19
小山田先輩の言葉を聞いたとき、僕は生まれて初めて自分の耳を疑った。
「ロミオ役は沢田君に決まりました」
部長の小山田先輩は確かにそう言った。言ったはずだ。部員達が拍手をしている。堂本さんもだ。清水も、他の部員達に比べたら明らかに遅いテンポで、拍手をしている。僕以外の全員が拍手をしている。という事はこの拍手は僕に向けられたものだ。つまり、小山田先輩の言葉は僕の聞き間違いではない。勝ち取ったのだ。ロミオ役を。
「僕が……?」
「おめでとう沢田。ま、順当だな。お前のロミオ、良かったぞ」
眼鏡を中指であげるお決まりの動作をしながら友光が言う。
「え? 良かった? 僕のロミオが?」
「なんていうか『役を生きてる』って感じだった。なんだ? 自分では手応えなかったのか?」
「いや、全く。全然駄目だと思ってたんだけど……」
「台詞にきちんと気持ちが乗っていたぞ。自信持って大丈夫だ。部員のみんなも認めてるから」
「沢ちん、良かったじゃない。駄目だとか言ってた癖に」
上田さんが言う。
「いや、自分でも意外すぎるよ。どんな芝居したか覚えてないもん」
「集中してたのかしらね。まあ演技って、自分が気持ちよく演技してたりすると、周りから見て駄目だったりするし、自分の評価と周りの評価はずれるものよ。とにかくおめでとう沢ちん!」
「おい沢田」
この声は清水。
「次は負けねーから」
僕は「お、おう」と返したのだけど、清水に聞こえたかはどうかは分からない。清水はすぐに自分の席に戻ってしまったからだ。そして清水は頬杖をついて窓の方を向いている。そっけない態度だけど、今までの小馬鹿にする態度とは違った。僕はなんだか背中がむず痒くなった。だけど、嫌な気持ちじゃなかった。
「はい、じゃこれでキャストが決まったから、早速本読みしましょう」
と、中西先生。本読みとは読んで字のごとくみんなで台本を読む事だ。立って動いたり等はせず、みんなで声に出して台本を読むのだ。
憧れの高橋先輩と、台詞とは言え、長い時間言葉を交わしている事が幸せでたまらない。しかも、物語の中では恋人同士になれるのだ。僕の人生でこれ程幸せな時間が流れたことがあっただろうか? いやない。僕は今、自分の人生の絶頂にいる。
だけど、僕はこの幸せな時間を自らの手で捨てなければならない。上田さんを成仏させる為に。僕の計画は実にシンプルだ。今日の稽古の後、その計画を上田さんに話そうと思っていた。
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