どうも、ルーシーとでもお呼びください。
「先ほどは無謀にも助けて頂き、ありがとうございました」
和人の上から退けて、丁寧に正座して、頭を下げるのは謎の銀髪美少女自称天使。
頭を下げられたので、思わず返礼してしまったが、この状況はどう考えてもおかしかった。
まず、この少女は空から落ちてきた。
それをつい助けに入ってしまったが故のこの状況だが、普通なら二人ともお陀仏に違いない。
少なくても、目が覚めたら知らない天井の病院に送られていたことは確実だったはずだ。
怪我ひとつないのは、常識で考えるとおかしい。
しかし、怪我ひとつないのは和人だけだ。
自称天使はよくよく見れば、身体中傷だらけで、ところどころ血の痕がところどころに見受けられる。
だが、落ちた衝撃のものでないことは明らかだ。
落下による怪我なら、和人も同様に怪我していいはずで、何より、刺し傷など、刃物で傷付けたような傷が多い。
となれば、何か別件で怪我したと考えるのが妥当だろう。
しかし、それ以上に気になることがある。
彼女は何と名乗ったか。
“天使”
聞き間違えていなければ、そう名乗った。
そんな空想上の存在が目の前にいるとは信じ難い。
少なくとも、落下による怪我はお互いしていないという現実はあれど、だからといって、存在し得ない物の肯定にはなり得ない。
「えーと、天使? ってのはお前さんの名前か?」
もしかしたら、そういう苗字なのかもしれない。
世の中にはどうやって読むのかさえ不明な名前だって存在する。
天使という名前がいても、不思議ではない。
流行りのきらきらした名前なの可能性だってある。
「いえ、名は…ひとまず、ルーシーとでもお呼びください」
どうやら、自称天使の名前はルーシーというらしい。
天使ルーシー。
綺麗すぎるほどの銀髪であるし、外国人のハーフか何かだろう。
なるほど、鼻は低めだし、顔のベースは日本人なのだろう。
髪色や肌色だけ、どこかの国の特色が混じった、そんなところだろうか。
「あー、じゃぁルーシー……さん。なぜ上から降ってきたんだ?」
兎にも角にも、状況の整理は行っておいた方が良いだろう。
彼女が天使ルーシーという名前でどうやらハーフであるらしいという情報は得たのだ。
次に確認すべきは、なぜ空から降ってきたのか。
考え得る要因は二文字の推奨されない行動だろう予測は付いているが、それにしては助けたことに礼を言ったり、名前を名乗ったり、その意図は読み辛いものがある。
彼女自身、助かったことに動揺していたりするのかもしれない。
「はなせば、長くなりますが、えぇ、端的に言って、あなた方の言う神と喧嘩をしまして。私こう見えて天界では上位に位置する所謂役職という奴なのですよ。あなた方の尺度で例えるなら代表取締役みたいな? 割と偉い天使なので、神に意見することも可能なのですが、今回ちょこーとヒートアップし過ぎて、あの野郎の超特権で堕天が決まってしまい、それを拒否したら、もう大変。天界vs私の大戦争ですよ。いや、2、300人程度は蹴散らしましたけどね。さすがにミカちゃんまで出張られると、少し厄介。何せ多勢に無勢です。如何な最強オブ最強のルーシーちゃんでも撤退を余儀なくされまして。流石に2回目の堕天は厳しいなと思いつつ、あのままだと存在ごと消されかねないので、地上に逃げてきたら、私どうやら、だいぶ消耗していたらしく。あーこれ、地上激突コースだわー、骨何本か逝かれるわー、どっかに良いクッションとかないかなーと思ったら、ちょうど着地予想地点にあなたが手を広げてるじゃないですか。私一応自覚はあるのですが、幼児体型なので、あぁロリータコンプレなんちゃらの人かなぁと一瞬思ったのですが、流石に人間を怪我させるのはまずいなぁと思い、すんでのところで、羽根をちょっと動かしまして、ぎりぎりちょっと受けたので、なんとかあなたを殺さずに済んだといったところでしょうか。おや、そうなると助けられたのは、私ではなく、あなたになるのでしょうか? ならば、感謝すべきはあなたということになるのではないでしょうか。ほら、お礼言ってください。ほら、早く。はりーあっぷ」
……。
…………。
………………。
つまり、どういうことなのだろう。
はなせば長くなると言いつつ、その内容は意味不明だし、途中から何か失礼なことを言われ、最終的に謝礼を強要されている。
とりあえず、見た目の傷の具合に比べて、相当元気そうだということはわかった。
「えーと、とりあえず、保険室行くか。包帯でも巻いた方がいいだろう、その傷」
「おや、お礼はなしですか? やはり、最近の人間は礼儀というものが薄れていますね。いや、数百年前も礼儀というよりは単なる信仰だったので、正直申すところ、私自身はあまり好みではなかったですが。でもですね。お礼ぐらいはするべきだと……」
長々と喋り続けているが、一々反応していると疲れそうである。
それに傷だらけの銀髪謎美少女なんぞと一緒にいるところを見られるとあらぬ誤解を受けそうである。
ここはとりあえず、無視して保健室まで行くことにした。
この口から先に生まれたであろう少女の詳細は保険医に包帯でも任せながら聞くとしよう。
「ん? そうするとあの保険医にこいつの説明をしなきゃいけないのか……?」
何か厄介事を抱えてしまった気がする。
唯一の救いは例の保険医は和人以上のサボリ魔であるということだ。
保健室にいることはまず五分五分の確率である。
それ以外は屋上でタバコを吸っているような奴なので、タイミングさえ合えば、面倒事を抱えずに済むだろうか。
「おや、まだ話している途中ですよ。どこに行くのですか、名も知らぬ人」
数歩歩いて振り向けば、まだ何か言い足りなかったらしい。
この娘の長ったらしい口上を聞くのも正直面倒である。
さっさと移動した方が良さそうなのは明らかだ。
「保健室だよ。その怪我、とりあえず、包帯でも巻いた方がいいだろう。あと、俺は倉田和人って名前だ」
ぶっきらぼうにそう答えてやると、ルーシーは口をポカンと開けた。
「では、和人さん。私の怪我を治療していただけるというのですか。実はいい人ですか。もしくはロリータコンプレなんちゃらの方ですか。くぅ、今日ほどこの幼児体型に感謝した日はありません。これがもし、ボン! キュ! ボーン! だったなら、どこかの裏路地で捨てられていたのかもしれませんね。いえ、人間程度消し炭にするくらい訳ないのですが。この時ばかりは和人さんがロリータコンプレなんちゃらだったことに感謝します」
こいつ、やっぱり放っておいていいかな……?
どうも、天使です。 仕立屋仙狸 @nacre
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