第2話A 体育倉庫の首吊り幽霊

 朱里と光猛は、初めの目的地である体育館内の倉庫に向かうために昇降口に戻ってきた。校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下には鍵が掛かっていて通ることができなかった。渡り廊下の鍵は職員室に置いていなく、どうやら保管役の体育教師が常備しているらしかった。靴に履き替えながら朱里は光猛に持ってきた鍵を渡す。

「南本君、こういう肝試しって好き?」

「好きってわけじゃないけど、こうやって皆で集まってわいわいやるのはいいよね。」

鍵を受け取り、朱里が靴を履いたのを確認して、光猛は昇降口を出る。朱里もそれに続き、横に並びながら体育館に向かった。

「さすがにテンション上げ過ぎることはしないけど、バカ騒ぎするのは楽しいよね。」

「学校の宿泊学習とか部活の合宿とか、ね。」

体育館の前に着き、靴を脱いで入口前に上がり、体育館の鍵を開けて、来客用のスリッパを履いた。

「そういうの好きなら南本君、もっと積極的に友達やクラスメートと関わったらいいのに。周囲から遠ざかろうとしてるでしょ?」

「はは、そう見えるかい?自分ではそういう意識はないんだけど…それならこれからは今以上に友好的になってみようかな。」

笑いながら頭を掻く光猛。同調して朱里も笑い返すが、朱里には光猛の真意が測れずにいた。

 体育館の中に入ると、二人の足音がよく響くほど、中は静まり返っていた。体育の時間や部活動中の活気に満ちた昼の顔とは対照的で、暗闇が広い館内に行き渡り、二人の歩む道を意図的に隠しているようにも思えた。近所や肝試しを知らない人物のことも考えて、館内の電気をつけずに用意しておいた懐中電灯を使った。試しに周囲を照らすが、当然人影も人ならざるものの気配も一切なかった。体育倉庫の前で立ち止まり、光猛は鍵を開ける。その間に朱里は、七不思議確認のために、組分けの書かれた紙を取り出す。組分けの裏側には、新聞部の記事を元にして玄と一神がまとめた七不思議の簡易説明が書かれていた。

「体育倉庫…首吊り幽霊が出るらしいよ。夜遅くに体育館を横切った生徒の証言によると、苦しい声を上げながら体を揺さぶる首を吊ったようなシルエットを窓越しに見たとか。」

「おかしいと思って窓越しに確認しようとしたら消えていた、ってパターンかな。」

問題の体育倉庫のドアを開けて中を照らす。中にはボールカゴや跳び箱、マットなど授業や部活動で使用するものが綺麗に整理されて置かれていた。光猛が先に中に入り、窓辺の天井を照らす。これといって変わった様子もなく、続けて怪しそうなマットの下を調べ始めた。

「何かあった?」

「特には。失踪事件の痕跡らしいものも残ってはいないな。日にちが経ったこともあって発見の可能性は極めて低いけどね。」

マットを退けながら隅々まで探したものの、物的証拠や痕跡は見つからなかった。

「証言通りだとしたら、誰かが外で体育館を横切ることが条件になって現れたりして?ちょっと行ってくるね。」

光猛に中で待機していてもらい、朱里は体育館の外に出て、渡り廊下を歩いて体育倉庫の窓の前を横切る。窓の前を何往復かしてから窓をノックして、光猛に中の様子を聞いてみた。

「どう?こちらからだと特に変わった様子はなかったけど、中は大丈夫?」

「ああ、杖辺さんの綺麗な横顔シルエットが見えたこと以外は何も変化なしだよ。」

「ふふ、おだてても何も出ないんだからね。今、そっちに戻るわ。」

冗談とはいえ褒められて気分良く体育館の入口に戻る朱里。光猛も最後に窓辺を見回してから、体育倉庫を出ようとした。そのときだった。

「な゛、に゛!?」

天井から先端が輪状のロープが勢いよく落ちてきて、光猛の頭を潜らせて首元に達すると、輪が急速に縮まり、光猛の首を締め上げた。

「ぐ!ぐぐ…!!」

首に食い込むロープを何とかするために指を潜り込ませようとする光猛。そちらに集中している間に、ロープが天井に引き上げられて、段々と光猛の体を宙に浮かせていった。吊り上げられていることに気付いた光猛は、首の圧迫阻止を諦めて、頭上の天井に伸びるロープを両手で掴む。

「ん゛ん゛!!ん゛ん゛ん゛!!!」

首の苦しさを堪えて腕に力を入れると、掴んだロープの右手と左手を上下逆方向に引っ張り合い、その勢いで中心部分を引き千切った。地に足を着き、呼吸を整えながら切れたロープの上端を眺めていると、ロープは天井に開いた小さな穴に吸い込まれるように消えていった。ロープが回収された後、その穴も閉じて元の天井板に戻った。何も知らずに戻ってきた朱里は、体育倉庫に座り込んだ光猛の様子を見て驚いた。

「南本君、どうしたの!?そのロープは何!?」

「…杖辺さん、七不思議と失踪事件の謎が少し見えてきたかもしれないよ。」

首に巻きついたロープを解き、体育倉庫を出て施錠し、体育館入口に向かいながら先程起きた出来事を朱里に説明した。信じられない出来事だが、光猛が握り締めたロープを見て朱里は紛れもなく事実であると確信した。

「つまり、学校に仕掛けられた罠によって、人為的・作為的に失踪事件が起こった、ってこと?」

「ああ。そして、あのロープの仕掛けから考えると、失踪した生徒はもう…。」

足早に体育館の外に出て入口を施錠する。光猛は急いで自分のスマホを取り出し、朱里にもスマホを出すように促した。

「とにかく、もしこの仮説が本当なら他の組も危ない!杖辺さん、二人で別の組に急いで連絡を!」

「分かった!じゃあ、南本君は、番長…肩万君に連絡して!」

朱里から礼七の携帯番号を教えてもらい、光猛は彼に電話をかけた。朱里もまた玄に連絡を入れる。

「…くそっ!どうなっているんだ!?職員室にいた段階では通話は可能だったのに!」

何度かけ直しても一向に繋がらない。朱里の方も同じ状態のようだった。

「こうなったら直接合流するしかないか。」

仲間達の無事を案じて、光猛と朱里は昇降口へと走った。

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