第2話D 家庭科室の人喰い冷凍庫

 3階廊下の東側の突き当たりに音楽室が位置している。そのすぐ側には家庭科室がある。目的地ではないにも関わらず、こっそり家庭科室の鍵を持ってきた明日香は、音楽室に入る前に家庭科室に立ち寄った。

「今日ね、実習があってサイダーが丁度余ってるんだよ~。」

丸椅子を用意する一神には目もくれず、明日香は冷蔵庫のドアを開いて中を物色し始めた。椅子に座りその様子を見ていた一神は、ふと不思議に思った。

「あれ?明日香ちゃん、冷蔵庫の鍵も持ってたの?」

「え?持ってないよ~。なんか開いてた。」

調理実習や料理部で使用する材料があるため、無断飲食や盗難防止のために冷蔵庫にも鍵が取り付けられていた。しかし、この時間に家庭科室の鍵が施錠されていたにも関わらず冷蔵庫の鍵だけ開いていたことに一神は疑問を抱いた。明日香の横に近付き、冷蔵庫に触れてその全体を見回す。しばらくして納得したように頷き、隣の冷凍庫に手を掛けた。

「かけて行かなかったとなると、今日は宿直の先生いないみたいだし、単にかけ忘れただけだろうね。」

「あったー!!ジュワワンサイダーマンゴー味!新商品なんだよ~!」

目当てのものが見つかり、嬉しそうに一神にサイダーの缶を見せつける明日香。手に持った缶をぶんぶんと左右に大きく振りながら見せていたため、開けたときに吹き出さないか一神は心配になった。

「美味しそうだね。僕の分は椅子の前のテーブルに置いておいてくれる?」

「えー!?ももひーも飲むの!?一本しかないんだけど…。」

冷蔵庫を閉めて缶とにらめっこをする明日香を見て固まる一神。「余ってる」というのはどうやら「明日香の分が」の意味だったようだ。

「僕はいいよ。喉渇いてないから明日香ちゃんがグイッといっちゃってよ。」

「うおおかたじけねぇ!!一神様ぁ~!神様仏様ぁ~!」

両手で缶を持って上に掲げながら一神に土下座をする明日香を見て、一神は苦笑いしながら冷凍庫を開けた。中には冷凍保存された肉類や氷が置かれていた。氷に隠れるようにアイスも挟まれていたが、誰かの楽しみを奪うのはよくないと、一神は冷凍庫をそっと閉じた。明日香は、一度一神が椅子を用意したテーブルに缶をおいて、食器棚からコップを取り出した。丁寧に水洗いをして、開けた缶のサイダーを半分ほどコップに移す。それに気付いた一神はその優しさに嬉しくなった。

「僕の分は良かったのに。」

「自己犠牲も厭わないももひーの選択に、女神アスーカは感動したのじゃ!ほりゃ!ちこう寄って美徳の杯を交わそうぞ!」

手招きする明日香の方に向かい、椅子に腰掛けてコップを手に取り、彼女の缶と軽く触れ合わせて乾杯し、一気にサイダーを飲み干した。マンゴーの甘みと炭酸水の清涼感が口の中で広がり、二人の心を満たしてくれる。

「んはー!定番のオレンジ味もいいけど、マンゴーの甘みも癖になりますなー!」

「ほんと美味しいね。僕の分のは、明日香ちゃんの優しさが隠し味になってるせいか、格段に美味しく感じるよ。」

「どれどれ?」

一神からコップを奪い、底に溜まった残り汁を口に流し込む。間接キスを気にしない明日香の様子に、一神は少し戸惑い赤面した。

「ん~全然違いが分からない!」

「そりゃあ人から貰った優しさあってこそだからじゃないかな。」

空になった缶の穴を覗き込みながら明日香は口を尖らせた。

「じゃあ私の缶にはももひーの優しさが詰まっていたとですか?だから美味しかったとですか?商品そのものの味ではなかったとですかー!!」

「商品本来の味もあるよ。優しさというスパイスが僕らの心を満たしてくれたのさ。」

明日香から缶を取り上げて明日香の両手を握る一神。明日香の顔を見つめると、明日香もまた一神を見つめ返した。

「ももひー…。」

「明日香ちゃん…。」

二人の顔が近付いていく。明日香はゆっくりと目を閉じ、一神は彼女の肩に手を置く。そして少しずつ二人の顔の距離が縮まり…。

「どっかーん!!」

「ぎゃあああ~~~~!!!」

明日香は勢いよく一神に頭突きした。予想外の行動に一神は椅子から落ちて床に倒れこんだ。勝ち誇ったように明日香はその場に立ち、椅子に片足を乗せて高らかに指でVサインを作る。

「ももひーよ、これがハニートラップ(物理)だっ!」

「あいたた…罠を張る意味ってあったかな…?」

額を擦りながら一神は立ち上がり、椅子をテーブルの下に戻した。明日香も同様に椅子をしまい、一神のコップを洗って棚に戻す。

「あったよ~。ももひーの下心を炙るためにも!そして私のファーストチュッチュを死守するためにも!」

「間接キスはノーカンなんだね。」

「ん?何か言った?」

「いや別に。」

空き缶を冷蔵庫に戻し、明日香は家庭科室を出ようとする。

「あれ?缶は処分しなくていいの?」

「いいのいいの!隙を見て余ったサイダーはいただくって同じ班の子に予告状よろしく犯行声明を出しておいたから。明日片付けるよ。明日香ちゃんだけに、ね!」

ウインクしてポーズをとる彼女の姿に不覚にも一神はドキッとした。明日香に手を引かれて一神は家庭科室を後にした。

 二人が部屋を出て家庭科室の鍵がかけられる音がすると、家庭科準備室のドアが開き、出てきた黒い人影が冷凍庫の前に立った。ドアを開いて、蝶番の部分の窪みを強く押すと、中身が入れ替わるように冷凍庫の内側が奥に下がっていき、上部から別の内装が下りてきた。下りてきた内装の中には、人間の腕や足、腹部など、切断された人体部位や臓器がパックやビニールに入れられて冷凍保存されていた。人影は、手に持っていた血で満たされたビニール袋を奥に収納すると、再び窪みを押して、元の内装に戻した。

「今夜は久々に新鮮な肉が食べられそうだ…。」

不気味な笑いを漏らしながら、人影は冷凍庫のドアを閉めて、家庭科準備室に戻っていった。準備室の鍵が閉まる音が、家庭科室の中に響き渡った。


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