懐中電灯を点け、奥を照らしていると、すかさず明日香がそれを奪い、懐中電灯+暗闇恒例のアレをやり始めた。

「ももひーの前に…怪異が姿を見せた…シャー!!」

「あはは!随分と可愛い怪異だね。」

顔の下からライトで自分の顔を照らし、低い声で唸り声を上げる明日香に、一神は思わず笑ってしまった。一神の返答に気をよくした明日香は、今度はライトを逆さに持ち、頭の上から全身を照らすようにしてスポットライトにした。

「センキュー!おだてられてぇ~木に登ったぁ~怪異アイドル明日香ちゃんのぉ~ワンナイトソロライブゥ~!盛り上がっていっちゃいましょう!!今夜はぐっすり、寝かさないぞ☆」

スポットライトをやめて、懐中電灯を逆さに持ったまま、明日香は軽快なダンスと共に流行の歌を歌い始めた。七不思議の調査をする必要があるものの、楽しそうな明日香を止めるのは気が引け、また逆に明日香の夜のショーを見ていたいという気持ちもあったため、一神は音楽室の段差に腰掛けて今夜限りのアイドルのライブに釘付けになった。

 アンコールも含めて30分程経ち、ようやく明日香のステージは幕を閉じた。喉が渇いた明日香は、一旦廊下で水を飲み、再び戻ってきた。

「マネージャーさん、お待たせ!それではアイドル明日香ちゃんの、ドキドキ七不思議巡り音楽室編、スタートです!」

「頼むよ明日香ちゃん。」

テンションの高い明日香に一神も調子を合わせて、陽気に暗い音楽室内を探索し始めた。一神は、一列ずつ長机を見て回り、明日香は楽器倉庫で何やら音を鳴らしている。机を一通り見終わり、有名な作曲家の肖像画の前に立ちながら、一神は七不思議を確認した。

「夜の音楽室から楽器の演奏が聞こえてきた。中に入って確認すると、楽器の音は一切なかった、ね。」

一神は入口付近に設置されたピアノに近付く。鍵盤の蓋に手を触れてピアノの全体を眺める。

「そうだよね。違うよね。それなら証言も、ピアノの音って断定するはずだし。」

一人納得したように頷いてピアノを離れた。

「明日香ちゃん、そっちはどう?」

楽器倉庫に一神が入ると、明日香はイヤホンをして、手には小型の音楽プレイヤーを持っていた。

「おぉ、一神殿!それがし、このような若者的嗜好アイテムを見つけまして、遺言とか神々のお告げとか入ってるんじゃないかなと!」

にししと笑いながら再生ボタンに指を伸ばす明日香。ふと押す直前で指を止めた。

「あっ…ももひーここにいないほうがいいかも。なんかすごい嫌な感じがしてきた。」

「嫌な感じ?それってそのプレイヤーが原因?」

「わかんない。でもももひーに嫌な空気感じるから外で待ってたほうがいいかも。」

一神もまた明日香のフラグの的中率の高さは知っていたので、明日香の言葉に従って、倉庫外で待機することにした。一神が出ていったのを見届けてから、明日香は音楽プレイヤーの再生ボタンを押す。再生されたのは、古い洋楽だった。

「うわー…これパパがこの前聴いていたやつだ。ジェネレーションギャップ故良さが分からぬ!」

曲が合わなかったのか、スキップボタンを押して次の曲に進む。しかし、二曲目も同様に古い洋楽が収録されていた。

「ぬわあああああああ~~~!!!これもしかして音楽の先生の私物!?年代を考えると、倉敷ちゃんだな!」

冒頭を少し聴いては飛ばす、を何度も繰り返していくうちに、気付けば44曲目になっていた。

「あれ?何だろう?」

44曲目が始まると、心が落ち着くようなヒーリング音楽が流れ、それに紛れるようにぼそぼそと小声のようなものが聞こえてきた。

「んー…を、せ、ひ、を、こ、せ?じ、ん、ろ…んん!?」

イヤホンを押し込むように耳に手を当てて集中して声を聴く。初めは飛び飛びに聞こえてきた声が、段々とはっきりと耳に入ってきた。

「ろ、せ…じ、ぶ、んを、こ、ろせ…ひと、を、こ、ろせ…。」

聞こえてくる声を無意識に口ずさむ。明日香は意識が段々とぼやけてきた。

「人を殺せ…自分を殺せ…人を殺せ…自分を殺せ…。」

目が虚ろになり、音声を何度も復唱する明日香。側に落ちていた縦笛を手に取り、仕様を理解しているかのように先端を外すと、鋭い刃物が顔を覗かせた。刃を剥き出しにした笛を手に持ち、ゆっくりと立ち上がる。

「人を殺せ…自分を殺せ…。」

ふらつきながら倉庫のドアまで歩いていき、ドアをゆっくりと開いて一神のほうを向いた。一神はピアノの椅子に座りながら何やらブツブツと呟いている。ゆっくりと一神の背後に近付き、明日香は凶器を持つ手に力を込めた。気配に気付いた一神は、明るい声で振り返る。

「あっ、明日香ちゃん。プレイヤーはどう…」

「人を殺せ…自分を殺せ…。」

一神が振り向いた瞬間、勢いよく刃物を一神の心臓付近に振り下ろす。咄嗟のことで対応が遅れ、一神は胸を一突きされて、椅子から倒れ落ちた。

「ぅ…あ、あす…か…ちゃ…」

「人を殺せ…自分を殺せ…人を殺せ…自分を殺せ…」

一神は震える手で明日香のイヤホンに触れる。それに気を止めることもなく、明日香は一神が動かなくなるまで刃物を何度も何度も一神の胸に突き刺した。血とぐちゃぐちゃになった肉で胸部が目も当てられない状態になった頃、ようやく一神は動かなくなり、両手と衣服を彼の血で赤く染めた明日香は、その場で立ち上がった。

「人を殺せ…自分を殺せ…人を殺せ…自分を殺せ…。」

プレイヤーに支配されたように同じ言葉を繰り返し口ずさみながら、今度は刃の矛先を自分に向けて、勢いよく突き刺した。ウッと声を漏らしてしばし固まるが、再び凶器を抜き、何度も何度も自分の胸を刺し続けた。

「ひど…を゛…ごろ…ぜ…じぶ…を゛…」

一神の時よりも早く体に力が入らなくなり、明日香は膝を着いて床に倒れ込んだ。二人の体を中心に赤い水溜りが広がっていく。明日香の耳から零れ落ちたイヤホンから聞こえる声は、既に止んでいた。


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