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「堂本さん、何で上田さんの事を知っているの?」


 部活が終わった後、僕と堂本さんはハチジョーの裏にある河原に移動した。河原に到着するなり僕は、堂本さんにストレートに自分の疑問をぶつけた。この質問をする事で、『上田さんなんて知らない』というスタンスを取れなくなるけど、上田さんの存在は知られて困る事じゃない。事実、上田さんは実際に存在していたのだから。


 困るのは、上田さんが僕に憑依してロミオを演じている事と、中西先生に上田さんが成仏していないという事実がバレる事だ。

 僕は部員からしてみればインチキしているし、上田さんの中西先生に対する気遣いも無駄にしたくない。だから上田さんがまだ成仏していないという事だけは、堂本さんにも知られずにいたい。


「わ、私、上田さんに憧れてハチジョーに入ったから」

「上田さんに憧れて? 堂本さん、昔から上田さんの事を知っていたの?」

「うん」

「何で知っていたの?」

「小さい頃、上田さんが所属していた大衆演劇の紅硃鈴を見に行った事があるの。ヨ、ヨシリューおじさんも所属していた劇団」

「そんな小さい頃の事覚えてるの?」

 堂本さんは3歳とか4歳の頃だ。僕はその頃の記憶なんて全くない。堂本さんの記憶の良さに驚いた。

「うん、覚えてる。初めて上田さんのお芝居を見たとき、私まだ、お、幼かったけど、とても魅かれたの。終演後に写真撮って貰ったり、ヨシリューおじさんに頼んで上田さんの過去の公演映像も見せてもらった事もあるよ」


「そうなんだ」それなら上田さんの事を知っているのは納得できる。だけどそれだけでは、僕に取り憑いているとは思わないだろう。


「だから、な、中西先生に上田さんが沢田くんに取り憑いていたって聞いたとき、本当にびっくりした……」 

「ん? 何で中西先生は堂本さんにそんな事を言ったの? 中西先生は堂本さんが上田さんを知っているって知っていたの?」

「こ、この前のパントマイムのワークショップで、ヨシリューおじさんが講師をしたでしょ。そのとき中西先生にヨシリューおじさんの素性を説明したら、紅硃鈴を中西先生も知っている事が分かって。そこから上田さんの話になったの。中西先生が上田さんの同級生だったなんてびっくりしたし、沢田君に取り憑いていたなんて……」

「ああ、なるほど……でも堂本さんは、上田さんが僕に取り憑いていた事を信じたの? 嘘だと思わなかった?」

「うん。嘘だとしたら沢田君が上田さんの事を知っている事が不思議だし、な、何より沢田君のお芝居が最近とても素敵だったから……」

「……そっか」

「……ね、ねえ沢田くん。夏休み中の稽古のエチュードと、最近のお芝居、上田さんが演じていたんじゃない?」

「え」

「上田さん、成仏しないでまだ居るんでしょ?」


 なんて鋭い女子だろうと思った。上田さんがまだ存在しているという事だけでなく、僕に憑依して代わりに演じているという事まで当てている。そして堂本さんの声は強く、上田さんはそこにいるという自信を感じた。

 核心をつかれて僕はたじろいだ。とても嘘なんか吐けない、そう思わされた。無理に嘘を吐いたとしてもきっとすぐに見破られてしまう。目を合わせる事すら困難だ。恐らく、今、僕は目が泳いでいる。


 どんな表情を作ればいいのかも分からず、取り敢えず少し微笑んでみる。きっと堂本さんから見たら強張った不自然な笑顔だろう。その状況に堪らず全部白状しようと思った、その時。


「上田さんは成仏したよ」


 思った事と全く違う言葉が僕の口から出た事に僕自身びっくりした。しかも僕の声はとても安定していて嘘を吐いてる音じゃない。動揺していたのが嘘のようだ。


「え?」

「上田さんは確かに僕に取り憑いていたよ。でも、もう上田さんは成仏したんだ」

 これは僕の声だけど僕ではない。上田さんが憑依して僕の代わりに嘘を吐いたのだ。おそらく僕の動揺を見て咄嗟にカバーしてくれたのだろう。

「……」

 堂本さんは不思議そうな顔をして黙っていた。眼鏡の奥の目が少し細まったように見えた。そして言った。

「なんで嘘を吐くの?」

「え? 嘘じゃないよ」

「じ、じゃあ、教室での独り言は?」

「あれはセリフの練習だよ」

「ううんロミオのセリフじゃなかったよ」

「ロミオだったらどんな生活をしてるかなと思って、想像してたんだよ。つい声に漏れたんだ」

 上田さんから出てくる言い訳に僕は感心した。うまい。

「今までのお芝居も沢田君が演じていたの? そうだとしたら何でそんなに急に上手くなったの?」

「そうだよ。僕が演じてた。上田さんに演技を教わったから早く上達したんじゃないかな」


 僕に憑依した上田さんがそう言うと堂本さんは再び黙った。眉間に皺を寄せて、まだ疑っている様子だ。

「あ……」

 ふと何かに気付いたように声をあげる堂本さん。

「やっぱり、上田さん居るじゃない……」

「え? 何言って……」

 上田さんがそう言いかけると堂本さんの目から涙が零れた。

 突然の堂本さんの涙にさしもの上田さんも固まった。

「今、私が話してるのが上田さんでしょ? 分かるよ……」

 堂本さんはそう言うと僕の体に飛び付いてきた。


「えっちょ……ど……」

 上田さんは何かを言いかけたがそれを遮るように堂本さんが言う。

「会いたかったです。まさか会えるなんて! 私、上田さんにずっとずっと憧れて生きてきました。私にとって上田さんは女神です! 太陽です! ああ! もう何を話せばいいのか分からない、まさかこんな奇跡が起きるなんて思わなかったんだもの!」

 興奮してしゃべる堂本さんにいつもの吃音はなかった。

「あ! す、すみません突然抱きついちゃって」

 そう言って僕の体から離れる堂本さん。堂本さんの目は、明らかにいつもと違った。僕を見る目ではない。憧れのスターを見る女の子の目そのものだ。まだこちらから否定も肯定もしていないのに、堂本さんの中では僕は完全に上田さんになっている。実際そうだけど、それにしてもここまではっきりと自分の答えを信じられるのは凄い。これはどう訂正しても無理だと思った。


 僕の体の上田さんは僕の口からふーっと溜息を吐き、憑依状態を解いてから僕に言った。

「沢ちん、お手上げ。正直に全部話しましょう。別に悪い事してる訳じゃないから」

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