第1話 悲劇の始まりは好奇心と青春
「肝試しをしよう!」
昼休みの2年A組にて、玄はいつもの3人に何の前触れもなくそんなことを提案する。特に時期というわけでもないためか、朱里は興味なさそうに次の授業のノートの確認、一神はガラケーとにらめっこ、礼七は新商品のパンの袋に書かれた成分をじっくり眺めていた。
「き・も・だ・め・し!しようぜ!」
机をバンバン叩きながら再度仲間たちに呼びかける。騒音が耳についたようで、朱里がノートを机に叩きつけて玄を制止した。
「うるさい!やりたいなら一人でやればいいじゃない。私はパス。」
「まあまあそういうなよ。俺を助けると思って。」
朱里の手を両手で握って懇願する。玄の真剣な眼差しに、朱里は溜息を吐き、話を聞くことにした。
「聞くだけは聞いてあげる。肝試しして何で玄が救われるのよ?」
玄は朱里から手を離し、咳払いをして人差し指を立てる。
「それはだね、その肝試しの後に伊勢さんに告白するからだ!」
玄の声にクラスの視線が集まる。「どうもどうも」とクラスメートに手を振る玄。朱里は再びノートを手に取り予習を始めた。
「いやいやいや!まだ話は終わってないから!伊勢さんを肝試しに参加させるには朱里の協力が必要なんだよ!朱里様~!!なにとぞ!なにとぞ~!!」
「あーもううるさい。分かったよ。神奈を誘えばいいんでしょ?でも何で告白前に肝試し?」
玄の頭をノートで叩いていると、一神が携帯電話を閉じた。
「釣り橋効果…男女が共に恐怖体験を味わうと、心臓の鼓動のせいで、好きという感情を錯覚する。それが狙いかな。」
「そういう理屈めいた考えでの提案ではないんだが、大体そんな感じだな。恐怖の最中、俺が頼れる男である所を見せれば、伊勢さんも俺の事を意識して…にゅふふ!」
だらしなくにやける玄の頭を、ノートの角で朱里が小突く。
「なんかそれって洗脳とか催眠とかみたいでいやらしいんだけど。そんなので神奈の純情を汚すなんてサイテー。」
軽蔑するように玄を睨む朱里。神奈を確実に呼び出すには朱里の協力が絶対に必要なため、玄は朱里の圧力に負けじと釈明する。
「落ち着け!純情を汚すってそんな酷いことはしないっての。告白前に少しでも彼女の心に俺という人間を刻んでおきたいんだよ!告白に最善を尽くしたいんだよ!」
必死に訴えかける玄に、朱里は渋々ながらも納得した。なんだかんだで朱里は二人の仲を応援しているので、悪意がないのであればと、考えを改めた。
「仕方ないわね、協力してあげる。で、どこで肝試しするの?」
「夜の学校の七不思議ツアーとか、どうだ?」
玄は、机の引き出しから新聞部が書いた校内新聞の記事の切り抜きを取り出して見せる。そこには「七不思議の仕業!?生徒失踪事件の噂」と題された文章が校舎の写真と共に載っていた。興味深そうに一神が記事を手に取りじっくりと眺める。
「失踪事件…3年生グループが夜の学校に忍び込むというメモを残して行方をくらませた、あの事件だね。」
「それって確か警察の捜査が入ったけど結局未解決のままで、学校の悪いイメージや生徒達の不安を広げないためにも世間に公表してないってやつよね。」
5~6人という人数の失踪にも関わらず大事になっていないことに、新聞部は前々から疑いの目を持っていたようで、失踪した生徒の家族や夜遅くに学校を去る生徒や先生などから詳しく話を聞いて、七不思議という結論に至ったようだ。記事を朱里に手渡し、一神は腕を組む。
「実際に生徒達の足取りをつかめるものがなかったみたいだから、警察が彼らを見つけられないのも無理はないよ。それにこの事件の前から生徒失踪の噂は流れていたからね。」
「それは初耳だな。また確かな情報源って奴か。」
一神が携帯電話を開き、二人にメモ帳を見せる。そこには学年順に生徒名が書き連ねてあり、名前の横には入院やら転校やら不在理由であろう事項が書かれていた。
「これは事件発生前に学校に来なくなってしまった生徒達のリスト。名前の隣が学校から姿を消した理由。先生達が記録をつけているデータベースからのソースらしいよ。これを見る限り、裏が取れずに失踪が疑わしい生徒は僕達が入学する前も含めて50人近く。危険な香りがするね。」
「50人…足がつかない所を見ると、人間業ではないのかも。やっぱり七不思議の仕業なのかしら?」
事件の考察を楽しむ二人。話題が逸れていることに気付いた玄は、話を戻そうと記事を取り上げる。
「盛り上がってるところ悪いが、失踪事件談義は後でやってくれ!とりあえず、七不思議が実在するかどうか確かめる、ってことで夜の学校で肝試しなんだが、どうだろう?」
「いいんじゃない?本物の七不思議を発見できれば、事件解決の糸口も見えて来そうだし、人間ではない存在って興味深い。」
失踪事件の話もあってか、朱里は最初に話を聞いたときとは一転して乗り気になった。重要な協力者の了承に胸を撫で下ろす玄。しかし、一方で一神は難色を見せていた。
「僕はやめておいたほうがいいと思う。少なくとも学校での肝試しは。もし七不思議が実在して、本当に失踪事件の犯人だとしたら、君たちも例外なく失踪するだろう。そんな危険を冒してまで学校に拘る理由はないはずだよ。肝試しなら、山の中腹の寺にある墓地でも十分にできる。」
「いざという時は逃げるから大丈夫だって!それに危険にならないためにも二人組みを作って肝試しをするんだから大丈夫!あっ、勿論一神も番長も参加だからな!」
「いや、だから僕は反対だって…。事件の失踪者は5~6人のグループだったんだよ?その彼らが全て失踪した。つまり人数は危険回避の意味を成していない。二人組になるなら尚更だ。」
意地でも参加したくないと言い張る一神。しかし一神に対しての秘密兵器を玄は予め用意していた。今回の件について、神奈との恋愛事情を知る朱里やごり押しでどうにかなる礼七よりも一神の説得が厄介というのは分かっていた。だからこそ、一神が断れなくなる一手を前もって仕込んでおいたのだ。くどくどと肝試し会場変更を訴える一神の口を閉じ、玄は一神の耳に秘密の呪文を唱える。
「明日香モ来ルヨ…一神ト組ムヨ…。」
言葉を聞いた瞬間、一神の目の色が変わった。ゆっくりと玄の顔を真剣な眼差しで見つめる。玄は、一神の無言の問いかけに静かに頷いた。満足そうに一神が笑顔をこぼす。
「決行は早いほうがいいね。今夜にでもどうかな?あっ、一応先生の許可を取っておいた方がいいよ。もしかしたら失踪事件の真相に迫れるかもしれないからね。」
「…玄、一神に何言ったの?」
「さて、ね。」
一神が明日香に片思いをしているのは、彼と玄だけの秘密だった。ふと思い出したように、パンの成分をノートに書き写していた礼七の肩に腕を回す。一人だけ断るのも悪いと感じたのか、礼七は顔を覗き込んできた玄に黙って頷いた。
「よし!じゃあさっき一神が提案したように、今日の夜9時に学校集合だ!許可取りに行くぞ~一神!」
一神と肩を組んで教室を出た玄は、元気よく職員室を目指すのであった。
「失踪事件、七不思議、肝試し…。」
4人の話を遠目に見ていた光猛は険しい顔で教室に残った朱里と礼七を見つめていた。
職員室で担任の
「落ち込むことはないよ、玄。下っ端教師が駄目なら、ボスクラスにお願いすればいいじゃないか。生徒思いの校長先生に、ね。」
「そうか!校長なら許可を出してくれるかもしれないな!あの先生は誰よりも生徒の気持ちを汲んでくれる!」
この学校の校長、
職員室の隣の校長室前でノックをしようとすると、ドアが開き、中から刑事のような風貌の厳つい体の男が出てきた。男は黙って軽く一礼すると、来客用玄関へと歩いていってしまった。気を取り直してドアをノックすると、優しそうな声で校長が返事をした。中に入ると、机に向かって書類を書いている校長が目に留まった。顔を上げて玄達を見ると、校長は嬉しそうに彼らをソファーに勧めて座らせた。自分も反対側に座り、二人の顔を確認するように見つめる。
「2年A組の…読経玄君!お隣が、百引一神君だね!何かあったのかな?」
手を伸ばして二人と握手を交わし、二人の顔を交互に見た。相変わらず人の良さそうな校長の姿に玄と一神は緊張することなく普段通りの調子で会話ができた。
「覚えていて下さり、ありがとうございます!実はですね、今夜肝試しで学校の中に入りたいのですが…駄目でしょうか?」
「学校で肝試し!?うーん…。」
困った様子で頭を抱える校長。やはり遊び目的では優しい校長相手でも許可は下りないだろうかと、玄は諦める覚悟ができた。
「あの、実はどうしても七不思議を見つけたくて!」
落ち込みそうな玄の横で一神が先程の記事を校長に見せる。校長は切り抜きを手に取り、まじまじと見つめて真剣な顔つきになった。
「なるほど、君たちもあの失踪事件の真相を探したいというんだね?」
「君たちも?もしかして他にも同じ理由で許可を求めた生徒がいたんですか!?」
校長はソファーから立ち上がり、悲しそうに窓の外を見た。
「一週間ほど前に、新聞部の生徒が一人、ね。けど、その子の行方も分からなくなってしまった…。あの時私が止めていれば…。」
悔しさからか震える手を握り締める校長。そんな彼の姿を見て、玄は勢いよく立ち上がった。
「校長先生!夜の学校への入校を許可してください!学校の仲間が消えて悲しいのは僕たちも一緒です!必ず…必ず失踪事件の手掛かりを見つけますから、どうか…お願いします!!」
頭を下げた玄に倣い、一神も頭を下げる。校長は、しばし何かを考えてから、二人に向き直った。
「…分かった!君たちの優しさを無駄にしたくないから許可しよう!ただし、今夜だけだよ?そして少しでも危険を感じたらすぐに逃げること!一応私の連絡先を渡しておくから、何かあったら連絡しなさい!すぐに待機している警備員を学校に向かわせるからね!」
手帳を懐から取り出し、自分の連絡先をメモしてページを破り、校長は玄にそれを握らせてくれた。それから校門と昇降口、職員室の予備の鍵を貸してくれて、健闘を祈り握手を交わす。校長の心遣いに感謝し、玄たちは校長室を後にした。玄達が去った後も、校長はしばらく窓の外を見つめていた。
教室に戻ってくると、玄の席には光猛が座っていた。朱里と話をしていたようで、玄たちに気付くと、すぐに席を返してくれた。
「おかえり、どうだった?」
「校長から許可取ってきた!ほれ、スペアキー。」
見せ付けるように玄が鍵を取り出すと、すかさず光猛がそれを奪った。
「え?南本?」
「話は杖辺さんから聞かせてもらったよ。委員長として君たちの安全も心配だし、失踪事件とやらにも興味がある。俺も参加していいかな?」
予想外の参加希望者に、数が多い方が賑やかでいいと、玄は光猛の申し出を受け入れた。鍵を返そうとする光猛に、委員長が持っていてくれた方が安心できるからと、彼に鍵を託すことにした。
「それじゃあ、今夜9時に校門前に集合!朱里、伊勢さんのこと、頼むぞ!」
「任せなさい。」
二人でハイタッチを交わすと、見計らったようにチャイムが鳴り響いた。それを合図に各々が自分の席に戻っていった。神奈との肝試しと失踪事件の手掛かり探しという一大イベントに、玄は高揚感を抑えきれずにいた。
静まり返った夜の校門前、現在時刻は午後9時15分。予定よりも少し遅くなったものの、校門前には参加者が集まった。その中には勿論神奈の姿もあり、朱里の仕事ぶりに玄は心の中で感謝した。
「全員揃ったな?それじゃ、まずは職員室に鍵を取りに行くぞ。」
門の鍵を開け、用心のために全員が中に入ってから再び門の鍵を閉める。一行が昇降口に向かい歩いていると、山の方からだろうか、梟の鳴き声が聞こえてきた。
「うわー…さっきまで鳴き声なんて聞こえなかったのに、もしかして私達歓迎されちゃってる?」
言葉とは逆に楽しそうに肩を揺らして歩く明日香。その後ろを歩く礼七は辺りを見回しながら顔を真っ青にしていた。
「や、やめたまえミス明日香。ゆ、幽霊という非科学的な存在が我々を誘っているとでもいうのか…?」
「番長って怪談話とか苦手だもんね。だから肝試しの誘いにも乗り気じゃなかったんだ。」
「見た目に似合わず、可愛いところあるよね。」
朱里がふざけて礼七の頬を突くと、礼七は恐怖が和らいだように元の調子に戻った。二人のやり取りを見ながら神奈が思わず微笑む。彼女の顔を横目で見ていた玄は、その天使のような笑顔に見惚れてしまった。
「あっ、玄ちゃん!段差!」
「へ?ってととと!!」
明日香に指摘されて、昇降口前の段差につまずく。転びそうになるも、いつの間にか玄の側に来ていた光猛に支えられて、転倒を免れた。
「大丈夫かい?気をつけないと。」
「あ、ああ…。サンキュー、南本。」
神奈にかっこいいところを見せる予定なのに、始まる前からとんだドジを踏んでしまったと、玄は溜息を吐いた。励ますように光猛が玄の肩を叩く。
「大丈夫だよ。あれくらいで伊勢さんは幻滅しないさ。」
彼の笑顔にはどこか説得力があるように思えて、玄は光猛の言葉に救われた気がした。昇降口の鍵を開けて校舎内に入り、職員室に辿り着く。各教室の鍵が壁に掛けられており、新聞部の記事を元に七不思議が現れるとされる場所の鍵を拝借した。
「いつも思うけど、この鍵の保管の仕方って盗難の危険が大きいよね。」
神奈の疑問に、一神が即座に玄に何かを耳打ちする。玄は咳払いをして神奈の前に立った。
「校舎内の鍵に関しては、校舎外に持ち出すと警備会社に連絡が入って即座に警備員が駆けつける仕組みになっているみたいだよ!」
「へぇ、ちゃんと防犯対策されてたんだ。読経君詳しいんだね。」
鼻の下を人差し指で擦りながら照れる玄。一神のおかげとはいえ、神奈に褒められてやる気が増し、元気よく鍵を職員の机の上に分けて置いた。
「よし!それじゃ、ここから肝試し兼七不思議調査を開始するぞ!二人一組になって七不思議スポットを2箇所ずつ、一組だけは1箇所、回ってもらう!」
玄は、予め用意しておいた組分けと回る場所を書いた紙を皆に手渡す。
「組分けは、女子の安全を考えて男女ペアにさせてもらった。それぞれのペアが書かれた場所に向かってくれ。調査が終わったら、また職員室に集合だ。」
「せんせー!何で私はももひーと一緒なんですかー?せんせーと回るのは禁断の恋だからだめですかー?」
明日香が手を挙げて組分けに不満を漏らす。明日香がごねることは大体分かっていた。明日香は何をやるにも兄貴分である玄と一緒がいいのだ。一神は玄と前もって打ち合わせていた通り、明日香の手を下ろして彼女を諭した。
「まあまあ、玄は可愛い妹が別の男といちゃついている所を見て燃え上がりたいんだよ。」
「玄ちゃん、NTRスキー!?マニアックだけどその趣味、悪くないっ!!」
納得する要素がないにも関わらず、明日香はうんうんと頷いて異議を取り下げた。明日香は大体テキトーなノリに乗りやすかった。問題が消えたところで玄は話を進めようとするが、今度は礼七が勢いよく手を挙げた。彼の青ざめた表情からなんとなく言わんとすることは分かった。
「ティーチャー!な、何故俺は一人なんだ!?し、しかも、二人ペアのミスター一神たちが1箇所なのに、お、俺は、ひ、一人で通常ノルマの2箇所とは…!」
小刻みに震える礼七。玄は礼七の肩を叩き、彼を鼓舞する。
「番長、思い出せ!お前が倒した不良との戦いを!お前が食べ歩いた単独旅行の数々を!番長、いや、肩万礼七!お前は猛る虎だ!轟く龍だ!お前ならできる!自分を信じろ!アイキャンドゥーイット!」
「俺は虎…俺はドラゴン…アイキャンドゥーイット…アイキャンドゥーイット…!!」
暗示に掛かったように礼七は何度も「アイキャンドゥーイット」を連呼する。礼七はこれで問題ないだろうと判断し、玄は話を戻した。
「それじゃあ、各自、ペアになって鍵を持ってくれ。」
玄の合図と共にそれぞれ紙に書かれた通りのペアになり、各々が回る教室の鍵を手に取った。玄は神奈が傍らに来たことで恐怖とは別の緊張が押し寄せてきた。
「え、えー…さ、最後に!危険を感じたら職員室に、最悪校舎から出て逃げること!もしくは携帯で連絡を取り合って他の組と合流するのもいいかもしれない。とにかく、危険だと感じたら命を第一に考えて行動するように!それじゃ、解散!」
話が終わると、それぞれのペアが職員室から出ていく。後に続く玄に神奈が声をかけてきた。
「読経君、よろしくね!」
「あ、よ、よろしくっす!」
差し出された手を握り返して握手を交わす。柔らかい手の感触に、玄の鼓動は更に高鳴った。
☆組分け☆
・読経玄&伊勢神奈:2F理科室、屋上
・杖辺朱里&南本光猛:体育倉庫(体育館)、プール
・肩万礼七:2F図書室、3F美術室
・百引一神&穴蓋明日香:3F音楽室
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