第2話B 図書室の巨人

「アイキャンドゥーイット…アイキャンドゥーイット…。」

 自己暗示をかけるように何度も同じ言葉を繰り返す礼七。2階廊下の突き当たりにある図書室を目指しながら必死に恐怖を紛らわせていた。礼七は不良の脅迫や暴力といった目に見える脅威に対しては難なくやり過ごせるのだが、非現実的・非科学的な存在に対しては、その存在の掴みどころのなさのせいか人一倍に恐怖を感じるようだった。ゆっくりとした歩調でようやく目的地前に着くと、震える右手に鍵を持ち、左手を添えて鍵穴に挿入した。右手を捻るとカチッという音と共にドアが開錠され、礼七の緊張感も一層強まる。ドアを開ける前に一度唾で喉を鳴らし、大きく深呼吸をしてから覚悟を決めた。

「俺はタイガー…俺はドラゴン…俺は…番長だっ!!」

勢いよくドアを開けると、カーテンで窓が隠れ、中は完全に真っ暗な状態だった。少しばかり暗闇に慣れた目でも奥まで見渡す事ができず、礼七は困惑し再び緊張が走る。

「あ、暗順応をしてもなおこの暗さなのか…。や、やはりこの部屋には本物の怪異が…?」

手持ちの懐中電灯だけでは心許なくなり、手探りで部屋の照明スイッチを探す。入口の近くにスイッチがあることに感謝し、礼七はスイッチを押した。

「カーテンで遮られているから光が外に漏れる心配は…んん!?」

押したはずのスイッチを礼七はもう一度よく見直す。スイッチに小さく書かれた「ON」の方向にスイッチは間違いなく傾いている。にも関わらず部屋は依然として深い闇に包まれていた。

「主電源が切れている?いや、廊下の非常口マークの明かりはついていたしそれは考えられない。蛍光灯が切れてる?いやいや、全部切れているなら委員やティーチャーが気付いて取り替えているはずだ。ということは…?」

顔を引きつらせながらゆっくりと後ずさりをし、部屋の外に出ると一旦ドアを閉めて施錠した。恐怖心を吐き出すように大きく深呼吸をする。少し落ち着いてから組分けを取り出し、図書室の七不思議を確認することにした。

「図書室の巨人…。宿直のティーチャーが、夜の見回り中にズシンという大きな音と振動を図書室の方から感じた。中に入って確認してみたが、そこには何の形跡も残っていなかった。図書室には悪戯好きな巨人が住んでいるのかもしれない…。」

礼七は再びドアの鍵を開けて、少し開いたドアの隙間から中の様子を窺った。室内は、変わらず手前の本棚の形がぼやけて見える程度の視界で、部屋の全体像を把握できなかった。部屋の高さを目で確認してから一度ドアを閉じる。

「きょ、巨人がいたとして、考えられるケースは…。」

礼七は懐からメモ帳とペンを取り出し、巨人についての考察を書き綴り始めた。

「巨人が物質透過可能か不可能かで奴の出現方法や位置が分かりそうだが…。可能であれば、外側から足のみを2階の図書室まで透過させてわざわざ2階図書室で足を踏み鳴らす、或いは手を透過させて天井もしくは床を叩く、または両手か両足をぶつけ合って音と振動を発するか。音と振動を発する際に一時的に実体化するとすれば、地を揺らすほどの衝撃、近所にも聞こえるほどの音が発せられるはず。しかし学校へのクレームは特にない上に、図書室の天井や床が損傷していたという話も聞いたことがない。巨人自身が損傷修繕をしているとすると、傷つけた部分をわざわざ直すようならそもそもそんな悪戯はしないと思うのだが、人を驚かせる事が生業であるとすればありなのだろうか?だとしたら図書室に拘らずに他の教室でも同じ現象が起こっていてもおかしくない。新聞部の情報不足や七不思議のテリトリー問題も考えられるが、それならば巨体を収めるのに相応しい校庭を拠点にする方がしっくりくる。ひとまず整理すると、パターンA、物質透過能力を巨人が有していた場合、理に適っていない部分が多すぎてもっともらしくない。よってこのパターンは棄却。」

色々と書き連ねたメモに大きくバツ印をつけてメモを裏返す。

「パターンBについて、巨人が透過能力を有していない場合、巨人の体は本棚を避けるように歪に体を曲げながら室内に収納されていることになる。姿を消せても透過能力を有していない以上、そこに存在し触れることは可能だ。つまり、この場合の巨人は宿直ティーチャーの動きに合わせて彼と接触しないように動いていた、もしくは体を縮小させるなりしてやり過ごしていたことになる。日中は利用者も多いだろうから校外に身を潜めている可能性が高いが、七不思議はそもそも学校の各テリトリーに縛られているからこそその存在意義を有しているのではないだろうか?つまり、校外に身を移せる七不思議はありえないと考えてもいいだろう。例外という線は消せないが、そもそも巨人が七不思議ではない説はありえないだろう。各々のテリトリーと七不思議という限定されたナンバリングを考えれば外部からの怪異の可能性は低いはずだ。話を戻すと、巨人は肉体を変質・変形させる事が可能ということになる。体のサイズを考えると、質量と体型を変化させて音と振動を起こしていることになるが、本棚の配置や天井の高さを考えると宿直ティーチャーの体験談のような外部から感知できるほどのものを生み出すのは不可能に近い。室内を荒らさず・傷つけずというのもクリアしていない。整理すると、パターンB、巨人が透過能力を有していない場合もまた理論上成立しない点が多いためもっともらしくない。よって棄却。」

表同様に大きくバツをつけてメモをしまった。改めてドアに手を掛けて思いっきり開く。懐中電灯をつけて勇みながら図書室の中に入っていった。ちょっとした考察をしたおかげで礼七の恐怖は消えかかっていた。

「以上の2ケースの不採用を満たすパターン、それはつまり…初めから巨人なんて存在しない場合、だ!人間、暗闇のような不安を抱く環境に身を置いていると、なんてことのない現象を人ならざるものの所業であると錯覚してしまうものだ!ドスンと音がした?百科事典などの分厚い図書が落ちたのだろう!振動を感じた?低震度の地震が発生したと何故疑わなかった?そも精神が不安定な状況では、恐怖心から注意力が削がれ、状況確認もままならなくなる。見落としはあって然るべきだ!本が落ちていたり奥の本棚が倒れていても気付かない、などということがあってもおかしくない!つまり、七不思議は存在しない!あるのは、精神状態に起因する人間の認識能力の低下から生じる誤認・妄想・錯覚!お化けなどこの世に存在するはずがないのだ!!」

強気の姿勢で笑いながら室内を歩いて回る礼七だったが、不安を全て拭いきれていないせいで足早になっていた。まず入口から一直線に進み、角に当たったところで右折して次の角を目指す。全ての端を回り終えて入り口に戻ってくると、最後の仕上げに、本棚の間を一列ずつ早歩きで回る。左右にずらりと並ぶ本棚にも視線を向けながら、着々と列を踏破していった。最後の列に差し掛かったところで礼七は足を止めた。前方床にうっすらと長方形の黒い影が見えたのだ。ゆっくりと距離を取りながら影に光を当てると、棚から落ちたものであろうか、料理のレシピ本が姿を見せた。ホッと一息ついて、礼七は距離を縮めて本を手に取る。本をめくると家庭で再現できるようなお手軽料理がいくつも紹介されていた。

「ふはははは!みたことか!やはり七不思議など存在しないのだ!図書室の調査は終わりでいいな!というか、七不思議がいないのでは次の目的地に向かう意味がないだろうな!ははは!」

脅威が存在しないという確信を持った礼七は、本を棚に戻して、元気に図書室の入口を目指そうとしていた。

「ははは…は?」

していたのだが、本を棚に戻した瞬間、棚の本を収納する部分が全て小さな鉄製の板で閉ざされ、本の出し入れが不能になってしまった。その現象は礼七のいる列の両側の棚でのみ起きており、状況が飲み込めない礼七は困惑しながら辺りを見回すばかりだった。他の棚の様子も見に行こうと数歩足を動かした瞬間、軽い地響きと共に礼七目掛けて両側の棚が突進してきた。

「うほおおおおおおおおおーーーーーーーーーーー!!!!」

いち早くそれに気付いた礼七は、全速力で本棚の間を駆け抜けた。後方の本棚は勢いよくぶつかり合い、ドスンとプレス機のような衝突音を上げた。最後の棚間を走り抜け、礼七はすぐに走ってきたほうを振り返った。歩く空間ができていたはずのそこは、両側の本棚が押し寄せてきたせいですっかりなくなっていた。動いた本棚の後ろの床には移動用であろう線路のような滑車路が見えていた。唖然としながら、しばらく本棚を見つめていると、ぴったりくっついていた両端の棚が元の位置に戻っていき、所定位置につくと、鉄の板が引っ込み、元の普通の本棚に戻った。

「な、なんだ…これは…?」

礼七は、恐る恐る元に戻った本棚に近付き、そこに触れてみたり本を出し入れしたり、色々と試みる。しかし、本棚は先程のように礼七を押し潰そうとする動作はしなかった。

「まさか、巨人の正体はこのプレス機…?しかし何故図書室にこのような仕掛けが…?」

一応本棚をスマホのカメラで撮影する。他に変わった様子がなかったため、礼七は図書室を後にした。

「校舎が魔改造されていると考えると…確信を得るためには次のポイントも確認する必要があるな。」

七不思議の存在が仕掛けによるものであると確信に近いものを感じた礼七は、すっかり恐怖を克服し、図書室に施錠して次の目的地である美術室に向かうのであった。

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