二、過犯けむ種種罪事は

 新が望んでもいないのに魔法少女なるものにされてから、二日。

 よろしくと言った割りに、和は姿を見せない。

 新は大学敷地内にいる時はできるだけ和を探すようにしているのだが。

 それに、鈴、但馬の方も沈黙し続けていて、ただの音の出ない鈴となっていた。

「俺に押し付けて逃げた……?」

 いや、元は自分でなるつもりだったんだしそんなことは、と思いながら、新は図書館に向かった。

 無事に課題のレポートは提出できたが、一難去ってまた一難、また新しい課題が出され、調べ物をしなくてはならないのだ。

 図書館のパソコンで必要なキーワードで検索し、ヒットした本を探し出す。

 そして席を確保すると、目次をぱらぱらと捲りながら課題に使えそうかどうかをチェックしていく。

 目次に出てくるキーワードで、まずは使える本と使えなさそうな本を選り分ける。

 それから読み易そうな本から手に取って、早速読み始めた。

 と、新の前の席に人が座る気配がした。

「真面目なんですね」

 ハッと顔を上げると、和がひらひらと手を振っていた。

「……よく、ここが分かったな?」

「実は小田牧さんを探していたんです。それで、図書館に入るのが見えて追いかけてきました。中でちょっと見失ったんですが、見つけられて良かった」

「俺もお前を探してたんだ。いつオニが出るか分からないからな」

「あぁ、それはすみません」

 和は周りを見回す。

 何か言いたげな様子に、新はここでは言いにくいのかと気付く。

「……これを借りてすぐに戻るから、帰り道で話そう」

 新の申し出に、和はホッとした顔をした。

 新は必要な本だけ抱えて、貸し出しの手続きをしに行った。



 二人はどちらも一言も発することなく、ゆっくりと、新の家までの道を辿る。

 途中で人気の少ない路地に入ると、和はショルダーバッグから菓子でも入っていそうな四角い、掌サイズの缶を取り出した。

「小田牧さん。次から戦う時にはこれを使って下さい。魔法少女の力を使った攻撃には劣りますが、これでも充分にオニを倒すことができますから」

 新は缶を受け取って蓋を開ける。

 中にはぎっしりと弾丸が詰まっていた。

 正確には、「弾丸の形をした何か」だった。

 その一つ一つに、漢字がたくさん書いてある紙が巻かれている。

 新はそれが何を意味しているのか分からなかったが、恐らくそれは誰かが一つ一つ作った物だということは、その文字の位置のバラバラさ加減から分かった。

「この間みたいに倒せば良いんじゃないのか?」

「いえ、それは避けて下さい」

「どうして?」

「小田牧さんが魔法を使えば使うほど、貴方と鈴は一体化していきます。貴方が魔法少女として馴染んでいってしまうんです。そうすると、皆既月蝕のチャンスでも貴方と鈴を切り離すのが難しくなっていきます。ですから、あまり魔力を使った攻撃をしないで下さい」

「……マジかよ」

「えぇ。前の魔法少女は、それで魔法少女を辞められなくなっていきましたよ」

 前の魔法少女のサポーターと言っていた和の言うことには、妙に説得力があって。

 新はそっと缶を鞄に仕舞った。

「それと、これも」

 和は今度はワイヤレスのインカムマイクを渡した。

「戦っている最中に声を張り上げても集中しにくいでしょうから。それを通してサポートしていきます」

「なるほど」

 前の魔法少女ともこういう風に遣り取りをしていたのだろうか。

 新がインカムマイクをしげしげと眺めながら思っていると。

 りんりん、と鈴が鳴った。

 そして、その音に誘われるように、ひょこんと久世志が現れる。

「来たのぅ」

「来ましたね」

「早速、か……」

 新は顔を顰めながらも、鈴に引っ張られる感覚を頼りに走り始める。

 その後ろを和も付いていった。

「小田牧さん、そこを右に」

「は? でも、鈴は左だって……」

「近道しましょう」

 和は新の腕を引っ張る。

 自信ありげな和に従って、新も方向を変えた。

 和が新を連れて行ったのは、小さな神社だった。

 鳥居の前で立ち止まり、

「小田牧さん、ここで変身して下さい」

と言う。

「ここで?」

 きょろきょろと辺りを見回しながら確認すると、

「えぇ」

と肯定される。

 新は首を傾げながらも手を上に。

「えっと、何だっけ……けんけん?」

「顕現じゃよ」

「顕現ですよ」

 二人に同時に突っ込まれて、新は小さく肩を竦める。

 そして改めて

「顕現」

と唱えると、初めての時と同じように姿が変わっていく。

 暗くなる視界に、弾けるような感覚。

 一瞬光に包まれたかと思うと、視線が低くなっていた。

 初めての時は、自分の身に起こることに驚くばかりで自分の身体の変化を意識する余裕などなかったが。

 思わず下を見てしまい、自分の手足の細さや凹凸のある身体に焦り、慌てて顔を上げた。

「変身、したけど」

と和に短く声をかける。

「そのまま鳥居を潜って下さい」

 はぁ、と新は言われた通りにする。

 すると、目の前には神社、ではなく、夕闇に包まれたビルの谷間に出た。

「は? はぁ?」

 後ろを振り返ると、大学に通じる道はなく、やはりビルの谷間。

 和がいるということだけが、この状況が現実だと知らしめる。

「え、ワープ、した?」

「ワープしましたよ」

「え? え?」

 きょとんとしている新に、久世志が胸を張る。

「月読命様を祭神としている神社の鳥居を変身したまま潜ると、今一番守るべき祠の近くまで飛べるんじゃよ」

「あぁ……」

「便利でしょう? このおかげで、全部の祠に注意を払わなくて済む」

 呆然としている新を他所に、和は自分の分のインカムを装着する。

 そしてショルダーバックの中でかちりと何かのスイッチを入れた。

「あらみたまさんも、インカムを」

 新は頷いてインカムを装着した。

「聞こえてますか?」

 目の前からと耳元から二重に聴こえる声に新は

「大丈夫だ」

と応える。

 和の方も同じらしく、薄らと笑みを見せた。

 そして和は辺りを見回す。

 新もそれを真似て、そして、ぞわぞわと背筋を嫌な気配が這い上がってくるのを感じた。

「どうですか、何か感じますか?」

「あぁ……空気が、何か気持ち悪くなってきた」

「……近いようですね」

 二人は隙無く警戒する。

 久世志が、今日は少し数がおるの、とぼやいた。

 日が傾いて、ビルの谷間に差し込んでいた光がすっと消えていく。

 次の瞬間。

「『跳んでッ』」

 和の声に、新は地面を蹴った。

 ビルの谷間を、真っ直ぐに上に跳んでいく。

 その後ろを何か付いてくる気配がした。

「『どちらかの窓枠に掴まって、後ろに軌道を変えて』」

 新は右手の方にある窓枠に掴まると、勢いを殺す。

 そのまま片足を窓枠に掛けて、さっと後ろに跳んだ。

 直後、新のいた場所に、べちゃり、べちゃり、べちゃりと黒い物が三つ、貼り付いた。

「アレも、オニなのか……?」

「『えぇ、アレは人の影を喰らうことで魂を取り込むオニです。影踏みオニと呼んでいます。影を踏まれないようにして』」

「踏まれるなって……」

「『幸い、アレが出ていられるのは日が落ちるまでの僅かな時間です。その間だけ気を付ければ……下に降りて!』」

 突然の指示に、新はすぐには対応できない。

 え、と排水管に掴まって動きを止める。

 すると、排水管から大きな手が出てきて、新の腕と脚を掴んだ。

「うわぁっ」

「『落ち着いて、あらみたまさん、そいつは力は強いですが、ダメージを与えるとすぐに手を離します。それよりも影踏みオニに追いつかれないようにして』」

 新は急いで自分を拘束する手を、自由な方の手で叩く。

 脚の方も、ヒールで踏みつける。

 すると手は驚いたように新から離れた。

 突然自由になった新はバランスを崩し、排水管に掴まり直す。

「『あらみたまさん、上です!』」

 影踏みオニは塊となって新の頭上に迫っていて、どろりとした黒い、手のような物を新たに伸ばしてくる。

 新は排水管から手を離すと落ちる勢いで一気に地面に戻った。

「『そのまま走って』」

 言われなくても地面に降り立った瞬間に走り始める。

 予想通り、オニ達は新を追いかけてきていた。

「『そのまま直進すると祠の前に出てしまいます。一度迎え撃って、一体減らしましょう』」

「無茶言うなよ!」

「『影踏みオニは動きは遅い、弾を籠める時間はあります』」

 新は舌打ちしてターンすると、いつの間にか腰のベルトから下がっていたポーチの中から弾丸を取り出して次々と詰めていった。

 がちりと弾倉を戻し、引き金に指をかける。

「『三秒引き付けて』」

 ずるずると影踏みオニが近づいてくる。

「『三、二、一、撃って』」

 和の合図に、新は引き金を引く。

 一発、めり込んだが、オニの動きは止まらない。

「『次を撃って』」

 言われるままにまた引き金を引く。

 二発目がめり込んで、オニの動きが止まった。

「『もう一度』」

 三発目を撃つと、じゅわり、と音を立てて一体が消える。

 残る二体も、一体が消えたのを感じたのか、容易に新に近づいてこようとはしなかった。

「『あらみたまさん、一発、真ん中に撃ち込んでみて下さい』」

「あぁ」

 新は二体の影踏みオニの間に弾丸を撃ち込む。

 オニを消した弾丸を警戒して、影踏みオニ達は左右に別れたまま動かない。

 そして。

 太陽が完全に沈んで、影踏みオニは闇に溶けた。

「……お、終わった?」

「『いえ、まだです』」

 まだ、と新が呟くと。

「『排水管の所にいたのが残っています』」

 和はそう返した。

 ハッとして身構える、と、子供くらいの大きさの黒い人型のモノが四つ、新に飛び掛かってくる。

「うわっ」

「『あらみたまさん! 撃って!』」

 まだ弾数は残っていたが、新は撃って、の指示に咄嗟に従うことができず、銃で殴りつける。

 しかし四体全てを叩き落とすことはできず、一体は新の顔に、もう一体は銃を持つ手に貼り付いた。

「喜多町! どうすんだこれ!」

 新はインカムに向かって吠える。

 向こうから舌打ちする音がして。

「『仕方ありませんね、力を使います』」

「大丈夫なのか」

「『使わないで貴方がやられてしまったら目も当てられませんよ』」

 悔しいが和の言うとおりだ。

 新は

「どうすれば良いんだ」

と問いかける。

「『魔法少女には、その人に合った固有の能力があると聞いています。精神を集中させてみて下さい』」

 新は、何とか言われた通り、貼りついているオニを意識の外に追いやり、集中する。

「身体の隅々に光が流れるのを想像してみるが良い」

 久世志にアドバイスされて、その光景を頭の中に思い浮かべる。

 すると、新の左腕が光り始めた。

「おりゃっ!」

 新は顔に貼り付いたオニを掴む。

 オニはぐぎゃ、と声を上げて破裂した。

 腕に貼り付いたオニも同様に、新が触れると爆発する。

「『……あらみたまさん? 大丈夫ですか?』」

「あぁ、俺の固有の力は、手足から衝撃波? を出すこと、らしい」

「なるほど、荒魂らしい破壊の力じゃの」

「『他には? オニはいますか』」

「いや、さっき銃でぶん殴ったのが二体、今、衝撃で爆発したのが二体。あとさっきの影踏みオニだな。これで全部だと思う」

「『分かりました。今からそっちに行きます』」

 ふつっとインカムから雑音が消える。

 そしてすぐに、インカムを外した和が姿を見せた。

「お疲れ様でした」

「お前、どこに隠れてたんだよ」

「ただの人間の僕がオニに捕まるとすぐに魂を喰われてしまいますからね。そこの自販機の横に隠れてましたよ」

 ひらひらと手を振る和に、新は溜め息を吐く。

 ふと、ゆったりとした、紫色のレースに縁どられた袖と生白い脚が目に入って、新の頬がひくりと動いた。

「どうしました?」

「この身体が自分の物だと思えなくて、見ちゃいけない物を見てる気分なんだよ……手とか凄い細いし白いし」

「それは、小田牧さんとは全然見た目が違いますからねえ。その、可愛い系ですね」

 嬉しくない、と言いながら、風に揺れるピアスの飾りを抑える。

「最初にしては、なかなかのもんじゃったぞ」

 久世志の言葉にありがとうとぼんやり返して、変身を解除した。

 同時に久世志の姿も消える。

 それを確認し、ビルの谷間を抜けて、二人は大通りを歩く。

「どこかで休んでから帰りませんか、飲み物くらいなら奢りますから」

「そうか。じゃあ、あそこがいい」

 新は小さな路地に入った所にある喫茶店を指差した。

 そこは地元では有名な、学生がよく待ち合わせや勉強に使う店だった。

「良いですね」

 和も賛成して、喫茶店に向かう。

 喫茶店は珍しく空いていて、すぐに席に着くことができた。

 腰を下ろして、新は。

 自分が酷く疲弊していることに気が付いた。

 店員に珈琲とサンドイッチを注文して、ぐったりとテーブルに伸びる。

 まるで全力疾走させられた後のように身体が重かった。

「やばいな、魔法少女って凄く疲れる……」

「前の魔法少女もそう言っていましたよ。オニを殲滅し終わると必ず疲れたって怒って、その度に二人でこういう感じで休憩して、時々僕がお茶を奢って……」

 運ばれてきたコーヒーを両手で持って息を吹きかけて冷ましながら、和は懐かしそうにする。

 前の魔法少女に着いて話す時。

 その時だけ、和は柔らかな顔をする。

 まるで友達であったかのように。

 もしかしたら実際にそうだったのかもしれない。

 お茶だけではなく、時には一緒に帰ったのかもしれない。

 だけど、新と和の視線は交わらない。

 和は冷ましたコーヒーをぐっと飲み干す。

 カップを置いて、顔を上げた和は、あ、と声を上げた。

「何だ?」

「ここ、汚れてます」

 和は自分の耳の下に触れた。

 さっき顔に貼り付かれた時だろうかと新は和が示した辺りを掌で擦るが、和の首が横に振られる。

「もう少し下ですよ」

「ここか?」

「今度はもう少し上……あぁもう」

 なかなか汚れを取れない新に焦れて、和は手を伸ばしてくる。

 すっと汚れを払う一瞬、和は泣き出しそうな顔をした。

 どうしてそんな顔をするのか分からず新が固まっている間に汚れは取れたらしく、すぐに手は離れていった。

「取れましたよ」

「あぁ……」

 さっきの顔は何だったのかと戸惑っているうちに、和は席を立つ。

「ご馳走様でした」

 そして自分の分と、新のコーヒーとサンドイッチの代金を置く。

「今日はもう大丈夫だと思いますが、もしも鈴が鳴ったら連絡を下さい。僕も、異変を感じたら連絡します」

「了解」

 新はサンドイッチを口いっぱいに頬張りながら、和にひらひらと手を振った。

 そのまま手を振り返すことなく去っていく和を見送る。

 その背もどこか疲れているようだ、なんて、新は気付かないふりをした。


 

     ※※※※


 一週間も経てば、りんりん、と鈴の音と共に変身することに新は慣れてしまった。

 最初は女の身体になることに非常に羞恥心を覚えたのだが、自分に付いている物にどきどきするのも馬鹿らしく、ましてどきどきしている状況でもない。

 そんなことを気にするよりもオニに負けないこと、オニから祠を守ることの方が重要だった。

 今日も今日とて、新は魔法少女に変身して、オニ達を祠から引き離し、人気のない暗い公園に誘い込んでいた。

「『伏せて!』」

「……っ」

 頭の上を黒い鞭がうねる。

 鞭は細い木を何本もへし折りながら空気を切る。

 更に街灯にまでぶつかって、灯っていた灯りが、じぃ、じぃ、と音を立てて揺らいだ。

「おいおい、公園の木を折ったら明日、ローカルニュースだぞ……」

「『オニ達にはそんなこと関係ありませんからね』」

 和に指示されながら戦うのにも慣れた。

 和の指示は的確で、和の言うとおりに身体を動かせばオニ達は新に触れることさえできなかった。

 新よりもオニのことを知っているとは言え、タイミングの図り方、オニの次の動きの予測の確かさ、観察の冷静さは新には決して真似できないものだった。

「『三秒後にダッシュしてください。三……二……一……スタート』」

 だっと駆け出すと、すぐにまたインカムから指示が飛ぶ。

「『合図で後ろにジャンプして』」

 誰が見ているでもないのに新はこくっと頷く。

「『跳んで!』」

 その指示に思い切り後ろに跳ぶと、新の下をオニ達が、追いかける勢いを止められず転がっていく。

「『着地と同時に撃って下さい』」

 新は落ちながら残りの弾数を確認し、着地と同時にオニに弾丸を撃ち込んだ。

 一発では仕留めることはできないが、それでも籠めた弾を使い切ればオニを消すことはできる。

 しゅわしゅわと消えていくオニを眺めていると、和が公園に入って来た。

「お疲れ様です」

 和も新に指示を出すのに慣れて来たようで、最初よりは少し緊迫感の取れた表情をしている。

 しかし、新に寄ろうとしていた和の表情が、険しくなって。

「あらみたまさん、逃げて!」

 和の叫び声に新は反応できなかった。

 ぐらりと地面が揺れる。

 咄嗟に前に転がるように駆け出すと、地面にぼこりと穴が空いた。

「い、てぇ……っ」

 穴に落ちることは免れたが、転んで腕を擦ってしまい、じんじんと痛む。

「大丈夫ですか!」

 和が身体を支えてくれて、新は頷いて立ち上がった。

「今度は何だ……?」

 戸惑う新に、久世志が厳しい顔を向ける。

「来るぞ、今までのより、強いオニじゃ」

「あらみたまさん、弾は入ってますか?」

 新は急いで銃に弾を籠める。

 やがて地響きのような音は止まり。

 すうっと、人の姿をしたモノが穴から浮き出て来た。

 人と違うのは、尖った耳と二本の角、そして牙。

 高校生の頃、日本史の教科書で見た平安貴族のような恰好をしたソレは、宙に浮いて、音もなく三人の前に降り立った。

「なかなか下っ端どもが戻らないと思ったら……また、魔法少女とやらですか」

 袖で口元を隠すようにしていたソレは、新を見て面倒そうな顔をする。

しかし、和を見つけると、にぃ、と笑った。

「おやおや、貴方は喜多町和ではありませんか。よくもまぁ恥知らずにもまた魔法少女の傍にいられたものだ」

 和は言い返すこともせず、新を庇うように前に出た。

「喜多町、あいつは?」

「あれは、この町のオニ達の中の第二位、大江、です」

「ふふ、以後お見知りおきを、新しい魔法少女殿」

 大江は、口元だけで笑い、腰を折る。

「まぁ……いつまでこんな男と組んでいられるか、甚だ疑問ですが、ね」

「……どういう意味だ?」

「あらみたまさん、聞いちゃダメです」

「おやおや、その分だと、言ってないんですね」

 大江は、にやにやと笑む。

「言ってない……?」

「うふふ、まぁ、仕方のないことですよ。その男は、嘘吐きで卑怯者ですから」

 大江は含んだ言い方をして、和に、ねぇ、と囁く。

 釣られて新も和を見遣る。

 和は唇を噛んで、新から目を逸らした。

「喜多町?」

「……あらみたまよ。先に大江を……」

「魔法少女殿」

 大江は久世志の言葉を遮って新に話しかけてくる。

「貴方は、どうして魔法少女をしているんです?」

「はぁ?」

「答えて」

「あらみたまさん、答えないで」

「魔法少女殿?」

 焦った様子で首を横に振る和と、ゆったりと笑みを浮かべる大江。

 二人を見比べて、新は。

 口を開いた。

「俺が、自分の意思で変身をしないと、鈴の力に操られるから……」

「本当に?」

「……え?」

「それは、本当ですか?」

 そう言えば、操られたのは最初の一回だけで、その後は和と久世志に言われるまま変身していた。

「本当に、貴方の意思で戦いを拒むことは、できないんでしょうか?」

 新はまた和を見る。

 和は否定しなかった。

 視線を新に向けて、何かを言おうとして唇を開いて、そして閉ざす。

 それで、新は分かってしまった。和が隠していたことを。

「……喜多町。そうなのか?」

「それは……」

「俺を騙したのかよ」

「そんなつもりじゃ……!」

「じゃあ何のつもりなんだよ!」

 責め立てる新に、和は俯く。

「あぁ、もしかすると、アレも言ってないのかな?」

 大江の声が、二人の間に割って入った。

「アレ?」

「えぇ、鈴の持ち主の末路。ねぇ、喜多町和。言っていないのでしょう?」

「鈴の持ち主の……末路……?」

「違う、それは、あらみたまさんは、すぐに魔法少女を辞める人だから……! だから、それまで祠が全て壊されるはずがないからッ」

「前の魔法少女とやらも、そう言いながら斃れましたよね。……喜多町和、貴方のせいで」

 和の顔から血の気が引いていく。

「違う、あれは和のせいではない! 和のせいなどではなかった!」

 久世志が小さな身体を精一杯伸ばして叫ぶ。

 しかし大江の視線は和だけを見ていた。

「貴方のせいでしょう、喜多町和。貴方が前の魔法少女を魔法少女に仕立て、敗北を呼び込んだんです。そしてまた新しい魔法少女を引き摺り込んで、騙して戦わせている」

「あ……ぁ……」

 和は口を手で押さえて呻いた。

 否定する言葉さえ言えず。目を見開いて、固まっている。

「喜多町……?」

 大江は和に近づくと、その首に指を回す。

「う、ぐぅ……っ!」

「卑怯者で嘘吐きの喜多町和。貴方は何も変わっていない」

 和の身体が宙に浮く。

 新はそれに気付いて大江に向かって走る。

 止めに入るつもりで、しかし大江はあっさりと和を放り投げると、新の間合いの外に逃げる。

「今日は勘弁して下さいよ、こちらは貴方達のせいで大勢のオニを失って困ってるんですから」

 そう言ってにっこりと笑うと、すうっと消えていく。

 残ったのは、座り込んで地面を見つめたまま動かない和と、警戒を解けない新。

 新は暫く変身したまま警戒し続けていたが。

 もう今夜は何も起こらないようだと、変身を解いた。

 新はまだ座り込んだままの和の元にしゃがみ込む。

「喜多町」

「……はい」

「魔法少女の末路、って、何だ」

 新の問いかけに、和は首を横に振る。

 新は和の襟元を掴んで引き寄せた。

「おい、答えろ! 魔法少女の末路って何なんだよ!」

 ギリッと、シャツに皺ができるほどに強く掴む。

 答えるまで離すものかと。

 久世志はおろおろと二人を交互に見る。

「新よ、和は……」

「但馬は黙っててくれ。俺は、喜多町から聞きたいんだ」

 新は和の顔を睨み続ける。

 それに漸く和は、唇を震わせた。

「……もし、魔法少女が、オニに負け、全ての祠を破壊されてしまった時。魔法少女には二つの選択肢が与えられます。一つは、町がオニの湧く地に変わるのを、ただ見ていること。つまり、見殺し、です。もう一つは、魔法少女自身が、新しい魔法少女が生まれるまで、オニを封じる『蓋』になること」

「ふた?」

「えぇ、『蓋』です。自らの肉体と魂で、ご神体の代わりと成って、祠八つの代用と成る。そうすることで、オニを封じておける」

「……まさか、前の魔法少女は……」

「『蓋』となって、この町を守ることを選びました」

 和は、新の問いかけに、まるで刺し殺されたかのように苦痛に満ちた顔をしながら、何とか言葉を綴った。

「それが何でお前のせい、なんだよ」

 新が追及すると、和の喉がひゅうっと鳴った。

 蒼褪めた顔が、いよいよ紙のように白くなる。

 それでも新が許さずに睨みつけていると、和は。

「……あの人、は」

 と、搾り出すような声で話し始めた。

「あの人は、オニから僕を、庇って。最後の祠だったのに。壊されたら終わってしまうのに、あいつは、雅希は、僕を庇った」

「それで、祠が壊されて、『蓋』になった?」

「えぇ。僕を庇ったばっかりに、祠は壊され、……あの人は負けて。それで……オニを封じることを、選びました。だから、僕は……僕が、魔法少女になることで。新しい魔法少女が守るべき祠が生まれる。それによって、雅希を『蓋』の役目から解き放とうとしたんです」

「何でそんな大事なこと、黙ってたんだ!」

「だって!」

 和が、新に呼応するように声を荒げる。

 まるで、怒られるのが分かっていながら逆らわずにいられない子供のように。

「最初からこの話をしたら、そうしたら、貴方は戦ってくれましたか! 僕には新しい魔法少女が必要だった、雅希が神の代用から人間に戻れるまで、新しく生まれた祠を守る力が必要で、僕は雅希に償いたかった、もう一度雅希に会いたかったッ、だけど僕は魔法少女になれなかった!」

 感情を昂ぶらせている和の言うことは、和自身には理解できていても新には分からないことばかりで、激情が引いていく。

「僕が魔法少女に……次の『蓋』候補になるはずだったのに! 貴方が鈴の所有者になってしまったから! 貴方が拒否して逃げないように、誤魔化しながら、貴方に願うしか! なかったんです!」

 和は新を振り切って走り出す。

 新は追わなかった。

 何と言えば良いか分からなかった。

 嘘吐き。卑怯者。

 自分をこんな、訳の分からない、和の私情だらけの戦いに巻き込んで。

 どれも間違っていない。

 だけど、新は、自分の中のどこを探しても、和を罵る言葉を見つけられなかった。

 魔法少女になれなかったと叫んだ和の声が、苦しみに満ちていたから。

 最後に一瞬だけ見えた横顔が、濡れていたような気がしたから。

「本当のことを話したら逃げるって、そう思ってたのかよ」

 新は蟠るものを抱えて、和と逆の方に歩き出しただけだった。



    ※※※※


 りん、りん、と鈴が鳴っている。

 鈴が、こちらへとでも言うように、新の腕を引く。

 だけど新は立ち上がらなかった。

 鈴の力に逆らって、逆の方に向かう。

 学生食堂で、夕飯の持ち帰り用弁当を調達して。

 新を見かけた友人達に誘われたけれど、課題が残ってるんだと言って食堂を出る。

 その間も鈴は小さく鳴り続けていたが、新は軽く手を振ることで誤魔化した。

 和から、携帯電話に何度も着信があった。

 それも無視し続けた。

 やがて、鈴の音が激しくなる。

 それでもなお無視し続けていると、突然鈴の音が止んだ。

 大学の図書館と県立図書館のどちらに行くか考えながら敷地内を歩く。

 そして県立図書館にしよう、と決めて門から出て、坂を下る。

 緩やかな坂の、ほぼ真ん中で。

 新は足を止めた。

 坂の下から、和が上がってくる。

 和は新を、隈のできた目で力なく見詰めて

「祠が一つ、壊されました」

と報告した。

「鈴を無視しても、変身させられなかった」

 新も和に報告をする。

 和は、ぽつりと、そうでしょうね、とだけ答えた。

「意思を無視して変身させられることについては、俺が自分の意思で一度でも変身すれば解決する。それも、黙っていたんだな」

「えぇ」

 和は何もかも諦めた表情で、抵抗することなく頷いた。

 次の瞬間、新は和の頬を平手打ちした。

 和の顔がぐるんと横を向く。

 白い頬に、真っ赤な痕。

 和は、そうされるのを予想していたように、避ける素振りも見せなかった。

「……言いたいことは、ないのか」

「…………それなら、一つだけ」

「何だ」

「騙して、ごめんなさい。僕の弱さに付き合わせて、ごめんなさい」

 和は新の手を取る。

 新が手を引く間もなく、和は新の手首から鈴を引き千切った。

「……取れる……?」

「えぇ、取れます。取るだけなら、できるんです。これも、黙っていて、ごめんなさい」

 和はずっと、謝罪を繰り返している。

 目を合わせようともせず。

 その暗い顔に、新は、初めて和と協力して戦った時のことを思い出した。

 新に手を伸ばしてきた時の、泣き出しそうな顔。

 そして、大江に、新を騙していると言われた時の、蒼白な顔。

 魔法少女になれなかったという慟哭も。

 和は、違う、と胸の中で叫ぶ。

 あれは、今思えば、和の苦しみだった。

 だから新は和を怨む気持ちを持てなかったのだ。

 確かに新は怒っている。しかしそれは、騙されて戦わされたことよりも、ずっと騙され続けて、何も教えてもらえなかったことに。

 新は、込み上げる物をそのまま吐き出した。

「そうじゃない!」

「はい?」

「俺は! 謝ってほしいんじゃない! なぁ、言い訳しろよ、魔法少女が必要だったって言ってたじゃないかよ、まさき、って人のために必要だったんだろ、どうして必要なのか最初から言ってくれれば俺だって……!」

「……良いんです、もう」

「良いって?」

 和はうっすらと笑みを浮かべた。

「大江の言う通りです。僕は、自分でするべき戦いを小田牧さんに押し付けるほど卑怯ですし、本当のことを話した上で助けてもらう、なんて発想ができないくらい弱いんです。誤魔化して、月蝕の日まで何とか偽ろうとしてました。どんなに言い訳しても、結局はそれだけのことだったんです。貴方から奪ってでも僕が魔法少女を引き継ぐべきだったのに。何の関係もない貴方を、本当に危険な目に遭わせた。その上、八つ当たりまでして……ごめんなさい」

 そしてくるりと、新に背を向ける。

「和! まさか、変身する気か!」

 久世志は和を追いかけるが、和は久世志を片手で受け止めた。

「小田牧さんを、よろしくお願いします」

と新の方に、久世志の背を押し返す。

 そしてゆっくりと坂を下りながら

「顕現」

と唱え、左腕を横に伸ばした。

 すると、鈴を握り込んだ左手を起点に、何本もの紐のような光が走り、和の身体に巻き付いていく。

 縛り上げるように、ぐるぐると。

 最後に光が弾けて、何もない空中に、まるで支えの棒でもあるかのように光が巻き付いて、和の身長ほどもある杖に変わった。

 同時に、和の姿も変化していた。

 一つに結ばれていた濃い茶の髪は腰まで届く長い黒髪に変わって風に煽られて広がり、橙色の上着は腰のところで白く幅広な紐で絞られ、スカートのように裾がふんわりと揺れる。

 白いカチューシャに橙色の花が咲いている。

 白いショートブーツを橙色の紐できつく結び、白い、指の部分が空いた手袋をして。

 和は杖を握り締めた。

 長い髪と、杖の先端に付けられた球を賑やかに飾る梵天が風に棚引いていた。

「あぁ、そうだ、小田牧さん」

 和の、男にしては少し高い声は、今は女にしては少し低い声に変わっていた。

「僕は貴方を騙していました。でも、皆既月蝕の夜、貴方と魔法少女の力を引き離せるのは、本当のことです。安心して下さい」

 新は自分の手首を見る。

 鈴はもう付いていないが、紐が右手首に巻き付いたままだ。

 新は紐を反対の手で隠すと、和の背を見る。

 そして、気づいた。

 和の手首、手の甲側に鈴が埋め込まれているのを。

 和の左腕がぼこりぼこりと、肌の下で何かが這い回るように蠢いているのを。

「喜多町……!」

 新は和に呼びかける。

 しかし和は、地面を蹴って跳んでいった。

「喜多町……」

 嫌な感じがする。まだ、和は何かを隠している、そんな予感。

「何をぼうっとしておる」

 和の飛んでいった方を見詰め続ける新の前を、久世志が塞いだ。

「え、何で但馬はこっちにいるんだ?」

「鈴を取られても、正式な所有者はお主のままじゃよ。だから私はお主から遠く離れることはできん」

 つまり、今なお、変身すべきなのは新だけ。それなのに和は鈴を使って変身した。

 その代償が、あの奇妙な動きをする腕だとしたら。

 考え込んでいる新の頬を、久世志が小さな手でぺちりと叩いた。

「どうした、さっさと追わんか!」

 それに、新はむっと唇を歪める。

「何で、お前がそんなこと言うんだ。俺はお前にも怒ってるんだ。喜多町が隠し事をしているのを知ってて、一緒になって隠していただろう? 喜多町が知ってる魔法少女のことを、お前が知らないはずがない」

 新が責めると、久世志は怒らせていた肩を落として、静かにすまぬ、と呟いた。

「私は……和の顔を見た時、和が何をしようとしているのか悟っておった。だが、止める言葉が思いつかなんだ。和が私に、その目的を話したことなどないよ。だがのぅ、私は、和がしようとしていることを、遂げてほしいと思った。私も前の魔法少女に、人間に戻ってほしいと願っておったからの」

「そんなに……前の魔法少女が、大事だったのか」

「あぁ、あやつは、私の心を救ってくれた。笑うてくれるなよ? 死して数百年と経つ私の心を、だ。だから私も、和があやつを救いたいと言うなら……口を閉ざそうと思った」

 久世志はふわりと浮き上がると、新の額に手を押し当てた。

 額が熱を持って、目の前の景色が変わる。

 目の前に、何故か、髪の短い和がいた。

 頻りに眼鏡を指で押し上げて、驚いた顔で視線を上下に動かしている。

 それに新は話しかけようとして、勝手に、カメラを回すように視界が動くのに戸惑った。

 動いた視界に飛び込んできたのは、解いたら膝まで届くだろう豊かな髪を山吹色のリボンと髪飾りで纏め上げた、緑と山吹色のロングスカート姿の女性。

 上着はホルターネックになっており、腰に太刀と脇差を佩びている。

 目鼻立ちのはっきりした、朝露のようにきりっとした美少女が、こちらも驚いた顔をして視線を合わせてくる。

「ふむ、この時代の戦装束はこうなるのか」

「おいおい、何の冗談だよこりゃぁ」 

「冗談ではないわ。それは、お主に最も相応しい、戦の姿じゃ。その二振りの刀はオニを斬る。刀の切れ味はお主の力の強さそのもの。すまぬが、お主には戦ってもらうぞ」

 久世志の姿が見えないのに声はすぐ近くから聞こえて、新はこの目の前の光景は、かつての久世志の見ていたものなのだと気がついた。

 ぱっと場面が切り替わり、髪を乱した美少女が軽く肩を揺らしている。

 衣装も薄汚れている上に抜刀していて、戦った後だと分かった。

「うむ、よくやってくれたの」

「いや、勝手に身体が動いただけで……」

「お主が戦うなら、もうそんなことは起こらぬよ」

「何なんだよ、その戦うとか戦わないとか……。ええと、さっきどこまで話したっけ?」

「片山さんは何になったんだ、という話までですよ」

 喉を軽く擦りながら、和が姿を現す。

「お、喜多町! ありがとな、指示出してくれて」

「いえ、僕の位置が、さっきの化け物がよく見える場所でしたから」

「喉は大丈夫なのか? すげぇ大声出してたけど」

「多分、ちょっと痛めましたけど、大したことないですよ。それより、貴方、但馬さん……でしたか。片山さんは、何になったんです? 巫女、ですか?」

「話せば長くなるが……片山とやら。お主は、外法遣いになったんじゃ」

「げほお? って、何だ?」

「外法とは、仏教から見てそれ以外の宗教の教えのこと……ですけど、この場合は違いますね。……外道、妖術遣い、という意味ですか?」

「あぁ、私は、さっきも言った通り、生まれは男じゃった。それを、道理を曲げて、女人の持つべき力を使ってオニを屠ったからの。私がオニを退治していたころには、同じようなことをする者が他の社にもおったが、私は、巫女、とは誰にも呼ばれなかった。外道に落ちたと言われ、ついた呼び名が外法遣いじゃ。威張れたものではないが……」

 視界が少しずつ下がっていく。

 やがて、片山、と呼ばれた女性の脚だけしか見えなくなる。

 しかし、

「何だよそれ」

と憤慨した声に、また視界が上に移動した。

「つまりそれって、馬鹿にされてんだろ? おかしいじゃん、悪いことしてるわけじゃねぇのにさ。俺はそんなの名乗らねぇぞ」

「名乗らんって……」

 彼女は自分の手足をしげしげと眺め、思い出したように、手古摺りながら刀を鞘に納めて、考え込む。

 そして和に

「なぁ、俺の鞄寄越して」

と頼んだ。

 和は頷いて、彼女に鞄を渡す。

 彼女は鞄からタブレットを取り出すと、猛然と何かを検索し。

 そして、

「お、これにしよう」

と呟く。

「どれです?」

「俺、魔法少女って名乗るわ」

「は、い?」

「まほうしょうじょ? とは、何じゃ?」

 久世志の言葉に、彼女はタブレットの画面を見せる。

 そこには、不思議な力で変身し、巨大な怪物と戦う少女のアニメが流れていた。

「ほら、変身するし、戦うし、マスコットもいるし、ばっちりじゃね?」

 マスコット、と言って、彼女は久世志を指さす。

「ますこっととは、何のことだの?」

「えぇと、マスコットというのはある組織や団体のシンボル……駄目だシンボルは通じない、その、月讀神社は建物やお守りに三日月の紋様を入れるでしょう? それで、奥在月讀神社だということを示していますよね。そういう象徴の存在が動いたり生きていたりする場合、マスコット、と言います」

「ほう、なるほど」 

「でも、外法も言い換えれば魔法ですけど……」

「そうだとしても、外法遣いって馬鹿にされてるんだろ? 魔法少女って正義の味方っぽいじゃん。言葉遊びだとしても、蔑まれる名を名乗るなんて、俺は嫌だね」

「魔法使いでは?」

「変身もののイメージがない」

「まぁ、私はお主が戦ってくれるなら何と名乗ろうが構わんのだが……」

「戦うよ」

 呼び名で散々渋っていた彼女は、低い声で応じた。

 人形のような美しい顔に見詰められて、久世志の視点で見ているだけの新の心臓がことりと音を立てる。

「戦わないと、そうじゃないと、さっきの化け物が皆を殺すんだろ?」

「そうなるの」

「俺さ、生まれも育ちもここだし。だから、家族とか友達とか、殆どここにいるんだよな。それを殺されるなんて許せない。誰か戦わなきゃならないんだ、俺が戦わないで皆が殺されるなら、戦うさ」

 言い切ると、また、にやっと笑った。

「で、何と名乗ってもいいなら、俺達は魔法少女、な」

「俺達……私もか?」

「あったりまえだろ! お前だって悪いことしたわけじゃないんだから。むしろ良いことしてたんだ、正義の味方自称するくらい何が悪いんだ」

 ふん、と彼女は腰に手を遣って胸を張る。

 一瞬、沈黙が落ちて。

 和と久世志の笑い声が弾けた。

「良いんじゃないですか? 魔法少女」

「それでは私もそう名乗ろう。かつて魔法少女だった者と」

 その言葉に、彼女はニッと笑った。

 そしてまた場面が切り替わる。

 ふらりと倒れていく「自称魔法少女」を、和が抱きかかえていた。

「お疲れ様です、さきみたまさん」

「おぅ、今回はやばかった、な」

「まずはどこか休める場所に」

 和は小さく溜め息を吐いて久世志に向かって頷くと、辺りを見回し、神社の本殿に上がる階段に彼女を下した。

 さきみたまは階段に寝そべると、手で顔を覆った。

「ちょっと、さきみたまさん、汚いですよ」

「しょうがねぇだろ、くたくたなんだよ」

「それは分かりますが……」

「……なぁ、和」

「はい」

「お前、この戦いから抜けても良いんだぞ」

「……何を、馬鹿なことを言ってるんです」

「俺はほら、戦うって久世志に言ったし、やり切るつもりなんだ。お前が教えてくれた契約解除も失敗したしなぁ、あとはもうオニを全部斬るしかない。でも、お前まで俺に付き合うことはないんだぞ?」

 和はさきみたまを見下ろすと、眉間に皺を寄せる。

 そしてさきみたまに覆い被さるようにして、その身体の下に腕を入れてさきみたまを起こす。

 慎重に、和はさきみたまの頭を自分の太腿に乗せる。

 豊かな髪がさきみたまの身体を覆った。

「僕のナビゲート無しで、貴方、今更戦えるんですか?」

「それは……」

「言いたくありませんけど、貴方と久世志さんだけ、なんて、危なっかしくて仕方ありませんよ」

「……そりゃ、俺達だって、お前の指示には助けられてる、つうか、頼ってるけどな……」

「じゃあ、良いじゃありませんか。少しでも、オニに勝つ可能性があるなら、遠慮なく利用すべきです。今は、はっきり言って、こちらが不利なんですから」

「そうだけどよ」

「あと十五分、それで何も起こらなければ帰りましょう」

「へぇい」

 さきみたまはひらりと手を振って目を閉じる。

 そしてすぐに呼吸が深くなった。

 和は自分の掌で、そっとさきみたまの瞼を覆った。

「ねぇ、久世志さん」

「なんじゃ」

「雅希が鈴の持ち主のままで、僕が雅希の代わりに戦うことはできないのでしょうか」

「……本気か?」

「えぇ、元はと言えば、僕が鈴を見つけたせいで、雅希が戦うことになったんですよ。僕のせいで、雅希はこんなにボロボロだ」

「そうだのぅ……」

「できませんか?」

「分からぬ。そんなことを言い出した者は、お主が初めてじゃからの。しかし、今の外法……いや、魔法少女はさきみたまじゃ。できるとは私には思えんし、もしも仮にお主が変身できたとして、何の代償も無いとは思えんよ」

「そうですか……あの本にも載ってませんでしたし、やっぱり簡単にはいきませんか」

「と言うよりも、試そうなどと考えるな、というのが私の考えじゃな。まぁ、前に武器の作り方は教えたじゃろう。それでしっかり自衛せい」

「えぇ、分かってます」

 和は中途半端に伸びた髪を掻き上げた。

「僕に、戻せば良かったんです。僕の責任だって、所有者を止めて僕に戻してしまえば良かったのに、失敗なんて、貴方は馬鹿だ」

 寝ているのか、狸寝入りなのか、彼女はじっと目を閉じている。

 ごめんなさい、と小さな声が響いた。

 三度場面が変わり、今度は暗い森の中。

 ざわざわと、沢山のオニの気配がしていた。

 むしろ、オニの気配のしない場所がない。

 さきみたまは、太刀と脇差を駆使してオニ達を斬っていく。

 しかし、それでも次々に湧き上がるオニの姿に、さきみたまは舌打ちをした。

 辺りを見回している和に、さきみたまは視線を向ける。

 それに、和は頷いた。

「さきみたまさん、オニは全てあっちから来ています。あそこにオニを操る者か、オニの出入り口があるはずです。まずはそこを叩いて下さい」

「だけど、祠は……」

「一分くらいなら僕でも守れますよ、ほら急いで」

「三十秒で戻る、待ってろよのどか」

「さきみたまも無茶するでないぞ」

「ああ」

 さきみたまは和の指差した方に向かって猛然と移動していく。

 和の見立て通り、オニの湧き出る場所に、さきみたまよりもずっと大きなオニがいた。

「くそっ、やっぱりお前かよッ」

 さきみたまは勢いそのままに太刀でオニの身体の中心を薙ぎ払おうとする。

 しかし太刀はオニを斬るどころか、刃が阻まれ、跳ね返される。

「貴方の刃は私には通りませんよ」

「うるっせぇ! 切り払え、影を……」

 さきみたまは浄化の呪文を唱えようとした。

 しかしそれよりも早く金棒が身体を掠め、さきみたまは呪文を言い終えずに身体を捻る。

 さきみたまのその隙を突いて、オニがさきみたまの横を通り抜けた。

「なに……っ」

 オニは真っ直ぐに祠に向かう。

 祠の前には、和がいる。

「和、逃げろ!」

 さきみたまが声を張り上げるが、聞こえているはずの和はその場から動こうとしない。

 それどころか、さきみたまを見て、首の後ろを手でとん、と叩いている。

 そこを貫け、という指示だと、理解する。

 久世志には、さきみたまがギリッと唇を噛んだのが見えた。

 何かが巻き付けられた、棒なのか杖なのか分からない物を和は構えている。

 だけどそれは陽動だ。

 ただの人間である和など、オニにとって大した障害ではない。

 しかし、そう思わせて引き付けること、そして一瞬でも祠の破壊を遅らせることこそが、和の目的。

 和は、さきみたまがオニを倒すと信じて立ち続けている。

 後ろから攻撃できる今が、彼女の最大のチャンスだ。

 しかしさきみたまがオニを倒した時、和が生きている可能性も低い。

「あのやろぉ、分かってて俺を……!」

 一瞬の間、そして景色が一気に横を滑っていき。

 景色が止まった時、目の前にはオニの胴体があった。

 さきみたまの姿を探すように動いた視線は、すぐに緑色のスカートを、豊かな髪を、見つけた。

 オニと、和の間で、オニの腕を胸から生やして。

 崩れまいと太刀を地面に刺して、震える足を支えている。

「……っ、雅希ぃっ!」

 さきみたま、と呼ぶことも忘れ、和が声を振り絞る。

 オニはさきみたまの身体から腕を引き抜くと、汚いものを振り払うようにさきみたまの身体を打ち捨てた。

 和は持っていた棒を取り落とすと、さきみたまに駆け寄る。

 守る者のいなくなった祠は、ぐしゃりと破壊された。

 途端、ぐらりと地面が揺れる。

 喚く声、叫ぶ声が、彼方此方から上がる。

 しかし、さきみたまは、ただ一言

「のどか」

と相棒の名を呼んだ。

 和はさきみたまの身体を抱えたまま

「何ですか!」

と叫ぶ。

「無事、だな?」

「当たり前でしょう、どうして僕の指示を無視したんですか、どうして僕を庇ったりしたんです! 最後の一つだったんですよ、この祠が、最後の!」

 和の怒鳴り声に、さきみたまは笑った。

「相棒が、親友が、っ、死のうとしてるからだ。ったく、こんなこと……、わざわざ言わせんなよ、恥ずかしいだろ、馬鹿」

「馬鹿はどっちですか!」

 和は血の止まらないさきみたまの傷口に手を当てる。

 すぐにその手は真っ赤に染まり、和の手よりも血の染みの方が大きく広がっていくのを留めることはできない。

「雅希、早く力を……傷の修復を……」

「悪い、それ、無理だ……寒くて、集中できない」

 寒い、というさきみたまの言葉に、和は蒼褪める。

そして久世志に

「久世志さん、どうにかできませんか」

と縋るように言う。

「すまぬ、私には、どうにもできん……」

「そうだぜ、和、あんまりこいつを困らせんなよ」

 さきみたまがはっきりした口調で告げる。

 血が止まらない、寒いと言っているのに、力のおかげなのか、さきみたまは意識を失うこともなく屈託なく笑っていた。  

「さきみたまよ、どちらにするか、決まったか」

「あぁ、決まった」

「何の話、ですか」

「……オニと戦う巫女、そして外法遣いは」

「魔法少女だって」

「そうじゃった、な。魔法少女は。祠を全て破壊された時、二つの選択を迫られる。一つは、この町を、オニの湧き出る場所にすること。さきみたまの場合は、自身もオニに喰われることも意味しておる。この状態では、逃げることなど無理じゃろう。もう一つは、自身が祠の代わりとしてオニを封じること。次の、魔法少女が現れるまで、その魂は祠に封じられ、ご神体の代用となる。そのどちらかを選ぶ時が来たんじゃ」

「こんなに戦って……人に戻ることも許されないんですか」

 和は必死に声を荒げるのを抑えている。

 しかし、感情の揺れは、そのまま瞳を濡らし、頬を伝っていった。

「すまぬ……」

「いいんだ、俺は、祠の代わりになるよ。喰われるなんて冗談じゃねぇ。それに、和をオニに遣ってたまるもんか」

 さきみたまは和の涙を拭う。

「和、変な責任感じるなよ。俺は、お前がいてくれたからここまで戦えたんだから」

「それだって、僕が、鈴を見つけたから……っ」

「違うって、あれは、二人ともの責任だぜ? 俺達二人の責任で、俺の方が魔法少女になりやすかった。それだけなんだ」

 ずん、と地面が沈むような揺れが起きる。

 肌を切るような冷たい風が吹いた。

 もう、どちらの責任、などと言い合っている時間はなかった。

「では、始めようぞ」

 とん、とさきみたまの腹の上に降り立つ。

 そして緑色の光に包まれた。

「……雅希。また会いましょう。どんなに時間がかかっても、もう一度。必ず。僕は絶対に諦めませんから」

 その言葉を最後に、夢から覚めるように音が遠ざかる。

 そして緑色の光が消えて、目の前に久世志がいた。

 何度か瞬きをして、新は自分の意識が現在の自分に戻ってきていることを実感した。

「……但馬、お前も卑怯だな」

「あぁ、私は和の味方だからの」

「こんなの見せて、……あぁ、もう」

 見せられた、途切れ途切れの記憶は、それでも前の魔法少女と和、そして久世志がどう戦い、どんな終わりを迎えたのかを伝えてきた。

 力強い声だった、と、新は和の最後の一言を思い起こす。

 泣いていたのに、強い声。

「あやつが……和が。本当に一人になっても折れずに、諦めずに、私を、さきみたまを人に戻す手段を求め続けたことを知って、私は嬉しかった。変身したのが和ではないことは驚いたが……。お主に酷いことをしていたことは、心から詫びる、だが頼む、私を和の処に連れて行ってくれ。どうか」

 頭を下げられて、新は頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「意地張っても仕方ねぇ、か」

「それでは……!」

「あぁ、喜多町を探す」

 新はそう言うと、和を追って走り出した。

 和がどこに行ったのかは分からない。だが、鈴の力なのか、こちらだ、と直感が告げている。

 変身できないから、神社を使って近道することはできないが。

 買った弁当が揺れてぐちゃぐちゃになっていくけれど、そんなことを気にしている場合ではない。

 坂を下って、大通りに出る。

 そして駅に向かう道と、高層マンションが並ぶ方向に視線を走らせ、マンションの方に向かった。

 どんどん、焦燥感が募る。

 呼ばれているような感覚。

 早く、早く和を見つけなければならないと。

「どこにいるんだよ……」

 確かにこちらだと感じるのに、和の姿が見えない。

 マンション群を抜けた所にある小さな神社、その裏手に隠されている祠にも行ってみたが、戦闘の痕跡すらない。

「喜多町、おい、喜多町……」

 きょろきょろと辺りを見回して。

 唐突に意識が上に向く。

 バッと空を仰ぐと、高層マンションの屋上から、橙色の塊が飛び出した。

「喜多町!」

 和は真っ逆さまに落ちてくる。

 新は和の方に走り出す。

 到底間に合いそうにない距離だが、それでも。

 と、落ちながら和は、左腕を真っ直ぐにマンションの方に向けた。

「走れ」

 聴こえるはずのない距離の声が、聴こえる。

「走れ、絡繰りの糸」

 和の左手から、五本の糸が伸びる。

 その糸はマンションの壁に貼り付いた。

 糸に支えられて、和の落下が止まる。

 そのまま和はマンションの壁に着地した。

 糸を支えに、壁に垂直に立つ。

 まるで重力を感じないかのように、しかし流れる髪と梵天が確かに重力に拘束されていることを証明していた。

 高層マンションの屋上から、今度は黒い塊が幾つも落ちてくる。

 それを確認した和は、糸を切ってまた落ちた。

 今度は屋上に比べてずっと高さのない場所からの落下に、魔法少女として強化された身体が反応できないはずがない。

 和は軽々と着地すると同時に走り出した。

 追って落ちて来たオニ達は和を追おうとする。

 しかし、和は一瞬振り返ってオニの数を確認すると、走るのを止めて、糸を伸ばした。

 オニ達が、糸で縛り上げられる。

 追っているつもりが逆に誘き寄せられていたことに気付いて、オニは逃げようとするが。

 キリキリと、縛り上げる力が強くなる。

 和は杖を振り上げると、ぐっと足を踏み込んで。

「貫け、闇を貫く光」

 そう唱えて、杖を槍投げのように投げた。

 杖は違わず、オニ達の真ん中に刺さる。

 すると、梵天が風もないのにふわりと浮き上がり。

 オニに向けて光を放った。

 光に貫かれて、オニはすうっと消える。

 和は糸を消すと、軽く汗を拭った。

 一連の流れに、危うさは全く感じられない。

 最初から和が魔法少女だったかのように、新よりもずっと手際よく。

 だけど、その間ずっと、和の左腕は奇妙に蠢いていた。

 和が力を使えば使うほど、人の腕とは思えない動きを見せる。

 膨らんで、歪んで、収束して。

 しかし和は自分の左腕を殆ど見なかった。

 見たのは、二度、糸を出した時だけだ。

 和はまだ、辺りを警戒している。

 その髪が風に流されるたびに、項にひどく汗が浮いているのが露わになった。

 と、和は何かに気付いたようにぴりりと緊迫した空気を纏い、さっとその場から離れる。

 ずず、と地響きがして、地面に大穴が空く。そして穴の中から大江が現れ、空中に浮かぶ。

 大江は、和を見て、面白そうな顔をした。

「ふぅん、貴方、変身できたんですね。てっきり、素質がなくて指示役なんてしているんだとばかり思っていました」

「えぇ、僕は、あらみたまさんやさきみたまさんに比べて、ずっと魔法少女の素質は乏しいんです。薄々そうじゃないかとは思っていたんですよ、契約直前で鈴に逃げられるくらいですから。変身して確信しました、僕は力そのものが弱い。でも、元々、あらみたまさんの鈴を呼び出したのは、僕です。前の魔法少女の時も、最初に鈴を見つけたのは僕でした。一度は、鈴に認められた。だから、変身できないわけがないと踏みました」

「うふふ、でも、貴方では私達には勝てませんよ。だって貴方、弱いじゃないですか」

 そう言われても、和は目を眇めただけだった。

「貴方が卑怯で、弱いことは、貴方が変身したところで変わりないんです。きっと、最後には逃げ出すんでしょうね。祠やこの町を捨てて」

 大江の嘲りを、それでも和はただ受け止める。動揺することなく、大江の動きに備えている。

 受け止められなかったのは、新だった。

 隠れていた場所から出て、和に向かってずんずんと歩く。

「おい、喜多町!」

 新が怒鳴り付けると、初めて気づいたという顔をして、和は目を見開いた。

「小田牧さん、久世志さん、どうしてここに?」

「お前を追って来たんだ!」

「危険ですから、早く逃げて……」

「煩い!」

 新は和の、蠢き続ける左腕を掴む。

 大江は、二人の言い合いをにやにやしながら見ていた。

「なぁ、何でお前はそうなんだよ。言い返せよ、言い訳しろよ! 何も言わないのが偉いとでも思ってんのか! 蔑まれて黙ってるな! 前の魔法少女のために戦ってるんだろ、戦おうとしたんだろ!」

「……さっきも言ったでしょう。僕は、誤魔化して偽って来ただけの、卑怯者です。蔑まれて仕方のないことをした」

 頑なに口を閉ざす和の顔を、新は覗き込んだ。

「分かった」

「そうですか」

「あぁ、お前の言い分は分かった。……お前が認めないなら、俺が言ってやる。お前は弱くない。俺に不利になることを隠してたから、そこだけは卑怯だとは思うけど。でも、お前は弱くないんだ。お前は強いよ、喜多町和」

 和は、思いがけないことを聞いたというように、茫然とする。

「止めて下さい、僕はそんなことを言ってもらえるような奴じゃない」

「いいや、俺はお前が強い奴だってことを知ってる。そもそも、お前が弱いなら、俺が鈴の持ち主になった時点でお前は逃げれば良いんだから」

「そんなことできるわけないでしょう!」

「分かってる、お前はそういう奴だって」

「分かってない、たった一週間ですよ、それで貴方は僕の何を分かったつもりでそういうことが言えるんですか!」

「確かに俺はお前のことなんて殆ど知らない! でも、お前と前の魔法少女が、どう始まって終わったか、観たんだ!」

「っ、久世志さん、ですね?」

「あぁ。それに、たった一週間でも、俺達は二人で戦ってきただろ。その相棒がクズかどうかくらい、バカでも分かる。お前は狡いところはあるけれど、弱くないしクズじゃない」

 和の瞳が、惑って潤む。

 その間にも腕の下を這い回る何かは、肩まで上ってきていた。

 久世志が、小さな手で和の肩を撫でる。

 そして痛ましそうに和を見た。

「だから言ったじゃろう、代償がある、と。無理しおって」

「正当な所有者以外が変身した代償が、その腕なんだな」

 和は新と久世志の視線から庇うように腕を引くが、それは殆ど意味がなかった。

「なぁ、言えよ。お前が知っていることと、望んでいることを、言葉で言ってくれ」

「観た、んじゃなんですか?」

「全部ではない。それに、ここまできて何も言わないのは、酷いんじゃないか?」

「それは……」

和の頬が言葉を発そうと震え、しかし戸惑ったように口を閉ざす。

「喜多町、言えよ。俺が鈴の持ち主の間は、一蓮托生でいてやるから。戦わなければ『蓋』とやらにされるんだから、今更何を聞いたって逃げやしない」

 新がそう言って、漸く。

 和は、新の瞳の奥底を、見詰め返した。

「僕は……」

「あぁ」

「僕は、前の魔法少女を。僕を庇って負けた魔法少女さきみたまさんを、『蓋』から解放するために、この力を求めました。魔法少女は、巫女であり……、戦士であり『蓋』候補なんです」

「俺が、魔法少女が戦わなくてはならない理由は何だ」

「その鈴は、所有するだけでは、前の魔法少女を『蓋』の役割から解放しないんです。戦って、オニを倒して初めて、新しい『蓋』候補が現れたと認める。そして僕は……ごめんなさい、貴方がより強い魔法少女なら、確実にさきみたまさんを解放できると思いました」

 新は頷いて、続きを促す。

「だけど、これだけは信じて下さい。僕は本当に、最初から誰かを犠牲にしようなんて思っていたわけじゃない」

「分かってる、俺があの時、あそこを通ったのは偶然だった」

和はこくりと頷いた。

そして、微かに唇を震わせる。

「それと、もう一つ、貴方にも久世志さんにも黙っていたことがあります」

「何だ」

「僕は本当は、戦い続けるつもりはないんです。もちろん、『蓋』になるつもりもありません。でも、僕が生きている間に、これ以上他の誰かに魔法少女を押し付けたくもない。この時代の魔法少女は、ここで終わらせたいんです。僕は第一位のオニを引き摺り出して、刺し違えてでも封じるつもりでいます」

 ぐ、と和の手が、杖を強く掴む。

 オニを貫いた光のように、鋭い光が和の目に宿る。

「和、お主、そんなことを考えておったのか……」

「えぇ、雅希と久世志さんがいなくなってから、ずっと」

「それで、本当に全部か」

「はい」

「もう、何も隠してないな?」

「えぇ。これが僕の、本当の目的です。魔法少女となってさきみたまさんを解放すること、魔法少女としてこの町のオニを支配するオニを封じること。そのために、貴方を巻き込んでしまったんです」

 最後の一言を言う時だけ、和の表情が曇る。

「本当に、本当だな?」

「はい」

「信じるぞ、和」

 え、と和が顔を上げる。

「話は纏まりましたか」

 面白そうに遣り取りを見ていた大江が、思い出したように声を掛けてくる。

「あぁ、纏まった」

 新は、和の腕に埋め込まれた鈴を、上から押さえる。

 すると鈴はするりと抜けて、新の手首の紐に結び付けられ、納まった。

 和の変身が解けて、元の男に戻る。

「え、小田牧さん、何を」

 戸惑う和に背を向けて、新は右腕を高く上げる。

「顕現」

 唱えると同時に、新が黒と紫の魔法少女に変じた。

 きっと、鈴の所有者になってから初めて。変身したいという意思を持って。

「へぇ、そういう結論になったんですね。そこの、卑怯で弱い男の代わりに戦うと」

「和は狡いけど卑怯じゃない。弱くもない。こいつは、強い。お前には分からないだろうけど」

 新は言い返しながら、銃に弾丸を詰めていく。

「和、インカム」

 新が手を出すと、和は慌てて茂みの中に隠してあった鞄の中から二つ、インカムを取り出す。

 そして一つを新に渡した。

「それで、準備はよろしいので?」

「あぁ、俺達に準備する時間を与えたことを後悔してもらう」

 新はインカムを装着する。

 一つ、深呼吸をして。

「代理魔法少女あらみたま、参上」

 それで全てが揃ったように、名乗った。

 和は既に新と大江から離れて、指示を出す用意をしている。

「いくぞ、和」

「『えぇ。……あの、あらみたまさん』」

「謝ったら殴る」

「『……はい。それでは、指示を、始めますね』」

「あぁ」

「『合図をしたら右に』」

 囁くような声が聞こえ、新は合図を待つ。

「『走って』」

 声に従って右に走る。

 すると新がいた所に、大江が何かを撃ち込んだ。

「ちっ……」

 舌打ちが聞こえ、新を追って、二度、三度。

「『左に』」

 言われた通りに左に走り、大江から距離を取る。

 しかし大江は一気に距離を詰めて来た。

 風を切る音と共に迫る蹴りを新は両腕で受け止める。

 受け切れずに反動で後ろに転がるが、そのまま起き上がってまた走り出した。

「『撃つ用意をして』」

「走りながら当たるか!」

「『照準は合わせなくて良いですから。威嚇です』」

 分かったと怒鳴って、新は引き金に指を掛ける。

「『撃って!』」

 さっと振り返ると照準を合わせることもせず滅茶苦茶に引き金を引く。

 そのうちの一発が大江の近くを掠めたらしい、大江は驚いたように身を引いた。

 その隙に新は充分に距離を取って、銃を構え直している。

「ちょっと、これは手古摺りそうですね」

 大江はぱん、と手を打ち鳴らす。

 すると大江を取り囲むように、小さな人型のオニが出現した。

「どうする、和?」

「『あのタイプとは以前にも戦ったことがあります。アレは音オニ、と僕達は呼んでいました。右で殴られると聴覚を、左で殴られると声を失います』」

「対処は」

「『近寄らせないこと、それだけです。音オニ自身が音に弱い。だから、当たる当たらないに関わらず撃って下さい。それでアレの動きは止まります。止まる時間は、僕の調べたところでは、二秒』」

「長いのか短いのか判断がつかないな……」

 新は増え続ける音オニから目を離さないようにしながら、更に少しずつ距離を取っていく。

 音オニが壁のようになって、大江の姿が見えない。

「『これがプロの格闘家なら長いと言うかもしれませんが、あらみたまさんはそうじゃありませんからね。だから、奴らをこちらに近づけないよう、とにかく連射する必要があります。二丁拳銃に切り替えて下さい』」

「あぁ」

「『但し、使うのは一丁ずつ。使い終わったら後ろに投げて』」

「は?」

「僕が弾の交換をします」

 すぐ後ろで声が聞こえる。

 新が振り向くと、和が予備の弾丸を手に立っていた。

「本当は、力を使うのが一番早いんですが、それはさせられませんから」

 力を使えば使うほど、新に魔法少女の力は馴染んでしまう。

「本当にギリギリになったら使うぞ」

「……そんなことにはさせませんよ」

 まだ湧いてくる音オニに向けて、試しに一発撃ち込んでみる。

 一匹が消え、発砲音で他のオニ達の動きも止まる。

 しかし、和の言うように、すぐにまた動き出した。

「来ます」

 和の言葉に、新はすぐに引き金を引く。

 当然ながら新は射撃だってプロではないが、できるだけ当てるつもりで狙って。

 密集している音オニは、どれを的にしても必ずどこかに当たるので、楽と言えば楽なのだが。

 頭の中で、二をカウントしてから撃つ。

 それでも弾はすぐに無くなってしまい、新は後ろに銃を投げた。

 残っているもう一丁で更に撃ち続ける。

 それも無くなると、後ろに放り投げて。

 リレーのバトンのように手元に戻って来た銃で、また撃ちまくる。

 無くなれば後ろに放り投げて、また弾丸の補充された銃を受け取って。

 まるで機械のようにスムーズな流れで、新は音オニを消していく。

 徐々に、大江の姿が見えてくる。

 音オニの数にも限りがあるのだろう、音オニは減る一方だった。

 新は肩に掛かる反動を堪えて、残り少ない音オニと、そして大江に向けて撃ち続ける。

 音オニが一匹消えたが、大江に向けた弾は頬を掠めただけだった。

 大江の頬から、血は流れない。

 ぱきりと罅が入って、しかしそれもすっと大江が頬を撫でることで消し去られた。

「ふふ、やっぱり、貴方の頭だけは侮れませんね、喜多町和」

「貴方に褒められても嬉しくも何ともありませんよ」

 和は手元にある銃に弾を籠めて、新に戻す。

 二丁拳銃に戻った新は、大江を狙って銃を構えている。

「先に、貴方の魂も奪っておけば良かった。新しい魔法少女なんて連れてくる前に」

「それは、残念でしたね?」

 新はまた一匹、音オニを消す。

「お前の相手は俺だぜ?」

 唇の端だけで笑って、新はまた一発撃ち込む。

 残りは、大江一人となっていた。

「おやおや、せっかくたくさん用意したと言うのに、もうなくなってしまった」

 大江は肩を竦めると、すうっと浮き上がった。

 一瞬後には、新に距離を詰めていて。

 手にしていた杓が金棒に変わる。

 それに反応したのは和で、新を全身で突き飛ばすようにして身を伏せる。

 二人の上を、金棒が唸りを上げて走っていく。

 新は狙いも定めず、和を庇うように体勢の上下を入れ替えて大江の方に向かって撃った。

 大江は弾丸を警戒して、少しだけ距離を置く。

 新はその間に起き上がり、和の前に出ると、真っ直ぐに銃を構える。

 大江が更に金棒を振ろうとした、その時。

 大江の動きが止まる。

「……時間切れ、ですね」

 大江は忌々しそうに言って舌打ちをする。

 オニは、祠の力のために、長時間外に出ていることはできない。

 それは大江も例外ではないようで、大江は金棒を杓に戻した。

「貴方達の茶番もなかなか面白かったですが、次は……魔法少女殿も、喜多町和も魂を頂きましょう。紅葉様が出るまでもない」

 それを最後に、大江の姿も消える。

 しん、と辺りに沈黙が落ちて。

 新はどっと力を抜いた。

「つ、かれた……」

 すうっと変身が解けて、元の姿に戻る。

 魔法少女の補正がかからなくなって重さを感じるが、それが何だか嬉しい気さえした。

「お疲れ様です、小田牧さん」

 和が、手を差し伸べてくる。

 新はそれを取って立ち上がった。

「小田牧さん」

「ん?」

「この近くに僕の家があるんですが、今日はそちらで休みませんか。コーヒーくらいは出ますから」

 和の言葉に、新は頷く。

 こっちです、と案内されたのは、高層マンションの一つ、ではなく、学生用アパートの立ち並ぶ地区だった。

 和は古ぼけたアパートの階段を上がっていく。

 そして、どうぞ、と通された。

 部屋の中に入って、新は、意外だな、と、和らしい、と同時に思う。

 意外だと思ったのは、低いテーブルの周りが雑然としていること。

 そこにはパソコンや、学術書、幅広の紐、木でできた弾丸の模型や工具などが、和の使い勝手の良いようにだろう、いっそ乱雑に置かれていた。

 しかし、その周りは整然としていて、そちらは何となく和らしいと思えた。

「すみません、散らかっていて」

 和は慌てて散らかっている所を整理する。

「……その弾」

「はい?」

「和が作ってたんだな」

「えぇ、僕ができるのはこれくらいですから」

 新はその銃弾を一つ手にして、あぁ、と頷いた。

 久世志が見せた記憶の最後に和が握り締めていた棒に巻かれていたのが、銃弾に巻かれている紐と同じ物だったと気が付いた。

「和、腕を上げたのぅ」

 久世志は銃弾を抱え上げて感心したように言う。

「まぁ、何度も作っていれば嫌でも上がりますよ」

 和は出来上がっている弾を弾入れのケースに仕舞って。

「適当に座ってて下さい、コーヒー淹れますね」

 そう言ってキッチンに立つ。

 ワンルームにキッチンと洗面所と思われる扉のあるだけの、案外学生らしい部屋を新はきょろきょろと見回す。

 圧迫感を感じさせるような大きな本棚と、その隣りに座ったままでも手を伸ばせば天板に手が届く程度の小さな本棚が並んでいる。

 そして、小さな本棚の上には、写真立てが二つ置いてあった。

 一つは家族で撮ったのだろう、新にも覚えのある門の、入学式と書かれたボードの前で中年の男女と真新しいスーツ姿の和が照れくさそうに写っている写真。

 もう一つは、どこかの山をバックに、老齢の男性を取り囲むように十人ほどの男女で写っている写真。

 恐らくゼミかサークルの合宿の写真だろうと思われた。

「ちょっと、あんまり見ないで下さいよ」

 和はマグカップをテーブルの上に置きながら言った。

「貰い物ですけど、どうぞ」

 ついでにとクッキーも出されて、新は早速手を伸ばした。

「なぁ」

「はい」

「前の魔法少女の人って、あの中にいるのか?」

 新がクッキーを食べながら集合写真を指差すと、和は頷いた。

「この人ですよ」

 和は写真立てを新の前に置くと、和の隣りで微笑んでいる男を指差した。

 彼も、なかなか女性に好かれそうな容貌をしていた。

 身長は和と同じくらい高く、顔立ちはすっきりとしている。

 細めた目に、思わず笑い返してしまいそうな力があって。

 同じ「涼やか」と言われる容姿でも、和の方は「穏やか」とか「温和」というタイプであるのに対して、彼は「明るい」「人懐っこそう」と言うのがぴったりだった。

「名前は片山雅希。僕と同じゼミです」

「良い男じゃろう」

「あぁ、イケメンだなぁ」

「よく呼び出されて告白されてましたよ」

「普段も仲、良かったんだったよな」

「えぇ、親友……でした」

 過去形で言う和に、新は写真から視線を上げる。

 和は、困ったような顔で笑っていた。

「でした?」

「えぇ、今は、ちょっと」

「何かあったのか? あんなに、前の魔法少女を人間に戻したいって言ってたのに」

 新に問われて、和は少し躊躇った後。困った顔で笑ったまま、話し始めた。

「彼は、何も覚えてないんですよ。魔法少女だったことや、僕と久世志さんと一緒に戦っていたことを、全部忘れています。そして……恐らく、記憶の辻褄を合わせているんでしょうね、僕達が親友だった事実も、彼の中から、そして周りの全ての人から失われてしまいました」

「え……? 記憶が、ない?」

「一時的にでも人でなくなったことを忘れさせてくれる、のか、忘れさせるのか、ともかく、全てが、無かったことになるんじゃ。私が魔法少女になる前の者達もそうじゃった。オニに負けて祠になり、そして人に戻った時、巫女達は己がオニと戦っていたことを忘れておっての。そして、一度負けた者は、二度と鈴に選ばれなんだ」

「久世志は全部覚えているのか」

「私はオニと直接戦わずに戦いに関係しておったからの。和のように指示などはできぬが、何も知らぬ民から彼女達を隠したり、傷の手当をしたり、とな。だから、全て覚えておったのよ。私自身の戦いを覚えておったのは……恐らく、私は祠とならずに死んだからじゃろうの」

「祠から人に戻る時に魔法少女だった時の記憶が失われる、ということなら、僕達が親友だった記憶が消えていても、おかしくはないんですよね。奥在月讀神社の例祭に行った時に彼と偶然会って、一緒に回ったのが始まりですから。魔法少女としても、友達、としても。そのきっかけの記憶を消すなら、僕達が親友だった記憶ごと消さないと、どうして一緒にいるようになったのか思い出せないことに雅希が気付いてしまいます」

「……お前は、つらくないのか、それで」

 自分こそつらそうな顔をしていることに気付かない新に、和は首を横に振る。

「彼が、僕を庇って、胸を貫かれたこと、とか。緑色の光の塊になって、祠に吸い込まれていった時のことを思えば、雅希が生きて、大学に通って、いつも笑ってるんですから、こんなに嬉しいことはありませんよ。ただ……、そうですね。雅希が解放されたのを確認した時、感極まって、記憶がないことを知らないで雅希に抱き着いて不審者扱いされたので、記憶がなくなるっていうことは先に教えてほしかったですね」

 冗談めかして言う和に、新は何も言うことができなかった。

 聞いて良かった、と、訊くんじゃなかった、と、相反する両方を感じる。

 相棒を失って、久世志が消えて、それでも戦うことを決めた和の強さを知った。

 逃げようと、忘れてしまおうと思えばそうできたはずだ。

 だが、和はそうしなかった。

 必ずもう一度会う、という約束を、果たした。

 そして。そんな和を置いて、離脱して良いものかと、迷いが生まれている。

 これは元々、和の戦いだ。新は巻き込まれただけ。

 代理として新は戦うことを受け入れたが、時期が来れば、和が魔法少女を引き継ぐ。

 だけど、だからと言って、きっぱり和を放り出すのかと。

 和は新を恨まないだろう。そういう約束なのだから。

「でも、それは後味が悪いな……」

「何です?」

 新の呟きを拾い上げて和が首を傾げる。

「いや、俺が魔法少女を辞めたら、お前は一人なんだろうな、と思って」

「一人だなんて、久世志さんがいますよ」

「でも、戦うのはお前一人だろう。考えるのも走り回るのも」

 新が答えると、和はぱち、ぱち、と瞬きをして、ふっと笑った。

「前から思ってたんですけど、雅希と小田牧さんって似てますよね」

「はぁ? このイケメンと俺のどこが似てるんだ。嫌味か?」

 それに、新は間違っても「明るい」とか「人懐っこい」と言われるタイプではないと自覚している。

「え、小田牧さん、言うほどじゃないですけど……。いえ、そうじゃなくて、性格とか、雰囲気が似てますよ」

「具体的には?」

「優しいところ」

 今度は新がきょとんとする番だった。

 優しい、と言われるほどのことを、新はした覚えがなかった。

「優しい、なぁ……」

 ぼやくような新の言葉に、和は笑みを深めた。

 その表情に、さっきの激しい感情をぶつけ合った名残は見えない。

 柔らかく笑っている和が、オニとの戦いの全貌を知った上で自ら魔法少女になると決めた時、どんな思いだったのか。

 泣いたのか、苦しんだのか、迷いもしなかったのか、或いは希望の光だと思ったのか。

 分かるはずもないけれど、ついつい考えてしまう。

「小田牧さん、お代わり要ります?」

 空になったマグカップの側面を何とはなしに撫でていると、和が声を掛けてきた。

「あ、あぁ」

 和は新の返事にマグカップを持ってキッチンに戻る。

 写真の中よりもずっと長く伸びた髪が、ふらふらと揺れていた。


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