26

 たった二文字が僕の肺を一杯に満たす。


 TVの画面の中ではルイスが油まみれで子供を抱えながら走っている。堂本さんのメッセージに気をとられ、どうしてルイスが油まみれなのか、どうして子供を抱えているのか分からなくなってしまった。上田さんを見ると、彼女は真剣な眼差しで映画に観入っていた。


 心中というのは誰かと一緒に自殺を決行する事。

 誰と一緒に死んだのだろう。どうして心中したのだろう。『誰と』『どうして』『何で』そんな事自問自答したって答なんか出ないのに頭の中でずっとずっと繰り返している。


『なんで急にその話なの?』

 堂本さんから続けてメッセージが来た。もしかしたら堂本さんは、僕が「上田さんが死因を忘れている」という話をしなかったから、「僕が死因を知らなくて聞いている」とは思っていないのかもしれない。確かに幽霊が自分の死因に関しては覚えていない、という考えには至りにくい。僕が話題を振ったと思ったのだろう。


 返信するのに指が震えて何度もフリック操作を誤る。その度に誤字が生産されていく。もどかしい。何度も何度もバックスペースをタッチ。「聞かなければ良かった」と頭の中で繰り返す。


『急でごめん。上田さんの死因、僕も上田さんも知らなかったんだ。上田さんは覚えていなくて。だから聞いたんだ』

『知らなかった? 本当? じゃあ教えなければ良かったのかな……』

『いや、そんな事はないよ、ありがとう』

『上田さんもこのライン見てるの?』

『ううん、今彼女は映画見てる。僕しか見てないよ』

『なら良かった! 覚えていないなら知らない方がいいかもだから、内緒にしておいて下さい』

『うん。わかった』


 僕は『心中ってどういうことなの? 誰と? 何でなの?』という文を打てなかった。それを知ったからって『ああ良かった』なんて安堵するような結果にならないのが明白だからだ。知りたいけど、知る気にならない。


 堂本さんからはそれ以降メッセージは来なかった。答えの出ない自問自答を繰り返しているうちに映画はラストを迎えている。衝撃的なシーンが映っているけど、僕には何がどうなっているのかさっぱりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る