どうも、落ちてきました。
昼下がり、というにはまだ早い時刻。
倉田和人のクラスは授業の真っ最中である。
だが、彼の教室には彼自身はいなかった。
彼の所在は学校の裏側にある広場、その大きな木の下だ。
いわゆる、お弁当などを食べるには適した環境。
ベンチもあり、木陰でゆっくり休むにはもってこいと言える場所だろう。
教室がすぐ近くにはあるにはあるが、現時刻では使われていない。
所謂、移動教室用の別館故に、それに対応する授業がなければもぬけの殻となる。
だからこそ、サボタージュという前衛的戦略的撤退には校内で最も安全圏な場所と言える。
倉田和人は俗に言う不良生徒ではない。
成績こそ、上位に位置するし、彼自身の評価は概ね好印象だと言える。
ある一点を除いて。
この男、サボリ魔なのだ。
それさえなければ……と教師陣から言われる程度に。
授業にさえ出てしまえば、何の問題もない男なのである。
彼は木陰で爽やかな風を感じながら、睡魔と旅の道中だ。
手を差し出せば、すぐにでも睡魔は夢の中へと誘ってくれるだろう。
彼はそんな睡魔に手を差し出しては引っ込め差し出しては引っ込めを繰り返す。
そんなことをしばらく繰り返していた時である。
彼は何か違和感を感じる。
例えるならば、ふと視線を感じるような。
例えるならば、ふと視界の隅が気になるような。
例えるならば、空から何かが落ちてきそうと勘違いしそうな。
彼は起き上がる。
空を見上げた。
何かが彼に警笛を鳴らす。
青い空、白い雲、その中に混じる点。
それはどんどん大きくなる。
何かが落ちてきているのは間違いない。
確実に。
それも、小さなものではない。
おそらくは人間大はある。
それが上から降ってくる。
「……女の子?」
間違いない。
それは女の子だ。
銀髪のストレート。
背の程は中学生くらいだろうか。
ヒラヒラしたワンピース姿が印象的で、所々赤い模様が走っている。
“自殺”
和人の頭にその二文字が浮かぶ。
おそらくは間に合わない。
何せ空から降ってきたのだ。
クッションになるようなものはない。
確定で死神が鎌を振り下ろすだろう。
「……っ!!」
だからといって、和人には諦めることはできなかった。
誰かが助けろと囁いた気がした。
その声の主はきっと、自分自身であることもわかっていた。
だから、動く。
考えるより速く。
体は彼女を受け止めようと動く。
位置は間違えていない。
確実にそこに落ちてくるだろう位置に陣取る。
一瞬、受け止められたとしても自分も巻き添えになるだけなのではないかと、思考する。
なにせ、4、50kgの物体が空から落ちてくるのである。
ただでは済まないことは明白だった。
そう、明白だった。
手を広げる。
その時、彼女の顔は目の前にあった。
時間が止まっていたのではないかと思えるほどにはっきりと見えた。
青白いといっていい程の白い素肌。
遠くで見えた赤い模様は血に見受けられた。
白すぎるからこそ、その赤き紋様は酷く映えていて、美しさすら感じられた。
血塗られた天使。
そんな言葉が過ぎてないほどの美しさ。
正直に言おう。
見惚れていた。
見惚れていたからこそ、時間が止まったように感じられた。
そう思えた。
瞬間。
「ぐべっ!!」
およそ、中々出ないだろう悲痛の声が出た。
痛みは想像よりなかった。
そして、少女の体は想像以上に軽かった。
「どうも、天使です」
顔が目の前にある。
瞳の色は真紅と表現できるほどに赤かった。
幼い顔だちに幼い声色。
白い肌。
所々に赤い薄化粧。
天使、と言われれば、信じるかもしれない。
いや、この瞬間、和人は確かに信じていた。
でなければ、常識的におかしかったから。
でなければ、現状ここに傷一つなく存在しているのが信じられなかったから。
でなければ、これは夢物語に過ぎないものであったから。
そして、気付く。
彼女の体は確かに軽い。
月並みな言い方をすれば、羽のように軽い。
だが、彼の上には人一人の体重がかかっていることは確かだった。
「わかったから、そこをどけてくれ。そろそろくるしい」
この不可思議な現状。
まずすべきなのは、苦しみからの解放だった。
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